11-ⅰ)芽生えの時〜レイの憂鬱
「はぁ……」
レイはこの日、仕事を休んで、独りカフェで溜め息を吐いていた。
昨日まで恋人役を務めたサクの様子に、ローゼンに対して満更でもないと気付いているレイ。
『どうしたもんか……』と、悩んでいた。
レイは両肘を突いて頭を抱える。
『ローゼンが現れてからというもの、今まで俺がやってきた事をほぼほぼ、あいつに取られとるような気がする……』
それまではレイがサクを守ってきただけに嫉妬を感じているレイ。
『ほんでも、あいつが何遍もサクヤのこと助けてくれたんも事実やしなぁ』
と、一方では現実を受け入れてもいる。絡んできたカフェの客、人買い、タチの悪い貴族や暴漢からサクを守ってくれたローゼン。さらには、サクの為に名医を紹介してくれたり、看病してくれたり、間違って酒を飲まされた時も助けてくれた。
腕組みして椅子の背にもたれて、天を仰ぎ、鼻息を吐く。
カフェオレを一口飲むと、片肘で頬杖を突く。
『ヒカルやカヲルみたいに二股かけるタイプと違うし。サクヤの真面目な性格を良う把握した上で、なおかつ、サクヤの事を利用したり、支配しょうとはせん。かなり奇特な奴じゃわなぁ。そろそろサクヤの事を託す潮時なんかなぁ……。ほんでもなぁ……』
物思いにふけっていると、カフェから通りを歩くローゼンとサクを見かける。手をつないで歩く二人の姿はとても楽しそうだ。
『まぁた、ローゼンの奴、心底 嬉しげな顔しとるなぁ。いつやったか言うとったな、あいつ ──』
当初、サクに勝手に貢いだローゼンに、結婚相手が本当にサクでいいのかを訊いたレイ。
「お前が跡を継ぐかどうかは別として、本当にサクでいいのか」
「いいも何も、サクは俺にとって『心のオアシス』だ。あの子と一緒にいるだけで、俺の寿命が延びているような気がするよ……」
サクの笑顔を思い出して、うっとりとするローゼン。
その事を思い出し、
『こら、ホンマに寿命が延びとん違うんか……』
思わず苦笑いが漏れるレイに気付かずに通り過ぎる二人を見送ると、今度は美夜に付きまとうルークを見かける。頬杖をやめたレイはカフェオレを飲みながら思う。
『相変わらず相手にされよらんな、ルーク。それんしても、三人まとめて付き合いたいとか言うとった奴が変わったもんやな。ルークは美夜の蹴りに惚れたらしいとかローゼンが言うとったけど、物好きな……。美夜は見栄っ張りやし、ワガママやぞォ。苦労するなぁ、ルークは』
美夜とルークもまたレイに気付かずにその場を通り過ぎた。
次に華夜とそれに付き従うカヲルを見かける。顎をつまむレイ。
『変わった言うたら、カヲルはここ最近、急に変わったな。美夜に見向きもせんようになった。あれはあれで華夜に本気やな』
カヲルの一途な様子を微笑ましく思う。
華夜とカヲルもどこかへ行くと、ヒカルと輝夜が現れる。
『一番問題なんは、この二人か……』
腕組みするレイは、何やら言い争うヒカルと輝夜の様子を眺める。
『ヒカルは束縛されるんが好かん。その上、他に気がある。サクヤの事やって諦めとらんみたいやし。仮に諦めたとしても、輝夜ひとりにしぼる気もない。この前もどっかの飲み屋の店員とか、カフェのメイドとかをナンパしよったしなぁ』
輝夜がヒカルの耳をつねっている。もしかしたら、浮気現場を目撃して怒っているのかもしれない。
『輝夜も輝夜や。あれのどこがええんや。潔癖なサクヤやったら、まず、そなな奴、好きにはならん。仮に知らんと好きになったとしても、二股かけられとると知った時点で別れるとか言うやろうなぁ』
呆れ顔で二人を見るレイ。ヒカルはつねられた耳を痛そうに押さえて、何やら言い返しているが、「そんなもん、俺の自由だろ!」とか言っていそうだ。
『前にローゼンに輝夜のこと相談した時 ──』
レイはローゼンの言葉を思い出す。
「あんな浮気男にしがみ付くのは狩猟本能だろう。自分の物にしたいという欲から来るものだ。あれは思いやりの欠片もないぞ」
『── って、一刀両断に言うとったなぁ。あなにしがみ付くとこ、いったい誰に似たんや……。肉食系の母さんでも、しっかり相手選んだ上で、真面目な父さんと結婚しとんのに。あら、もう突然変異やな』
と、レイが思っていると、輝夜が「ヒカルのバカーッ!」とか言って、ヒカルの顔を爪で引っかいた。レイは再びローゼンの言葉を思い出す。
「輝夜の事は放って置け。止めても無駄だ。それに、浮気男というものは恐ろしい女に束縛されるぐらいでちょうどいいのさ。浮気男も束縛女も動機が自分勝手だからな」
『── なぁんて、ローゼンは他人事みたいに言うが、あれも一応、血ィ分けた妹やしなぁ。心配と言えば、心配や』
サクの時とは別の意味で溜め息を吐くレイ。輝夜がヒカルの腕に絡み付こうとするが、ヒカルに振り解かれ逃げられると、追いかけて行った。
『まぁだ、追いかけるんかぁ……。しつこい奴っちゃな、輝夜』
さすがにレイも呆れた。
『良くも悪くも、こうして妹たちは俺の手ぇ離れて行っきょんかぁ……。俺の役目もそろそろ終わりなんかなぁ』
レイは背もたれに上体をあずけて、また天を仰ぐ。
レイは気付いていない。他の客たちからの熱い視線を。男だけでなく、女たちからも視線が注がれていることを。レイは決してモテないわけではない。レイ本人が気が付いていないだけである。
『う、美し過ぎるぅ……』
『この世のものとは思えない〜』
と、周囲からは非現実的な存在と思われているがゆえに、現実的な交際には発展しないのである。
『美しい人が物思いにふけるだなんて、きっと恋の悩みよ』
『どんな人がお相手なのかしら』
などと、誰もが妄想していたが、現実は妹たちを案ずる真面目な兄なのである。
そして、現実離れした美貌の兄を持つ、こちらもまた現実離れした美貌の妹・サクヤ、通称サクはと言うと ──
いつものように街歩きから戻って来たサク。ローゼンに宿の部屋まで送ってもらって別れると、また、夢から覚めたように、急に「ハッ」と我に返る。
『ダメだ! あの笑顔に今日も丸め込まれてしまっているぅ……』
思わず両手で ほほを押さえる。
『なんで、いつもあんなに嬉しそうなんだろう、ローゼン……。あんな笑顔されたら、誰だって笑顔になっちゃうよぉ』
ローゼンの笑顔を思い出し、ほほを押さえたまま顔を赤くするものの、ローゼンを笑顔にしているのが他でもない自分だとは思っていない。全く以て自惚れ皆無のサクである。
『こっちは冷静になる為に、もうちょっと距離を置きたいのにィ! 調子が狂ってばっかり !!』
頭を抱えて悩んでいるところへ、隣の部屋のドアの音がした。兄のレイが早く戻って来た事に気付き、姉妹の部屋に来てもらい、ゴリアットから助けてくれた時のお礼の相談をする。
「助けてくれたお礼、どうしよお……。お兄ちゃん!」
「はぁ……」と、少し考えて、レイが何気無しに答える。
「お前がチューでもしてやれば、メチャクチャ喜ぶんじゃないのか?」
「……!」一瞬絶句した後、サクは両手を握り締めて怒った。
「もう! 真面目に考えてよ !! お兄ちゃん!」
『こら、まだ、いかんか』と思ったレイは
「あんなぁ……。お前、ローゼンが なに欲しがっとんか、千里眼で見えへんのか?」
と、郷里の訛りで訊いてみる。『千里眼』の話になったので、サクも訛りで答える。
「そななんゆわれたってぇ……。自分から見とうて見えよるんと違うし……。なんてゆうんかなぁ、急に見えるって感じやもん」
ふと、街歩きを中断していた頃に見た予知夢を思い出すサク。
「あ、そうや」
ナルジートから助けてもらった礼をどうするかで悩んでいた頃に見た夢の中で ──
サクは訊ねる。
「ローゼンは何か欲しい物はないの?」
首を横に振るローゼン。
「わたし、どうしたらいい? ローゼンにどんなお礼をしたらいい?」
サクの問いかけにローゼンは穏やかに答える。
「君は笑っていればいい」
その答えに釈然としないサクは聞き返す。
「それだけ?」
うなずくローゼン。
「どうして?」
サクの疑問に、ローゼンはサクのほほに手を当てて答える。
「君が悲しいと、俺も悲しい。君が嬉しいと、俺も嬉しい」
と、ローゼンは優しく微笑む。
千里眼の覚醒を自覚した時には、レイに「ローゼンが夢とおんなじ事ゆうとった」ぐらいにしか話していなかったので、詳細を話したのは これが初めてだ。
それを聞いたレイがローゼンの言葉の意味について考える。
『相手に何も求めず、相手の幸せを願うのか……』
最初は客観的になろうとして東訛りで思考するが、結論が出ると、郷里の訛りに戻る。
『ローゼンの奴、やっぱりサクヤに本気かぁ。前にも見返りは要らんとか言うとったし……、ん?』
途中で何かに気付いたレイ。
「サクヤ。お前が見た予知夢って、本真は予知夢いうより、相手の心を見よんでないんか?」
「え?」
「たぶん、ローゼンは本心をそのまんま口にしただけや思うぞ。本真にお前の笑顔 ── ま、要は、お前が幸せやったら、そんでええんでないんか? あいつは」
目を「ぱちぱち」と瞬きさせたサク。
「……なに、それ。めちゃくちゃお人好し……」
そう言うと、今度は拳を握り締めて言う。
「こんなんやきん、ローゼンのこと心配になる! 悪い人に騙されたりせぇへんか、ホンッマ、心配」
と、ローゼンを心配するあまり怒り出すサクに、レイは啞然として内心で突っ込む。
『いや、あれは お人好しでのうて、本気で惚れとんやが。まだ分からんのか。このマジメちゃんは……』
レイは頭をかいて言う。
「まぁ、今回の礼もカラヤ系列の宝石店で無料鑑定したり、ローゼンの稽古に付き合うたり、色々とローゼンの為に融通しておくきん」
「ごめんな、お兄ちゃん……」
と、手を合わせるサク。
「気にすな。お前が気にする方がローゼンは嫌がるきに、お前はいつもみたいに楽しげに街歩きに付き合うてやれ。ええな?」
と、レイは真面目なサクに念を押した。
「う、うん……」




