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11-ⅱ)芽生えの時〜ルークの憂鬱

 ルークは昨日きのうも美夜に相手にされずに終わった。しつこく付きまとうものの、まだ、一度もデートしてもらえていない。

「どうしたらいいと思う? 兄さん」

 と、行商の道すがら、馬を並べる兄のローゼンに相談をする。

「一度、引く事だな」

「引くって、もし、その間に他に男でも出来たら どうすんだよ !?」

「それなら、それで仕方ないだろ。その時は諦めろ」

「ひどいなぁ。他人ひとごとだと思って。それに、兄さんはサクとは ほぼほぼ毎日『街歩き』とか言って、ちゃっかりデートなんかして、しつこくしてるくせに」

 ふくれっ面のルークに、ローゼンが言う。

「そりゃ、相手はサクだからだ。あの子はプライドの高い美夜とは違う。プライドが高い相手なら、押しまくった後に急にパタッと会わなくなったら、向こうがこっちを気にし出すだろうが、サクのような引っ込み思案な子はほうって置いたら、向こうから離れて行ってしまう恐れがある」

 まともに女と付き合った事がないわりに、妙に恋愛の手管には詳しい兄。おまけに、

「それに、あの子は か弱いから、俺のようなタフな男がそばで守ってやらないとな」

 彼女には自分じゃないとダメだという妙な自信まである。

「そういう訳だから、とてもじゃないが、あの子を相手に駆け引きなんて使える余裕は無い」

「ふ〜ん……。兄さんでも余裕が無いのか」

「まぁな。なにせ、俺は恋愛初心者だからな」

 ローゼン、気後れする事なく、さらっと言う。

「その顔で恋愛初心者って、想像つかねーな。うちの若旦那は」

 隊商キャラバンの人足の一人が突っ込むと、他からも声が上がる。

「人の縁談の世話は散々してるくせにな」

「全くだ」

「ハハハハハ!」

 笑い声も上がった。さすがにローゼン、苦笑いして振り向き、

「みんな好きに言ってくれるなぁ。なんなら、給金カットしようかァ?」

 などと冗談を言うと、人足たちが

「誰だ? 要らんこと言った奴」

「お、俺じゃないぞぉ!」

「お、俺も知らないからなぁ!」

 などと、しらばくれて、口笛吹いてごまかす奴もいる。人足たちの反応を見て笑った後、ローゼンがルークに言う。

「ともかく、一度、美夜と距離を置いてみるのも悪くないと思うがな?」

「う、う〜ん……」と、唸るように返事するルーク。

「それにお前自身、本当に美夜でいいのか、冷静に考えてみる時間も必要だ」

「う〜ん……」

 冷静な兄の助言ではあったが、釈然としないままルークは頭をかいていた。



 西部領内の行商から都へ戻ったルーク。美夜たち踊り子姉妹の公演を観に行こうか、どうしようかと、街をぶらついていると、天堂兄弟と歩くサクに出くわす。

「あれ? ルークさん!」

「やぁ、サク。みんな元気そうだね」

「お姉ちゃんたちの公演、観に行くの?」

「ああ、いやぁ……。今日は別の用があるから」

 と、返事すると、兄から頼まれていた伝言を思い出し、サクに伝える。

「あ、そうだ。今日は兄さん、帳簿のチェックで忙しいから、明日あした、街歩きに行こうってさ」

「そうですか」と、笑顔で返事するサクの様子に淋しげな素振りはない。

『行商で数日会えなかった上に、今日も会えないっていうのに、平気そうだなぁ。やっぱり “お兄ちゃん” 扱いだからなのかな』

 厚かましく「呼び捨てでいい」と人間関係の距離を縮めて来たローゼンと違い、距離感のあるルークに対してはサクの言葉遣いはやや丁寧になる。

「えっとぉ、時間はいつになるか言ってました?」

「ああ。ランチの前に迎えに行くって言ってたよ」

「じゃあ、準備して待ってるからと伝えて下さい」

「分かった」

 それで別れるつもりだったが、ルークは急に気が変わり、サクを引き止めた。

「ちょっと待ってくれ。話があるんだ」



 近くのカフェに入ってルークの話を聞く事になったサク。

「僕たち、席を外した方がいいですか?」

 カヲルが気を遣ってルークに訊ねる。

「いや、聞かれて困るような話じゃないから、別に、いてくれてもいいよ」

 と、ルークはヒカルとカヲルの同席を許す。

「実はさ、サク。美夜の事で相談なんだけど」

「美夜お姉ちゃんが どうかしたの?」

「いや。君も知ってのとおり、俺、全く相手にされてなくてさ。どうしたら旨くいくと思う?」

「う〜ん……」

 サク、くちびるに細い指先を当てて、しばらく考えてみる。すると、サクの口からこんな言葉が飛び出した。

「ルークさん、本当に美夜お姉ちゃんのこと、好きなの?」

「え……?」

 驚きのあまり、呆気に取られるルーク。サクに美夜との仲を取り持ってもらう事を期待していたからだ。

「ごめんなさい、ルークさん。気を悪くしないでね?」

 と、手を合わせて微苦笑し、ルークに断りを入れると、サクは理由を話し始める。

「わたし、子供の頃から色んな人の愚痴とか聞かされて育ってるから、恋愛や結婚には凄く慎重な考えを持っていて…。一時いっときの感情の盛り上がりで一緒になったはいいけど、あとになって破局したって話、けっこう多くて……」

 そう話すサクはルークより7歳下の16歳の少女とは思えない。

「ルークさんが、美夜お姉ちゃんの性格のどういう所が好きなのか、それをハッキリ言えるのなら問題はないと思えるんだけど……」

 と、サクは少々、言葉を濁す。

『言われてみれば、美夜の美貌や脚力に惚れてるわけで、美夜に冷たくされても許せてるのは、その為でしかない』

 サクに指摘されて、ハッとした23歳のルークは自分を妙に幼いと思えた。天堂兄弟はサクとルークの逆転した関係に声には出さないものの驚きを隠せない。

『ウ、ゲェ……』と、ヒカル。

『どっちが年上か分からない』と、カヲル。

「美夜お姉ちゃんのことを好きになってくれるのは ありがたいんですけど、本当に美夜お姉ちゃんでいいの?」

 サクは兄ローゼンと同じ事を言う。が、サクの立場はローゼンとは異なる。

『後で飽きたきんって捨てられたんでは、美夜お姉ちゃんが かわいそうな事になる』

 家族としては心配なのである。だからこそ、あえて厳しい事を言う。

「あの人は負けず嫌いで見栄っ張りだから、結構わがまま言いますよ? お母さんだって、言っても直らないって呆れるくらいだし」

 姉の事を「あの人」と言って、突き放したような客観的な言い方をする。が、その一方で、姉を心配し、ルークへの気遣いもする。

「それでも、わたしは姉妹きょうだいだから、もちろん美夜お姉ちゃんには幸せになってほしい。その為には相手の人も幸せでないと、て思うの」

 ルークは黙って真剣にサクの話に耳を傾ける。

「もし、ルークさんが本当に美夜お姉ちゃんとずっと一緒にいたいなら、時には口喧嘩してでも自分の意見を言ったり、美夜お姉ちゃんのわがままを上手くかわしたりするとか、そういう事が必要になってくると思う」

 サクの意見をはたで聞いていて、

『そんな女、メンドクサ!』と思い、顔をしかめる度量の小さいヒカル。

『美夜さんの場合、サクの場合とは反対の意味で男の度量が問われるな』と、カヲルの頭は冷静だ。

 ルークの方は


「サクは甘やかしてやらないといけないが、美夜のような女は甘やかすと ろくな事はないぞ?」


 いつだったか、そんな兄ローゼンの言葉を思い出す。

「……うん。そうかもしれない。美夜と付き合うには、それなりの覚悟が要るな」

 ルークはそう言うと、腕組みして、少し考え込む。

『兄さんにも似たようなこと言われてきたけど、身内だから、つい「うるさいなぁ」と思っていたが、他人に言われると意外と聞けてしまうものだな』

「ルークさんが真剣に考えてくれた上で、い所も悪い所もひっくるめて美夜お姉ちゃんがいいってゆってくれるのなら、その時は、わたしはきっと応援するから」

 微笑むサクのまっすぐな言葉はルークの胸に深く届いた。

「うん。ありがとう、サク。よく考えてみるよ」

 ルークは遠慮するサクを押し切って、みんなのお茶代を支払うと、先にカフェを出た。カフェを出てすぐ振り返り、頭をかきながら思う。

『西の領主の城で、レイさんから話には聞いていたけど、想像以上にサクは大人だ』

 そして、

『サクの言うとおり、俺は美夜の中身を全然 見ていない。美夜の性格のどこがいいかと訊かれたら、今の俺じゃあ、やっぱり答えられないし、美貌だけで関係が長続きするわけないよな』

 と、溜め息一つき、その場を去って行った。



 この頃、美夜は少しイラッと来ていた。

 楽屋テントの中で化粧を施しながら、姉妹たちが話す。

「最近、来ないわねぇ? ルーク。とっくに行商から帰ってるはずなのに。来なくなって十日ぐらいは経つんじゃない? 風邪でも引いたのかしら」

昨日きのう、ヒカルと買い物行った時、ルーク見かけた。ピンピンしてた」

 華夜にそう答える輝夜。また、嫌がるヒカルに無理矢理付き合わせたようだ。

「あら〜。じゃあ、どうして来なかったのかしらぁ?」

「別に、どうだっていいじゃない。あんな奴!」

 華夜の言葉に不機嫌な物言いで返す美夜。そんな妹・美夜の様子に華夜は思う。

『ルーク、ひょっとして駆け引きに出たのかしら。だとしたら、成功のようね。案外、ローゼンの入れ知恵だったりして』

 華夜の想像は少し当たっていた。確かに、ローゼンは “引く事” を助言したが、ルークが美夜に会いに行かなくなった理由は本当のところ、他にあった。


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