12-ⅰ)標的〜西南の名物王子
西南の第一王子は美男子で知られる。彼が護衛を連れて都を歩けば、その寵愛を求めようとする女がわざとらしく寄って来る。この日も王子の前で女が倒れた。助けようと近付いて膝を折った王子に、女は自らを印象付けようとする。
「大事ないか?」
「ありがとうございます。王子様!」
女は目をキラキラと輝かせて美形の王子を見つめた。
それを見かけたヒカルとカヲルの天堂兄弟。彼らを含むレイの一行はローゼン率いるカラヤ商店の隊商と共に西南の都に移っていた。
「なんだ、ありゃ」と、ヒカル。
「ローゼンさんが言ってた『名物』じゃないか? 西南の美形の第一王子様。それ目当てに女がわざと倒れて、まんまと側室になろうかってヤツ」
『名物』と称して嫌味を言うカヲルの隣で、男の子が可愛い声で「うわぁ……」と、ドン引きした様子で、つぶやいた。
「顔はローゼンさん並みの美形だな。おまけに王子様ときてる。これで女にモテないわけはないよな」
と、西南の第一王子の感想を述べるカヲル。
ヒカルは呆れ顔で言う。
「女って、みんな王子様が好きだよなー」
「わたしは無理」と、男の子。
「え? お前は違うのかよ」
と、ヒカルが訊いた相手は、実は男の子ではなく、男の子の姿に扮したサクである。
「だってぇ、物語では王子様とかぁ、お金持ちの息子って憧れの対象で描かれるけど、実際の王子様って傲慢で乱暴だしぃ、お金持ちの息子だって親の財産を当てにした穀潰しでしょお? あんなのヤダよぉ〜」
「……また、えらく実感込めて言うなぁ。サクぅ」と、カヲル。
「お前、そんな王子や金持ちのボンボンに会った事あんのかよ?」と、ヒカル。
「人の愚痴で知らされたりぃ、旅先でそれらしい人が弱い者イジメしてたの見た事あるから……」
そう言うサクにカヲルがうなずいた。
「ああ、そう言えば、前にルークさんにそんな話もしてたね」
「で、その弱い者イジメしてた奴らはどうなったんだよ?」
ヒカルに訊かれて答えるサク。
「お兄ちゃんがやっつけた」
「……そりゃ、そうか」「だね」
二人には、見掛けによらず鬼のように強いレイの活躍が容易に想像できた。
西南の第一王子は女を助け起こして、しばらく話をしていた。が、どうやらお気に召さなかったらしく、「気を付けるのだぞ」と、女はそのまま別れを告げられてしまう。王子たちが去った後、女は「チェッ!」と悔しがった。
街の人々に混じって一部始終を見ていた天堂兄弟とサク。
「あの女、性悪な感じだったな」と、ヒカル。
「そうだね……」と、サク。
「王子にフラれて、ざまぁないね」
カヲルは嫌味を言うと、二人を促す。
「さて、お昼食べに行こうか」
三人は歩き出した。
「西南の名物ってなんだ?」と、ヒカル。
「ローゼンは魚介類たっぷりの炊き込みご飯が美味しいって、ゆってたよ?」と、サク。
「西南の都は港町だからね〜」と、カヲル。
楽しげに街ゆく三人だった。
ランチの後、トイレに行ったカヲルを待っている間、ヒカルとサクは近くの店を見て回っている。その時、サクは ほんのちょっとの時間と ほんのちょっとの距離だけヒカルから離れ、店頭に並べられた可愛いぬいぐるみを見て、思わず「可愛い〜」と声を上げて、それに見入っていた。
『買おうかな〜。どうしよっかな〜』
と思い、胸元で両手を握り合わせて体を軽く左右に揺らして迷っていると、人影が覆いかぶさる。
「それが欲しいのか。買ってやろう」
「ひっ!?」
背後から急に声をかけられ、いきなり両肩を触られて、驚きと共に恐怖で身の毛がよだつサク。しかも、相手は先程 見かけた西南の第一王子であった。
「い、いいいいい、要りません!」
反射的に王子から離れ、ドギマギとして断った。これに対し、「知らない人に声をかけられる。すなわち、悪い人かもしれないので、用心」という庶民の常識を知らない王子は不思議そうに言う。
「買ってやると言っているのだ。なぜ断る」
「王子の御厚意を断るとは無礼だぞ!」
御付きの一人が威圧してくるので、「ビクッ」とするサク。
「なんだ、テメェ!」
異変に気付いたヒカルがサクの前に出て剣に手をかけたので、王子の護衛たちが一斉に抜刀態勢に入る。
「このお方をどなたと心得る! 第一王子・カーミル様だぞ!」
と、護衛の一人が声を荒げた。この騒動に群衆が出来る。
「王子がなんだってんだ! こいつに手ェ出すと承知しねぇぞッ!」
抵抗しようとするヒカルの服を引っ張り、サクが止める。
「多勢に無勢だよ。謝ろう」
「チッ!」と、舌打ちしたヒカルが剣から手を放すのを見届けると、サクは素直に謝る。
「王子様、すみません。この人をお許し下さい。わたしを守ろうとしただけの事ですので」
「よし。お前に免じて許してやろう」
西南の第一王子・カーミル、意外と話が分かる人物のようで、サクは ほっとした。
「では、娘 ──」
「む、娘じゃありません!」
「どど、どう見ても男の格好してるだろ!」
サクとヒカル、ごまかそうにも顔にも出ているし、挙動不審に「あたふた」する。おバカな二人では全く以て、どうにもならない。
「男の格好をしているだけで、どこからどう見ても娘ではないか。しかも、あんな物を見て体を揺らして喜ぶ男はそうそういないぞ」
と、ぬいぐるみを指差すカーミル王子。サクの可愛い物には目が無いという性分と、女の子らしい仕草のせいでバレていた。
「わざわざ男装するあたり、怪しいな。スパイか」
カーミル王子に詰め寄られて、青い顔で「ぶるぶる」と首を横に振るサクとヒカル。
「そうでなければ、誰かの入れ知恵か?」
王子になかなかに鋭い所を突かれる。実のところ、
「西南の第一王子のカーミルというのは、度々 街に出て女を物色するような危険人物だ。この都にいる間はサクは男装した方がいい」
と、ローゼンに勧められての男装だったが、こうもあっさりと見破られるとは思ってもみなかったサクたち。しかも、念には念を入れて、
「サクはウエストがくびれているから、これは外した方がいいな」
と、ローゼンがサクの体形を分かりにくくする為にウエストの帯をのけてダボダボのシルエットに見せていたのも、全て水の泡。
ヒカルが親指でサクを指し示し、仕方なく答える。
「ああ、そうだ! こいつが悪い男に狙われねぇように、そうしてんだよ」
が、さすがに「悪い男」が目の前の王子の事だとは言えない。
カーミル王子、ローゼン並みに端整な顔をキラキラと輝かせ、右手を胸に当て、左手を広げてカッコつけながら、とんでもない事をほざく。
「それならば安心するがいい。側室として我が庇護を受けるが良い」
ヒカルもサクも呆気に取られて、声が出ない。
ヒカル『そ、側室 ── !?』
サク『なぜ? わたし……』
驚きのあまり凍結する二人を尻目に、カーミル王子はベラベラと自らの事情を語り出す。
「許せよ、麗しき娘。わたしには すでに正室がいる。正室は自国領の由緒正しき公爵家の出だ。しかし、お前は町娘ゆえ正室にしたくとも出来ぬのだ。だが、安心致せ。側室とは言え、寵妃として正室以上に可愛がってつかわすぞ」
語り尽くして独りで満足したカーミル王子に、手を引っ張られて連れて行かれそうになるサク。思わず驚きの声を上げる。
「えっ!?」
そこへカヲルが洗った手の滴をピッピッと振り落としながら細い路地から戻って来た。
「いっ!?」
いつの間にか群衆ができ、攫われそうなサクがいて ── 目の前の光景に驚き、ヒカルと一緒になって止めに入った。
「ちょちょちょ、ちょっと待って下さいッ!」
「貴様も娘の連れの者か」と、カヲルに訊く護衛。
「そうですけど、なんで この子が連れて行かれるんですか?」
「光栄にも王子に見初められたのだ」護衛が答える。
「だ、ダメですよ。彼女には決まった人がいるんですよ !?」
カヲルのとっさの嘘も虚しく、
「王子がお決めになった事だ。相手の男とやらは諦めるしかないな」
「そんな! 無茶苦茶な! うわっ!?」
護衛の一人に抗議を突っぱねられ、手で胸を突き飛ばされる。
「嫌だ! 行きたくない!」
カーミル王子の手を振り解こうとしても振り解けないサク。とっさに、そのまましゃがんだ。体の重心が下がった事で、サクが急に重たくなったと感じられたカーミル王子。
「今度、連れ去られそうになった時は、しゃがむんだ」
それは人買いの一件の事もあり、ローゼンがサクに教えた子供にも出来る簡単な護身術だった。
「このわたしが守ってやると申しているのだ。何が不満なのだ。大人しく来い!」
カーミル王子が苛立ちの声を上げる。ヒカルとカヲルも王子の護衛に邪魔をされ、サクは追い詰められた。
「ローゼン! 助けて!」
サク、なぜか「お兄ちゃん」でなく、思わず「ローゼン」の名を叫んでいた。その瞬間だった。王子の手がゆるんだ隙にサクが逃げて、天堂兄弟の背後に隠れる。
カーミル王子だけでなく、天堂兄弟と格闘していた護衛たちの動きも止まっていた。「ろ、ローゼン……」と、顔をしかめて つぶやく者もいる。それをカヲルは見逃さなかった。すかさず叫ぶ。
「そうだ! この子は『カラヤ・ローゼン』のお気に入りだぞ !! 」
サク「えっ!?」と声を上げるが、
ヒカルに「お前は黙ってろ」と言われ、
サク、首をコクコクと大きくうなずく。『ここは嘘も方便!』のつもりだが、ローゼンにとっては嘘にはならない。
ローゼンの名が出た途端、形勢が逆転した。カーミル王子たちが明らかに怯んでいる。
「ローゼンって、あのローゼンか……」
「他に誰がいる。あの変わった名に、変わった家名、ファルシアス広しと言えど、一人しかいないだろう」
「我らが西南の王のご寵愛を受けている、あの商人か」
護衛たちが動揺して言葉を交わし、群衆もざわざわと驚く。
「ローゼンって、あの……」
「王様の婿養子になるとか……」
などと群衆がざわつく中、カーミル王子が苦々しげに顔をしかめて内心でも呪わしげだ。
『クソッ! よりにもよって、あの男か! とにかく、あの男と揉めて父上を怒らせてはマズイ』
カーミル王子は平静を装い、自分の面子を保つ為、あえて理由にローゼンの名を出さない。
「仕方あるまい。父上の面目を潰すわけにもいかぬ。ここは引き下がるとしよう」
無理矢理連れて行こうとした王子があっさりと引き揚げて行った。
群衆も散って行き、呆然とするヒカルとカヲル。
「な、なんなんだ、一体……」
「どうやら、ローゼンさんの名前が効いたようだけど……」
「こ、怖かった……」と、胸を押さえるサク。
カヲルが
「今からローゼンさんに報告しよう」
と、言うので、ヒカルも「そうだな」と賛成する。
「カラヤ商店に行くのぉ……?」
気が進まない様子のサクにカヲルが言う。
「ルークさんと顔を合わせるのが気まずいのは分かるけど、事が事だよ。なにせ、王族に逆らったんだ、僕らは。後でどんな仕返しをされるか分からない」
「ケッ! 納得いかねぇな。王族なら何してもいいのかよ!」腹立たしげにヒカル。
「残念だけど、それが王族だ。西部の王様みたいに格下に頭を下げるような人の方が珍しいと思うけど」
「そうだね……」
カヲルの言葉にサクも納得した。
カラヤ商店に向かったヒカル、カヲル、サクの三人。たまたまルークは不在で、店にはローゼンがいた。
倉庫で届いた荷の確認をするローゼンは店の者たちに指示を出している。
ここの支店長がローゼンに報告する。
「遅れていた東洋からの品も全てそろいました」
「よし。明日、領主のもとへ届けよう」
そう言うと、ローゼン、声を潜めて店長に訊く。
「それと人足の数だが、こっちに集められたか?」
店長も合わせて声量を落として話す。
「はい、千騎集まりました。人足用の宿舎では足らなかったので、別に宿を手配いたしました。もちろん、カラヤ系列の宿です」
「ご苦労」
「しかし、千騎でよろしいので?」
「多過ぎても経費がかさむし、要らぬ疑いをかけられても困る」
ちょうどそこへ番頭のトリンタニーがサクたちの訪問を告げに来た。
店の奥で事情を聞いたローゼンが言う。
「それにしても、無事で良かった。しかし、男装がかえって目立ってしまったか。仕草はそう簡単には変えられないしな」
彼は安堵の後、頭をかいた。
ヒカル「演技力ゼロだな」
サク「ごめん……」
ローゼン「仕方ないさ」
「このままで大丈夫ですかね?」と、カヲル。
「さて……」と、少し思案すると、再び口を開くローゼン。
「ひとまずは大丈夫だろう。カーミルが俺の名を聞いて引き下がったのなら、それは西南の領主のお蔭だ」
カヲル「と言うと?」
「父親である西南の領主に随分と気に入られているから、俺」
と、肩をすくめるローゼン。
会話に番頭のトリンタニーが加わる。
「西南の領主様に婿養子に迎えて跡を継がせたいとまで言われましたほどです」
「ええっ!?」と、カヲルとサクが声を上げて驚き、ヒカルは驚きのあまり しかめ面になる。
ローゼン、理知的な広い額を手で押さえて悩ましげに言う。
「ハハ……。当然、断った」
「なるほど。と言う事は、実子を差し置いてまで跡継ぎにしたいほど、王様に贔屓にされてるローゼンさんと揉めると、カーミル王子の方が分が悪いってとこですか」
と、話を整理するカヲルにうなずくローゼン。
「まぁ、カーミルにとっては、そうだな。だから、今回の騒動を父親には言えないはずだ。言ったら必ず叱責されるからな。以前にも、俺に『商人風情が』と突っ掛かったが為に謹慎させられた事がある」
ローゼン、さらに凄い裏事情を話す。
「それに、あの領主の事だ。俺を取り込む事で、カラヤ商店の財力と人脈、情報網、流通網、武器に武力となる人員、これら全てを手中に収められるという計算も働いているだろうな」
そんな大人の腹黒さにサクも「うわぁ……」と言葉を失ったり、ヒカルも「えげつねぇー」とドン引きしたり、カヲルも
「西部の王様より上手ですね」
と、評する。
「だからこそ、婿養子を断っているんだ。嫁をもらうよりも、もっと面倒な話になるからな。しかも、あの狸領主は、まだ諦めていないときてるから厄介なんだ」
と言って、溜め息を吐いた後、ローゼンはサクに向かって
「そういう訳だから、サクは今回も俺の恋人役を頼むよ?」
と、ウィンクする。
「えー……。今度は美夜お姉ちゃんにしてよぉ。お姉ちゃん、今、フリーだしぃ」
ルークが心変わりした事で美夜に付きまとう人間がいないからと思い、サクは提案したが、
「いや、ダメだ。西南の第二王子と西部の第一王女は婚約中だから、両国には繫がりがある。別人が恋人役では嘘がバレる」
と、ローゼンに却下された。ちょっとむくれるサクに気付いてか気付かずか、ローゼンはサクたちに予定を伝える。
「登城は明日の午後だ。西部の時と同じメンバーで、西南の城でも三泊する事になるだろう。西部で泊まったのに、うちでは泊まらないのかと文句を言われても困るからな。急だが、レイたちにスケジュールを空けておいてくれと、伝えてくれ」
「分かりました」
と、カヲルがサクより先に返事する。彼はすっかりローゼン派であり、レイの秘書のようにもなっている。
「踊り子の姉ちゃんたちは、ご褒美目当てに張り切るだろうな」
「急な話でも喜んでスケジュールを空けるぜ、きっと」
などと、ヒカルとカヲルが顔を見合わせて笑う。その話に、ローゼンやサク、トリンタニーも笑った。




