9-ⅱ)源流(ルーツ)〜泣き虫な男の子
目の前に飛んで来た青い蝶に導かれるようにサクは歩いて行く。
サクは男の子と会った。彼は膝を抱えて泣いていたので、しゃがんで声をかけた。
「僕ぅ、どうしたの?」
顔を上げた男の子は涙を流していたが、サクの顔を見た途端、ハッと目を見張ったので、違和感を覚えたサクが小首を傾げて
「どうかした?」と、訊く。
「ああ、いや、なんでも……」
と、男の子は気まずそうに視線を逸らす。そのぎこちない様子に、サクはどこかで同じような経験をしたような気がする。
『この感じどこかでぇ……、誰かと初めて会った時のようなぁ……?』
しかし、思い出せないので、男の子に泣いている理由を訊く。
「何か つらい事でもあったのぉ?」
男の子はサクの化粧っ気のない顔を「ちらちら」と見て、否定する。
「な、なんでもないよ……」
「そんな事ないでしょお?」
と、サクが男の子の顔を覗き込むと、彼は顔を真っ赤にして視線を逸らして言う。
「け、剣術の稽古をしたくないんだ。痛いのは嫌いだ!」
「じゃあ、やめればぁ?」
「そ、そういうわけにもいかないよ」
「どうしてぇ?」
「僕、普通の家の子じゃないから、悪い連中に狙われやすいんだ。いざという時は自分独りで闘わないといけない」
「えー……。大変だねぇ……」
幼いながらに過酷な環境にあると知り、サクは ため息混じりに同情した。
「大変だけどさ……、やっぱり頑張るよ!」
と、男の子は涙を拭って立ち上がった。その途端、男の子が少し大きくなった。7歳から11歳になる。顔の形も凡庸だったのが、形が整い出して、やや生意気そうな顔付きになっていた。
『あれ? 成長したぁ……』
目を丸くしたサク。しゃがんだまま頬杖を突いて男の子の顔を見上げる。
「僕ぅ、偉いね」と、サクが応援しようと微笑むと、彼はこう言った。
「別に偉くなんかないよ。俺は美人と結婚したいから、強くなるんだ!」
その意気込みに若干、引くサク。呆れ気味に言う。
「へー、そうなんだぁ……。がんばれ〜」
一人称が「僕」から「俺」に変わった男の子はケロッとした様子で
「そういう訳だから、俺が強くなったら、君を守ってあげるからさ。俺と結婚してよ」
と、上から目線で図々しい事を言い出してきた。
「え……?」と、サクは目が点になって驚き、
『なに? この子』と、一瞬、眉をひそめ、心の声が訛るほど、かなり不審に思うが、相手は子供なので、とりあえず笑顔で励ます。
「約束は出来ないけどぉ、お稽古がんばってねぇ〜」
「うん。頑張るよッ!」
互いに手を振って別れる。別れ際、男の子は笑って振り返り、
「約束は絶対、守ってもらうよ!」
と、言い残して去った。
『さっきまで泣っきょったと思うたら、急に元気になって、なぁんかメンドクサイ子やったなぁ……』
そう思って、立ち上がると、サクは歩き出した。青い蝶も付いて飛ぶ。
しばらく歩くと、膝を抱えたローゼンに会う。顔を伏せているが、いつもの地味な服装で、カラヤ家の紋章『二重星』の刻印が入った金の指輪を付けている。
『ローゼン、なんか落ち込んどる……』
気の毒に思い、近付いて、そっと両膝を突いて声をかけるサク。相手に合わせて、ここでも郷里の訛りを封じる。
「どうしたの? ローゼン」
ローゼンは顔を伏せたまま答える。
「なかなか、結婚相手が見つからなくて……」
それを聞いてサクは不思議に思う。
『ん? 好きな人、おるはず……』
ローゼンは話を続ける。
「別に、相手に多くを求めているわけじゃないんだ。欠点があったって受け入れるよ。ただ ──」
「ただぁ?」
「どこを探しても、思うような美人が見つからないんだ……」
くだらない事で絶望するローゼンにサクはドン引きした。
『な、なに、この人……! 同情して損したっ』
そして、こうも思った。
『美人、美人って、さっきの男の子とそっくり!』
「美人にこだわるのやめたら?」
と、サクが素っ気無く言ってみると、
「……嫌だ」
ポツリと答えて、頑なに拒絶するローゼン。
『うわぁ、頑固ぉ〜……。ローゼンって、本真は こんな人なんやぁ』
ローゼンの美人への執念に啞然とするサク。さらに、ローゼンは膝を抱えて顔を伏せたまま、駄々っ子のような事を言う。
「美人と言っても、ただの美人じゃない。俺にとっての絶世の美女じゃないと、嫌だ!」
「そ、そんな現実離れした事ゆってないで、現実見なよぉ! そんなんじゃあ、好きな人にも嫌われるよぉ?」
ローゼンをして「どこか浮世離れした清純な感じの子」と言わしめたサクが現実を見ろなどと言う。
「好きな人なんて、まだ、いないよ」
「え?」
話が嚙み合っていない事に、サクは気付いた。
『まさか、過去のローゼン……』
「だ、大丈夫だよぉ! きっと見つかるよぉ〜」
と、とりあえず励ましてみるサク。
「本当に?」と、ローゼンがやっと顔を上げた。途端に彼はハッと目を見張った。膝を抱えていたのをやめて、片膝突き、サクの手を取って瞳をキラキラとさせて言う。
「やっと見つけたッ!」
「えっ…… !? 」と、一瞬、驚いたサクだが、
『さすがに、うちの事ちゃうか』
と思い直し、
『なぁんや人違いされとるぅ……』
と、呆れつつも、
『とりあえずぅ元気になったきん、えっかぁ』
とも思い、
「良かったねぇ、ローゼン?」
と、にこりと言ってあげた。すると、ローゼンはサクの手を両手で握り、
「君を一生、大事にするよ。生まれ変わっても、また一緒になるよ」
と、言うので、サクは
『……うわぁ、重たい人やなぁ』と呆れ、
『相手の人、大変そう』と他人事のように思った。
「じゃあ、そろそろ、わたしぃ和の国に帰らないと」
サクは立ち上がって、ローゼンから離れた。
「え……? 待ってくれ!」
背中越しにローゼンの声が聞こえるが、サクは振り向かない。
「結婚の約束はどうなるんだ?」
ローゼンの言葉に違和感を抱いたサクは、ほほに人差し指を当てて小首を傾げ、
『おかしいなぁ? そんな約束しとらんしぃ』
と思うと、振り返った。すると、ローゼンの顔と先程の成長した男の子の顔が重なって見えた。
「あ……? ローゼン!」
同一人物だと分かった瞬間、世界が急に白い光に包まれた ──。
サクが目を覚ますと、そこは宿の部屋の寝台の上だった。朝の光がカーテン越しに部屋の中に差し込む。サクからは見えないが、外では窓辺にいた青い蝶が飛び去ってゆく。
サクは上体を起こして、つぶやいた。
「……変な夢ぇ〜」
この日の朝はローゼンと食堂で朝食を一緒に取った。この後、サクは街歩きのお供に行くのだ。
並んで座っている二人の姿は仲の良い兄妹のようにも見える。
ローゼンが嚙んでいたナンを呑み込むと、こんな話を始めた。
「今朝、子供の頃に見た夢と全く同じ夢を見たよ」
「へー」
「最初に見たのは11の頃だったかな。夢の中の自分が7歳になっていて、剣術の稽古が嫌で泣いていたら、美人のお姉さんに声をかけられてさぁ」
「 ─── !? 」
ローゼンは「美人のお姉さん」という所で意味深にサクの顔を見て言うが、サクは「剣術の稽古が嫌で泣いていたら」という言葉に反応して、目を丸くする。
「これがまた、守ってあげたくなるような儚げなタイプの美人でさ」
サクの反応を見るローゼンだが、当のサクは他人事のように「ふ〜ん」と言って、ご飯を一口食べる。
『ローゼン、そうゆうんが好みなんやぁ』と、ぐらいにしか思ってない。
「夢の途中で11歳の自分に戻って、強くなったら彼女と結婚する約束をしたんだ」
ローゼンの言葉に「へ、へー……」と、返事して、食い違う点について思うサク。
『なぁんか、うちが見た夢と違うなぁ。ローゼンの夢には、うちでない人が出とるみたいやし。うちは約束やこしとらんしぃ』
ローゼンが一方的に約束したに過ぎない。
「それで、今朝の夢には続きがあってさ。大人になって、例の美人と再会するんだ」
「じゃあ、お姉さんがぁ、おばさんになってたりとかぁ?」
「ハハハ、夢だからね。お姉さんのままだよ。俺が彼女より年上になってたよ」
「ふ〜ん」
「で、その美人にプロポーズしたんだけど、彼女、どこかへ行こうとするんだ……」
ローゼンの顔が曇るので、励ますサク。
「だ、大丈夫だよぉ。悪い夢は口に出すと、正夢にはならないって昔からゆわれてるしぃ」
「そうかい? そうだと…いいけど……」
『サクは相当、鈍いからなぁ。プロポーズしても伝わるかどうかが、心配だ……。今の関係性だと、冗談だと受け止められる可能性が高い』
サクに励まされたところで、そんな不安が拭い切れないローゼンだった。
『よう似とるけどぉ、やっぱり、違う夢かもぉ』
と、思うサクだが、二人が見たのは全く同じ夢である。サクがローゼンの心の中に迷い込んでしまった形だ。お互いの主観のせいで話が食い違う。
では、夢の中で逢いましょう。
以前、サクにプレゼントした枕のカバーに忍ばせておいた恋文の最後の一文のとおり、ローゼンの念願はひとまず叶った。が、まだまだ前途は多難なようである。




