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10-ⅰ)秘められし言霊〜西の都へ恋人と

 もうじき、西部の最初の街に到着するカラヤ商店の隊商キャラバン『カラヤ隊』とレイの一行。

「俺たちは今回、一つの街に長居せずに、一街ごとに一泊して、急ぎ、西部の都まで行く」

 ローゼンがレイと馬を並べて、今後の予定を伝える。

「西部の領主に届ける品々も含まれているから、早めに届けなくてはならないんだ」

 今回、ローゼン率いるカラヤ商店の隊商キャラバンが運んでいるのは西部の領主に届ける高級品も含まれており、十数台の荷馬車ではあるが、警備だけで百騎も付けたのはその為だ。

「そうか。じゃあ、一旦、お別れだな。俺たちは ここで一儲けしておきたいし」

 と、レイが言うと、ローゼンが

「サクだけ都まで連れて行くのはダメか?」

 無茶な要求をする。

「はァ? なに言ってんだ、お前」

「諸事情があって、出来ればサクを同伴させたい。もちろん、旅費は俺が持つから頼むよ」

「却下!」

「そこをなんとか!」

 両手を合わせて拝み倒そうとするローゼンに、レイは仕方なく訳を聞いてやる事にした。

「そもそも、その諸事情って、なんだよ、一体……」

「いやぁ〜。実は、訪れる度に西の領主に縁談を持ち掛けられて、困っているんだ」

「それで断る口実にサクを利用しようってはらか?」

「すまない」

 と、申し訳なさそうに頭をかくローゼンを

「全く! 仕方ないなぁ」

 見るに見兼ねたレイ。「サク!」と、馬車の中にいるサクを呼んで、事情を話してみる。

「恋人の振りぃ? それなら、わたしなんかよりぃ……」

 と、サクは周りを見渡すが、輝夜には当然ヒカルがいるし、美夜にはルークが付きまとっている。最後の頼みの綱と思っていた華夜はいつの間にかカヲルと仲良くなっており、馬を並べて楽しそうにお喋りをしている。

『……消去法で、わたしなのね』

 困り顔で ため息をつくサクにレイが言う。

「無理なら、断っていいぞ」

「そうだよねぇ。わたしが相手じゃあ、不自然だしぃ」

「決して、そんな事はない。是非、頼まれてくれ!」

 と、妙にしつこいローゼン。

『どうせなら、好きな人に頼めばいいのにぃ。まだ、相手にされてないのかな。困った人だなぁ……』

 などと、サクに思われているとは知らないローゼンがもう一押ししようと、「頼む」と言いかけた時、美夜が割って入る。

「なぁに? なんの話? 旨い話ぃ〜?」

 ローゼンには美夜の両の目が金貨に化けているように見えて、『嫌な予感がする……』としか思えない。話を聞いた美夜が案の定、

「西部の領主に会いに行くですって? ラッキー! がっぽり儲かるぅ〜」

 と、組んだ両手を右に左に振って浮かれる。

「ダメだ! お前たち三人は南東部の時みたいに余計なトラブルを起こすに決まっている」

 露骨に嫌な顔をするローゼンに、美夜が自信たっぷりに言う。

「だぁいじょうぶよ〜。今度はあんなヘマしないから、まぁかせてぇ〜!」

『その根拠のない自信が一番怪しい!』

 と、懸念するローゼンを余所よそにして踊り子の姉妹が寄って相談する。

「いいわね〜。領主様に歌と舞を披露して、ガッポリご褒美を頂戴するだなんて〜」

 と、華夜も乗り気で、

「南東部でもらい損ねた分、たんまり欲しい」

 と、無表情だが、輝夜も意欲満々である。

「じゃあ、決まりね! おにィ! あたしたちも行くわよ。西の都まで !!」

 美夜が兄レイの許可をもらうどころか、勝手に宣言するので、ローゼンとレイが思わず同時に「クソッ!」と悪態をいた。

ローゼン「この疫病神!」

レイ「勝手に決めやがって!」

「ごめんね、ローゼン。どうせなら、お姉ちゃんたちがいてくれた方がぁ、わたしも心強いしぃ……」

 と、サクに手を合わされては、ローゼンも拒めない。しかし、踊り子の姉たちのお蔭でサクも承諾してくれたようなものである。

 ローゼンは「仕方ない……」と、諦めの溜め息をいた後、

「そもそも、無理を言ってるのはこっちだ。全員、付いて来てくれ」

美夜「じゃっ、あたしたちの分の旅費もヨロシクぅ〜!」

華夜「悪いわね〜」

輝夜「かたじけない」

 浮かれて隊商の前を馬で走る踊り子の三人に対して、ガックリと うなだれるローゼン。

『やっぱり、ダメかぁ……。せっかくサクと二人っきりになるチャンスだと思ったのに……』

 悪巧みは思い通りにはいかないものである。一方でルークは美夜も来る事を喜び、ローゼンの思惑通りにいかなかった事をほくそ笑むヒカルを、カヲルとモーが白い目で見ていた。

 街に入ると、ローゼンがレイに告げる。

「俺たちはこのまま支店へ行く。宿が決まったら、支店に知らせてくれ。明日あすの出立の時刻を伝えるから。合流場所は支店の前でいいよな?」

「分かった」と、レイ。

 カラヤの隊商と、レイの一行は一度、別れた。



 翌日、支店で合流したレイたち一行はカラヤ商店の隊商と共に西部の都を目指した。

「そう言えば、お前、何度も縁談を持ち掛けられると言ってたが、西の領主とは仲がいいのか?」

「ハハハ……」

 レイに訊かれて苦笑いするローゼンに代わり、番頭のトリンタニーと、弟ルークが答える。

「ローゼン様は西部の領主様の覚えがめでたいのでございますよ」

「そうそう。キッカケはアレだよね?」



「この戦は西南が勝つ ──」

 5年前、国境を巡るいさかいから、西部が西南部に戦を仕掛けた事があった。カラヤ商店の中でもその戦は話題にのぼり、戦が始まった当初、ローゼンはそう断言していた。

 そして、そのとおりの結果となり、ローゼンが言い当てたという話が一気に広まり、敗北した西の領主の耳にまで届いてしまい、呼び出されたのだ。

『どうせ、腹立ち紛れに嫌がらせする気だろうな。いや、斬首するとか言わんだろうなぁ……』

 憂鬱な気持ちで西の領主のもとへ登城するローゼンだが、むざむざ殺される気も無い。

『どうにかして、活路をいだしてやる!』

 と、内心 身構えて、壇上に座る西の領主と対面した。恭しく一礼して顔を上げるローゼン。

「そちがカラヤ家のローゼンか……」

 西の領主はローゼンの風貌を見て驚いた。

『背は高いようだが、わ、若いな。しかも、優男だ』

 ローゼンは背は高いが、ひょろひょろとしたせた体ではなく、そうかと言って英雄然とした威圧感があるわけでもない。しかも、整った顔立ちからは自惚れを感じさせないのが不思議なくらいだ。それくらい彼は嫌味の無い好青年に見える。

 西の領主が訊ねる。

年齢としはいくつだ?」

「今年で二十歳はたちになります」

 側近たちも驚いて

「あのカラヤ商店を仕切っているローゼンというのは、こんなにも若いのか」

「顔立ちもなんというか、端整だな」

「商人らしからぬ爽やかな風情だ」

「何がカラヤ家だ。たかが商人風情が」

「どうせ、戦の予想も偶然に決まっておる」

 などと、声を潜めて隣同士で感想を述べ合う。

「是非、先の戦について、そちの見解を聞かせてくれ」

 そう請われるものの、

『相手は領主。しかも、西部は大国の王だ。プライドを損ねる事のないよう慎重に動かねば』

 と、ローゼンは低姿勢に出る。

「恐れ多い事でございます。所詮、わたくしなどは一介の商人。わたくしめの意見などお役に立つとは思えませぬが……」

「いや。是非とも、聞かせてくれ。このとおりだ」

 と、領主が壇上ではあるが、一介の商人であるローゼンにわざわざ頭を下げる。領主は過剰なプライドを捨て、諫言かんげんを求めたのだ。

『これは、よほど敗戦が懲りていると見える』

 と判断したローゼンは「はぁ、それならば ──」と、話を始めた。

「わたくしの場合、なにぶん、商人でございますゆえ、そもそも戦をしようなどとは考えません。戦には多大なコストがかかりますので。しかも、勝てない戦と分かっていれば、尚更です」

「勝てないと判断した理由とはなんだ?」

 西の領主は食い入るように訊く。

「まず、大きく二つの要因が挙げられます。供給網と兵力です」

 と、ローゼンは二本の指を立てて言う。

「供給網については豊富な物資が国内にある事や、調達先の確保が大前提ではありますが、兵糧や武器、人員の補充が素早く行われる事も重要です。その為に、道路の整備を怠ってはいけません」

 などと、国王や軍師が考えるような事を一介の商人の口から聞かされて、領主も側近たちも驚愕する。

「この点において、最近の西部では整備がき届いていない道が増えております。先の戦で使われたルートもその一つでした」

 ローゼンの言うとおり、当時の西部の道は荒れていた。軍備増強の為に武器にはカネをかけたが、道の整備を怠っていたのだ。西の領主は下唇を嚙んだ。

「これに対して、西南は港からの豊富な物資を整備された大通りで戦地まで速やかに運べます」

 ローゼンは淡々と話を続ける。

「そして、兵士の練度とモチベーションの高さにおいても優劣は明らかでした。以前、行商の帰りに西南の軍の訓練を見かけた事がありました。二手に分かれた部隊が対戦し、時に指揮官の指示なしに兵士たちが現状に合わせた陣形を作るというものでした」

 行商の帰り道、小高い丘の上から西南の軍の訓練風景を一望した時の感想を述べるローゼンの顔は商人というより、将軍のようだ。

「彼らは非常に優秀で一人一人が何をすればいいのかをよく理解しているのです。指揮官の指示通りに動く事も必要ですが、ただの指示待ち人間では現場では何の役にも立ちません」

 と言いつつ、腹の中で、

『こんな事は軍隊に限らず、どんな組織においても言える事だ』

 と思っているが、波風立てるわけにもいかないので、当然あえて口にしない。

「そもそも兵力は基本、人員や武器の数で決まりますが、多少の差なら質の高さや作戦などでカバーできます。それゆえに、先の戦では人員の数の差は質で補って余りあると判断し、兵力の点においても西南が優位と見ました」

 一通り喋ると、

「以上でございます。お耳汚しでございました」

 と、締め括り、一礼した。

「欲しい!」と、領主は思わず叫んだ。

「ローゼン、わしの臣下になれ!」

 椅子から立ち上がり、ローゼンを指差す領主に、

「はァ!?」と、面喰らうローゼン。慌てて辞退する。

「と、とんでもない! わたくしは一介の商人でございます。領主様の臣下など滅相もない」

「ならば、わしの娘をやろう!」

「身分が違い過ぎます!」

 これもまた、強く辞退した。



「……まぁ、そういう訳だ」

 事情を話し終えたローゼン、うんざりした顔で言う。

「戦の予想なんて、口にするんじゃなかったよ……。全く、若気の至りだ」

 ローゼンは手で広い額を押さえて首を横に振り激しく後悔するが、番頭のトリンタニーは嬉しそうに話を補足する。

「しかしながら、お蔭でカラヤ商店は西部の王家ようたしになりました。当然ながら、勝利した方の西南の領主様からも『そちは見る目がある』と気に入られ、そちらも御用達になりました。ローゼン様のお蔭で西でも西南でも商売がやりやすくなって、ガッツリ儲かっております!」

 トリンタニー、思わずガッツポーズを取る。

「なかなか、商売のダシにされてるな。お前」

 と、ローゼンの状況を呆れ半分、気の毒半分に言うレイ。

「ついでに、西南の姫との縁談を勧められてたよ」

 と、からかうルーク。

「ふふふ……。ローゼン、モテモテだね」

 御者台で座って聞いていたサクが指先で口元を隠して笑い、からかう。

「冗談じゃない!」

 ローゼン、珍しくサクに向かって怒るので、サクの目が「ぱちっ」と見開かれる。ここへ来て、サクがヤキモチの一つもいてくれない事への不満が爆発する。

「政略結婚だぞ。どちらかを断れば恨まれるし、両方と結婚したところで、両家とのバランスを取るのに気を遣わないといけなくなる。いい迷惑だ!」

「……ご、ごめんなさい。笑い事じゃないね」

 「しゅん…」とするサクに、ローゼンは狼狽うろたえる。

「い、いや、分かってくれればいいんだ。何も謝る事はない」

 そして、気を取り直し、

「それに、今回は君がいるから、断りやすくて助かるよ」

 と、意味深にウィンクをした。が、

「お芝居の自信はないけどっ、ローゼンが困ってるなら、なんとか頑張ってみる!」

 真面目なサクには伝わらない。日頃から世話になっているローゼンに恩返しする機会だと張り切っているに過ぎない。

『仲はいいのに、なかなか進展しないなぁ、この二人……』

 サクの隣で馬を操るモーは内心で苦笑いする。

「なぁんか嫌〜な予感しかしねーな」

「むしろ、僕はローゼンさんが気の毒に思えるよ……」

 などと、天堂兄弟がひそひそと話す。

「ホント鈍いわね〜、サク。そろそろ、サクに教えてあげた方が良くない? ローゼンの気持ち」

 華夜が笑いながら美夜に耳打ちするが、

「ほっとけば〜? 仲を取り持ったところで、こっちは一銭にもなりゃしないんだから」

 と、冷たい反応を示すので、華夜は

「あら〜、なに心配してんのぉ? 仲を取り持ったところで、どうせ “お兄ちゃん” 扱いだと思うけど〜」

 と、美夜をからかう。

「しかし、ローゼンに恩を着せれば、必ず見返り来る。宝くじの詫びに来た時、デート出来るように助けたら、後でこの弓、くれた」

 輝夜が姉たちに自分の弓を見せて言う。

「けっこう高い弓だ」

「………」

 美夜、しばし沈黙した後、

「ふーん……」

 と、しばらく、馬上でマントをなびかせるローゼンの後ろ姿を見つめていた。


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