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10-ⅳ)秘められし言霊〜解毒(デトックス)

 2泊目となる今夜は西の王のチェスの相手を務めるローゼン。王がさっそく話を切り出す。

昨夜ゆうべの部屋割りの話、聞いたぞ。せっかく気を利かせてやったのに」

「ハハハ……。彼女の兄はかなりの堅物なので」

 部屋割りの事を言われて、とりあえずレイのせいにしておくローゼン。

『── とは言うものの、サクが嫌がっている以上、同室には出来ないしな……』

 目の前の王からの見合いの話を断る為、サクに無理を言って恋人役をしてもらっているという事は言えない。

「ところで、最近はどうだ? 中部などは」

「はぁ、中部ですか? それとも王都ですか?」

 と、駒を動かしながら、真顔で とぼけるローゼン。

「分かっておろう」

 王にそう言われ、ローゼンは「フーン……」と鼻息をいた後、腕組みして中部にある王都の実情を話す。

「そうですね。王都はだんだん住みにくくなりました。また税金が上がったので、王都に集中させていたカラヤ商店の資金も、今は他へ分散させています。目下もっか、販路を拡大中で何かと物入りなので」

「ふむ……。そなたが そこまでせねばならんほど厳しいのか」

 深刻な話になり、チェスが中断する。

「何より、問題なのは貧しい者からも税金を取り始めた事です。生活が立ちかなくなってきた者が増え始めました。わたくしがいつぞや当てた宝くじの当選金を全額寄付したのも、彼らの生活支援の為です」

「いよいよ王都もダメか。どうだ、ローゼン? わしがこの大陸の中央を統べる『ファルシアスの王』になれると思うか?」

 身を乗り出す西の王に訊ねられ、ローゼンは顎をつまんで「さて……」と、考える振りをして間を置くと、

「今は動かぬ事です」

 意味深長な事を言う。

「確かに、今のファルシアス王朝は病んでいます。が、息を吹き返す可能性はゼロではありません」

 ローゼンが意外な事を言うので、西の王は驚く。

「ほう! また何を根拠に ──。噂では第一王子と第二王子が跡目を争っておるが、いずれも民衆の人気は無いと聞く。そうかと言って、他も大した事はない。第五か第六だったか、継承順位が三位に上がった王子などは盆暗だというし、その下の王子たちもパッとせんのであろう?」

「ええ。国王陛下や重鎮、民衆からも期待されていた王子たちは皆、若死にした為、残ったのはクズばかりです。しかし、今はまだ理由は言えませんが、もし、旨くいけば、現王朝はあと三代は続くでしょうな」

「何かつかんでおるのだな」

 西の王はカラヤ商店の情報網を信頼している。しかも、

『やはり、我が密偵でもつかめていない情報があるのか』

 と、思い、ギラリと眼が光る。

「あぁ、それと、中部の王宮とは別にカラヤに密偵を寄越しても無駄ですよ。うちで買収しましたから」

 駒を動かしながら平然と言うローゼンに、西の王の顔がわずかに引きつった。再びチェスが止まる。

『中部の王宮に探りを入れているのも筒抜けか』

 と、内心でおののく西の王にローゼンは淡々と語る。

「そのまま泳がせていたのですが、向こうから白状してきました。その上で買収しました。つまり、買収が先ではありません。訓練された人間であっても結局、最後まで消せない人間味というのがあるようで……。相手の事をあまり深く知ると、情が移る事もありますゆえ」

 ローゼンの言葉から察するに、彼に心服した密偵の誰かが西の王を裏切ったようだ。おそらく、そこから他の密偵の事も漏れたのだろう。

「領主様。余計な事はなさらない事です。わたくしも出せる情報は必ずお出し致します。ですから、今はただ、静観するのが御身おんみの為です。余計な野心を起こしませぬように」

 ローゼンに釘を刺された。

「やはり、わしはファルシアスの西でおさまっている方が良いか」

「その方がご安泰かと ──」

 相手のうわをいったというあざけりが一切ないローゼンの誠実さに観念したような西の王。

「ふーん……。やはり仕方ない。そなたの可愛い妖精にも言われたしな」

「サクが、ですか?」

 と、ローゼンが軽く目を見開いた。

「昼間、庭園で会って話をした。わしに長生きしろと言うてな」



 その日の昼食の後、西の王が腹ごなしに庭園を歩いていると、花を見つめながら しゃがんで ため息をつくサクを見かけて、声をかけた。

「どうした? ため息なんぞついて」

「あ! 王様」

 と、サクは立ち上がって、お辞儀した。

「ああ、良い、良い。苦しゅうない。それより、何かあったのか?」

「いえ、大した事ではありませんので……」

 サクは微苦笑して、かわそうとする。

「ローゼンと喧嘩でもしたのか?」

「いえ……」と、少し目を伏せて考えるサク、

『恋人の振りをするのに疲れたなんて言えないしぃ』と、困ってしまう。

「喧嘩じゃなくてぇ〜、なんてゆうかぁ〜、ローゼンが親切過ぎるぅ…じゃなくて、優し過ぎるのが心苦しいと言いますか……」

 と、どうにかこうにか取り繕う。

『本当は親切過ぎるのが心苦しいんだけど。恋人設定、めんどくさぁ……』

 という事はさすがに言えないサク。

「幸せ過ぎて不安になる、という事か」

「いえ。あまりに良くしてくれるので、心苦しいわけで。わたしにはこれと言った取り柄が無いので、ローゼンに何もしてあげられないし……」

「はぁ…。真面目じゃなぁ、そなた」

「そうでしょうか?」

「わしはそう思うがな。ローゼンはそなたのそういう所を好いておるのかも知れんな」

「どうでしょう……」

 そう答えて、花を眺めるサクの横顔を見る王。彼はサクの視点から、王である自分には見せないローゼンの人物像を探ろうとする。そこには

『もしや、ローゼンの弱みを握れるやも』

 などという企みもある。とりあえず、王は取っ掛かりのいい所から話題を振った。

「ところで、そなたはローゼンのどういう所に惹かれたのだ?」

 サクは少し考えて答える。

「そうですねぇ……。やっぱり、優しい所ですね」

「ハハハ。それは、恋人のそなたには優しいであろうな」

 と、単純に笑う王。

「いえ。わたしにだけじゃなくて、ローゼンはみんなに優しい人です」

 サクの口から出る意外な言葉に王は聞き返す。

「ほう。みんなに?」

「はい」と、答えると、サクは街歩きで商店主たちと関わるローゼンの姿を思い浮かべながら話す。

「ローゼンは周りの人たちの事をよく見ています。街歩きの時だって、他のお店の人が困っていると気付いたら、品物を安く売ってあげたり、いい取引相手を紹介してあげたりぃ……、自分のお店が儲かる事だけを考えてるんじゃなくて、みんなが旨くいくように融通してあげるんです」

 そう話すサクの顔は純粋で、とてもキラキラとして見える。

「そなたはローゼンが美形である事や、豪商の息子である事、弓の名手である事ではなく、優しい所が好きだと言うのか」

「はい」

 と、迷い無く笑顔で答えたサクの澄んだ瞳がキラリと光る ──。

「容姿の事や、お金持ちである事、弓矢が出来る事なんて、所詮ただの飾りです。もし、ローゼンから あの『優しさ』がなくなったら、わたしはローゼンの事を凄く嫌いになると思います」

 そのようにハッキリと言うサク。しかも、ただの「嫌い」ではなく、「凄く嫌い」になると言う。そんな彼女を見て、王はつくづくと思う。

『これは…、もし、ローゼンはこの娘に見捨てられたら、人として終わりだなぁ……』 

「……そうか」

 王はそう返事すると、改めて名を訊く。

「そなた、名前はなんと言ったかな?」

「サクです」

「わしもサクに嫌われる人間にならぬよう気を付けるとしよう」

 王とサクは互いに笑顔を見合わせた。その時、青い蝶が王とサクの間を横切った。それを見たサクは一瞬、目を見張るが、王は蝶を気にもめない様子。

 サクが自分の胸の前で両手を握り締めて、こう言った。

「王様、きっと長生きして下さいね」

「ん?」

「そうでないと、みんなが悲しむから……」

 と、サクの顔が悲しげになる。

「でも、欲張らなければ、王様はきっと長生きすると思いますよ?」

 最後に、サクは微笑んで、そう告げた。



 サクとの会話を思い出したせいで、すっかり毒気を抜かれたような顔で頬杖を突いた西の王。

「あの娘は不思議な感じがするな。話しておると、だんだんと心が洗われていくような気がした……」

「ええ。わたくしもそう思います」

 と、微笑して、うなずくローゼン。心中では安堵もする。

『野心家が随分と大人しくなったものだ。サクのお蔭だな。彼はさほど悪い人ではないが、野心が邪魔な時がある。無用な物を捨てて彼は命拾いをした』

 再び動き始めたチェスの駒 ──。ローゼンはチェス盤を眺めて思う。

『政局はチェスのようにはいかない。複数のキングを相手にして、誰かがそのキングの頂点に立ち、統制せねばならない。中央の玉座にくとは、そういう事だ。その器が無い者は遅かれ早かれ命を落とす事になる』

 ついにローゼンが最後の一手を打つ。

「チェックメイト」

 西の王が目に手を当てて言う。

「あー! やられた。そなた、忖度そんたくせんなぁ」

「ハハハ。わたくしが人に忖度する時は見捨てる時ですよ」

 ローゼン、裏表の無いカラッとした笑いとともに、怖い事をサラリと言ってのけた。

 西の王は啞然とする。

『わしに心を開いていると見ればいいのか、脅しなのか、計り知れんなぁ……。いずれにせよ、こやつに見捨てられたら、わしも終わりじゃな』

 と、思った西の王は降参と言った気分で「フーン」と鼻息をいて、椅子の背にもたれた。



 その頃、王子たちが第一王子ルスランの部屋に集まって雑談していた。正室の他に側室を多く抱える王の子ゆえに、彼らは腹違いなので、同腹どうふくで生まれたローゼンやルークのように「いかにも兄弟、よく似ているなぁ」と言われるような顔立ちではない。それでも、今のところ兄弟仲は悪くはないようだった。

 今日の武芸の練習で、ローゼンを初めとした客人たちの腕前が凄かった事などを話して盛り上がっているうちに、途中から話題が変わり、王子の一人が不満を口にする。

「それにしても、ローゼン殿たちは三泊しかしないというのに、なんで、あの男はまだ城に滞在しているのだ! もう半月だぞ」

「逆が良かった」

「まぁ、父上にも何かお考えがあるのだろう」

 と、本を読みながら、15歳のルスラン第一王子が弟たちに答える。

「でも、姉上たちも嫌っているよ」

「案ずるな。姉上たちには常に護衛が付いている」

 と、少し幼い王子を安心させる為に、ルスラン王子。

「そう言えば、このところ、あの男を見かけないが?」

 ぽっちゃり体型の王子の問いかけに、侍従が答える。

「数日前から城を出て、外の色街で遊んでいるようです」

「なんだと!」

 と、ぽっちゃり王子の懸念を中年の侍従が取り除く。

「監視を付けてありますので、善良な市民に手を出そうものならば、すぐに捕らえる手筈です」

「それなら、心配あるまい」

 と言うルスラン第一王子の本を年の近い14歳の第二王子が

「ところで、兄上。さっきから何を見て ── !?」

 と、覗き込んで、絶句する。

 そこへ、ローゼンが王子たちのもとへ顔を出した。

「父君から仰せ付かって参りましたよ。早く寝るようにと」

 ルスラン王子がドギマギと本を後ろに隠す。

「読書も結構ですが、早く寝ないと背が伸びませんよ?」

 長身のローゼンが笑いながら、ルスラン王子から本を取り上げて中身を見ると、一瞬だけ顔を引きつらせた。それを見たルスラン王子も第二王子もバツが悪げに赤面して顔を隠す。

 パラパラとページをめくって確認した後、

「……これはダメですね」

 と言う真顔のローゼンの言葉を聞いて、『怒られるぅ』『軽蔑されるぅ』と思わず身構える王子たち。ローゼンは本をパタンと閉じると、

「いいでしょう。素人にも分かりやすい医学関連の本を見繕って差し上げます」

 などと言う。

「い、医学?」と、面喰らうルスラン。

「ええ、そうです。この本には間違いもありますから。衛生上良くない事が載っているし、感染症や避妊の知識、暴力によって相手の心と体を苦しめる危険性についても書かれていない」

 と、ローゼンがルスランに本を返す。

「年頃のあなた方にこそ正しい知識を持ってほしいのです。でないと、先々、痛い目を見るのは、他でもない あなた方自身ですから。正しい知識を持った上で、その本を見て下さい。そして、何が正しくて、何が正しくないのか、ご自分の頭で判断する事です。よろしいですね?」

 ローゼンの淡々とした口調の中には、どこか厳しさが覗く。

「は、はい」と、答えるルスランたちにローゼンは微笑して

「では、王子たち。お休みなさい」と挨拶する。

「お休みなさい」と、王子たち。

 ローゼンは王子の部屋を出た。

 廊下を歩きながらローゼンは思う。

『俺も色々と世の中を見てきてはいるが、この手の良い悪いが分からない人間には、実際、貴賤の区別がなくいるものだ。本人の気質もあるが、しっかりした大人が付いていないと、とんでもない事になる』

 ふと、立ち止まって、窓の星空を見上げる。

『俺にわざわざ見て来いと言うからには、西の領主は王子たちの教育係が欲しいのかもな。もしくは、兄代わりとして気軽に相談できる相手か……』

 そう思うものの、首を横に振る。

『しかし、相手は王族だ。あまり馴れ馴れしい人間では務まらない。取り入って、悪さをする奴もいる。清廉潔白で常に節度を保てる者でないと……。人を紹介するとしても、人選は難しいなぁ』

 ローゼンは頭をかきながら、自分の客室へと戻った。


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