9-ⅳ)源流(ルーツ)〜村の言い伝え
馬車の御者台でモーの隣に座り、頬杖を突いて思うサク。
『遺跡で過去の戦は見えたのにぃ、なぁんで盗賊の事は見えなんだんやろう。千里眼って謎やなぁ……』
レイたち一行を伴ったカラヤ商店の隊商『カラヤ隊』は近くの村で水を分けてもらう事にした。
村人たちが好意的にカラヤ商店の隊商を持て成す。
「なんと! 盗賊に遭遇しましたか。あそこは最近、奴らの根城になって、中部へ行くにも遠回りする破目になって、わしらも迷惑しとったんじゃ」
「いや〜、えらい目に遭いましたよ」
と、ローゼンが村長に挨拶していると、村娘たちが寄って集って水の入ったコップを差し出しに来た。
「ローゼン様! お水をどうぞ!」
「わたしのお水を!」
「いいえ! わたしのお水を飲んで!」
盗賊相手に「蹴散らせ」などと吼えてガンガンに突っ込んで行った男が、村娘たち相手に「たじたじ」になる。
「いやいや、そんなに たくさんは要りませんよ。一つで結構です」
と、言って、適当に一つだけもらうと、ローゼンは「すいません。もう一つ」と、二つコップを手に取り、サクのもとへ向かう。
「サク!」
「はい?」
声をかけられて返事したサクの手には すでにコップがあった。
「あ、ありがとう。わたしはもうもらってるから、誰か他の人にあげて?」
笑顔で断るサクに、ローゼンはちょっとガックリくる。それを見たヒカルがほくそ笑むので、ギロリと睨むローゼン。
「手、滑った」
と、輝夜がわざとらしくサクのコップをはたき落とす。
「あっ!」と、びっくりするサク。
「あ゛ーッ!」と、ショックを受けるヒカル。
「ごめん。サク……」と、芝居っ気を出して、すまなさそうに謝る輝夜を許すお人好しのサク。
「しょうがないよ。他のをもらって来る」
「ここにあるじゃないか」
ローゼンがサクを引き留めて、手にしたコップを一つ差し出す。
「うん。ありがとう」
結局、ヒカルが持って来た水を飲む事なく、ローゼンからもらった水を口にするサク。今度はローゼンがほくそ笑み、ヒカルが睨む。そんなヒカルに向かって輝夜は「べー」と舌を出す。
ローゼンの様子を見た村娘たちが「ローゼン様に恋人が出来てる」と、ガッカリする。
レイは華夜美夜と共に村の若い衆に囲まれ、カヲルとルークが華夜と美夜を守ろうと割り込んで行く。
『なんで、俺までが男に囲まれるんだ……』
と、複雑な思いのレイ。
カラヤの隊商が来て、にぎやかになった村。村長よりも年配の長老が杖を突いてローゼンに近付いて来た。長い白ヒゲをなでながら笑う。
「はっはっはっ。にぎやかで良いのう」
「これは長老。今年もお世話になります」
挨拶するローゼンの隣で、「お世話になります」と続けて挨拶するサクを見た長老がからかう。
「おお、ローゼン。お前さん、今年はずいぶんと男振りが良くなったんじゃないのか?」
「え? これは参ったなぁ……」
サクの方をチラリと見た後、頭をかいて照れるローゼンだが、鈍感なサクはその訳が自分にあるとは気付いていないので、
『ローゼン、褒められて照れてるぅ』
と、単純に微笑ましく思っているに過ぎない。
「しかし、まぁ、お前さんたち二人を見ておると、あれを思い出すのう」
「あれとは?」
「あれじゃよ、あれ。ほら、あの遺跡の話の ──。まぁ、座りなさい」
長老が先程ローゼンたちが通って来た遺跡群の昔話を始めるため、近くに置かれた丸太の腰掛けに座り、ローゼンとサクにも側の丸太の腰掛けを勧める。
ローゼンが長老に訊ねる。
「遺跡の話とは、娘に横恋慕して国が滅びたという、あの話ですか」
「そうそう! あの話に出て来る娘とその婚約者にそっくりじゃと、思うてな」
「え? そっくりって、どういう事ですか」
「わしが聞いとる言い伝えでは、娘は小柄でお人形のように可愛らしく、婚約者は長身の美形で弓の名手だったという」
「いやいや、俺は美形じゃありませんよ。ごくごく平凡ですよ」
「わたしは全然、見てくれ悪いしぃ……」
長老の言う事にローゼンもサクも謙遜でなく、手を振って真顔で否定するので、長老は
『真面目な所が よく似た二人じゃな……』
と思う。
「それにしても、そんな話、初耳ですよ」
と、驚くローゼンに長老は長い白ヒゲをなでながら言う。
「そりゃ、そうじゃ。いつもなら、年寄りの長話に付き合わせるのは気の毒じゃから、適当に端折ってやってるからのう」
『そうか。今年は全力疾走でここまで来てるから、村までの到着が早い』
と、思い、ローゼンは長老の長話に少し付き合う事にする。
「今回は時間があるので、長話に付き合いますよ」
「そうじゃのう。どこから話すか。そもそも事の起こりは、娘が美しいという理由だけではない。その娘は ──」
長老の口から発せられた言葉に、
「不思議な眼の持ち主じゃった」
ローゼンもサクも釘付けになった。
「……不思議な眼とは?」と、訊ねるローゼンに長老が答える。
「未来を見たり、人の心を読める眼だったと言う」
「東洋の言葉で言うところの『千里眼』ですね」
と、言うサクの顔をローゼンが見つめる。
「ほう。二つの能力を一言で表現できる、そういう便利な言葉があるのか。それで、その『千里眼』のせいで、娘は小国の王子に攫われた ──」
昔話をする長老の目はサクを千里眼の娘に、ローゼンをその婚約者に見立てていた。
「王子は自分の未来を予知しろと詰め寄ったが、娘は『帰りたい』と泣きじゃくるあまり、涙で千里眼が曇ってしまったのか、王子の未来は見えなかったとか」
「かわいそう……」と、つぶやくサクの横で、
『婚約者の気持ちを思うと、他人事のような気がしない』
と、思うローゼンは胸を手で押さえ、
「俺だったら、最愛の人を攫われたら、気が気でない」
と、言う。
「まぁ、当然、婚約者が取り戻しに行くわけじゃが、これがまた、かなりの大軍を率いて小国をぐるりと取り囲んでしもうた」
「婚約者は相当の権力者か何かですか?」
と、ローゼン。
「うむ。大国の王じゃ。まだ若い王だったが、しっかり者だったので、先王がさっさと引退して譲位したとか。しかも、近隣諸国からも援軍が来るほど人望が厚かった」
『これは小国の一つや二つ、一気に袋叩きだな』
と、思い、腕組みするローゼン。
「さすがに小国の王も血相を変えて、攻撃される前に降伏するつもりじゃったが、王子の方がな、娘を『返さん』と拒否をした」
「えー……」口元を両手で隠して、引くサク。
「なんと愚かな……」目に手を当てるローゼン。
「使者からの返答を聞いて、婚約者である王が怒ったのは言うまでもない。小国の王について『息子の一人も説得できないのか。無能者め』と罵り、小国の王子を『八つ裂きにしてくれる!』と吼えて、攻め込んだ」
『俺でも同じ事を言うな、きっと……』
と、額を押さえて思うローゼン。婚約者の王に妙な親近感を覚える。
「それで、千里眼の娘は助かったんですか?」
サクが手に汗を握って訊く。
「無事に助け出された」
と、聞いて、サクは両手を握り合わせて「良かったぁ〜」と、ローゼンと顔を見合わせて笑い、自分事のように ほっとする。
「それで、その戦の帰りに水を求めて立ち寄ったのが、この村じゃよ。当時のこの村も小国の圧政に苦しめられておったから、大国の王の軍を歓待した」
そして、長老は大国の王が村に来た時の様子を話す。
「大国の王は千里眼の娘をずいぶんと可愛がっておってな。手ずから水を与えてやるほどだったとか」
『なんだか、本当に他人事とは思えない……』
と、つくづくと思うローゼン。
「ところで、千里眼の娘の故郷はどこか分かります?」
と、サクが長老に訊ねる。
「はて、さすがに そこまでは知らんなぁ。わしが知っているのは、二人のその後じゃ」
「まだ、何かあるんですか?」と、ローゼン。
「うむ。二人の間には子ができなんだ為、王は中年になった頃に弟に譲位して、王室を出て商売を始めた。これがまた大当たりして、大商人となった」
「逞しい人ですねぇ」と、感心するサク。
「千里眼のお蔭じゃないのか?」と、皮肉を言うローゼン。
「それはどうかは知らんが、王位継承権の低い甥っ子を養子にして仕込んだぐらいじゃから、王自身にも商才はあったはずじゃ」
「それにしても、大昔の王の話について随分と詳しいですね。長老」と、ローゼン。
「そりゃ、そうじゃ。その後の話は、わしが若い頃、お前さんの曾祖父さんから聞いた話じゃからな」
と、長老に言われて、
「え?」と、驚くローゼン。
「まだ、父親から聞いとらんのか?」
「まさか……」と、ローゼンは口元を手で押さえた。
「これはカラヤ家のルーツの話じゃよ」
長老とローゼンの遣り取りに、サクもびっくりして開いた口を思わず両手で隠す。
「お前さんは責任感が強いから、とっくに父親から聞いとると思うとったが ──」
ふと、長老が視線を外し、ルークの方を見た。ローゼンとサクが長老の昔話を聞いている間、美夜たちがお礼代わりに村人たちに羽扇の舞を披露しているのを、ルークも村人たちと一緒に観ている。
「ああ! ルークか。あれはちょっと頼りないというか、チャラいとこがあるからのう。王族がルーツと知って調子に乗ると困るから、まだ言っとらんのじゃな」
「ハハハ……。そうかもしれませんね」
ローゼンもルークを見遣り、苦笑いする。
「串焼きもらったんだけど、お前らも食うか?」
と、レイが村人たちから振る舞われた食べ物をサクとローゼンの分も持って来てくれた。「ありがとう。お兄ちゃん」「すまない」と、受け取るサクとローゼン。
「御老体も召し上がりますか?」
「いや、わしはいい。客人のお前さんが食べなさい」
と、長老はレイに勧めるので、「では、遠慮なく」と、レイも腰掛けて食べる。
「ところで、長老。『千里眼』の娘は ──」
ローゼンの言葉にレイが驚き、串焼きにかぶり付く口が止まる。
「やはり、商人になった王と末長く幸せに暮らしたのですか?」
「まぁ、そうじゃな。夫婦、共に長命だったとか」
それを聞いて、「へー、そうですか」と、にんまりとするローゼンの横で、サクがレイに耳打ちする。
「あの遺跡の王子に攫われた娘が『千里眼』でぇ、その婚約者がカラヤ家の先祖なんやって」
「えっ!?」と、レイ。満足げに串焼きにかじり付くローゼンを見て、顔を引きつらせて呆れる。
『……おいおい。先祖とそっくりか』
そんなレイの横で、サクは先程の長老の昔話に疑問を抱く。
『ほんでもぉ、よう考えたら、変な話。千里眼あるのにぃ、子供が出来んこと分からんかったんやろかぁ? うちやったら、自分に子ぉが出来んと分かっとったら、結婚しょうとは絶対に思わへん。そんなん、相手の人が かわいそうやもん』
そして、ローゼンの顔を見る。
『まぁ、ローゼンの場合は違うきん、その心配はないかァ』
と、懸念材料がないと勝手に思い込み、落ち着いてサクも串焼きを食む食むする。
串焼きを美味しそうに食べながら談笑する三人を見て、長老は思う。
『今日、連れておるのは百騎ほどじゃが、ファルシアス全土にあるカラヤ商店全体で軽く万単位。諸侯の力を借りれば、総勢百万は集められる実力者のローゼンがおって、えらい美人の兄さんまでおるのか。まるで、昔話の千里眼の娘と同じじゃな』
白い顎ヒゲをなでる長老。
『まさか、この娘……。いやいや、まさかな』
長老は首を横に振って、内心で否定した。
カラヤ商店の隊商『カラヤ隊』とレイの一行は喉の渇きと腹を満たし、出立の準備をした。
村の若い衆は美しい踊り子たちとの別れを惜しみ、村娘たちは男っ振りのいいカラヤ隊の面々と再会の約束を交わす。
「ローゼンだけじゃねぇんだな。カラヤ隊、モテるな」と、ヒカル。
「まぁ、みんな勇ましくて男らしいからだろうね」と、カヲル。
村の若い衆の中にはレイとの別れに涙を流す者もいたが、当のレイは困惑した。
「あいつ、けっこう不幸だな」と、ヒカル。
「……美しいって、罪だね」と、カヲル。
サクが馬車に乗り込もうとした時、青い蝶が飛んで来た。青い蝶を目で追って振り返ると、井戸が涸れて困っている村人たちの姿が見えた。その後、さっきまでサクが座っていた丸太の椅子の下から水が勢いよく噴き出す光景が ──。
サクは急いで長老に駆け寄った。
「長老さん! 最後に一つ、わたしからお礼を ──」
サクが長老に耳打ちすると、長老が目を見張った。サクは最後に
「わたしが言ったという事は、誰にも言わないで下さい」
と、両手を合わせてお願いをした。
「番頭さん。謝礼を」
去り際に、ローゼンに指示された番頭がカネが入った袋を村長に渡す。
「では、皆さん、ありがとうございました。街へいらした折りには、是非カラヤ商店にも寄って下さい。歓待いたします。それでは」
村長を初め村民たちに柔らかい物腰で恭しく一礼すると、馬に乗ったローゼンの表情が急にキリリと凜々しいものになり、「ピリッ」とした雰囲気を醸し出す。
「行くぞ!」
と、隊商の一同に命令した。すると、全員が
「オォ───ッ!!」
と、勇ましく返事をして、一気に緊張感のある空気に包まれる。
その様子にレイたちは圧倒された。
『うわぁ、びっくりぃ〜』
地鳴りのようなカラヤ隊の大声に驚くサク。
『ローゼンさんは凄いなぁ』と、カヲル。
『大所帯を仕切るんは並大抵の事ではないな。とても俺には出来ん』
ローゼンの貫禄に内心で感じ入るレイ。
隊商が動き出す。共にレイたちも進む。
「普段は優しい顔なのに、時々、別人ね」と、言う華夜に、
「二重人格じゃないの?」と、美夜。
そこへルークが馬を並べて来て、言う。
「二重人格はひどいなぁ。あれはいつもの事さ。兄さんは要所要所で気を引き締めるんだよ。大きな油断をしない為にね」
「裏表あるように見えて、どっちも表のローゼンなのか」
と、輝夜がつぶやく隣でヒカルは
『軍隊の大将みたいだな。あいつが本物の大将やってたら、あの戦もまだマシだったのかなぁ……』
大陸の東『央華』の辺境での凄惨な戦を思い出し、後ろの東の空を振り返る。
馬車の横に付けて来たローゼンに、御者の隣に座るサクが微笑みかける。
「ローゼンは本当にお仕事が好きだね?」
「そうだな。嫌いではないな」
と、微笑で返すローゼン。街歩きで商店主らと商談する時も、隊商に気合いを入れる時も、活き活きとしているローゼンの姿を見るのが嬉しいサク。
カラヤ商店の隊商を見送る長老が白い顎ヒゲをなでながら、笑う。
「因縁とは恐ろしいのう……。ローゼンの風格は、まさに王者の風格そのものじゃ」
長老は振り返り、丸太の椅子を見る。
「さて。井戸が涸れる前に、新しい井戸を掘らせるか」
そして、新しい井戸が完成した頃に、古い井戸が一つ涸れた。
「長老の言ったとおりになった!」
「さすが、長老! どうして分かったんだ?」
などと、村長はじめ、村人たちは驚いた。
「いや、なに。長年の経験からくる勘かの」
と、ごまかす長老の言葉に
「やっぱり、亀の甲より年の劫だな」
みんな勝手に納得してくれた。
「因縁とは つくづく恐ろしいのう……」
白い顎ヒゲをなでてつぶやく長老の額には一筋の汗が流れたのだった。




