7-ⅱ)一途な想い〜青い蝶の既視感(デジャビュ)
朝の白い光が部屋中を包んでいる。窓辺には青い蝶がとまっている。
サクは目を覚ました。寝台から上体を起こすと、ローゼンが寝台に腰掛けて微笑んでいた。
サクは訊ねる。
「ローゼンは何か欲しい物はないの?」
首を横に振るローゼン。
「わたし、どうしたらいい? ローゼンにどんなお礼をしたらいい?」
サクの問いかけにローゼンは穏やかに答える。
「君は笑っていればいい」
その答えに釈然としないサクは聞き返す。
「それだけ?」
うなずくローゼン。
「どうして?」
サクの疑問に、ローゼンはサクのほほに手を当てて答える。
「君が悲しいと、俺も悲しい。君が嬉しいと、俺も嬉しい」
と、ローゼンは優しく微笑む。そして、立ち上がって帯刀し、
「そろそろ、仕事に行くよ。今日も出来るだけ早く帰るから、家で待っててくれ」
扉へ向かう。
『家……?』
違和感を覚えたサクの心の声は、ローゼンが開けた扉からあふれ出る白い光によって、かき消されてしまった ──。
サクは、今度は本当に夢から覚めた。横向きになったまま目を開けて、つぶやく。
「本当に、それでいいのかなぁ……?」
その日の夕方、レイとサクが戻って来たところへ、ローゼンと出くわす。
「サク。ローゼンにちょっと話があるから、お前、先に宿に戻っててくれ」
レイに先に宿に入るように促されたサクは「うん」と返事をして、
「ローゼン、またね……」
と、手を振るが、どことなく元気がない。ローゼンも「あぁ…」と手を振るが、去って行くサクの華奢な後ろ姿を少し淋しそうに目で追う。
宿の前で立ち話をするレイとローゼン。
「お前、このタイミングで結婚の話だけは、絶対に出すなよ」
と、いきなりレイがローゼンの胸を人差し指で突く。
「なんだよ? 急に」
「サクは他の妹たちのように単純な頭じゃないからさ」と、レイは言う。
「どういう事だ」
「伯爵家相手にケンカ売ってまでサクを守ってくれた事には、俺も心から感謝してる。それはサク本人なら、尚更の事だ」
レイの視線がサクのいる宿屋の方を向く。
「当初は助かった安堵感が強かったから深く考えてなかったのが、後々になってお前にどんなお礼をしたらいいかって、気に病むようになってきてさ。俺の方から礼をするとは言ってるけど、本人の気持ちの問題もあってな。真面目だから、あいつ」
と、腕組みして、溜め息を吐くレイ。
「それで、お前が『結婚してくれ』とでも言った日にゃ、サクとしても断りにくくなる」
「……断ることが前提なのか」
レイに言われて落ち込むローゼン。
「だって、まだ、“お兄ちゃん” なんだろ? お前」
「うっ……」
レイに痛い所を突かれた。
「今の状態じゃ、サクは生け贄のつもりで結婚せざるを得なくなる。兄の俺としても、それは嫌だし、お前もそうだろ」
「まぁ、……確かに」
「それに、ちょっとサクに懐かれたぐらいで、お前、浮かれてるからなぁ。うっかり、急に距離を詰めると失敗するぞ」
珍しく、レイがローゼンを応援する。
「……面目無い」
と、頭をかくローゼン。
「分かった。まだ、結婚は申し込まないから、せめて、街歩きぐらいは許可してくれ」
「ああ。明日から許可するよ」
レイは承諾した。
妹たちの部屋に入ったレイはサクに告げる。
「サク。ローゼンが明日、街歩きに付き合ってくれってさ」
「え?」
「あの時の借りを返すいい機会だと思うけど?」
「でもぉ、そんなので借りを返す事になるの? 結構、大きい借りだと思うけどぉ……」
納得いかないサク。そこへ輝夜がレイに耳打ちする。それを聞いたレイが『なるほど』という顔で手の平を拳で打って、ニッと笑う。
「ローゼン、サクと街歩きが出来なくて淋しいってさ。断ったら、悲しむだろうなぁ。ローゼン」
輝夜の入れ知恵で、レイはサクの同情心に訴える。
「う〜ん……」サクの心が揺れ動く。
「最近、ずーっと、落ち込んでたしなぁ。ローゼン」
「……分かった。行くぅ」
釈然としないが、結局、サクは “泣き落とし作戦” に、まんまとハマった。
青い蝶が宿の前を飛んでいる。
翌日の昼前に宿へサクを迎えに来たローゼン、
「今日は宴の時の借りを返してもらうよ」
と、厚かましげに言う。
サクは思わず、こう訊ねた。
「ローゼンは何か欲しい物はないの?」
首を横に振るローゼン。
「わたし、どうしたらいい? ローゼンにどんなお礼をしたらいい?」
サクの問いかけにローゼンは穏やかに答える。
「君は笑っていればいい」
その答えに釈然としないサクは聞き返す。
「それだけ?」
うなずくローゼン。
「どうして?」
サクの疑問に、ローゼンはサクのほほに手を当てて答える。
「君が悲しいと、俺も悲しい。君が嬉しいと、俺も嬉しい」
と、ローゼンは優しく微笑む。
昨日の朝の夢と全く同じ事を言うローゼン。
「……………」
魔法にでもかけられたかのように、サクは茫然としてしまう。
「じゃあ、行こうか」
ローゼンに促されるままに、サクは
「うん……」
と、答えていた。
サクがローゼンと宿を離れると、青い蝶も飛んでゆく。
ランチの時も舞台の観覧の時も嬉しそうなローゼンの笑顔に、サクはついつい釣られてしまい楽しい気分になる。すっかりローゼンの笑顔に丸め込まれたサクは貸し借りの悩みなど、すっかり忘れてしまっていた。
街歩きを終えてローゼンに送ってもらい、宿の部屋に戻ったサクは独り、寝台に腰掛けると、我に返ったように思った。
『なんか騙されてるような気がするぅ……』
両手を右側に突いて、うなだれて少し落ち込む。
『結局、わたし、奢ってもらって終わってるぅ。ローゼン、いい人過ぎるよぉ……』
「ふぅ〜」と、ため息をつきながら、寝台の上に上体を仰向けにして倒れる。ふと、夢に出て来た優しく微笑むローゼンを思い出す。そして、現実に見た優しく微笑むローゼンとを重ね合わせる。
「あの夢って、まさか ──」
驚いて起き上がる。サクはとんでもない事に気付いてしまった。




