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9-ⅰ)源流(ルーツ)〜青い蝶のカウントダウン

 立ち寄ったカフェは細い路地にあって「隠れ家的だ」「コーヒーが美味しい」と人気があった。しかし、この日は たまたま向かいの建物が工事中で足場を組んでいた。細い路地ではあるが、とりあえず人の通行に支障はない。

 サクがカフェに入る前に立ち止まったのは、ふと、目の前で綺麗な青い蝶が横切るように飛んだからだ。青い蝶を目で追って見上げたサクの脳裏に閃くのは、崩れ落ちて来る足場を見上げるローゼンの姿だった。

『 ─── !? 』

 口元を両手で覆って青い顔をして立ちすくむサクに、カフェへ入ろうとするローゼンが声をかける。

「サク! どうしたんだい?」

「な、なんでもない」

 と、答えると、サクは一緒にカフェに入った。

 いつもなら楽しい午後のコーヒーブレイクだが、そわそわして落ち着かないサク。焼き菓子の味も、カフェオレの味もしない気分だ。

 そんなサクの様子に気付き、ローゼンのカフェオレを飲む手が止まる。

「何かあったのかい? それとも具合でも悪いのかい?」

 そう訊かれ、「な、なんでもないよ」と答えるサクだったが、ごまかし切れていない。

『明らかに様子がおかしい』

 と、ローゼンに疑われる。

『未来が見えた…なんて……、こんな事、言っても信じてもらえない。と、とにかく、今は…、な、なるべく、ゆっくり食べよお。時間稼ぎ…しないとぉ……』

 サクは「ちびり、ちびり」と焼き菓子をかじり、「ちょび 、ちょび」とカフェオレを飲む。

 そんなサクの姿を “うさぎ” や “りす” と重ね合わせて

『小動物みたいで可愛いな』

 と、ローゼンはつい微笑ましく眺める。

 しかし、サクの努力は虚しく、それでも時間はあまり経っていない。もうすぐ食べ終わってしまう。

『まだ、音がしない。ど、どうしよお……』

 サクが食べ終わるのを見届けると、ローゼンは会計を済ませるため立ち上がった。

「ま、待って!」と、引きめるサク。

「ん?」

「も、もうちょっとぉ……、ここに…いたいなぁ〜?」

 と、ダメ元でお願いしてみると、ローゼンは「そうかい?」と、再び席に着く。

『やっぱり、様子が変だ』

 と、いぶかしむローゼン。

『普段わがままを言う子じゃないだけに何かあるんだろうが、理由を言わない……。いや、理由を言えないのか?』

 ローゼンはサクの心情を推し量り、あえて何も訊こうとはしない。

『こんな時、お兄ちゃんがいてくれたら、羽交い締めしてでも止めてくれるんだろうけどぉ、わたしの力じゃ、それは出来ないしぃ……』

 考えた挙げ句、サクは大胆な行動に出る。

「ローゼン!」

 と言うと、ローゼンの首っ玉にかじり付いた。かじり付かれた方は、たまったものではない。サクが酔っ払った時と同様に、両手のやり場に困って固まってしまい、しばらく動けないローゼン。

『きょ、今日のサクは随分と積極的だな……』

 と、思うや否や、ローゼンは目をキョロキョロとさせて、警戒する。

『こんな時にレイや天堂兄弟が図ったように出て来たりはしないだろうな?』

 一方、サクはサクで必死だ。

『今、わたしに出来るのは、漬物石みたいに足手まといになるぐらいしかない! ローゼンを死なせたくないッ!! 』

 切羽詰まった時に、人はとんでもない大失態をやらかすものである。ローゼンの力なら小柄なサク一人など軽々と抱えられるので、重しとしての意味はこれっぽっちもない。だが、別の意味で足止めには成功した。

 邪魔者の気配がないと見たローゼンの手が『千載一遇のチャンス!』と動き出す。

『いつまで待てばええん !? うちではタイミングが分からへん! お願いです、神様。ローゼンを助けて下さいッ!! 』

 目をつぶるサクが心の底から祈る気持ちでいると、頭の中で青い蝶が飛び、自然にカウントダウンが始まった。サクの手に思わず力が入る。

『10、9、8、7、6、5、4、3、2、1…』

 ドカーンッ! ガシャン、ガラガラ、ドッシャーンッ!!

 カフェの外から大きな物音と振動が響いてきた。その轟音にサクの背に手を回そうとしていたローゼンの動きも「ビクッ」として止まる。

 カフェの入り口付近にいた客たちは外から入って来た粉塵で咳き込む。

「ゴホッ、ゴホッ!」

「な、なんだ、なんだ !?」

 と、客たちが騒ぐ。

 観葉植物や衝立ついたてのある最奥の席にいて粉塵からまぬがれたローゼンとサクは呆然として、顔を見合わせた。

 次第に、店の外から状況が伝わって来た。

「荷馬車が突っ込んで来て足場に当たって崩れたらしい」

「馬が暴走したのが原因みたいだ」

「怪我人は?」

「幸い、足場にも下にも人がいなくて、怪我人はいないみたいだ」

「御者は?」

「そう言えば、見かけなかった……」


 カフェの店員に誘導されて従業員が使う通用口から出て行く客たち。

「ホント、凄い音だったなぁ……」

「すぐにカフェを出なくて良かったよぉ」

「もう! 最悪ゥ! 服がほこりまみれよ」

 ほっとする者もいれば、文句を言いながら出て行く者もいる。

 ローゼンとサクも通用口からカフェを出て、安堵の声を漏らす。

「いやぁ、命拾いしたな……」

「そうだねぇ……」

 事故が起きるまで緊張していたので、サクはぐったりとしていた。

「君、大丈夫か? 今日はこのまま宿まで送るよ」

「……あ、ありがと」

 ローゼンが気を利かせて、サクを負んぶして宿まで送る。その道すがら、ローゼンは思う。

『レイの奴、やっぱり、何か隠しているな』

 宝くじの件の後、宝石の鑑定を依頼した時のレイの言葉をいくつか思い出す。


「ここだけの話、俺の眼は普通じゃない。だから、誰にも真似は出来ない」

「俺はあまり純粋な人間じゃないからさ、分かるのは石の良し悪しぐらいだ。未来を見る事も、人の心の奥底を覗く事も出来ない」

「そんな能力は無いに越した事はない」


 内心で苦笑いをするローゼン。

『大体の察しは付くが ──。知らず知らずのうちに、とんでもない事に巻き込まれているような…気がしないでもないな』

 ローゼンの背中の温もりを感じながら、サクは ほっとする。

『良かったぁ〜。ローゼンが無事で……』

『おそらく、サクのお蔭だろうな。わざと足止めしようとしたのか。あの細い路地で足場が急に崩れたら、けようがない。もし、無理に俺が動けば、止めようと追いかけるサクも巻き添えを食っていたかもしれない』

 チラリとサクの方を見るローゼン。

『それにしても、サクが無事で良かった……』

 サクの温もりを背中で感じながら、安堵するローゼンだった。



 その日の夜、踊り子の姉妹は夜の公演で宿の部屋には不在だった。サクは兄のレイを姉妹の部屋に呼んで、訊ねる。あえて、郷里の訛りで。人に聞かれたくない話だからだ。この遠い異国の地で和の国の言葉が分かる者はごく限られている。

「お母さんが言よった先祖探しって、うちが関係しとるん?」

 実はサク、旅に出る時に、母親から


「サク。あんた、旅のついでに先祖探ししとってよ」


 と、頼まれていた。

「気ィ付いたんか」

 同じく訛りで答えるレイに、サクは静かにうなずくと、こう言った。

「不思議な眼ぇ持った人間の伝承が鍵になるぅゆわれとったけどぉ、あれってぇ未来や心が見えるとかゆう『千里眼』の事ぉ?」

「そうや」と、レイはうなずき、

「とうとう、お前の千里眼が覚醒してしもうたんか」

 と、悩ましげに広い額を押さえて、つぶやく。

『よりにもよって、なんで、サクヤなんや……。サクヤは母さんとちごうて弱いきに、仮に千里眼がうても、それが一番の心配の種やったのに。千里眼のせいで余計に心配や』

 レイの心配は尽きない。

 サクは街歩きを再開する前日の予知夢や、今日の街歩きの最中さいちゅうの事故の予知について話した。

「最初はただの正夢や思うとったんやけどぉ、ひょっとしてと思いかけて……。今日の事で確信に変わったわ」

「それより前の、宝くじのも千里眼の力でないかと思うとったんやけど、俺……」

「あれは別に見えたわけとちゃうよ? ただ、なんとなく選んだだけ」

「そんなら、覚醒の予兆みたいなもんかもなぁ」

 と、言うと、レイは溜め息を一ついて続ける。

「サクヤ。千里眼の事は家族にも明かすな。家族で母さんから秘密を聞かされとんは俺だけや。俺のぇも少しだけ普通の目ぇとはちがうきん」

「ほんだら、お母さんも、お兄ちゃんも千里眼なん?」

「いや、千里眼は ばあちゃんと母さんとお前だけや。俺のは千里眼とは言えん。男やきんな。千里眼は女にしか宿らんらしい」

「そうなんや。でも、なんで?」

「さぁ、それは俺にも分からん」

 そう答えると、レイは顎をつまんで少し考え込んだ後、サクに訊ねた。

「ところで、ローゼンは今日の事故の事で、なんか言うてなかったか?」

「ううん。特になんも。命拾いしたって、ゆうとっただけ」

「ほうか」

 とだけ答えると、レイはサクに告げる。

「世の中には欲の深い人間が多い。そいな人間に限って必ず千里眼を悪用しようとするやろう。絶対に気取られるな」

「分かった」

 と、サクは真剣にうなずくと、笑って言う。

「そやきに、お姉ちゃんらにもダメなんや?」

「まぁ、そういうこっちゃ」

 釣られてレイも笑った。

「絶対、あいつら三人は宝くじを当てろとか言うぞ」

「そうやな〜。自力で稼ぐ能力あるのに、欲張りじゃわな」

 そう言っているうちに、ふと気付いたサクが訊ねる。

「あれ? お父さんには話してないん? お父さん、欲張りちゃうのに」

「父さんは欲の無い人やけど、ビビリやきんな」

「ふふ…。それもそうやな。お父さん、うちと おんなじで ──」

「おとっちゃま(怖がり)」

 と、二人は顔を見合わせて同時に言う。

 サクと笑い合ったレイは思う。

『こいな深刻な話でも、笑えるようになっとる。サクヤ、前より明るうなったな……』

 その事がレイにとっては唯一の救いだった。


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