10-ⅱ)秘められし言霊〜祝福の言葉
西部の都に到着したカラヤ商店の隊商『カラヤ隊』とレイの一行。この頃にはレイの顔の白い絆創膏も取れて、傷痕もなくなっていた。
旅の疲れを癒すために、この日は一日休養を取る事にする。
「明日の午後に登城する。お前たちも風呂屋にでも行って、サッパリしてくるといい」
「そうするよ」
レイはローゼンにそう答えて、ひとまず宿探しに行き、カラヤの隊商と別れた。
登城する当日。待ち合わせのカラヤ商店の支店に到着したレイたち。正装したローゼンとルークのカラヤ兄弟が出迎える。
「まぁ! 二人とも、どこかの王子様みたいね」
と、華夜が笑ってカラヤ兄弟を褒めると、美夜の方を見る。
「馬子にも衣装ね!」
照れた美夜はつい嫌味を口にする。
「美夜、素直じゃない」ボソリと輝夜。
華夜美夜、輝夜の踊り子姉妹はいつものキラキラとした舞台衣装に身を包み、まるで、おとぎ話のお姫様のようだ。
「美夜、お姫様みたいだ!」
と、ルークは絶賛するが、バカにされたと思っているローゼンは『バカバカしい』と言わんばかりの顔で、
「フッ。馬子にも衣装だな」
と、美夜に言い返すので、プライドの高い美夜は頭に来る。
「言ったわねぇ!」
「くだらん事で喧嘩をするな!」
レイが美夜の首根っ子をつかんで制止する。ローゼンは美夜を無視して馬車に近付き、サクに声をかけた。馬車から出て来た、キラキラした衣装を身にまとったサクの姿に
『このまま結婚しても良さそうだなぁ……』
と、見とれていると、
「どうかした?」と、サクに訊かれ、
「ああ、いや……」と、返答に窮するが、本来の目的を思い出し、
「サク。出発前に口裏を合わせておこう」
と、ローゼンはサクと共に馬車の中へ入った。
「あっ!? こら待て、テメェ!!」
慌ててレイが馬車の御者台に上がると、ローゼンがカーテンから顔を出し、
「心配するな。話をするだけだ。なんなら、そこで聞き耳を立てていればいい」
と、言うと、再びカーテンの中へ消える。なんだかんだ言っても堂々としているローゼンであるだけに、レイもそれ以上は言えなくなる。
「チッ」と、舌打ちして御者台に座るレイの隣で、御者のモーは呆気に取られる。
『ローゼンさん、抜け抜けとよくやるなぁ……』
馬車の中で、二人して寝台の上に腰掛けて話をするローゼンとサク。ローゼンは帯刀しているので、サクの左隣に座っている。
「ねぇ、ローゼン。やっぱり、嘘は良くないんじゃない? わたし、嘘とか、お芝居とか下手だしぃ。バレたら、かえってローゼンの立場を悪くするんじゃ……」
心配するサクの左手を握ってローゼンが答える。
「大丈夫。嘘はつかなくていい」
「え?」
「どうせ、人から色々訊かれるだろうから、嘘ばかりで塗り固めるのは実際のところ難しい。要点だけを押さえよう。馴れ初めについて訊かれたら、初めて逢った時の事を、そのまま言えばいい」
「う、うん」
「あとは、そうだなぁ……。進展具合を訊かれるか。それはまだ関係が浅いという事で乗り切ろう。恋人と言っても、出逢って間もない場合、深い関係とは限らないしな」
「分かった」
「じゃあ。今日から よろしく頼むよ」
「……… !?」
ローゼンに左の手にキスされて、一瞬、ドキッとして赤くなったサク。
ローゼンは立ち上がり、カーテンの所で振り向きざまに「ニコリ」と微笑を見せてから馬車を出た。
しばし、茫然とするサクだったが、
『まさか……』と、思わず口元を指で隠し、
『もう、お芝居、始まってるのぉ!? 用心深い人ぉ……』
結局、ローゼンの本気をお芝居と勘違いして、呆気に取られていた。
カラヤ商店の隊商が支店を出発した。登城の道すがら都の市民たちから歓声が上がる。
「ローゼンだ!」
「カラヤ隊だ!」
「ローゼンさ〜ん!」
と、叫ぶのは女ばかりではない。男の子たちが騎乗するローゼンや、カラヤ隊を追いかける。カラヤ隊は荷物の警備中である為、ヘラヘラと手を振る事なく、警戒を怠らない。
歓迎ぶりに驚くレイがローゼンの右隣で馬を並べて言う。
「凄い人気ぶりだな……」
「ハッハッハッ! なに、人の評価など当てにはならない。いつ覆るか分からんものさ」
ローゼンは快活に笑うと、達観した事を言う。しかも、
「それよりも大事なのは、何があっても堂々としている事だ」
動じる気配がない。
『達観の先に得た威風堂々ぶりなんやろうか。十年も大所帯を仕切っとると、こういう風になるんかなぁ……。仕事が人格を作っりょんか、元々の性分なんか、恐れ入るなぁ。本真に俺と同い年とは思えんなぁ』
一見、爽やかな好青年が並々ならぬ貫禄を備えている事に驚きを隠せないレイだった。
西部の領主に謁見するローゼンとルークのカラヤ兄弟と番頭、それにレイたち一行。レイの一行は天堂兄弟やモーもサクの家族という形で通してもらった。
「なんか面白くねーな。サクがローゼンの恋人なんてよ」
「仕方ないだろ。本来なら僕らは従者なのに、ローゼンさんの計らいでサクの家族として通してもらってんだ。そのお蔭で僕らみたいな者まで王様に会えるんだぜ。こんな機会、滅多に無いよ」
ボソボソと話すヒカルとカヲルの天堂兄弟に、ルークがローゼンに代わって注意する。
「ほら。君たち、私語は慎めよ。領主様のお出ましだ」
謁見の間に姿を現した西部の領主は壇上の椅子に座らずに、降りて来て、真っ先にローゼンの手を握りに来た。
「おお! 来たか、ローゼン!」
「お久しぶりでございます。領主様」
やや引き気味な様子で握手を交わすローゼンは、領主から親しみを込めて肩をバンバンと叩かれる。身分高き領主の異例の歓迎ぶりにレイたちは驚く。
『随分と気に入られてるな、ローゼン』と、レイ。
領主がローゼンに訊ねる。
「で、此度は恋人を連れて来たとか」
「はぁ」
「隣のこちらかな?」
と、領主がローゼンの左にいる同じ背丈の美しい顔のレイを見るので、ローゼンが否定する。
「いえ。“彼” は わたくしの親友で」
「なんと!」と、男である事に驚く領主。
「宝石商を営んでおります美月麗照と申します。どうか、お見知り置きを」
わずかに苦笑いしつつ、挨拶するレイ。
「彼の末の妹と交際しております」
ローゼンがそう言って、右後ろに隠れるように立っているサクを前に出す。
「は、初めまして。サクと申します」
緊張した面持ちで挨拶する小さなサクを見て、領主が「これはまた……」と一瞬、絶句し、
「人形のような、小さな妖精のような……」
と、感想を述べる。
周りにいた臣下たちも背が高めの踊り子姉妹でなく、長身のローゼンの肩に背伸びしてやっと届くような一番小柄なサクが相手である事に驚きを隠せない。
『なぁんか、やっぱり人選、失敗してるぅ……。お姉ちゃんたちの方が恋人役だと良かったのにぃ』
と、とても恥ずかしい思いをするサク。
「ローゼン。そちは噂に違わず面食いじゃのう……」
意味ありげな笑いをする領主に手の甲で胸を叩かれ、
「ハハハ」と照れ隠しに頭をかいて、ごまかし笑いするローゼン。
『め、面食い !? ……王様でもお世辞をゆうんだぁ』
と、思わず手で口元を隠して、目を「ぱちぱち」とさせて驚くサク。
「これはもう、見合いは勧められんな」
と、肩をすくめて領主は諦めた。
「申し訳ございません」
「まぁ、良い」
と言うと、領主は壇上の椅子に向かい、着席した。
「では、頼んだ品々の支払いをしよう」
領主は臣下の一人に指示を出す。領主が契約書にサインをすると、その臣下と共に契約書を受け取った番頭のトリンタニーが謁見の間から退出して、商品の引き渡しと代金の受け取りに向かった。
「今日はローゼンに会わせたい者がおる。入れ!」
領主に呼ばれて謁見の間に入室したのは姫君だった。
「ローゼン様」と、進み出て姫がお辞儀すると、
「この度は本当にありがとうございました!」
と、礼を言う。領主が事情を説明する。
「エミネと西南の第二王子との婚約が決まったのだ」
ローゼンは一礼し、領主とエミネ姫にお祝いの言葉を述べる。
「聞き及んでおります。此の度は誠におめでとうございます」
「全てローゼン様のお蔭ですわ!」
と、エミネ姫は嬉しそうだ。
『妙だな。西南は西部の敵国だろう』
ローゼンの傍らで不審に思うレイ。領主が経緯を話す。
「去年、そちが紹介してくれた向こうの王子だが、先月、向こうから足を運んでくれてな。いざ見合いをしてみると、エミネの好みで、浮かれておるのだ。まぁ、いつぞや、そちが申したように、諍いをするより政略結婚の方が良いかと、わしも西南の王も考えを改めてな」
その話に『なるほど。そういう事か』と納得したレイ。どうやら、西部と西南の領主をローゼンが丸め込んだらしい。
「ローゼン様もおめでとうございます」
と、エミネ姫がローゼンに恋人が出来た事を祝福する。
「はぁ、どうも……」
照れる反面、嘘に対する良心の呵責を若干 感じるローゼン、思わず首筋に手をやる。
「お姫様。おめでとうございます!」
エミネ姫の幸せオーラに釣られて、瞳をキラキラさせたサクが喜んでお祝いの言葉を口にする。
「ありがとう。あなたもローゼン様とお幸せにね!」
「はい!」
サク、うっかりノリで返事をしてしまう。その傍らで嬉しそうにサクの顔を見るローゼンを
『この野郎、調子に乗りやがって……!』
と、レイとヒカルがむくれっ面で見ている。
「それでは」
と、エミネ姫が退出した後、サクは
『……しまったァ!』
と口元を指先で押さえて内心で後悔する。が、ローゼンが微笑みかけるので、
『お芝居としては旨くいったのかも』
と、思うものの、
『でも、やっぱり恥ずかしい……』
と、ちょっと顔を赤らめるサク。
微笑むローゼンと赤面するサクの、そんな様子を領主は
『初々しいのう。まだ付き合って日が浅いようだな』
と、見ていた。まさしく、ローゼンの思惑通りであった。
宴会まで時間があるので、応接室でお茶菓子をいただき雑談するカラヤ兄弟とレイたち。ローゼンは配膳が終わるのを見ると、「ありがとう。あとは自分たちでやるので」と、給仕係を下がらせた。
今回は南東部の時と違い、番頭も人足兼警備のカラヤ隊も取引を終えると先に支店に戻っていた。
紅茶の香りを楽しむローゼンに、ルークが話しかける。
「番頭さんもカラヤ隊も支店に戻したんだね。兄さん」
「ああ。西部は治安が良くなったから、人足たちを先に帰したよ。5年前の敗戦の後、西部は道路整備だけじゃなく、治安の安定にも力を入れて、ずいぶん平和になったからな。うちも道路整備に資金提供したり、技術者を紹介したり、色々と関わってきた甲斐があったよ」
ローゼンは感慨深げに言うが、
「ま、利益の回収はこれからと言ったところか」
と、西部から しっかりと見返りはもらう気でいる。
「やっぱり、商人なんだな。お前……」
と、つぶやき、改めて思うレイ。
ルークが他にも気付いた点を指摘する。
「でもさ、あれも兄さんの影響だね。西の領主自身が変わったのか、周りの顔触れもだいぶ変わったよ。媚びへつらう太鼓持ちみたいな臣下がいなくなった」
「お? ルーク、気付いていたか。成長したな」
「まぁね」
ふと、レイが謁見の間での事を思い出し、ローゼンに言う。
「それにしても、見合いが嫌だとか言ってたお前が、人の見合いの世話をしていたとはな」
「なに、人の為だけじゃないさ。一人でも多く姫が結婚すれば、俺に来る鬱陶しい見合いが減るだろ?」
「また、お前はエゲツナイな」
と、顔を引きつらせるレイ。そこへルークが裏話をする。
「しかも、兄さんと来たら、姫たちの侍女を買収して、男性の好みを訊き出してたもんね」
「それだけじゃない。西南の王子たちの侍従や侍女にもチップをやって、王子たちの女の好みをしっかりと訊き出しておいた。片方だけ訊いても意味はないからな。互いがウィンウィンでないと」
「買収って……、手段を選ばない奴だな。お前は」
と、レイがローゼンに呆れ、
『凄い行動力だなぁ……』
と、内心で天堂兄弟も舌を巻く。
「でもぉ、お姫様、とっても嬉しそうだったよ?」
と、ほほに両手を当てて、「にこにこ」とサク。『人の幸せ、わたしの幸せ』と言った風だ。
「お前は人がいいなぁ……」と、呆れるレイ。
「ほ〜んと! なんだかんだ言って、ローゼンに利用されてんのよ? お姫様たち」と、美夜。
「おいおい。俺だって鬼じゃないぜ? 人に不幸な結婚はさせたくはないさ。それに両家とも跡継ぎの王子がいるから、今回の結婚はパワーバランスを崩す心配もないしな」
人の幸せを考えながらも、なかなかに どこまでも抜かりがないローゼン。
ふと、華夜が気付いて言う。
「あら? そう言えば、サク。人の結婚をあんなに祝福するなんて珍しいわね。あなた、結婚にネガティブなイメージがあるから、いつもなら、あんな高いテンションじゃなくって、普通の調子で『おめでとうございます』って感じなのに」
それを聞いたローゼン、ルーク、ヒカル、カヲルが「えっ!?」と驚く。
「う〜ん……。なんか今回は、なんとなぁく良さそうだと思ったんだよねぇ〜」
と、上を見て、あやふやな返事をするサク。
「それより、結婚にネガティブなイメージを抱いているって、どういう事だ?」
気にするローゼンに、レイがサクに代わって答える。
「サクはさ、このとおり見た目も性格も おとなしいマジメちゃんだろ? だから、みんな、こいつに話を聞いてもらいたくなるんだ。そのせいで、故郷にいた頃も旅先でも、人の悩み事や苦労話を散々聞かされてきたもんだから、ほぼほぼ『結婚イコール不幸』なんだよ」
「ああ!」と、心当たりがあるヒカルとカヲルが顔を見合わせる。以前、
「世界一の踊り子になって大儲けして玉の輿に乗ってやるわ!」
という美夜の “玉の輿願望” について
「立派なお家に嫁いだら嫁いだで、苦労するのは目に見えてるのに。もうちょっと現実を見てほしいんだけどなぁ」
と、サクが言っていたのを思い出した。
ローゼン、「なんだと !?」と言えず、一瞬、「なッ……!」と絶句して、
「いや。俺は君にそんな思いはさせないからな」
真剣な眼差しでサクの手を握る。
『まだ、お芝居するの? この人……』
サクはちょっとドキドキしつつも引き気味で、そう思い、それでもローゼンを気遣う事を言う。
「わ、わたしの事はいいから、ローゼンは幸せになってね?」
「俺は君と結婚できたら、充分ッ幸せだ!」
「そうなんだぁ〜……」視線を逸らすサク。
「そうだとも」
と、まだ、サクの手を握って、芝居どころでなく本気で言っているローゼン。片や、所詮お芝居と思い、ローゼンの好きな人が自分だと気付かずに余所余所しい態度のサク。二人の会話はどこまでも嚙み合わない。
『ケッ! さっさとフラれちまえ、ローゼンの奴』
紅茶をすすりながら、苦々しく思うヒカル。一方で、輝夜はチーズケーキを頬張りながら、
『ムムッ! とっととローゼンに食べられたらいいのに、サク。そしたら、ヒカルも諦めが付く』
と、もどかしく思っていた。




