10-ⅴ)秘められし言霊〜花束に想いを乗せて
午前中にローゼンは王の許可をもらい、庭園に向かった。庭師に請う。
「王から許可を頂いているので、花を一本ください」
召使いのヘマで水を引っ被ってしまうという、ちょっとしたトラブルから着替えを余儀無くされたサク。独りだけ部屋に戻って、着替え終えたサクは廊下の窓から姉たちが姫君たちに踊りを教えているのを見つける。
『楽しそう。見に行こうっと!』
そう思って、浮き浮きした気分で階下へ向かおうと廊下を歩いていると、一人の男に出会った。すれ違いざま、お辞儀をして通り過ぎようとする。
「お! あんた、見ない顔だな」
と、男に呼び止められた。
「はい?」と、返事するサク。
男は巨漢で、身長はローゼンやレイと変わらないが、彼らよりもさらに太い筋肉で体も横幅がある。
「ここのお姫様じゃあないよな?」
「ち、違います。お客として泊めて頂いているだけなので」
厳つい顔の巨漢に圧倒されて、ビクッとしながら答えるサク。ただ厳ついだけの顔立ちならいいが、眼が異様に荒々しい。
「フーン……」と、巨漢がサクに不躾な視線を浴びせる。
「あ、あのう、急いでいるので失礼します」
サクは嘘を言って、その場を逃れようとするが、巨漢に進路妨害される。
通してもらえないと気付いたサクは後ろへ振り返って逃げようとする。が、巨漢の動きが速かった。これもまた妨害される。
「おーっとぉ、どこ行くんだぁ?」
壁際に追い詰められたサク。巨漢が壁にドンッと手を突いて、優しさの欠片も無い野獣のような顔を近付けて言う。
「綺麗な顔してるじゃないか……」
サクはあまりの怖さに、とっさに声が出ない。
そこへ階段を上って来た上機嫌のローゼンが出くわす。とんでもない現場を目撃したローゼンの手から一本の赤いチューリップが「ぽとり…」と落ちた。
巨漢がサクのあごに触り、
「ああ、こりゃ、まだ男を知らないって顔だなぁ」
などと一層、恐怖心を煽る。
「はッ、あぁ……」
サクは震えながらも、とにかく声を上げて助けを呼ぼうとするが、あまりの恐怖から呼吸がうまく出来ず、なかなか思うように声が出ない。
どう見ても、追い詰められて怯えているサク。そのあごに触る男の目付きは異様で、サクに放った言葉も冗談とも思えない。自ずとローゼンの目付きが鬼のように変わる。
カッカッカッ──ッ!
「貴様ァ! 何をしているッ!! 」
言うが早いか、激怒するローゼンが足音を立てて駆け寄った次の瞬間、その両手は巨漢の首を捉えていた。
「グッ︎!? グゥーッ!」
巨漢が苦しげに目を白黒させる。火事場の馬鹿力なのか、巨漢よりは細身のはずのローゼンの力で巨漢の足が浮く。
息の根が止まる既のところで手を放すローゼン。その手から放たれた巨漢がその場で崩れ落ち、「ゲホゲホ…」と息を吹き返す。
巨漢が立ち上がり、サクを庇って立つ睨み顔のローゼンに向かって、
「お、覚えていろよ!」
捨て台詞を吐いて逃げた。
巨漢の姿が見えなくなると、
「はぁ………!」
極度の緊張感から解放されて、深いため息と共にサクがその場でへたり込んだ。
「大丈夫か!」
ローゼンが膝を突いて心配する。
「…こ、怖かった……」
恐ろし過ぎて、かえって涙が出ないサクは思わず、震える手でローゼンの服をつかんでいた。そんなサクをローゼンは思わず抱き寄せる。二人ともしばらく動けず、そのまま抱き合っていた。
床の上には一本の赤いチューリップが落ちたままになっていた ──。
サクを抱きかかえて部屋に送ったローゼンは城の召使いを呼んで、屋外に出ていたレイを呼び寄せた。サクを独りにしておけないからだった。
レイに仔細を話すと、ローゼンはすぐさま西の王のもとへ向かった。走りながら記憶を辿る。
『誰だ、あいつは。ここの王族でもなければ、主立った家臣でもない』
あの野蛮な巨漢の顔は、ローゼンの記憶には無かった。
王の執務室を訪れたローゼン。「急用です!」と取り次ぎの依頼もそこそこに開口一番、訊ねようとする。取次ぎ役もローゼンの剣幕に驚き、彼を止める事なく奥へ通してしまったほどだ。
「領主様ッ!」
見ると、先程の野獣のごとき巨漢もいた。
「おお、ちょうど良いところに来た」
と、西の王。
「誰ですか、この男は!」
凄まじい剣幕で巨漢を指差すローゼンを見て、西の王は
『もう、何かやらかしたのか……』
と、思い、額を押さえて溜め息を吐く。
「すまんな。これは半月前から城に留め置いておる客人でな ──」
王の言葉を遮るように巨漢が名告る。
「我こそは弱冠二十歳にして、弓の名人・ゴリアット様だ!」
偉そうに胸を張って自画自賛する。さらには
「さっきはよくも俺様の首を絞めやがったな! 俺様は弓の名人として王様に厚遇されてる身だぞ。この俺様に女を差し出す事は この上もない名誉だと分からんのか。この無礼者めがぁ!!」
などと ほざく。ついさっき、ローゼンに懲らしめられたはずだが、一向に応えた様子がない。そもそも、自らを「俺様」と吐かす輩にまともな奴はいないのだ。
『痛い目に遭っても懲りてないのかッ……! こいつはつくづく救いようの無いバカだな』
内心で怒り、同時に呆れ果てるローゼン。
ローゼンがこの巨漢の処遇を自らに任せてもらえるよう交渉しようと口を開きかけた時、西の王が手を挙げて制止し、顔をゴリアットの方へ向ける。
「良かったのう、ゴリアット。念願の弓比べをさせてやるぞ?」
西の王、思わせ振りな笑みを浮かべた。
かくして、弓の名手・ローゼンと弓の名人・ゴリアットが御前試合をする事になった。壇上には西の王の他に王子、王女らが椅子に座り、側近や侍従、侍女、交代で休憩中の兵士や、手の空いた召使いたちも観戦に集まった。
「弓の名人とローゼンが競うって?」「らしいぜ」
と、ヒカルとカヲル。
「なんだか面倒な事になってるなぁ」
観戦者の多さにルークが頭をかいて戸惑う。
「面白そうじゃな〜い!」「どっちが勝つかしら?」
美夜と華夜は面白がる。
「アイツ、臭そうだから、嗅ぎたくない」
と、輝夜はゴリアットが気に入らない様子。
モーはサクを気遣う様子のレイを見て、心配そうな面持ちでいる。
「大丈夫か?」と、レイ。
「……うん。ローゼンを応援したいから」と、サク。
「では、弓比べを始めます!」
王の側近が叫んで宣言する。
ところが、ローゼンが臆病風に吹かれたのか、直前になって王の前で
「この勝負、辞退いたします」
と、申し出る。
「なんと!」と、西の王。
「お前、尻尾巻いて逃げんのかよ!」
ヒカルが拳を振って大声で怒る。
「サクの仇を取るんじゃないのか、ローゼン!」
不審に思うレイが声を上げた。
「仇 !?」と、踊り子姉妹や天堂兄弟が何事かと驚くので、レイがゴリアットを指差して説明する。
「そこのゴリゴリがサクを襲おうとしたんだ!」
皆がギョッとし、ヒカルを初め、怒号が飛ぶ。
「テッメェー! ふっざけんなッ!! ローゼン、お前がやっつけろ!」
「そうですわ! ローゼン様、あんな野蛮人、やっつけて下さいまし!」
姫たちも怒り心頭だ。
「ローゼン殿、ここで引き下がっては男としての面目が立ちませんぞ!」
「そうだ、そうだ!」
と、王子たち。
「いかがする。ローゼン」と、訊ねる西の王。
「いかがも何も、辞退いたします」
非難されようとも、どこ吹く風のローゼン、
「その代わり、我が親友のレイを推薦いたします」
と、親友に花を持たせたいのか、レイを推す。王の許可が下り、ローゼンに代わってレイが対戦する事に。
自分の長弓を手にしたレイがローゼンとすれ違いざまに、声を荒らげる事なく淡々と確認する。
「本当にいいのか」
「ああ」
「お前の出番なくなるぞ」
「少しぐらい、いいさ」
ローゼンはレイの肩をポンと叩いて、観戦者の中に加わる。
「なんだ、臆病風に吹かれるとは拍子抜けだな。『ファルシアス王国随一の弓の名手』というのは根拠の無いただの噂か」
と、ローゼンを虚仮にするゴリアット。レイの事も侮り、挑発する。
「それにしても、相手がこんなベッピンになるとはな」
「ハンッ! てめぇ、俺の妹に手ェ出そうとした落とし前はキッチリ付けさせてもらうからな」
レイの眼光は鋭い。
「へー、あの娘のお兄ちゃんか。こいつは面白い」
そう言うと、ゴリアットはレイの耳元でささやいた。
「俺が勝ったら、妹を俺のオモチャにさせてもらうぜ。へへへ……」
「この下衆がァ!! テメェを完膚無きまでに叩きのめしてくれる!」
腸煮えくり返るレイ。
側近の「始め!」の合図で、それぞれの的に交互に撃ち始めた。
一射目は両者ともいきなりど真ん中を当てた。
「キャ──ッ!」
レイが当てると、ゴリアットの時には上がらなかった黄色い歓声が上がる。その様子にローゼンは安堵する。
『なんだ。レイの奴、女にモテてるじゃないか』
ふと、ローゼンは何を思ったか、城の召使いに頼んで折り畳みの椅子を出してもらい、それに座って剣の鞘に巻いた革のベルトからヤスリを取り出すと、呑気に鼻歌交じりで爪を研ぎ出した。そんなローゼンの姿に皆、呆れ果てて、軽蔑の眼差しを向ける。
『この意気地無し!』と、美夜たち。
『イラッとするなぁ、こいつ!」と、ヒカル。
『なんて腰抜けなんだ』『見損なった』『幻滅したわ』と、落胆する王子や王女たち。
サクはローゼンに危ないところを助けてもらっているので、敵討ちしてほしいとまでは思っていない。むしろ、ゴリアットが
『あのオジサン、首を絞められて殺されかけてたし……』
まあまあ仕返しされていると思っている。ちなみに、ゴリアット、老けて見えるが、ローゼンとレイより五つ年下の二十歳である。
ゴリアットに対して激怒した時とは別人のように穏やかに爪を研ぐローゼンを、落ち着いた気持ちで見つめるサク。ローゼンに抱き締められた時の優しい温もりで心が癒されたので、先程の恐怖心が少しばかり薄らいでいる。
『お蔭であの時は凄く ほっとしたけどぉ、いま思えば、ちょっと恥ずかしい……』
サクはローゼンから視線を外し、少し赤くなった ほほを思わず両手で押さえていた。
両者、二射目もど真ん中に命中する。
「負けんなァー! おにィー!!」「兄さん! 頑張って!」「兄ィ! 撃ち殺せッ!!」
合間で、美夜、華夜、輝夜が手に汗握って、レイに声援を送る。が、一部、過激な発言も混ざる。
『ああ……、ドキドキする。お兄ちゃん、頑張って!』
サクは祈る気持ちで両手を握り合わせていた。
三射目、四射目、五射目、六射目、七射目 ──。両者、一歩も譲らず。
そのうち、ローゼンがあくびをし出した。おもむろに立ち上がり、
「サク、疲れたろう。座るといい」
と、椅子をサクに譲る。
「あ、ありがとう」
ローゼンの言葉に甘えて、折り畳み椅子にゆっくりと座る。ローゼンは後方で体を伸ばしたり、ひねったりする。
十九射目を終えても、決着が付かない。
「なんと…。どちらも外さず、的の芯を当て続けるとは……」
観戦者らは両者の腕前に感心するが、美夜はなかなか付かない決着に
「ああ! もう焦れったいわねぇ〜」
苛立ち始め、ルークは
「これは持久戦、つまり、消耗戦になってきたな。体力が先に尽きた方が負けるぞ」
と、危ぶむ。
「普通に考えて、細身に見えるレイさんの方が不利なんじゃあ……」
と、カヲル。
「レイ! 根性だァー!! 気合いだァーッ!!」
と、ヒカルが一際大声を上げて、レイに活を入れようとする。
「ああ! もうッ、うるッせぇなァ!」
二十射目を終えたレイがヒカルの馬鹿デカイ声にうんざりする。
「では、二十一射目!」
と、側近が進行する。
先にゴリアットが撃つ為に構えた。
「ヘンッ! 勝負あったな。細いベッピンさんにゃあ、消耗戦で俺には勝てないぜ!」
「まだ、体力消耗するほど撃ってないぞ」
呆れたように言い返すレイを余所に、ゴリアットの矢が「シュッ!」と放たれる ──。
ビュン ──ッ!! ズドンッ!
風を切る凄まじい音がし、その直後に突き刺さる音が聞こえたが、ゴリアットの矢はなぜか的の真ん中どころか、的にすら当たっていなかった。
一瞬、何が起きたのか誰にも分からず、一同、沈黙した。
目のいいヒカルがやっとの事で声を上げた。
「や、や、矢で、矢で矢を落としたァ──ッ!?」
その証拠にゴリアットの矢の矢柄を撃ち抜いた別の矢が地面に突き刺さっている。
「フンッ!」
西の王の前でローゼンが長弓を構えて立ち、鼻息出して不敵な笑みを浮かべていた。背後の壇上では西の王が『これを待っていた!』と言わんばかりに、ご満悦の様子。
「な、なんだ、さっきのは !? 凄い音だったぞ!」
「これがローゼンの神業か!」
「さすが、ローゼンだ!」
「キャ──ッ! ローゼン様ァ〜!!」
などと、ローゼンの神業に観戦者からは拍手喝采が沸き起こる。口笛も鳴りやまない。サクもローゼンの活躍にパッと花開いたような笑顔を見せて拍手する。
「お、俺はローゼンを信じていたぞ」
「お、俺だって」
などと、調子のいい事を言う者もいる。
「……やれやれ」
御前試合を急に辞退した時とは打って変わった皆の態度に、当のローゼンよりもレイが呆れる。
ローゼンは称賛の声に応える事なくゴリアットを見据えている。
「な…… !?」
しばらく言葉を失っていたゴリアットだったが、
「こ、こんなもん、まぐれ当たりだッ!!」
と、撃ち落とされた矢を指差して叫んだ。それに対してレイが反論する。
「何がまぐれ当たりなものか! ローゼンは顔を逸らしたって、体は何一つブレる事なく当ててしまうぞ」
王子たちと練習していた時の、ローゼンの『まぐれ当たり』を思い出す。
「今のを見て驚くようじゃ、お前も大した事ないな。俺の敵でもない」
レイの鋭い視線が身動き出来ぬゴリアットを射抜く。
そこへ事も無げに言ってのけるローゼン。
「動かない的を当てるなんて、正直、退屈だったろう。レイ」
「そうだな。お前もあくびしてたしな」
レイも肩をすくめて答える。
「俺たちは馬で駆け、逃げる獲物を仕留めるんだ。こんなものは勝負にもならない。フンッ。どこの田舎から出て来たのかは知らないが、さっさと尻尾を巻いて逃げ帰る事だな」
と、ローゼン、ゴリアットを鼻で笑うと言うよりも、ゴリアットの悪行に対して相当に怒っている。
「さもなくば、俺の矢で射殺すぞッ!」
ローゼンがゴリアットに向かって矢をつがえる。
「ヒッ……!」
ゴリアット、弓矢で反撃するどころか、腰を抜かし、獣のように四つん這いになって逃げようとした。
すかさず西の王が兵士たちに命令する。
「ゴリアットを捕らえよ!」
戦意喪失したゴリアットはいとも簡単に捕縛された。
「この俺が、お前のような無慈悲な男をこのまま野放しにするとでも思ったかッ!」
と、ローゼンが怒鳴り、縄を打たれたゴリアットを蹴飛ばす。しかも、レイは転がったゴリアットのみぞおちを踏み付けた後、痛がっているところを耳元で、
「妹をオモチャにするとか言ったよなぁ、貴様。あの言葉、俺は一生、忘れないぞォ……」
と、ねちっこい。美しい顔に似合わず執念深いレイに怯えたゴリアットは命乞いする。
「ヒィーッ! な、なんでも致します。ど、ど…、どうか命だけはお助けを!」
「そういう口先だけの奴を俺はごまんと見て来た。そう簡単に信用できるか!」
と、ローゼン。
「そうだな」と、レイ。
「いかが致しましょう。領主様」
と、ローゼンが西の王にお伺いを立てる。
「うむ。どの道、このような輩は野放しにはしておけぬ。ひとまず牢にブチ込んでおくとして ──」
西の王はしばし考えた後、裁きを下す。
「しばらくは強制労働させるか」
「致します、致します。強制労働でも、なんでも致します。ど、どうか命だけはお助け下さい!」
ローゼンは命乞いをするゴリアットへの厳しい罰を求める。ローゼンはサクのような お人好しではない。
「領主様。簡単に期限は切らないで下さい。上辺だけで反省をしない者も多いので。それと、この者に前科や別件がないか、充分な捜査もお願い致します」
「そうじゃな。ローゼンが来るまで様子を見ておったが、反省する気のある者ならば、こうも度々、問題行動を起こすまい。わしも簡単に外へ出す気はない。必ず捜査もしよう。安心致せ」
西の王の言葉に安堵し、一礼するローゼンとレイ。
「引っ立てぇーい!」
西の王の命令でゴリアットは牢屋に連れて行かれた。
「ローゼン、レイ。よくやった。後で褒美を取らす」
西の王の御前で片膝を突いて謝意を示すローゼンとレイ。
「感謝申し上げます」
「有り難く存じます」
ローゼンを見遣るヒカルが
「あいつ、端っから、相手の得意分野で完膚無きまでに叩きのめして、プライドをズッタズタにしてやるってのが狙いだったんだな……」
と、納得し、それにカヲルもうなずく。
「ただの的当てじゃ、実力の差を見せつけられないしな」
「……エゲツナイ復讐ね」
と、引く美夜たち踊り子姉妹。
「領主様も人が悪いなぁ。兄さんをぶつけて、相手の戦意を完全喪失させるなんて」
と、頭をかくルーク。
「ああ、良かったァ……。あんな悪い人に負けなくて」
サクは ほっと胸をなで下ろし、モーと顔を見合わせて笑った。
翌日の午後、ローゼンたちは城を出るので、西の王らに挨拶をした。姫君たち、王子たちは名残惜しそうに
「皆さん、また、踊りを教えて下さいね」
「サク様もお元気で」
「ヒカル、カヲル、また手合わせしよう」
「ローゼン殿、レイ殿、ルーク殿、また稽古をつけて下さい」
などと言う。
「今生の別れではありませんよ? 王子たち」
と、ローゼンは冗談を言って笑う。
「しばらくは この西の都の支店におりますから、また近いうちに登城する事もございましょう。例の医学の本も後日、持参いたしますね?」
ローゼンがいたずらっぽくウィンクするので、年頃の王子たちは赤い顔をして決まり悪げに「ハハハハハ……」と笑った。
西の王からはご褒美を頂戴した。踊り子の姉妹は宴の舞のご褒美として、三人で金貨30枚もらい、レイは弓比べの褒美に大粒のルビーを純正金貨4枚分(金貨120枚分相当)と高く買い取ってもらった。
そして、ローゼンはと言うと ──
「また、なんで花なんか ──? 他にもっと高い物をねだれば良かったのに」
と、レイが帰り道の馬上で不思議がる。弓比べの褒美にもらった赤いチューリップの花束を手にしたローゼンは
「まぁ、いいじゃないか」
と、笑って はぐらかす。
「じゃあ、俺たちは宿へ戻るよ」
ローゼンとルークと別れて宿場へ向かおうとするレイたち。
「ちょっと待ってくれ」
と、ローゼンが馬から降りて、サクの馬車に近付く。呼ばれたサクが顔を出した。
「今回は恋人役を引き受けてくれて、ありがとう。これはささやかだが、お礼だ。受け取ってくれ」
ローゼンは赤いチューリップの花束をサクに贈った。
「あ…、ありがとう」
サクは思わぬプレゼントに戸惑いながら、花束の礼を言うと、
「こっちこそ、危ないところを助けてくれて、本当にありがとう。ローゼン」
ゴリアットから助けてくれた礼を言う。
「いや、当然の事をしたまでだ。気にしないでくれ。それより、今日はゆっくり休んで、明日、一緒にランチでも食べに行こう」
「うん」
ローゼンの申し出に、赤いチューリップの花束を抱えたサクは笑顔で答えた。
レイたちを見送ると、ローゼンも馬に乗り、ルークと支店へ向かう。
八重桜のように星を二つ重ね合わせた『二重星』はカラヤ家の紋章である。それを看板に掲げたカラヤ系列の宿屋に泊まるレイ一行。
サクたち姉妹は宿のメイドに花瓶を部屋に持って来てもらい、ローゼンからもらったチューリップを飾る。
「けっこうあるわね。何本あるのかしら?」
花を生けるのを手伝う華夜が数えてみる。
「── 12本あるわ」
「これもなんか意味があるんじゃない?」と、傍から美夜が言う。
「さぁ…? ただのお礼だし、さすがに、それはないんじゃあ……」と、花瓶に挿した花の向きを整えながら、サク。
「そう言えば、赤い色って、なんだったっけ?」
と、美夜が訊くが、
「チューリップ自体は『博愛』とか『思いやり』でしょ?」と、サク。
「ピンク色は『愛の芽生え』と『誠実な愛』── じゃなかったかしら?」と、華夜。
「1本のチューリップは『あなたが私の運命の人』── なぁ〜んてクサイこと言ってたわね! あのお姫様」と、美夜。
「白や黄色はけっこう不吉だったわよねぇ」と、華夜。
「結局、赤って、なんだっけぇ?」と、サク。
「う〜ん……?」と、首を傾げる三人。
肝心な赤いチューリップの花言葉を誰も覚えていない。
しかし、先程から沈黙を守っている輝夜は覚えていた。弓矢の練習の時に聞いた赤色の花言葉を。そして、弓比べの後、ローゼンが庭園で姫君たちから花言葉を訊ねているところを彼女は目撃していた。
「赤いチューリップを一本、贈りたかったのですが、とんだ邪魔が入ったので、リベンジしようと思いまして……」と、ローゼン。
「じゃあ、『結婚してください』という意味の108本はいかが?」と、エミネ姫。
「それでは多過ぎます。華奢なサクの腕では重くて持てないと思うので。他にありませんか」と、ローゼン。
「それなら ── 12本がいいわ!」と、エミネ姫が勧める。
輝夜はその時、その花言葉を知った。
『赤は「愛の告白」と「真実の愛」、12本は「恋人になってください」もしくは「妻になってください」という意味だ。なぜ言わない、ローゼン』
赤いチューリップの花言葉を思い出せないでいるサクを、もどかしい気持ちで睨む輝夜。
少し前、レイたちと別れて、カラヤ商店の支店へ騎乗して向かうローゼンとルーク。
「えっ!? なんで その花言葉を伝えなかったのさ」
サクに贈った花束の花言葉をローゼンから聞いて、ルークが驚く。
「今はいいんだよ、これで」
ローゼンは淡々とした口調で言う。そして、
「だってさ、俺…、まだ “お兄ちゃん” 扱いだからさ……」
少し淋しげな横顔を見せるのだった。
サクは頬杖を突いて、テーブルに飾った赤いチューリップを眺めながら、この数日のローゼンとの出来事を思い出す ── 登城前に左手にキスされたり、謁見の間で微笑みかけられたり、応接室で手を握られたり、宴では両手を握られて見つめられたり、花言葉の話で目が合ったり、助けられた後に抱き締められたり ──。
『ドキドキしたり、ほっとしたり、なぁんか忙しかったなぁ……』
ローゼンへの気持ちがどんどんと膨らんでゆくサク。一方で、
『でもぉ、わたしが好きになっても意味ないんだよねぇ……。容姿も能力も性格も家柄も、何も彼も、わたしなんかとじゃ釣り合わないし。ローゼンには他に好きな人がいるし』
相手の状況や気持ちを慮って、自分の気持ちには歯止めをかけて、「はぁ……」と、ため息をつく。
ふと、思い出し、心の声が訛る。
『ああ! それより助けてくれたお礼、どうしょー……。お兄ちゃんに相談かなぁ』
今度はお返しの事で ため息をついて、テーブルの上にうつ伏せた。結局、マジメちゃんなサクだった。




