8-ⅰ)不測(アクシデント)〜解き放たれた心
「頼む! このとおりだ」
ヒカルがカヲルを拝み倒そうとする。
夜、宿の部屋に天堂兄弟はいる。同室のレイとモーはまだ戻っていない。
「無理だよ! サクの護衛は二人一組でないとダメだって、レイさんからキツく言われてるだろ?」
「そんなこと言ってたら、いつまで経っても二人っきりになれねーじゃんかよ!」
「決まりは決まりだ。仕方ないよ」
ヒカルの要求を突っぱねるカヲルは
『ホントのこと言うと、ヒカルとは二人きりにさせるなって、レイさんに裏で言い付けられてるからなぁ』
本当の事をヒカルには言えない。
「ローゼンは二人で街歩きさせてもらってズリぃじゃねぇかよ」
「そりゃ、ローゼンさんだって、レイさんの許可なしじゃ出来ないよ。レイさんに直接、交渉しろよ」
そこで翌朝、ヒカルがレイに
「俺にもサクと二人でデートさせてくれ」
と、頼んでみるが、
「却下だ!」と、即答される。
「なんでだよ !?」
「はァ〜? ダメに決まってるだろ、二人っきりなんて」
「ローゼンはいいのかよ」
「あいつは仕方ない」
「なんで?」
「なんでか分からないなら、尚更、許可など出来ない」
レイはそう言うと、朝ご飯を食べに部屋を出る。
「お前ら、朝飯食いに行くぞ?」
と、隣の部屋の妹たちに声をかけて、兄妹そろって宿を出た。
午後はカヲルと二人でサクの護衛をしているヒカル。サクが先にカフェに入った後、ヒカルが再度、拝み倒してくるので、カヲルが渋々承諾した。
「今回だけだからな。サクに手を出したら、僕たち、ただの解雇じゃすまないぞ? 本当のコレもんだ」
と、カヲルが親指で自分の首を斬る仕草をして見せる。
「分かってるって」
と、ヒカルは答えて、カヲルを見送ると、カフェに入る。ここのカフェはテーブルごとに仕切りが設けられて、ある程度プライバシーが守られる作りになっていた。
「カヲルは?」と、サクに訊かれ、
「あいつ、腹が痛てぇから帰るってよ」
それが嘘だと知らないサクは心配する。
「え、大丈夫かな? 付いててあげないと」
と、立ち上がるのを、ヒカルが止める。
「心配ねーよ。すぐ治るって」
ヒカルは給仕係に通行手形で15歳以上である事を証明してワインを頼んだ。この国では15歳以上でないと飲酒できないからだ。
「わたしはジュースで」
と、サクはアルコールを頼まない。給仕係が「他の果汁が品切れなので、葡萄しかありませんが」と断るので、サクは「じゃあ、それで」と注文する。
この時、ヒカルは
『ここは一つ、酒の力を借りるか。酔った勢いで告ってやる』
などという腹でいた。
しばらくして、給仕係が持って来たワインと葡萄のジュースを口にする二人。
『ん? ほんのちょっと苦いかな、このジュース……』
わずかな違和感があったものの、気になるほどではなかったので、二口目を飲むサク。
「そうだ。今日はお姉ちゃんたち、夜の公演があるから、帰りはお菓子屋さんに寄って、楽屋へ差し入れしに行くからね。それまでは自由だから、ヒカルが行きたい所でもいいよ?」
予定を伝えて、ヒカルの要望を訊き、また一口、葡萄のジュースを飲むサク。
「そうだな〜」
ワインをゴクゴクっと飲んで考えるヒカル。
『武器屋へ新しい剣を見に行きてぇなぁ。いや〜、待てよ。宝飾店がいいか。アクセサリーの一つでも買ってやった方がポイント高いかもなぁ。夕飯はちょっと奮発して高い店にして、その後は……、夜景が見えるスポットへ連れて行くってのもいいなぁ』
などと、妄想を交えて長々と考えているうちに、サクはまた一口、そして、また一口と、少しずつジュースを飲み進めていく。
「よーし、じゃあ……」
と、やっと考えをまとめたヒカルがサクの方を見ると、サクの笑顔がいつもと違っていた。「とろ〜ん」とした目付きで「にこにこ〜」としている。ほほも赤かった。テーブルに頬杖を突いて「にこっ」と首を傾げる姿に悩殺されてしまうヒカル。
『お、俺の事、誘惑してるのか……?』
と、思ったものの、さすがにいつもと違う雰囲気に違和感を覚えた。真面目なサクは踊り子の姉妹のように色目はつかわないからだ。
ふと、見ると、サクのグラスは空になっていた。その一方で自分はまだ酔ってないヒカルは
『ヤベッ! 給仕係の奴、間違えやがったのか!』
と、気付く。
「今日はなんか暑いね〜? ふふふ……」
サクは服の襟ぐりを手でパタパタと動かすと、両手の指先で口元を隠して笑う。仕草も言葉遣いも普段以上に女っぽいサク。しかも、軽い笑い上戸だ。
「あのね、ヒカルぅ。ローゼンってね、不思議なのぉ。前に服を買ってくれた時にねぇ ──」
出会って間もない頃の話をし始めるサク。
「君は男にかしずいてはいけないよ。手玉に取るぐらいでないと」
というローゼンの言葉と、
「サクは真面目過ぎるとこを気ぃ付けな。あんたの場合、笑顔一つで何人もの男を手玉に取るぐらいでないといかん」
旅に出る前に言った母の言葉を話す。
「── って、お母さんがゆってたのとぉ、似たような事ゆうのぉ。ね? びっくりでしょお? でもぉ、お母さんがゆってる意味ぃ、まぁだ分かんないんだけどねぇ〜」
と、ほほに手を当てて首を傾げるサク。
それを聞いて、あの時、ローゼンがヒカルたちの前で言った事を思い出す。
「もし、サクの方が男にかしずいたりなんかしてみろ。人がいいあの子の事だ。無理をして潰れてしまうに決まっている。こういう場合は強い人間が主導権を握るべきじゃない。弱い彼女が男を手玉に取る側でないといけないんだよ」
『あれって、カッコつけて言ってたわけじゃなかったのか。他人が母親みてぇに見抜いてるって、なんなんだよ』
ただのキザな二枚目だと思っていたローゼンがいかにサクの事を良く見ていたのかに気付かされ、舌を巻くヒカル。
さらに、サクはローゼンの話を続ける。
「それとねぇ、昨日はぁ夢で見たとおりの事をローゼンがゆったのぉ。どっちが夢でぇ、どっちが現実なのかぁ、分かんなくなっちゃうくらぁい。ふふ……」
サクは ほほを両手で押さえて、楽しそうに笑う。
『な、なんだよ。ローゼンの話ばっかじゃねーかよ……!』
サクの心にローゼンが住み着いていると知って強烈なショックを受けるヒカル。
「う〜ん。なぁんかぁ、眠ぅい……」
喋り尽くしたサクは自分の両腕を枕にして、テーブルに「くたぁ〜」として うつ伏せになった。
「ヒカル。そこまでだ」
カヲルが姿を現した。
「帰ってたんじゃなかったのかよ……」
「悪いな。サクに何かあったら斬首ものだからさ、僕ら。それより ──」
「分かってるよ。連れ帰るよ」
「いや、レイさん……。いや、ローゼンさんを呼ぼう。酔って寝ちゃってるサクを僕らが触るのはマズイよ。しかも、昼間に この不始末だ。レイさんに何を言われるか分からない」
「それもそうだな」
「ヒカルが呼びに行けよ」
「……分かってるよ」
渋々、ヒカルがカラヤ商店へローゼンを呼びに行った。
ヒカルに呼ばれてカフェに来たローゼンは事情を知り、顔をサクに近付けて かすかな寝息の音を聞く。寝顔も心地良さそうだ。
『良かった……。命の問題はなさそうだ』
サクが急性アルコール中毒でなく、単に酔って寝ているのを確認すると、
パシンッ!
ヒカルの頬を叩いた。
「い、痛てぇな!」
「レイだったら、この程度じゃすまないぞ」
叩かれた頬を手で押さえて声を荒げるヒカルに対して、極力、声を抑えるローゼンは怒りを爆発させまいと拳を握り締めている。
「店員の奴が間違えたって言っただろ!」
「そういう問題じゃない」
ローゼンはヒカルの言い訳を認めず、
「俺だったら、サクと二人っきりになる時は絶対に酒は飲まないし、飲ませたりはしない」
と、面と向かって言い切る。
「て…、てめぇだって、手ぇつないだり、抱き付こうとしたり、自分の部屋に泊まるかとか、寝顔が見たいとか言ってんじゃん」
図らずもサクの本音を聞いてしまったヒカルは腹立ち紛れにローゼンを非難するが、
「そんなもの、歯止めをかけてくれる人間が周りにいるから、俺も悪ふざけ出来るんだ。二人っきりだと笑えないだろ。そんな事も分からないのか」
と、言い返される。「ホント、子供だな」と、額を押さえて つぶやかれた後に、その上、
「いいか? 相手は嫁入り前の女の子だぞ。彼女のバックには彼女の事を心配する家族だっているんだ。相手の気持ちや立場をちゃんと考えもせずに、自分の都合ばかり考えて、その挙げ句、取り返しの付かない事になったら、どう責任を取るつもりだ」
自分の事しか考えていなかった事を咎められる。ただのキザな二枚目と思いきや、随分とまともな事を言ってくるので、ヒカルは言い返す余地もない。
カヲルはカヲルで非があるヒカルに味方した為、庇う事が出来ず、弁解の余地もないのでダンマリを決め込む。
「ともかく、サクを宿へ連れ帰るぞ」
ローゼンがしゃがんでサクの肩を軽く叩いて起こしてみる。
「サク、サク」
「ん……?」と、頭をもたげて、ローゼンの顔を見るサク。
「あ、ローゼン」
と、彼の名前を口にすると、「にこぉ〜」と無防備にも可愛く微笑みかけて、ローゼンの首っ玉にかじり付いた。色気を増しているサクを相手にローゼンは理性を保つ自信を失いかけた。
「……レイを呼ぼう」
両手のやり場に困って固まったまま動けないローゼンがやっとの事で、そう つぶやいた。大の男がお手上げ状態である。驚きのあまり動けなくなっていた天堂兄弟も その言葉で、ようやく「おお」「はい」と、返事をした。
ローゼンの指示で、ヒカルがローゼンの御目付け役で残り、カヲルが宝石店通りへ一っ走りする。
レイがカヲルを伴い、カフェに着いた時には、サクはソファーで隣に座るローゼンに もたれて眠っていた。ローゼンは口元を手で押さえて、気まずい表情をしている。対面で座るヒカルがローゼンを見張っている態だが、落ち込んで うつむいているので、ほとんど見張りにもなっていない。
「何をやってるんだ、全く!」
詳しい話を聞いて怒りをあらわにするレイは宝石の入った箱をカヲルに持たせる。
「ヒカルには俺から言い聞かせておいたから、それ以上は言わないでやってくれ」
ローゼンがヒカルを庇う。さすがにヒカルも懲りたのか、うなだれて、しゅんとしている。
「サクは俺が背負って帰る」
レイがローゼンの助けを借りて眠っているサクを背負うと、どこか虚ろな悲しげな目をして、ヒカルたちに向かって言う。
「所詮、他人のお前らには分からんだろうな。こいつを妹に持つ俺の気持ちなんて……」
ローゼンの前を横切って、カフェを出るレイ。レイの気持ちが分かるだけに、ローゼンはただ沈黙を守るしか出来ない。
サクを背負ったレイの後ろ姿から少し離れて、ヒカルと箱を抱えたカヲルが神妙な面持ちで付いて歩くのだった。




