7-ⅰ)一途な想い〜御者の思い出
サクの馬車の修理をしている御者のモー。簡単な修繕なら業者に任せずモーがおこなっている。そこへローゼンがやって来た。
「やぁ、モーさん」
「ああ、どうも、ローゼンさん。サクちゃんはレイさんと昼食に出てますよ」
モーからサクはすでに宿を出て、居ない事を知らされる。
「一足違いか」と、残念がるローゼンは
「この頃、レイの奴、サクとの街歩きも夜の語り聞かせもさせてくれない」
と、不満を口にする。
「ははは……。そりゃ、サクちゃんも妙齢になりましたからね。親代わりのレイさんにしたら、気が気でないでしょう」
モーがレイの心情を推し量る。
ふと、ローゼンがサクの馬車の中を見たがる。
「ところで、東洋の馬車の中はどうなってるんだ?」
「これは特注品なんで、一般的な東洋の馬車とは違いますから、あまり参考にはなりませんよ?」
「それでもいいよ。面白そうだから見てみたい」
「見ても構いませんが、くれぐれも中には入らないで下さいね」
単純な好奇心から言うローゼンにモーが警告し、御者台の後ろのカーテンをめくって中を見せてくれた。
「こ、これは……」
ローゼンは絶句した。それはまさしく乙女の寝室であった。ローゼンがプレゼントした枕も置いてある。
ヒカルのように嫌らしさが露骨に顔には出ないローゼンだが、サクが横になって恍惚として『ローゼン……』と自分の名前を呼ぶ姿を妄想しているところを、モーに白い目で見られる。
「レイさん以外の男は入れませんよ」
「……そ、そうだな」
「サクちゃん、どんくさいから自分で馬も乗れないし、体力もないもんで、いつでも休めるようにと、レイさんが特別に設えさせた物なんですよ」
モーにカーテンを閉じられた。
「レイは本当にサクが大事なんだな」
「他のオテンバさんたちとは違いますからね」
「まぁ、確かに」
「それに、あの兄妹は全員美貌の持ち主ですが、個性がだいぶ違うでしょう?」
「うん」
「レイさんは真面目な人ですが、その美貌は女に敗北感を覚えさせるからモテない。華夜さんと美夜さんが “しな” を作れば男はイチコロだが、当人たちは欲張りなので、なかなか相手が決まらない。輝夜ちゃんの美貌には誰もが一瞬にして心を奪われるけど、ツンとして可愛げがない。サクちゃんの優しげな雰囲気は人の心を癒すけれど、体が弱いので結婚できない。美貌があっても何かしらの欠点があって、なかなか旨くいかないんですよ、あの兄妹」
モーの人物評価は実に的確だ。
「モーさんもよく見てるな」
と、ローゼンが笑う。
「まぁ、3年以上も一緒にいればね」
「へー」
「短いようでも意外と人の成長は早いもんで、あの頃はサクちゃんも、今より もう少し背も低くて、まだ子供だったなぁ……。わたしはね、あの子には幸せになってほしいんですよ。わたしにとっちゃ、恩人なんで」
モーは懐かしそうにサクたちに出会った頃の話を始めた。
大陸の東にある『央華』と呼ばれる地域がモーの故郷だ。
あの夜、橋の上から川面の月を眺めて、溜め息を吐いていたモー。ふと、別のため息の音が聞こえて、そちらを向くと、女の子が少し離れた所に立っていた。驚いて声をかけるモー。
「お、お嬢ちゃん、どうしたんだい? こんな夜遅く」
「え !?」と、驚く女の子は
『ひ、人、いたんだ! 影薄いから分からなかったぁ』
と、モーの消え入りそうな雰囲気のせいで、その存在に気付いていなかった。
「お、おじさんこそ、どうしたの? こんな所で」
そう訊ねる女の子こそ、サク(12歳)である。
「おじさんはね、ちょっと色々とあって……」
元気のないモーにサクは同調するように静かに訊く。
「何かつらい事でもあったの?」
「実は……、悪い女に騙されてね。相手の女が生活に困ってるからとお金をたくさん貢いだはいいものの、貢ぐお金がなくなった途端、その女が姿をくらましてしまって」
「え……」と、小さい声で驚くサク。
「騙されたおじさんも悪いんだけどね」
その言葉にサクは「ううん」と、首を横に振って、なぐさめようとするが、
『なんて言ってあげたらいいのか、分からない。こ、言葉が見つからない……』
と、もどかしい思いで沈黙するしかなかった。
モーの不幸話はさらに続いた。
「しかし、まぁ、悪い事は続くもんで、身内と死別するわ、仕事もクビになったりしてね。今じゃ天涯孤独の身さ」
「お、おじさん。死んじゃダメだよ!」
モーが川へ身投げでもしないかと心配になるサク。思わず胸の前で、両の拳を握り締めていた。
「あ、あぁ……。自分から死ぬ気はないんだけど…、なんか…、もう…生きる気力がなくなってね……」
と、橋にもたれかかるモー。
「おじさんも、大変なんだね……」
「お嬢ちゃんは…家出かい?」
「……うん」
サクは川面の月を眺めて、力無くうなずく。
「また、どうして?」
「わたし、みんなの足手まといだから……」
「え?」
「どんくさいしぃ、体も弱いしぃ、なんの役にも立たない。それどころかぁ邪魔にしかならない。だから、いない方がいいのかな、て」
「だ、ダメだよ。死んじゃダメだよ!」
今度はモーが心配して握り拳を作って、同じ事を言う。
「わたしも怖くて死ぬ気はないんだけどぉ…、どこかへ行ってしまいたい……。誰にも迷惑かからないような所へ……」
と、サクはしゃがみ込んだ。
「ふ〜ん……。お嬢ちゃんも、まだ小さいのに大変なんだなぁ……」
どこにも居場所がないと感じている二人。川面の月を眺めながら、そのまま沈黙し、二人して、また一つ、ため息をついてしまう。
と、そこへ
「サクヤァ! サクヤァー! どこだ、サクヤァ──ッ!! 」
兄のレイの声がした。
「お、お兄ちゃん !? どうしよお……」
と、思わず立ち上がったサクがキョロキョロと うろたえるのは、見つかったら『お、怒られるぅ』と、思うからだ。
「お嬢ちゃん、帰った方がいいよ。ほら、家族も心配してるよ」
と、察するモー。
「でもぉ……」と、サクは尻込みする。
サクを見つけたレイこと麗照(21歳)が
「サクヤ! おーい、みんな、サクヤがいたぞォ──ッ!! 」
他の妹たちに声をかけると、駆け寄ってサクを抱き締めた。
「良かったぁ!」と、安堵の声を上げるレイ。
「お前、どこへ行ってたんだよ? 心配したぞ」
自棄になって家出したとは言え、さすがに夜中に独り出歩くのは怖かったので、兄に会えた安心感もあり、サクは泣いてしまう。
「ごめん、う…、家出した……」と、洟をすする。
「分かってるよ。誰も怒らないから、戻って来い」
優しくサクの頭をなでるレイは側にいたモーに気付いていたが、声をかける前に他の妹たちがやって来る。
「サク、いた」と、輝夜(12歳)。
「もう、人騒がせなんだから!」と、華夜(18歳)。
「あんたねぇ、家出なんてすんじゃないわよ! ただでさえ足手まといなのに!」と、美夜(15歳)が怒る。
サクは怒られて「しゅん…」となる。
レイが「こら……」と、美夜たちをたしなめようとした時、モーが怒りを爆発させた。
「ちょっと待て、あんたら! なんだ、その言い草は。家出までした、この子の身にもなってみろ !! 」
見ず知らずの他人に叱られて、驚いてビクッとする姉妹たち。
「な、なに。だ、誰よ? あんた」と、美夜。
「誰だっていいだろ。みんなの足手まといになってるからって、自分はいない方がいいとか言ってるような子に、なんてこと言うんだッ!! 」
モーに気圧され、思わず怯む姉妹たち。
「すいませんね。俺の代わりに怒ってもらっちゃって」
と、レイがモーに詫びる。
「いや。わたしも出過ぎた事を言って……」
謝るモーにレイは謝礼をしようとする。
「いやいや。どうやら、サクがお世話になったようだし、何かお礼をしたいんだが ──」
「礼なんて要りませんよ」
「あ…。おじさん、今、お仕事ないんだって ゆってたぁ。お仕事、探すの、手伝ってあげれない?」
と、サクがレイに言う。
「ふ〜ん、そうか」と、言って、レイが閃き、
「あんた、御者は出来るかい?」
と、モーに訊ねる。
「え? 前にやってた事あるから、出来るけど……」
「じゃあ、あんたを雇うよ」
「えっ!?」と、いきなりの事に驚くモー。
「ちょうど探してたんだ。今、サクの為に馬車を作らせていて」
「え? 馬車ぁ?」と、驚くサク。
「そうさ。お前の体力じゃ、ずっと俺の後ろでつかまって馬に乗ってるのは、しんどいだろ。カネも貯まったし、馬車を特注したんだ。完成してから言おうと思ってたのに、まさか家出されるとは驚いたよ」
と、やや苦笑いするレイ。
「ご、ごめんなさい……」と、謝るサクの小さな背を、レイは「よしよし」と、なでてやる。
結局、モーは断る理由もなかったので、引き受ける事にした。
「それじゃあ、帰ろうか」と、レイ。
レイたち兄妹にモーも付いて行った。
川面の月が静かに ゆらゆらと美しく輝いていた。
馬車を見ながらモーがしみじみと言う。
「あの時、他の人が相手じゃ、ああはならなかったと思いますよ。サクちゃんだから自然と話せたっていうのもあってね……」
「分かるよ……」
と、うなずくローゼンはサクの姉たちを引き合いにして思う。
『華夜美夜、輝夜のように気の強い人間だと無理にでも相手を元気付けようと説得して、かえって逆効果だろうな』
そのような人間では、落ち込んでいる人を相手にした聞き役は務まらない。
「あの子はいい子ですよ。だからね、ローゼンさん。あの子を幸せにしてやって下さい」
「俺はそのつもりだ」
ハッキリ答えるローゼンだが、
「ただし、レイがな……」と、頭をかく。
「ハハハ……。一番の難関ですね」
『サク本人も鈍いしな……』とも思うローゼン。
「ローゼンさんはサクちゃんに一途だから、わたしは応援しますよ。でも、ヒカルみたいなのがサクちゃんにちょっかい出すようなら、他人のわたしでも待ったをかけますがね」
「モーさん、気付いてたのか」
と、意外そうに目を見張るローゼンに
「ええ。ヒカルは顔にすぐ出ますから。サクちゃんと輝夜ちゃんの両方に気がある事もね。あんな美人二人に二股をかけようだなんて、身の程知らずもいいとこです。誰があんなのを認めるもんですか。特に、サクちゃんのような真面目な子には合わない」
モーはキッパリと言い切る。そして、
「レイさんもとっくに気付いてますよ、たぶん。ヒカルだけを護衛に付ける事はまず、しませんからね」
と、レイの行動にも察しが付いていた。意外そうな顔をするローゼンにモーは言う。
「わたしも色々と痛い目に遭ってきましたし、レイさんに感化された部分もあってね、だいぶ人を見る目が厳しくなりましたよ」
一見、冴えない中年のモーだが、中身は存外しっかりしていた。しかも、年下のレイに感化されたとも言う。
『年下からでも学び取るとは……。モーさんの人柄の良さがモーさん自身を成長させているのかもしれない。幾つになっても、人には そういう姿勢が必要だな』
ローゼンはそう感じ入る。
「今日はモーさんとゆっくり話が出来て良かったよ」
「そうですか? こんな冴えない中年男の話なんて、お耳汚しでしかありませんよ」
と、笑うモーにローゼンは真面目に言う。
「いや。俺はモーさんを尊敬するよ」
モーは目を「ぱちくり」とさせ、面喰らった。
「ご、ご冗談を」
「冗談なんかじゃないさ。年下のレイからも学び取ろうなんて謙虚さは大した物だと思うよ。実際のところ、大人になればなるほど、自身の経験を過信して傲慢になっていく人の方が多いものだよ」
ローゼンも大人には違いないが、若い割に達観した事を言う。おまけに、大勢を仕切る立場にありながら、尊大な所が無い。
「ローゼンさんは本当に…、なんて言うか、身分を気にしないというか、素直というか……。最初にお会いした時でも低姿勢で礼儀正しかったし。とても豪商のご子息とは思えない人ですね」
「そうかい?」
「ご両親はさぞかし、ご立派な方なんでしょうね」
「いや。うちの両親は普通の人さ」
と、ローゼンは謙遜する風でなく、あっさりと言い切る。
『この人の器の大きさが、こういう所に出るんだなぁ……』
と、つくづくと感心するモー。
「ところで、モーさんもお昼はまだだろ? 今から一緒にどうだい?」
「いいんですか?」
「もちろん。奢るよ」
こうして珍しい組合せでの昼食となったのだった。




