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8-ⅳ)不測(アクシデント)〜愚息に悩む父

「シャムズ伯爵、この間は大変な事になったそうで……」

 中部の西の伯爵家・シャムズ家の当主ボンクラートは、豪商カラヤ家からの上納金が入らなくなる事を知って血相を変えた。

 それは とある貴族の社交場で彼の耳に届いた。彼が受けた衝撃は思わずワインの入ったグラスを落として割ってしまったほどだった。


 ただちに帰宅したボンクラートは息子のナルジートを呼び付けて叱責した。

「どういう事だ、ナルジート! しかも、貴様、この事を わたしに黙っていたとは……!」

 ナルジートは多少は気まずげな顔だが、父の怒声を浴びても、どこか他人ひとごとのようだ。── このナルジート、さる財閥主催の宴でサクを「献上しろ」と迫り、ローゼンの怒りを買ったが為に実家を窮地に追いやったのである。しかも、カラヤ家からの上納金取りやめの件を父親に黙っていた。

 ボンクラートは息子の胸ぐらをつかんだ。

「貴様〜! 己のした事を分かっているのか !?」

「父上こそ、たかだか商人風情にこびを売って情けないと思われないのですか?」

「何が媚だ! 今のこの贅沢な暮らしが出来るのは上納金のお蔭だぞ! この暮らしを手放すぐらいなら、土下座の一つや二つ、どうという事はないわ!」

 貴族としての誇りがない父の言葉に苦々しげな顔をするナルジートに構わず、ボンクラートが大声で命令する。

「今すぐ行くぞ、王都へ。お前も来い!」

 その言葉にげんな顔をするナルジート。

「王都? ローゼンはまだ、この地域に滞在中のはず…」

「ローゼンでは駄目だ! どうせ突っぱねられる。ならば、父親であるカラヤ家の当主・カイト殿に懇願するのだ」

 ボンクラート・シャムズ伯爵、子息のナルジートを連れて馬を飛ばし、王都へ向かった。



 その数日後 ──

 王都の郊外にて、カラヤ・カイトは家の使用人らを率いて鹿狩りをしていた。颯爽と馬を乗りこなすカイトは腹に贅肉がなく、顔もまだ やつれてはいない。実際の年齢よりも若々しい。

『旦那様は今年でよわい53になるというのに、衰えを知らんなぁ……』

『行商の現役引退は早かったのでは……』

『これは大旦那様みたいに現役復帰もありそうだな』

 などと思う使用人も多い。

 草の茂みに紛れて静かに射程距離まで近付き、見事に鹿を射止めたカイト。弓矢の腕前も衰えていない。

「お見事!」

 使用人らが歓声を上げた、その時だ。

「うわぁ───ッ!!」

 離れていた使用人の一人が悲鳴を上げた。運悪く、獅子と遭遇したのだ。馬を走らせて逃げるのを、獅子が猛追する。

 すかさずカイトが矢をつがえた。

 馬の尻に爪を立て、今まさに嚙み付こうとする獅子の心の臓を射抜いた。

 獅子に馬を捕らえられた拍子に落馬した使用人は尻もちをついて「た、助かった〜」と安堵の声を漏らす。

 落馬した使用人にカイトが馬で駆け寄る。槍を持った他の使用人たちは倒れた獅子が動かないか馬上から警戒をする。

 カイトが落馬した使用人に声をかける。

「怪我は?」

「だ、大丈夫です」

「わたしの後ろに乗りなさい」

「あ、ありがとうございます、旦那様!」



 思わぬ獅子狩りとなって帰宅したカイトは留守を預かっていた執事から

「ボンクラート・シャムズ伯爵がお越しです」

 来客の知らせを聞き、着替えて応接室へ向かった。

 カイトはボンクラートの要求をさっそく断った。

「申し訳ございませんが、それはかないませぬ」

「なぜでございます」

 ボンクラート、貴族でありながら、身分の低い商人に低姿勢である。それもこれも全てはカネの為だ。

「なぜも何も、ご存知のとおり、わたくしは事実上、隠居の身。カラヤ一族 及び カラヤ商店の事は全てローゼンに一任しておりますので、どうぞ お引き取り下さい」

「いや、そこをなんとか! このとおりッ!」

 ボンクラートは執拗に土下座するが、子息のナルジートはさっきから ずっと面白くなさそうに突っ立っているのをカイトは快く思っていない。

「こら! 貴様が謝らんでどうする!」

 立ち上がって息子の頭を押さえ付けようとするボンクラートをカイトが制止する。

「おやめ下さい、伯爵。本人の意に沿わぬ事を無理にさせるものではありませぬ。はや、息子たちの時代なのです。我々は口出しすべきではないでしょう」

 シャムズおやの事は気に入らないが、もっともらしい事を言って、さっさと話を終わらせたいカイト。一方で、ナルジートは「フンッ」と、ソッポを向く。

『己が贅沢の為にカネに執着する親に、気位だけは高い息子か。どっちもロクでなしだな』

 カイトはシャムズおや反吐へどが出る思いだ。

 ナルジートがたんを切った。

「たかだか商人の力など借りずとも、財政の立て直しぐらい、俺がやってやる!」

「ほぅ。どうやって」

 と、訊ねるカイトにナルジートが得意げに答える。

「まず、税金を上げるのだ。それを元手にカジノを建てる。外から客を集めて我が領地にカネを落とさせるのだ!」

『財政再建どころか、財政破綻しそうだな』

 内心で冷ややかな眼でナルジートを見るカイトだが、わざと大袈裟に褒め称えた。

「シャムズ伯爵! 大変立派なご子息ではございませんか。これなら、上納金など必要ありませんな。ハッハッハッ!」

 その姿は道化を演じる時のローゼンにそっくりだ。いな、ローゼンが父親カイトに似たのである。

「は、はぁ……。そ、そうですかな、ハハハハ……」

 最初は釈然としなかったボンクラート・シャムズ伯爵だったが、豪商カラヤ家の当主・カイトが褒めちぎるので、つい気を良くしてしまう。

「見ていろ! 俺様の手に掛かれば、あっという間に財政は潤うぞ」

 ナルジートは胸を張った。



 こうして、褒め称えて適当にシャムズおやを厄介払いしたカイト、居間リビングで出された紅茶をすすると、溜め息をついた。

「ローゼンの言っていたとおり、シャムズ家はつくづく救いようがないな」

 と、去年の上納金の話し合いを思い出す。


「父さん。シャムズ家から手を引こう」

 そうローゼンに言われたが、カイトはすぐに首を縦には振らなかった。

「事業が軌道に乗るまでには、かなりの年数はかかるはずだ」

「俺も最初はそう思っていた。ところが、近辺の店からの報告で、あそこは3年も経つというのに、なんらかの産業を興す気配もない。しかも、伯爵は着る物、食べる物が贅沢になったそうだ。領民は相変わらずせ細っているのにだ!」

 理由を聞いて、カイトも納得した。

「奴にカネを渡しても領民にまで恩恵は行かないか……。領民が気の毒ではあるな」

 腕組みして鼻息ついて憂える父カイトを、ローゼンが慰める。

「仕方ないさ。領民への責任は伯爵にある。領民が一揆でも起こして倒すか、伯爵が贅沢できなくなって家を潰せば、他の貴族が引き受ける事もあるさ」

「そうだな。ならば、何か口実を作って、来年あたりは上納金をやめるとするか」

 このように、シャムズ家への上納金廃止の方針は すでに決まっていたのだ。


「まぁ、いい。今年はバカ息子が問題を起こしてくれたのが、いい口実になった」

 カイトは一息ついたようにソファーの背にもたれると、「お前も座りなさい」と、執事に促し、一緒に紅茶を飲む。二人はあるじと使用人の関係だが、王侯貴族の階級世界のように厳密に区切られたものでなく、どこかフラットな要素もある。

 ティーカップから口を離したカイトが言う。

「それにしても、あのバカ息子の言っていた事だが、順序が逆だな。まずは自分たちの贅沢をやめて私財を投げ打ち、それでも足りなければ税金を上げるしかないが、あそこの領民にそれだけの余力があるかどうか……」

 執事があるじの意を酌むように言葉を続ける。

「あとは、他から借金するしかありませんが、計画がしっかりしていないと、どこも貸したがらないでしょうな」

「どこぞの悪徳商人や悪徳貴族ならば、借金漬けにして領地を乗っ取るかもな」

「では、上納金ではなく借金をさせますか?」

「悪くはないな」

 と、人の悪い笑みを浮かべたカイトだったが、すぐに執事と共に愉快そうに笑った。元より、そのつもりはないからだ。

 カイトは長い脚を組み、話題を変える。

「まぁ、冗談はさておき、ローゼンの事だが、例の娘とは どうなっているんだ? 何か新しい情報は入っていないのか?」

 『例の娘』とは当然、サクの事である。

「はい。伯爵がお見えになる前に定期報告が入っておりました。『街歩き』と称して何度もデートを重ねてはいるようですが、これと言った進展はないようで……」

 執事からの報告にカイトは困ったように腕組みする。

「フーン……。何をグズグズしているのか。さっさと身を固めて正式に当主の座に就いてくれれば良いものを」

「全くで。しかし、旦那様は例の娘に まだ会ってもいないのに、反対なさらないのは何故なにゆえで?」

 執事の疑問にカイトは腕組みをいて答える。

「それはだな、いくつかの理由がある。まずは、ローゼンの性格と眼力だ。あれは、なんだかんだ言っても真面目だし、鋭い所がある」

「左様でございますな」

 執事はあるじの言葉に深くうなずく。

「しかも、子供の頃の初恋で痛い目に遭っているだけに、相当に用心深くなっているからな」

「そのような事もございましたな……」

 執事も懐かしそうに笑った。

「もう一つは、番頭のトリンタニーだ。彼は事実上の当主であるローゼンに付いて、全店をつなぐ役割をになう。それだけの実力者の彼が反対の意思を示さない。それだけでも大したものじゃないか」

「確かに。何か問題があれば、一番にあの方が反対なさいましょう」

「しかも、彼からの手紙では、彼自身がうるさい親戚連中を説き伏せたそうだ」

 トリンタニー自身も直接、当主のカイトへ報告の手紙を送っていた。

「ほぅ……」

 と、トリンタニーの行動に執事が目を見張る。

「そして、最後に、カラヤ系列の宿屋からの報告だ。あの娘に関しては悪い話がない。従業員たちにも横柄な態度を取らないそうだ。ローゼンの前でだけ猫をかぶっているのなら、他では必ずボロを出すからな」

 サクたちの行動は全てカラヤ家当主のカイトへ筒抜けである。

「なるほど。裏も表も無いのなら、安心でございます」

 執事が安堵したように言った後、カイトが今度は額に手を当てて悩ましげな顔をする。

「それより問題なのは、ルークの方だ。あの娘の姉の一人で、美夜とかいう鼻持ちならない女に夢中だそうだ。特に、宿屋の女性従業員たちからの評判が悪くてな」

「これはまた、同じ姉妹でも随分と正反対で」

「わたしも最初は耳を疑った。出来の悪い兄弟というのは、どこにでもいるものだが、まさしく、その典型だろう」

「はぁ…、困ったものですな」

「うむ。ルークに関しては、最悪の事態も考えておかねばなるまい」

「ルーク様をカラヤ家から切り離すおつもりで?」

「勘当はあくまで最悪の場合だ。あの女と どうしても一緒になると言い張るのならな」

 カイトが脚を組み替えて続ける。

「ただ、幸いな事に、美夜とやらはルークに興味が無いという話もある。そのうちに他の女に気持ちが移ればいいのだが……」

「そうなると、よろしいですなぁ……」

 愚息の問題で頭を抱えているのはカラヤ家も同じだった。

「ローゼンもルークも、同じように育てたはずなのに、旨くいかないものだなぁ……。はぁ……」

「はぁ……」

 二人してカップの中を見つめて、溜め息をくのだった。


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