1-ⅱ)邂逅(めぐりあい)〜踊り子と兄妹
金髪のヒカルと銀髪のカヲル ── 目付きの悪い痩せ型の双子の天堂兄弟はいい仕事が見つからず、夕空を眺めた。
「どうする? 今日、サクのとこ行く?」
と、カヲル。
「行けるわけねぇだろ。お前だって、女の所へ手ぶらでなんか行けるのか? そんなカッコ悪りィ事できるかよ……」
と、むくれるヒカルにカヲルが にやりと笑う。
「『お前だって』……、はぁ〜ん? さてはヒカル、サクのこと、好きなんだぁ」
「う、うるせーッ!」
と、照れ隠しで怒り、スタスタと歩き出すヒカルだった。
天堂兄弟がやっと割のいい仕事を見つけられたのは夜の安酒場での事だった。
二人は銀貨の入った袋に目がくらんだ。
「ある人物をやってほしい」
指にじゃらじゃらと宝石のついた指輪をいくつもはめた男の眼が怪しげに光る。
「そいつはとんでもない極悪人で、始末してほしいんだが、街の中では役人に気付かれてしまう」
その男は天堂兄弟の他に数名を集めていた。それらは皆、腕に覚えがありそうな屈強な男たちだ。
「そこでだ、そいつらを街道で待ち伏せて始末したい。では、奴らの出立日が分かったら、また知らせる。また、ここで落ち合おう」
一方、ルークの兄は高級酒場にいた。カードゲームでボロ勝ちする顔の綺麗な人物の肩を、金の指輪をはめた左手でポンポンと叩いて、声をかける。
「よう! レイ」
「あっ? ローゼン。また会ったな。お前もこの街に来てたのか」
レイは席を立ち、ルークの兄こと『ローゼン』と握手を交わした。
レイと呼ばれた人物は化粧っ気がないのに、美女も青ざめて逃げ出したくなるほど、顔の美しい男だった。ローゼンはローゼンで端整な顔立ちであるから、二人が黙って並んでいると、恋人に間違われても不自然ではない。が、二人の会話にそんな色気は微塵もない。
「元気そうだな」と、ローゼン。
「お蔭様で。どうだ、一勝負するか?」
「いや、やめとこう。俺とお前じゃ朝になっても勝負が付かないよ」
「ハハ…、それもそうだな。お互い強運同士だしな」
「一杯おごるよ」
と、カウンターへ誘うローゼン。
二人してワインを片手に談笑する。
「ところで、仕事はどうだ?」
と、ローゼンが訊く。
「まぁ、ぼちぼち。さっきも、ゲーム中に何人かと取引の話をした。宝石の売買の方も鑑定の方も まあまあな実入りかな。そっちとは比べ物にはならないけどね」
「うちは大所帯なだけで、けっこう経費はかかるぜ?」
「ハハ…またまたぁ」
笑って返すレイにローゼンが思い出したように言ってくる。
「ああ、そうだ。いつだったか、お前の三人の妹たちを紹介してくれるって話だけど、申し訳ないが、辞退するよ」
「え? なんで? まだ会った事ないだろ、うちの妹たちに」
「事情が変わってな」と、ローゼンは真面目な顔で答える。
「また、見合いでもするのか?」
「まあ、そんなところだ」
「あれだけ見合いは嫌だのなんだのと言ってた お前が、一体どういう風の吹き回しだよ」
「ハハハ……」と、ごまかし笑いのローゼン。
「そうか、残念だな。ローゼンにだったら三人まとめて、くれてやってもいいと思ってたんだけどなァ」
と、レイはワイングラスを回した。
「悪いな」と、微笑するローゼン。
数時間前の昼間、ナン屋の女将はローゼンにべらべらと喋ってくれた。
「あの子、和の国から来たとか言ってたよ」
「親元を離れて、兄妹で旅をしてるんだってさ」
「確かぁ……、お兄ちゃんが1人、お姉ちゃんが2人で、あの子と双子の姉がいるって言ってたから、五人兄妹だね」
「この通りの近くの宿場にいるとも言ってたね」
「名前? ああ、子供たちは『サク』って呼んでたっけ。本名までは知らないよ」
これらの情報を元にローゼンはすぐさま近くの宿場を尋ね歩いた。そうするうちに、中年の東洋人の男を見つけて、声をかけてみると、なんと、この男が知っていた。
「なんだよ、ニヤニヤして。気持ち悪い」
頬杖を突いて思い出し笑いするローゼンに、レイが眉をひそめて不気味がる。
「いや、ちょっと……」
と、気まずそうに左手で口元を覆うローゼン。
「はァ? さては見合いの相手、相当な美人だろ?」
「まぁな」
「お前が惚れるだなんて、どんな女だよ。興味深いなぁ。今度、紹介しろよ」
肘で突いてくるレイに、ローゼンが「ニヤリ」と意味深な笑みを浮かべて答える。
「そのうちな」
その際に振った左手から光が見えた。ローゼンの薬指の金の指輪だった。
ローゼンとレイが酒場にいる頃、あの美しい踊り子が泊まる宿に貢ぎ物を持って来た男がいた。ローゼンの弟・ルークだった。筋骨隆々でいかにも恵まれた体格はルークの自慢でもあるし、そもそも女にモテるために鍛えた筋肉である。中身は結構チャラい男だ。
「ああ! どうかッ、受け取って下さい」
数々の宝飾品と絹の服 ── 三人の踊り子たちはたくさんの貢ぎ物を前に驚く。
「どどど、どうしよう? い、今、兄さん、いないし……。か、勝手に受け取ったら、おおお、怒られるわ……」
と、動揺する赤毛の踊り子。白地に金糸の刺繍を施した揃いの舞台衣装と違い、私服は真っ赤な色だ。
赤毛の踊り子は
『わたしは一応、あんたを止めたわよォ?』
という目で栗毛の踊り子を見る。
「何、ビビってんのよ、おねェ。それにしても、今までで一番豪華な貢ぎ物じゃなぁ〜い」
と、両手を握り合わせて喜ぶ栗毛の踊り子。彼女の私服はギラギラと特に光り物が多い。
「こんなにたくさん、要らない。旅の邪魔」
と、無愛想に断る黒髪の踊り子。こちらの私服は真っ黒と、三人三様、個性的だが、三人とも宝飾品を身に付け、顔には化粧もバッチリ施している。
「ちょっと、勝手に断らないでよ、輝夜!」
と、栗毛の踊り子が、黒髪の輝夜に怒る。
「そうよ、輝夜。美夜の言うとおりよ。このお兄さんの面子ってものもあるじゃない? ストレートに断るのは、ねぇ?」
と言う赤毛の踊り子に黒髪の輝夜は単刀直入に訊く。
「華夜、この男と付き合いたいのか?」
赤毛の華夜は返事に窮すると、栗毛の美夜が「どうしようッかなー」と気を持たせるような口振りをする。
「もし、貴女方さえ良ければ ──」
ルークが片膝を突いて言う。
「三人まとめて俺と付き合って下さい!」
華夜、美夜、輝夜、一瞬にして凍り付いた。
「ああッ!? ふざけんな!」
ドンッ! 美夜の強烈な蹴りがルークのみぞおちに入った。うずくまるルーク。急所を突かれては鍛えた筋肉を以てしても役に立たず。
「あんたねぇ、人を舐めてんの? 三人まとめて妾にしようだなんて、いけ好かない金持ちね! こっちからお断りよ !! 荷物まとめて出てけッ!!」
美夜のあまりの剣幕に驚いたルークは大人しく貢ぎ物を袋に戻し入れ、部屋を出て行く。
「フンッ!」という美夜の荒い鼻息に続いて、
「バタンッ!」と扉を閉める音が鳴る。
閉じられた扉の前でルークはみぞおちをさすり溜め息を吐くと、すごすごと帰って行った。
静かになったところへ、隣の部屋からサクが恐る恐る出て来る。踊り子たちの部屋をノックして「サクだけどぉ……」と言うと、「いいわよ」と言われて、入る。
「お姉ちゃんたちぃ、何かあったの?」
と、不安そうに訊くサクに華夜が謝る。
「ご、ごめんね。起こしちゃった?」
「うん……」
「あの男が悪いのよ!」
と、美夜の怒りはまだ治まらない。
「何があったの?」サクが輝夜に訊く。
「大した事ない。また、貢ぎ物してきた男の事が気に入らないって、怒ってるだけ。気にするな。サク、体に障る、早く寝た方がいい」
そこへほろ酔い気分なレイが帰って来た。
「あれ? なんだ、サクがいないと思ったら、こっちにいたのか」
「兄さん、お帰りなさい」という華夜の言葉に他の妹たちも「お帰り〜」と続く。美しい妹たちが四人全員そろい、人も羨む華やかな光景だ。が、レイにとっては、これはごく当たり前の日常でしかない。
「お前らそろって、なに企んでんだ?」
冗談めかして言う兄のレイに
「呑気ね〜、兄さん。さっきね ──」
と、華夜が先程の顚末を話す。
「へー、三人まとめてねぇ。豪快な」
親指と人差し指のUの字を顎に当てて他人事のように言うレイに
「褒めてどうすんのよ! おにィ!」
と怒る美夜。
「いや、実はな、俺も三人まとめて面倒見てくれそうなイイ金持ちを見つけてたんだけどさ、そいつが他に女ができたらしくて、その約束がパーになったとこなんだよな。惜しい事したな〜」
「おにィ、あたしらを安売りする気?」
と、機嫌の悪い美夜が兄の胸ぐらをつかむ。
「おいおい、バカ言うなよ。俺が見つけて来たんだぞ。そんなしょーもない奴なわけないだろ。少なくとも、お前らを粗末に扱うような事はしないと思うぜ?」
「どうだか!」美夜はレイの胸をドンと突き放す。
「それより、みんな、もう寝ろよ? 明日も仕事だろ」
レイがお開きにして、サクと隣の部屋へ戻った。四人部屋の空きがない時は、レイが体の弱い末の妹・サクと泊まる。
向かいの寝床でサクが今日の出来事をレイに話す。
「お兄ちゃん。今日ねぇ、面白い人たちに会ったよぉお」
サクは眠いのか、声が甘ったるい。
「へー、どんな奴?」
「えっとねぇ、わたしたちと同じ和の国から来た双子とぉ、もう一人はぁ… “指輪のお兄さん” ──」
サクは双子の天堂兄弟の話をした後、“指輪のお兄さん” の事を話す。当然、サクはそれがローゼンとは知らないし、先程、姉たちの所へ訪ねて来たのが、その弟ルークである事も知らない。
「── それでぇ、お店の名前は忘れたんだけどぉ、預けた指輪を店まで持って来てくれたら、欲しい物と交換してあげるとか ゆわれてぇー、なんかメンドクサイから断った……」
一通り話を聞き終えたレイは “指輪のお兄さん” とやらが妙に引っ掛かる。
「サクヤ。その “指輪の男” には気を付けろよ」
と、注意するが、サクはもう寝入ってしまっていた。
『まぁ、いいか。どうせ、旅から旅への生活だ。そいつとも二度と会う事もないだろう』
そう思い、レイも毛布をかぶって横になった。
そして、夜は更けていった。




