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8-ⅱ)不測(アクシデント)〜天性

 サクを隣の部屋で寝かせた後、レイは自分たちが泊まる部屋で床に正座する天堂兄弟に説教をしていた。

「本来なら、お前らは解雇だ。二人一組での護衛の約束を破り、仕事中に飲酒しようだなんて、責任感が無さ過ぎる」

 仕事上の事を注意されて、黙って聞く二人。ところが、もっと応える事を言われる。

「サクが無事だったから良かったようなものの、あれで もし、死んでたらどうすんだッ!! 酒の一気飲みで突然死する奴だっているんだぞ!」

「 ───── !! 」

 ヒカルもカヲルも目を見開いて驚愕し、青くなった。大人たちに揉まれて苦労してきたつもりだった二人だが、そんな事には思いが至らなかった。激しい後悔の念から下唇を嚙んだり、拳を固く握り締めるので精一杯で、謝罪の言葉を出したくとも、上手く声に出せないでいる。

 レイは二人の反省の色を見取ってか、

「ローゼンに免じて今回だけは許してやる。二度と約束を破るな」

 とだけ、言った。



 翌日、午前中にカラヤ商店のローゼンのもとへ謝罪しに訪ねて来たレイ。

 ローゼンがサクの体を心配して訊ねる。

「サクの体調はどうだ?」

「大丈夫だ。眠くなっただけですんだ」

「それなら良かった。しかし、眠ってしまうと無防備になるから、それはそれで危険だな」

「心配の種は尽きないよ……」

 と、レイは溜め息をくと、昨日きのう言った事について詫びる。


「所詮、他人のお前らには分からんだろうな。こいつを妹に持つ俺の気持ちなんて……」


「あれは言い過ぎた。わざわざ知らせを寄越してくれたお前にまで言う事じゃなかった。悪かった……」

「いや。お前の立場では仕方ないさ」

 ローゼンは頭を下げるレイの肩に手を置いて、同情をもって許す。

 そして、頭を上げたレイに訊ねる。

「ところで、天堂兄弟はどうしてる?」

「しばらく謹慎させる。反省はしてるようだ。ローゼンにも手間をかけさせたな」

 仕事中にヒカルに呼び出された事に対し、「気にするな」と、首を軽く横に振るローゼン。

 レイは広い額を手で押さえて溜め息をくと、ヒカルの事を話す。そこには後悔の色が見える。

「ヒカルはカネへの執着がないからと思って雇ったんだが、誤算だった。お前のような慎重さがない上、輝夜にも気があると分かってからは、気を付けてはいたんだが……」

「まぁ、あれはカネより自分の意思を優先させるタイプだろうな。だからと言って、信用問題を優先させる人間とは限らない」

 ローゼンはヒカルをそう評し、昨日さくじつの事を冷静に振り返る。

「カヲルも兄弟の情にほだされて、ヒカルの要求を呑んだのは まずかったが、帰らずに見張っていただけ良かったよ」

「ああ、不幸中の幸いだ」うなずくレイ。

 ふと、気になり、ローゼンが訊く。

「ところで、サクの護衛はどうするんだ?」

「しばらく、俺の仕事に付いて来させるよ」

「俺はサクとの街歩きは毎日でも構わないが?」

「おいおい……。いつ仕事すんだよ、お前」

「ちゃんと仕事もしているぞ? そもそも俺の街歩きは日常業務の一つだ。市場調査リサーチだけじゃなく、営業回りも兼ねている。何か思い付いたら、その場ですぐに店主と商談するなんて事は、しょっちゅうさ」

「── て、事は、まさか……」

「デートと仕事をバッチリ両立している」

 Vサインを見せて「ニッ」と笑うローゼンにレイは呆れる。

「おいおい……。どんだけ、ちゃっかりしてるんだ、お前は」

「俺も最初はどうかとも思ったんだが、交渉しているところを、意外とサクが楽しそうに見ているしさ。それにサクが一緒だと商談が旨くいく事が多くて助かるんだ」

「へー」

 意外そうに言うレイ。

 ローゼンのちゃっかりぶりには呆れたレイだったが、ローゼンの負担になっていないと知り、サクの面倒を頼む事にした。

「それじゃあ、サクの事、時々 頼むよ」

「任せろ」

 と、ローゼンは胸を叩いて快く引き受けた。



 昨日さくじつは夜の公演があって就寝時間が遅くなった踊り子の姉妹たち。遅い朝食を終えて宿の部屋に戻った。

 椅子に腰掛けて櫛で髪をとくサクに、華夜が昨日さくじつの出来事について言う。

「道理で昨日きのうの夕方 来なかったから、おかしいなと思ったのよ」

「用心のために、夕飯もルームサービスにして、ず〜っと宿にいたんだぁ」

 酔って寝ていた後の事を話すサク。身内である姉妹しかいない上、髪をといてリラックスしているためか、口調が甘い。

「で、あんた酔っ払って、どうなったの?」

 と、美夜が訊く。

「え〜とぉ……。ヒカルに色々喋ってぇ、そのうち眠くなって寝ちゃったぁ」

「それだけ?」と、美夜。

「うん。あ、でも、ほほがゆるむってゆうの? ずっと『にこにこ』してたかもぉ」

 サクは寝ぼけてローゼンに抱き付いた事は覚えていない。

「じゃあ、笑い上戸ね。サクは」と、華夜。

「ああ。父さんみたいな感じか」と、美夜。

「でもぉ、お父さん、お酒飲んでなくても、いつもあんな感じだよねぇ? ふふ……」

 と、サクが可愛らしく笑い、姉たちも一緒に呑気に「あはは」と色気なく笑う。サクの色気が危険である事に当人も誰も気付いていない。

 華夜が心配してか、サクに注意する。

「でも、サクはこれからもお酒は飲まない方がいいかもね。特に外は危ないから」

「自分からは絶対に飲まないんだけどぉ、まさか、あんなトラブルに巻き込まれるなんて思わなくてぇ」

 悩ましげな顔で言うサクだったが、

「でもぉ、あの時は一気飲みしなかったから、大事には至らなかったのかも。良かったぁ」

 と、楽観的な事も言う。

「ヒカルの奴、一発ぶん殴ってやろうか?」

 左掌を右拳で打って息巻いて見せる美夜をサクが止めるのは、美夜の表情がどこか笑っているからだ。

「ダメだよぉ。お兄ちゃんに相当怒られて、二人とも かなり落ち込んでるみたいだからぁ」

「甘いわねぇ〜、あんた」

「ホント、サクはお人好しね」

 美夜と華夜は呆れるが、

「そぉお? そんな事ないと思うけどぉ」

 と、否定するサク。

 輝夜は姉妹たちのお喋りを黙って聞いていたが、かなりムッとしていた。



 レイはサクを連れて宝石店を訪れた。

「これを買い取ってほしいんだが ──」

「おお! 真珠の首飾りですか。高値で買い取らせて頂きます。なにせ、内陸の中部では真珠は珍しいので」

 喜ぶ店主にレイは牽制する。

「大粒で形のいい物ばかり仕入れたので、それに見合った値段でお願いしますよ?」

「かしこまりました」と、店主は店の者に鑑定させる。

「おや。こちらは可愛らしいお嬢様ですね」

 店主に声をかけられて、サクが「にこり」と お辞儀して、「妹です」と、レイが答える。

「ところで、西部で高く売れそうな物が欲しいんですが」

「ターコイズなどいかがでしょう? 西部で人気ですよ」

 と、店主に勧められて見せてもらうが、

『この店のターコイズの質はそうでもないな。しかも、西部で広く出回っているなら、高く売れないだろう』

 と、考えたレイは首を横に振り、他を求める。

「サファイア、ルビー、エメラルド、ダイヤを見せてほしい」

 いくつか見せてもらい、ルビーを店主の言い値で買い取る。

『このルビーはかなり高く売れるな。しかも、けっこう安く買えた』

 と、内心でほくそ笑むレイ。

 店側の真珠の鑑定を終えて、「15万リルです」と言われて、金貨15枚を差し出されたレイは

『金貨がたったの15枚か。こいつ、ドケチだな』と思い、

「安過ぎる」と不満を口にし、店のショーケースの宝飾品を眺めていたサクを呼び、

「そんな値で売るくらいなら、この子に付けさせた方がよっぽどマシだ」

 と、自分が持ってきた真珠の首飾りをサクの首に付けた。今日のサクは地味な普段着でなく、絹の衣装なので、宝飾品が映える。

「うーん……」

 地を這うような低い唸り声を出す店主。お人形のような愛らしいサクが身に付けた事で、真珠の首飾りの値打ちが格段に上がって見えた。

「よし! 金貨30枚で」

 と、店主が相場通りの値を言ってきた。レイは首を横に振る。

「じゃあ、40枚!」

「ふーん……」と、言うと、レイはサクに言う。

「最悪、ローゼンにでも買ってもらうか?」

 声は出さないが、目を丸くするサク。兄の真意までは分からないが、何か思惑があると思って、兄の邪魔をしないよう、あえて何も言わない。

 店主が「ローゼンとは、まさか、あの……?」と訊くので、レイが『しめた!』という顔をした。

「もちろん、カラヤ家のローゼンですよ」

 それを聞いた店主の顔付きが変わった。

『商売敵に負けてなるものか!』という競争心が煽られたのだ。

「わ、分かりました。純正金貨2枚でいかがでしょう? 普通の金貨の60枚分です」

「では、それで手を打ちましょう」

 交渉成立。レイは上等のルビーを安く買い付け、値打ち物の真珠の首飾りを相場の2倍で売り付けた。

『思い付きでやった事が旨くいったな』

 と、思うレイ。サクに首飾りを付けたり、ローゼンの名前を出した事が功を奏した。

 店を出て、通りを歩きながら、レイが故郷の訛りで妹に言う。

「サク。明日あしたやけどな、ローゼンの街歩きに丸一日、付きうてやれ」

「ええけど……」

「ローゼンが今朝 言うとったけど、お前がおると、商談が旨くいくから助かるってさ」

 レイからそう聞いて、サクの瞳が輝いた。

「ほんまぁ?」

「おう。そやきん、ふだんの奢ってもらったとか、宴の時の借りがどうのとか、あんまり気にすな。さっきの商談やって、お前がおったお蔭でだい助かったわ」

「ん? うちぃなんもしとらへんけど」

「自分では なぁんもしとらんと思とっても、実は知らんに人の役に立っとる事もあるもんや」

 ニコリと笑うレイだが、サクは釈然としない。

「う〜ん。言いよる意味がよう分からん……」

「まぁ、お前は難しぃに考えるな」

 と、レイが人差し指でサクの広くて丸いおでこを「つん」と押す。

「それより、楽しぃにやっとったらええんや。お前の場合、その方が人の役に立つと思うぞ?」

「ふ〜ん……」

 と、サクはレイの言葉で、ローゼンの言葉を思い出す。


「君は笑っていればいい」


 それは夢の中でも現実でも言われた言葉だ。

『なぁんか似たような事、ローゼンにも ゆわれたなぁ……』

 ほほに人差し指を当ててサクはそう思うと、ローゼンの笑顔を思い出して、少しだけ納得した気分になり、肩の力が抜けて微笑む。

「サク。次はこの店にしよう」

 レイの後に続いて、サクも次の宝石店に入った。



 次の日のローゼンとの街歩き。サクがいつもより「にこにこ」としている。

「今日は随分と ご機嫌だな。何かいい事でもあったのかい?」

 ローゼンに訊かれて、ちょっと照れたように笑いながら答えるサク。

「えっとねぇ。昨日きのう、お兄ちゃんにぃ、わたしがいたお蔭で仕事が随分と助かったって ゆわれて、嬉しかったんだぁ〜」

 サクの言葉遣いがいつもより子供っぽいような、女っぽいような、甘ったるい感じがする。ほほに手を当てたりして、仕草も色っぽい。そんなサクの笑顔を

『なんだか、力みが無くて、いい笑顔だな』

 と、その時は単純に思うローゼンだった。が、こののち、彼は次第にサクの甘ったるさに不安を覚え始める事になる。



 久々に高級酒場で一杯飲むローゼンとレイ。

 ローゼンが左隣に座るレイに最近の気掛かりについて話す。

「最近、サク、変じゃないか?」

「は? 変って、どういう風に変なんだよ」

「妙に甘ったるくなったというか。その…、喋り方が少し間延びした感じで、仕草もさらに女らしいというか」

「なんだァ。普通だろ、それ」

 と、言うと、何事も無かったようにワインを一口飲むレイ。

「ふ、普通 !?」

 レイにサラッと言われて、驚くローゼン。

「あれが普通なのか? 普通は女ってのは、女らしく作り込んでるものだろう」

「華夜美夜はな。あいつらはわざとやってるけど、サクは女らしい方が素だ。ちなみに輝夜はツンデレだ」

 妙に女の裏の顔に詳しい口振りのローゼンに、レイが妹たちの裏の顔を明かす。

「サクの場合、他人の前では緊張して喋り方が硬くなるんだよ。しかも、他人の男だと余計にな。痴漢に触られて怖い思いをしてから、ちょっとトラウマになってんだよ」

「そ、そうなのか……」

 初めてそのような事情を知って、驚きと哀れみの声を出すローゼン。

 レイがグラスのワインを見つめながら話す。

「真面目過ぎて悩みやすいってのもあったけど、最近、少し気が軽くなったみたいでさ。素顔の自分を外でも出せるようになってんなら、兄の俺としては ちょっとホッとしたな」

「いやいや。むしろ、まずいだろう」

 カウンターに左手を「トン」と置いてローゼンが詰め寄るので、ワインを飲む手を止めたレイ。

「なんで?」

「ただでさえ可愛いのに、あんな喋り方や仕草をされたんじゃ男は皆、勘違いするぞ」

「はァ〜? 考え過ぎだろ。お前、意外とヤキモチ焼きなんだな」

「そういうお前こそ、普段はサクの心配ばかりしてるくせに、なに呑気なこと言ってるんだ! 兄なら、こういう時こそ、もっと心配しろよッ!!」

 ローゼンが左の拳で「ドンッ!」とカウンターを叩く。

 素顔のサクがそういうものだと元々知っているレイと、素顔のサクを最近になって知って動揺するローゼン。受け止め方が真反対になる。

『なんか、今日のローゼンは面白いな』

 ワインを飲みながら他人ひとごとのように面白がるレイが実際のところを話す。

「心配と言われてもなぁ。まぁ、サクはあの見た目と声だから、女らしさを喋り方や仕草で消したところで限界もあるし、普段の仕草も無意識でやってるからな。笑ったり驚いたりした時、いつも口元を指先で隠す癖とかさ。でも、サク本人は女らしさを隠し切れてると思ってるとこが間抜けなんだよなぁ。ハハハ」

 呑気に笑うレイを見て、

「ア〜ッ!! レイがこんなんじゃ、余計 心配だァ……」

 と、頭を抱え出すローゼン。まだ、ワインを一口も飲めないでいるのだった。


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