8-ⅲ)不測(アクシデント)〜各々の本性
謹慎中の天堂兄弟。食事などの必要な外出以外はするなとレイに命じられている。監視があるわけではないが、二人は言われたとおり守っていた。
ある時、宿に戻ったヒカルを捕まえて、輝夜が壁に「ドンッ」と手を突き、詰め寄った。壁には「ピシッ!」とヒビが入る。
「最初に『サクには、手を出すな』、言った。約束、破った!」
「まだ、手ェ出してねぇよ」
と、ヒカルが否定する。
「手を出そうとしたのも、同じ事だ!」
と、輝夜が睨むので、ヒカルは反発心を覚える。
「誰を好きになろうと、俺の勝手だろ !?」
「カグの気持ち……、どうなる?」
泣き顔の輝夜にヒカルは動揺する。
「そ、それは……」
「ヒカル、サクのこと見るな。カグのことだけ見ろ」
と、ヒカルの胸ぐらをつかむ輝夜に、ヒカルは危機感を抱き始める。所詮、自分の都合しか考えていない者には、同じように自分の都合しか考えていない者が寄って来るものである。
『こんなのに俺の人生決められてたまるか !!』
そう思い、ヒカルはハッキリと本音を言う。
「悪りィが、そりゃ無理だ」
「─── !!」
が、怒った輝夜に首を絞められる。
「グッ!?」
「浮気、許さない!」
と、輝夜の手に力が入る。
「し……、死ぬッ」
ヒカル、危機一髪のところで、華夜美夜の声がした。
「輝夜ぁー! そろそろ仕事に行くわよぉ〜!」
「さっさと来なさぁ〜い !!」
呼ばれた輝夜は「チッ」と舌打ちして手を放すと、
「ヒカル、浮気、するな」
と、言い残し、その場を去った。
「た…、助かったァ……」
ヒカルはその場でへたり込んだ。
謹慎が解けた天堂兄弟だが、サクがレイやローゼンと共に行動する事が増えて、サクの護衛の機会が減ってしまい、その代わりに、レイやサクに頼まれたお使いをする事が増えた。
カヲルがヒカルと共に、踊り子の姉妹の楽屋へ差し入れを届けに行く。
「サクに頼まれて代わりに買って来ました。今日はサク、ローゼンさんと街歩きで来れないからって」
「あら〜、ごめんなさいねぇ」
華夜がカヲルたちに礼を言う。
「いいえ。ああ、美容にいいドライフルーツもどうぞ」
カヲルがヒカルと買って来た差し入れの袋をいくつか渡す。
「へー、気が利くじゃない」と、美夜。
「いや〜。サクがふだん買ってる物を買って来ただけですよ」
褒められて、頭をかいて照れるカヲル。
「普段から人がしてる事を良く見てるのね〜。男の子なのに感心だわ〜。うちの兄さんにも見習ってほしいぐらいよ〜」
「いや〜。ハハハハハ……」
華夜にも褒められ、ますます有頂天のカヲルを呆れ顔で見るヒカル。
「それにしても、怖がりなサクが随分とローゼンに懐いたもんね。ここんとこ、ずっと街歩きで一緒でしょ? もうベッタリじゃない」
ドライフルーツを頬張りながら、面白くなさそうに言う美夜に華夜がうなずく。
「そうよね〜。あんな目に遭ったのにね」
「どういう事ですか?」
と、訊ねるカヲルに華夜が事情を話す。
「実はね。あなたたちやローゼンと会う前の話なんだけど、サク、痴漢に遭って以来、トラウマになってて男の人が怖いのよ。普段は平気な振りしてるけど、無意識に怖がってるから、兄さんやモーさん以外の男の人の前では喋り方が硬くなってて」
「確か、『央華』にいた頃でしょ? モーさんが加わってから後の事よね」
「兄もモーさんも心配してた。サク、ちょっと雰囲気 変わったって」
美夜と輝夜が当時の事を思い出しながら言う。
「あたしらだったら、胸やお尻を触られてもブン殴って仕返しするんだけど!」
と、自分の力瘤を「バンッ」と叩いて言う美夜に
『さすが、踊り子姉妹は勇ましい事で……』
と、思うカヲル。
「でも、サクの場合、どうにか抵抗して逃げるのがやっとってところで、結局、泣き寝入りなのよ。性格も繊細だから、ちょっと触られただけでもショックが大きくて……」
と、頬に手を当てて困り顔で溜め息を吐く華夜。
その話を聞いて、ヒカルもカヲルも顔を見合わせて、気の毒そうに「ああ……」と言う。サクが酔った時に迎えに来たレイの言葉を思い出す二人。
「所詮、他人のお前らには分からんだろうな。こいつを妹に持つ俺の気持ちなんて……」
今頃になって、その言葉の重みが分かり出すヒカルとカヲル。
「それが最近、元に戻って、おにィも安心したって言ってたわ」
美夜からそれを聞いて、カヲルが気付いた事を口にする。
「言われてみれば、サク、最近、雰囲気 変わりましたよね? 前より甘〜い喋りになったというか」
それに、華夜が人差し指を立てて答える。
「そう! 元に戻ったせいで、逆にローゼンが『サクにますます悪い虫が付く』って心配してるらしいのよ〜」
「よく言うわよ、あいつ。どっちが悪い虫だってーの!」
と、腰に左手を当てて右肩をすくめる呆れ顔の美夜。
「でも、そのローゼンも、まだまだ “お兄ちゃん” 扱いだけどね〜」
「そうね。ありゃ無理だわ。一生、恋人にもなれないわ。サクの奴、鈍ゥ〜いし」
「それに、サクは まだまだ子供だしね〜」
などと華夜美夜が冗談っぽく言って、「あははははは!」と色気なく笑った。
「まぁ、でも、良かったですね。サクが元気になったのなら」
と、言うカヲルの横で、ヒカルは手放しで喜べない。
『なんか、複雑だな。ローゼンのお蔭で元気になってんなら……』
そんなヒカルを輝夜が じっと見ている。
夕空の帰り道、ヒカルがポツリとつぶやく。
「あいつに遊び半分な気持ちで手ェ出したら、後々、面倒な事になるなぁ……」
「そうだな。サクが酔った時に、ローゼンさんが言ったこと覚えてるか? ヒカル」
と、カヲルが訊く。
「いいか? 相手は嫁入り前の女の子だぞ。彼女のバックには彼女の事を心配する家族だっているんだ。相手の気持ちや立場をちゃんと考えもせずに、自分の都合ばかり考えて、その挙げ句、取り返しの付かない事になったら、どう責任を取るつもりだ」
ヒカルを叱責した時のローゼンの言葉だ。
「あいつ、意外と堅いよな」
と、ヒカルは頭の後ろで両手の指を組む。
「でも、ああいうコト言う大人は今までいなかったな。それに、サクが元気になったのは、きっと、ローゼンさんが遊び半分な気持ちじゃないからだ」
そう言うと、カヲルがギュッと拳を握った。
「僕もローゼンさんを見習うよ。ふらふらした気持ちからじゃなく、もっと相手の事をよく見るよ。そのうち、僕にとって必要なのは華夜さんか美夜さんか、見えてくるはずだ」
急に、大人びた事を言い出すカヲル。
「カヲル……」
ヒカルが思わず立ち止まったので、カヲルも立ち止まって振り返り、ヒカルの方を見る。
「なんだよ?」
カヲルの長い影の後ろで、取り残されたようなヒカルがつぶやく。
「いや……。なんか、ローゼンの奴に感化されてねぇか? お前」
「そうかもな」
と、カヲルは笑顔で返した。
休演日に街へ買い物に出た踊り子姉妹とサク。おしゃれな服と靴、宝飾品を身に着け、人々の注目を集める。立ち寄った店々で店主や従業員、客らに「どこの店で仕立てたの?」「どこの店で買ったの?」などと身に着けた物の事を訊ねられる。
「カラヤ裁縫店なの」「カラヤ宝飾店よ」「カラヤ履物店」
訊ねられる度に、華夜、美夜、輝夜が店の名を答える。
「今日、何遍、言ったかしら。同じ事……」
休憩中のカフェで、テーブルの上に突っ伏し、うんざりしたように言う華夜。カフェの給仕係にもさっき訊かれたところだ。
「それにしても、ローゼンも鬼よね~。おにィより鬼に見えてきたわ」
「うむ」
椅子の背にもたれて天を仰ぐ美夜に、頬杖突く輝夜が同意する。サクも「あはは……」と苦笑いする。
彼女たちはローゼンの頼みで、カラヤ商店の系列店で作られた新作を身にまとっての宣伝をさせられていた。事前に服の型紙や足型を取られたり、指輪のサイズを測られたりしている。これらの服飾や靴については、宣伝する代わりに無料提供されているので、カラヤ商店の経費として落とされている。ただし、サクの物だけはローゼンがわざわざ自腹を切った。
そもそも、この宣伝は、宿の窓辺からサクと共に踊り子姉妹の舞台を観覧していた時に、ローゼンが踊り子姉妹の人気と知名度を利用しようと思い付いたものだ。
「商魂 逞しいわよね、ローゼン」と、華夜。
「うむ」と、輝夜。
「ところで、なんでサクだけ違うこと言わされてるわけぇ?」と、美夜。
「さぁ……?」
と、サク。彼女だけ
「ローゼンが買ってくれたので、お店の名前までは……」
と、答えていたからだ。サクがローゼンに言われていた事を話す。
「理由は分からないけどぉ、お店の名前は知らないと言えばいいって。誰に買ってもらったかさえ言えば、みぃんな、カラヤの事だと気付くからって、ローゼンが」
それこそ、ローゼンの策略であった。
『俺の女だと印象付ける事で、サクを悪い虫から守れるし、店の宣伝にもなるし、一石二鳥だ!』
爽やかな顔でローゼンがそんな狡賢い事を企んでいたとは知らないサクたちだった。




