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11-ⅴ)芽生えの時〜失恋

 かくして、サクはルークと一回だけデートをする事になった。ローゼンの提案通り、同伴者付きで。


「すまないな、サク。あまり、デートとは思わずに、普段の『街歩き』だと思って接してやってほしい」


 ローゼンからはデートの前日にそう言われていたサク。

『なぁんか、難しいなぁ……。デートってした事ないしぃ……』

 兄から聞かされた当初はそう思ったものの、

『正直どなん事したらええか よう分からんきん、ローゼンがゆうたみたいに、そんでええんかもぉ』

 ローゼンのアドバイスを思い出し、少し心が軽くなる。

 噴水の前で待ち合わせたサク。しばらくして、ルークがやって来た。

「やぁ、お待たせ。カヲルが同伴者か」

「すみませんねぇ。お邪魔虫も一緒で」

 嫌味を言うカヲルに、ルークは

「仕方ないよ」と、笑う。

「まぁ、レイさんだと殺気立つんで、結局、僕になったわけで」

「……助かるよ」

 心配性なレイの怒り顔が目に浮かぶルークはカヲルに苦笑いで返し、サクも微苦笑した。

「サク。硬くならなくていいからね? 普段の『街歩き』だと思ってくれたらいいから」

「はい」

 サクはそう返事しつつ、優しく話しかけるルークの雰囲気に

『こういう優しい所、ローゼンと似てるなぁ……』

 と、思う。実はルークもデートの前に、


「サクはデートだと思わせたら緊張するだろうから、普段の『街歩き』のつもりでいいと言ってあげるといい。実は俺、出逢った当初は嬉しさのあまり、つい、がっついてしまってさ。後になって、サクを怖がらせて警戒されたんだと反省したよ」


 と、兄ローゼンから言われていた。

「サクは行ってみたい所とかある?」

 ルークに訊かれて、「う〜ん……」と、ほほに人差し指を当てて考えるサク。

「わたしは初めての街だしぃ、とりあえず散策?…でもいいですか?」

「うん、そうだな、そうしよう。途中でおすすめのカフェへも案内するよ。パイ生地のスイーツが美味しいんだ」

「えー、やったー。楽しみぃ〜」

 スイーツに釣られたサク、嬉しそうにルークの後に付いて歩き始めた。その後ろを歩くカヲルがルークに向かって訊く。

「僕も奢ってもらえるんですか〜?」

「ハハハ……、奢るよ」

 ルークは苦笑いしつつ答えた。



 雑貨屋の綺麗な小物を見て楽しむサク。色鮮やかな食器類や魔神でも出て来そうなランプ、繊細なガラス細工などがある。瑠璃色のガラスのペーパーウエイトを見つけて、サクは思わず興奮して振り向きざま声をかける。

「ねぇねぇ、見て! ローゼン……」

 自分でも口をいて出た名前に驚くサク。ハッとして、指先で口元を隠した。出だしから大失敗である。

「あ……、ごめんなさい」

 ルークも目を見張ったが、すぐに気遣って微笑する。

「いいよ。いつも兄さんと街歩きしてるものね。今日はいつもと違うから…。間違っても仕方ないよ」

 サクが気まずそうなので、ルークが話題を変える。

「それより、なんだったの? どれが欲しいの?」

「えっと…、欲しいってゆうより、綺麗だったから見せてあげたいな、と思って……」

 サクは瑠璃色のガラスのペーパーウエイトを指差した。

「どれどれ、これかぁ。綺麗だね。買ってあげるよ」

 ルークに「い、いえ、いいです」と断ると、

「一緒に見て、喜びたいだけだから……」

 と、はにかむような笑顔を見せるサク。ルークはそんなサクに意表を突かれて、一瞬、目を見張る。

「……そうなんだ」

「うん」と答えると、サクは今度は別の小物を見て「これ可愛い〜」と言うので、ルークも一緒に見て「そうだね」などと感想を言い合いながら、兄ローゼンの言葉を思い出していた。


 それは行商の道すがら聞かされた話だった。

「サクは驚くぐらい欲が無いぞ?」

 サクの性格について言う兄は

「だからと言って、それをいい事に何も与えず利用しようなどという男が近付いてきたら、レイでなくとも、この俺が叩きのめして葬ってやる!」

 と、拳を握り締めて怒り出したかと思えば、

「それに、あの子は人と感動を共有したいタイプだから、基本的にかまってあげないといけないんだ」

 と、嬉しそうに抱き締めるような仕草をする。愛する女の為に喜怒哀楽を顔に出して語る兄の滑稽な姿を、その時のルークは苦笑いと共に眺めていた。


 が、今になり思い知らされる。

『あの時はただののろかと思ってたけど、兄さんは本当にサクの事をよく見ている……』

 サクが好む物を何点か見た後に、ルークは気付く。またもや、兄ローゼンの言葉が脳裏をよぎる。


「サクはセンスがいいんだ!」

 と、嬉しそうにサクからもらった銀色の羽根のしおりを見せて自慢する兄を『……まるで子供だな』と思い、呆れて笑っていたルーク。


 が、兄による評価は “あばたもえくぼ” というわけでもなさそうだ。

「サクは洗練された物が好きなんだね」

「うん。どっちかってゆうと、そう。派手でギラギラしたのは好きじゃないかな。ルークさんはどうゆうのが好きなの?」

「そうだなぁ。俺は……」

 少し打ち解けてきたルークとサク。カヲルは余計な口を挟まず、二人の様子を無言で見ていた。

『……仲良くなってる。ローゼンさんにとってはマズイんじゃないのか? いや、でも、相手はサクだからなぁ……。老若男女関係なく誰とでも あんな感じだし』

 ローゼンの思惑も、サクの心の内も計りかねるカヲルは思わず頭をかいていた。


 ルークとサクのデートの様子を見ていたのは、実はカヲルだけではなかった。離れた所から、じーっと見ている人物がいる。その人物に、いきなり誰かが声をかけた。

「何してるんだ?」

「ヒッ!?」

 背後から声をかけられてビックリして振り返ると、声のぬしはローゼンだった。

 振り返った人物から離れて対面して訊ねるローゼン。

「踊り子の仕事はどうしたんだ、美夜」

 訊ねられた美夜はいつものように、派手な服で、耳や首や指、腰、足首などにギラギラと光り物をたくさん身に付けている。

「きょ…、今日は休みよ。そっちこそ仕事はどうしたのよ」

 つい、さっきローゼンの端整な顔を間近で見て、心臓がバクバクしている美夜。とっさに言葉が出なかった。一方のローゼンは悪戯が成功した悪ガキのような笑みを浮かべている。

「俺は通常業務の外回りの途中だ」

 腕組みして偉そうに言うローゼンだったが、

「ついでに、あいつらの様子を見に来た」

 と、あっさりと白状する。

「なによ。結局、あんたもコソコソと跡を付けて、『同じ穴のむじな』じゃない」

「まぁ、そう言うな。お前だって心配で見に来たんだろ。ところで、お前はどっちが心配なんだ? ルークか」

「そんなわけないでしょ!」

 からかうローゼンに声を荒げる美夜。

 と、その時、ルークたちの動きを察したローゼン。

「お! 店を出るようだ。場所を変えよう」

 手で『来い』という合図で促されて、美夜はローゼンに付いて行った。



 ルークが行こうとしているカフェがどこなのかを知っているので、ローゼンは別の通りのカフェを選んだ。

 席に着くなり、開口一番、美夜が

「あんた、どういうつもりよ」

 と言う。

「なにが?」

「なにが、じゃないわよ。あんたがデートを許したって聞いたわよ、おにィから」

「まぁな」

 と、ローゼンはなぜか落ち着き払っている。長い脚を組んで腕組みし、椅子の背にもたれる。

「あんたらしくないんじゃないの? いつもなら、『サク、サク』って、うるさいくせに」

 いぶかしむ美夜にローゼンは静かに言う。

「最初は、ルークがサクと付き合う事に猛反対したさ。あいつは惚れっぽい上に飽きっぽいからな。それで泣かされた女も多い」

「だったら、なんで!」

 と、美夜がテーブルを「バンッ!」と叩いたところで、注文していたコーヒーが来た。人前で声を荒げた為に、給仕係が配膳し終わって去るのをバツが悪そうに待つ美夜。

 ローゼンはカップをその形のいい鼻に近付けて、カフェオレの香りを嗅ぐ。その何気ない仕草にさえも美夜は見とれた。そもそも美夜は爽やかさと男らしさを絶妙なバランスで兼ね備えたローゼンの美貌に惚れていたし、本当のところは未練がある。

 ローゼンは一口飲んだ後、再び話し始めた。

「今回ばかりは兄として弟を応援したいのさ」

 と、微笑する。

「はァ?」と、腑に落ちない美夜。さっきから、ローゼンの魂胆が読めないでイラついている。

「レイに掛け合っている時のルークの話を聞いていたらさ、今度は本気なんだと思ったよ」

 と、静かにカップの中を見つめるローゼン。それに対して、美夜は目を見開いて言う。

「本気だったらマズイでしょ。あんたにとっちゃあ」

 ローゼンはカップを置いて答える。

「それはそうなんだが、ルークの成長の芽を摘みたくはないんだ」

「なに、それ」

 げんな顔で眉根を寄せる美夜は『サクを諦めて弟に譲る気?』と思う。

「今になって気付いたんだが、これまで ルークは『本気の恋』をした事がないんじゃないかと思ってな」

『ルークが本気……?』

 と、にわかに信じられない美夜は沈黙する。

「ルークは初めてだと言ってたよ。サクと話してたら、ここが『ぽかぽか』すると言うんだ……」

 ローゼンは目を閉じて自分の胸に手を当てた。

「そんなの、恋をしたら当たり前じゃない。胸がドキドキするのなんて」

 美夜は自分の豊満な胸元に手を当てて『何を今更』という風に言うが、そんな彼女に ローゼンはゆっくりと首を横に振る。

「そうじゃない。あれは、そういう自分の欲求を満たしたいという欲望からくるものじゃない。『心が温かくなる』という意味だと思う」

 ローゼンはカフェオレを二口ほど飲んでカップを置く。ローゼンの言葉の意味を呑み込めないでいる美夜は、まだ一口もコーヒーを飲む気にはなれない。

 鼻息をいた後、ローゼンは続けた。

「まぁ、ともかく、ルークに今までにない事が起きているのは間違いないようだ。俺はそれを静かに見守りたいんだ」

「じゃあ、サクはルークにられてもいいってわけ?」

 美夜に訊かれて、フッと笑みをこぼすと、

「心配で一応、見には来たが、やっぱりサクはサクだったよ。特に変わりはなさそうだ。それに、万が一、ルークに魔が差した時の為に、カヲルを見張りに付けているし、心配はない」

 余裕を見せるローゼンだったが、最後に「ふぅ……」と、溜め息をき、

「それより、サクには少しでもいいから、俺の事を特別扱いしてほしいもんだよ……」

 と、サクに対する愚痴をこぼす。額を押さえて嘆くローゼンに

『さっさと告白しないのがいけないんでしょ!』

 内心で突っ込む美夜。だが、あえて口には出さない。本心ではローゼンとサクが簡単に結び付く事を快く思わないからだ。

「まっ。あんたも、なんだかんだ言っても、『兄貴』ってわけね?」

 と、余裕の笑みを見せて肩をすくめた美夜に、

「まぁな」と、ローゼンは笑うと、残ったカフェオレを飲み干して、立ち上がった。

「俺は仕事に戻るよ。お前も付け回すのはやめて、ルークを待つ事だな」

「別に、あいつに興味はないわよ」

 と、そっぽを向く美夜。

「そうか? じゃあ、可愛い妹が心配って事かな?」

 そう言って微笑むと、ローゼンは伝票を持ってまとめて二人分の支払いを済ませて、カフェを後にした。

 先程の伝票を取る為に近付いたローゼンの端整な顔に悩殺され、美夜は茫然自失としていた。

 しばらくして、カップを手に取り、中のコーヒーを見つめて、

「なんでサクなのよ……」

 と、美夜は不満げに つぶやいていた。



 一方、サクたちはルークおすすめのカフェで休憩する。

「君は俺の兄さんの事、どう思ってるの?」

 兄の事を男として どう思うのかを、つい気になって訊きたかったルークだったが、

「う〜ん……。ローゼンは自分の事以上に人の事を考えてる人だと思う」

 少し思い出すように考えた後、サクから返ってきた答えは人間としてのローゼンの姿についてだった。

「みんなの事、よく見てるしぃ、わたしみたいな取るに足りない人間にも親切だし。それって凄いよね?」

 サクの意外な言葉にルークはハッとさせられる。

「ローゼン様って素敵よね〜。惚れ惚れするわ、あのお顔!」

「弓矢の名手だなんて、かっこいいわぁ〜」

「さすが豪商カラヤの御曹司よね〜」

 などと、兄の容姿や能力、財力を誉め称える女たちとは違う事をサクは言うのだ。

「権力者とかお金持ちの中にはぁ、やたら偉そうに振る舞ったり、時には人をいじめて喜んでるような人もいたり……、旅先でそうゆう人、けっこう見かけたから。だからぁ、立場のある人でローゼンみたいに偉ぶってない人って、あんまりいないんだよね」

「へ、へー……」

 そんな二人の会話を通路を挟んだ隣のテーブルでカヲルが聞いている。カヲルのテーブルにも、カフェオレと名物のパイ生地のスイーツがある。

 ルークが話題を変えた。

「サクは好みのタイプとかはないのかい? 例えば、顔の好みとか」

「う〜ん。顔かぁ……。正直あんまり、ないかもぉ。初恋も顔が好きってわけじゃなかったし」

『あ、あるんだ、初恋……。無いわけないか』

 と、若干 落ち込むルーク。

「そもそもぉ、顔の基準自体よく分かんないんだよね〜。うちのお父さんもぉ、お兄ちゃんも、いわゆる女顔だからぁ、そっちが普通って感覚でぇ、男らしい顔って、なぁんかピーンと来なくてぇ」

 ちょっと困り顔をして、ほほに片手を当てるサクの話から、ある意味で特殊な環境で育ったのだと知ったルーク、

『お父さんもレイさん並みの美形なのか……。凄い家系だな』

 と、次元の違いを感じた。

「だからぁ、みぃんな、ローゼンが美形だ、美形だ〜とかゆうけどぉ、正直わたしには分かんない。みんながゆうぐらいだから、万人受けするんだなって、客観的には分かってるんだけどぉ……」

 呆気に取られるルークの顔を見て、『しまったぁ! なんか引かれてるぅ!?』と思い、口元を指先で隠したサク。

「あ! ローゼンには内緒ね? 悪口だと勘違いされてもいけないから」と、焦って、手を合わせて懇願する。

「う、うん」

『さすがに言えない。まさかの顔は好き嫌いの判断から除外されてるだなんて。兄さんが聞いたらショックを受けるだろうなぁ……』

 さっきはローゼンを持ち上げたかと思えば、ドン底に突き落とすような評価を下すサクに苦笑するしかないルーク。さすがに兄に同情した。

「あ、でもぉ、お兄ちゃんはローゼンの顔が羨ましいってゆってたよ?」

 と、失敗した分を挽回したつもりのサク。

「ハハハ……」と苦笑いでルークはごまかした。

『ローゼンさんはレイさんじゃなく、サクに褒められたいんだろうけどね』

 と、思ったのはルークだけでなく、カヲルも同じだ。

「そう言えばぁ、ルークさん、兄弟だけあって顔も似てるし、優しいしぃ、モテるんじゃない?」

 と、言うサクは『だから、なんで、わたしなんか…』と、ルークが自分と付き合いたくなった理由を訊こうと思っていたが、次のルークの反応を見て、聞きそびれる。

「え……? いや〜、どうかなぁ……」

 サクに言われて、視線をらし言葉を濁すルーク。思わず手で頭をかいていた。

『モテるって自慢したら、かえって印象悪くなるから嫌だなぁ。サクに遊んでる男だと思われて嫌われたくない』

 今更、い子ぶるルーク。

 サクが小さく吹き出して笑い、口元を指先で隠す。そんなちょっとした仕草も可愛く見える。

「なんか、そうやって謙遜する所、ローゼンと似てる」

 サクの瞳がキラキラと輝く。

「それにぃ、ローゼンって、あんまり自慢しないよね。そうゆうとこ、大人ってゆうかぁ、わたしも見習いたいんだぁ〜」

 サクの笑顔にルークは ただただ純粋に

『綺麗だ……』

 と、感動した。

『今まで色んなイイ女を落としてきたけど、こんな風に純粋に感じた事なかったな』

 と、これまで落としてきた女たちがこびを売って、“しな” を作る姿しか思い出せない。サクのような笑顔は彼女たちにはなかった。

 サクはカフェオレを一口飲んで、手にしたカップの中を見つめながら、ローゼンの顔を思い出して話す。

「ルークさんと今日、お喋りしてて気付いたんだけどね、ルークさんも話を聞いてくれてる時の優しい雰囲気とか、失敗しても怒らずに優しくフォローしてくれるとこも、ローゼンと似てるね。やっぱり、兄弟だねぇ……」

 サクの中でルークの印象が良くなったのは全て、サクの事を兄ローゼンから聞いていたお蔭である。

『好感度が上がったのは俺の手柄じゃない……』

 と、思うルーク。

 そして、ルークはもう一つ気付いていた。サクはローゼンの話をしている時だけキラキラとしている。それはサクの話をしている時のローゼンも同じだった。

『ああ……! 兄さんもサクも “一途” なんだ。だから、あんなキラキラした笑顔なんだ……!』

 兄ローゼンの見た目の問題でなく、心根の面で敗北感を味わわされ、

『しかも、お互いの事をよく分かっている。俺が入り込む余地なんて、どこにも無い……』

 おまけに、二人の絆が深い事まで思い知らされ、放心するルーク。

 一方、サクの中では

『ルークさんって、チャラい人だと思ってたけど、意外と真面目な人なんだなぁ……』

 と、ルークへの評価が格上げされた。

「わたしもね、マジメなとこ、お兄ちゃんと似てるって、よく ゆわれるんだ〜」

 と、言うと、顔を上げたサク。放心状態のルークに気付く。

「ルークさん? どうかした?」

「え……? あ、いやぁ……。なんでもないよ」

 と、取り繕って、ルークはカフェオレを飲んだ。

『こりゃあ、脈なし、だな』

 と、隣のテーブルでパイ生地のスイーツを頬張るカヲルも気付いていた。



 早めの夕飯を取り、ルークはサクが泊まる部屋の前まで送った。カヲルはあまり邪魔にならないように配慮して少し離れて二人の様子を見守る。

「ルークさん、今日はありがとうございました」

「こっちこそ、今日はありがとう。サク」

 サクは伏し目がちになり、返事をする。

「でもぉ、やっぱり、ルークさんとは……」

 「付き合えない」という言葉を遮るように、ルークが微笑を浮かべて言う。

「分かってたよ。それでもいいから、一度、じっくりと話してみたかったんだ。君とは ほとんど接点がなかったから、君という人を もっと知りたいと思ってね。無理に付き合わせて、ごめんよ?」

「ううん」首を小さく横に振るサク。

「それじゃあ……」別れを告げるルーク。

「さようなら」

 と、律義にお辞儀するサクの前で、ルークは出来得る限り平静を装い、帰って行った。

『最後まで、サクには嫌な印象を持ってもらいたくはない』

 それは

『俺なりに、男としての、せめてもの矜持プライドだ』



 酒場でルークは酒に酔って、店主の前で くだを巻いた。

 店主は慣れているのか、目の前の酔っ払いに返事をするでもなく、相槌を打つでもなく、ただ黙っている。聞いているのか、聞き流しているのか、それすらも定かではない。黙ったままグラスを磨いたり、求められれば酒をいでやる。

「俺、今日、……女に振られたんだ」

「何やっても兄さんにはかなわないから、見栄張って空威張りなんかしてみせたり、女にモテたくて筋トレ頑張ってさ、それでもこのザマだよ。無理して張り合ったって、このザマだよ……」

「兄さんはいいよ。なんにもしなくても、女の方から寄って来るんだから」

「いや……、悪いのは兄さんじゃない。……俺だ。大して好きでもないのに、兄さんに張り合う為に色んな女にちょっかい出してさ。それでいつも、女が媚び出して自分に振り向いたなと思った途端、急に興味が失せるんだ。そして、あっさりと捨てるんだ。だから、バチが当たったんだ……。本当に好きになった相手に好きになってもらえないんだ!」

「サクぅ〜!!」

 ルークは肩を震わせて泣いた。

 酔い潰れて眠るルークに二人の男の影が近付いた。ローゼンとレイである。示し合わせたわけではないが、二人ともルークを心配して見に来ていた。

「あーあ。世話が焼けるなぁ……」

 と、頭をかくレイに、ローゼンが詫びる。

「すまない。ルークを運ぶのを手伝ってくれ」

「仕方ないなぁ。こいつ、重いぞ? 店まで連れ帰れるのか」

「大丈夫だ。馬を二頭連れて来ている」

 ローゼンは酒代を払うと、レイと共にルークの両脇から肩で担いで店の前に出た。

 体をうつ伏せにして馬の背に乗せられたルーク。彼を乗せた馬の手綱を、もう一頭に騎乗したローゼンが引いて帰って行った。

 見送るレイは思った。

『あいつも “兄貴” なんやなぁ』

 後頭部に手を当て、自分と同じく兄としてのローゼンに共感する。そして、鼻息をき、

『男の兄弟かぁ。羨ましいなぁ……』

 ローゼンとルークのカラヤ兄弟を微笑ましく思うのだった。


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