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6-ⅲ)強運〜逆転の宴

 さる財閥の主催による宴に呼ばれたレイ。顧客でもある主催者からもらった招待状をレイが読んでいると、ローゼンが弟のルークと共にやって来た。彼らカラヤ兄弟も同じ招待状を受け取っていた。

 レイたちが泊まる部屋に集まった一同。レイの妹たちの他に天堂兄弟や御者のモーも集まるよう呼ばれた。

「宴には主立った貴族や豪商などの富裕層が集められる。商談も兼ねているんだが、同時に令息令嬢の見合いの場でもあるんだ」

 ローゼンの説明に華夜美夜が飛び付く。

「あら〜」「ラッキー!」

 ルークは美夜の反応にショックを受けている。輝夜は無関心。

「ハァー……」

 と、溜め息をき、レイは乗り気ではない。呪われた顔とも言える美貌のレイは男に狙われても女には敬遠される。まるで、いい事がないのだ。しかし、ローゼンが出席を勧める。

「まぁ、気持ちは分からないでもないが、上客を獲得するいい機会だ。レイも出席した方がいい。衣装はこちらで みんなの分を用意しておくよ」

 ヒカルとカヲルの天堂兄弟が「ボソボソ」とサクと話す。

「俺らも行くって事か?」

「僕たちはサクの護衛だしね」

「え? まさか。わたしは関係ないから、お留守番だよ」

 他人ひとごとのように話を聞いていたサクにローゼンが言う。しかも、妙に爽やかな笑顔で。

「もちろん、サク、君も来るんだ」

「ええっ!? わたしは お留守番じゃないのぉ?」

 サクは驚いて目を「ぱちくり」とさせた。



 こうして、カラヤ兄弟とレイたち兄妹とが出席する事に。天堂兄弟はサクの護衛として中に入れるが、御者のモーは待機となった。

 馬を降りたローゼンたちは馬を使用人たちに預けて会場の中へ。中へ入る途中、ローゼンはルークに言う。

「ルーク、今回の商談はお前に任せる」

「え? 俺が?」

「今夜の俺はサクに群がってくる蛆虫共うじむしどもを追っ払うのに忙しくなるだろうからさ」

「だったら、連れて来なけりゃ良かったのに」

「そうもいかない。せっかくだから、この機会に “予防線” を張っておきたいんだ」

「予防線?」

 と、訊くルークにローゼンはウィンクで応じると、中へ入った。



 会場は主催者の邸宅の広いホールで、軽食や飲み物が用意されたテーブルの他に、個々の商談に対応できるように別のテーブルや椅子もたくさん用意されている。壁際には休憩用のソファーもあった。

 ついつい美味しそうな料理に目が行くヒカルやカヲルにサクが気を利かせる。

「今日は大丈夫だと思うし、食べに行ってもいいよ?」

「わ、りィな」「じゃ、お言葉に甘えて」と、二人とも早くにサクから離れてしまった。

 ローゼン、ルーク、レイは他の出席者の商人に声をかけられ、挨拶をする。華夜美夜、輝夜はさっそく どこかの子息らの声が掛かり、ワインを勧められている。

 背の高いレイの後ろで隠れるように立っていた小柄なサクだったが、特にする事がないので、移動して壁際のソファーにゆっくりと静かに腰を下ろした。ソファーにもたれずに背筋を伸ばして会場を観察する。

『みぃんな、派手な格好だなぁ』

 お金持ちばかりなので、良い生地で仕立てた衣装を身にまとい、髪飾りや首飾り、耳飾り、腕輪に指輪などをゴテゴテと身に付け、

『重たそう……』

 男も女も香水の匂いを程良くではなく強烈にプンプンとさせて、おまけに女性たちは白粉おしろいや頬紅、アイライン、口紅をベッタリと塗っており、はや、素顔の痕跡はどこにもない。

『苦手だなぁ。こういう世界』

 などと思っていると、そこへどこかのご令嬢が来る。

「隣、いいかしら?」

「あ、どうぞ」

 ご令嬢は空いた右隣に座る。

「あなた、見ない顔ね。どこのご令嬢?」

「いえ、ご令嬢というほどの者ではぁ……」

 両手を振って否定し、どう話せばいいか考えるサク。

「えっとぉ、兄が宝石商なのでぇ、その付き添いで。宝石商と言っても小商いですけど」

 なんとか自分なりにまともな説明ができて、サクは内心ほっとする。

「ふ〜ん」と、ご令嬢はサクの顔をしげしげと見ると、

「あなた、気を付けた方がいいわよ」

 と忠告する。

「え?」

「綺麗な顔してるけど、とても おとなしそうだから、すぐに悪い男に攫われてしまいそうだわ」

 サクは『お世辞? 忠告? 嫌味?』と、ご令嬢の言葉の真意が分からず返答に困り、「はぁ……」としか答えられない。

 ご令嬢は知り合いらしき人物を見つけたらしく、「それでは失礼」と言って、すぐに離れて行った。

 ローゼンはルークと共に数名で立ち話をしていたが、ふと、いつの間にかサクの周りに湧いて出たように令息らしき若い男たちが集まっているのを目撃する。

『早ッ!? もうあんなにたかってる!』

 と、思うや否や、「ちょっと失礼」と、ローゼンはその場を離れ、サクのもとへ。

『なに、やってんだ。天堂兄弟!』

 ムッとして早足になるローゼン。

「あ! ローゼン」

 と、困惑していたサクが ほっとしたように手を軽く振って声を上げた。それを聞いた周りの男たちは振り返り、物凄い剣幕で近付いて来るローゼンを見て、

「か、カラヤ家のローゼン !?」

「鬼の武闘派商人だ!」

 ギョッと目玉をいて驚く。

「彼女に触るなよ? 触ると、それはもう恐ろしい彼女の兄が諸君の首を剣で斬り落とす事になる」

 ローゼンが首を斬る仕草をして脅すので、蜘蛛の子を散らすように男たちはサクから離れて行った。

「フンッ」

 と、言うと、ローゼンはサクの右隣に静かに腰掛ける。

「ローゼン。ありがとう、助けてくれて。知らない男の人たちに囲まれて、正直 怖かったぁ……」

 と、ため息混じりに礼を言うサク。

 すると、ローゼンがサクの耳元でささやく。

「じっとして、目を閉じて」

「なんで?」と、キョトンとするサク。

「あんな連中が二度と近付いて来れないように、“おまじない” をするからさ。『いい』と言うまで、絶対に、目を開けるなよ?」

 真剣にローゼンが言うので、うなずいて素直に言う事を聞くサク。サクが目を閉じたのを見ると、ローゼンはサクのほほに手を添えて、自分の顔を近付けた。

 遠目には誰の目からも

「接吻してる……」

 ように見えるので、遠巻きに見ていた令息令嬢らは皆、驚いた。会場に入る前にローゼンがルークに言っていた “予防線” とは、つまり、この事だ。サクを自分の物だと周知させるのが目的だ。

「ろ、ローゼンの女だったのか!」

「盗賊を蹴散らす『武闘派商人』のあの男を怒らせるのは非ッ常にッ、マズイ!」

「あ、危ない。命拾いしたァ〜……」

「彼女には二度と近付くまい」

 などと冷や汗を流す令息たち。

「ローゼン様がァ〜!」

「嘘よォ〜!!」

 などと悲鳴を上げる令嬢たち。中にはショックのあまり失神する者までいる。

 ヒカルは持っていた皿とフォークを床に落とし、放心状態に陥る。それを見たカヲルが

「どうしたんだ? ヒカル」

 と、ヒカルの視線を追い、ローゼンとサクの接吻の場面を目撃してしまう。

 チラリと周囲の様子を確認したローゼンは顔を離すと「もういいよ」と、目を開けるよう促す。サクが目を開けると、ちょっとつまらなそうにソファーの肘掛けに頬杖を突くローゼンの姿がある。

 サクはどんな “おまじない” だったのか訊こうと思ったが、いきなり思わぬ邪魔が入った。

「お前、何やってんだァ〜ッ!?」

 レイに胸ぐらをつかまれたローゼンは声を潜めて弁明する。

「振りだよ、振り。蛆虫共うじむしどもを追っ払う為の芝居だ」

「お、お兄ちゃん、どうしたの?」

 と、ローゼンに突っ掛かるレイに驚いて、口元を手で覆うサク。泣くでもなく、赤面するでもなく、その、なんにもなさそうなサクの表情を見て、レイも冷静さを取り戻し、手を放す。

「当たり前だ。振りでなきゃ、叩ッ斬ってる」

 レイにそう言われ、ローゼン、ぐったりとソファーにもたれ、

『寿命が縮んだ〜……』と、思う。

「大丈夫?」と心配して、サクが声をかけるので、「ハハハ……」と、力なく笑って返すローゼン。

 そこへ「キャーッ!」という黄色い声が上がる。どこぞの若い貴族が遅れてやって来たのだった。

「なんだ? あの、いかにもキザったらしいむしが走るような奴は」

 若い女たちに囲まれる その貴族に、レイが極度の不快感を示す。

「あれはシャムズ伯爵家のナルジートだ。女には絶大にモテるが、男からは絶大な不人気だ。まさか、あいつまで呼ばれていたとはな」

 と、ナルジートを軽蔑の目で見るローゼン。その言葉どおり、出席者の男たちは皆、ナルジートに敵意の視線を向けていた。

「あの節操なしめ!」

「何人の女が弄ばれて泣かされた事か……」

「女だけじゃない。妻を寝取られた男もだ」

 などと、かなり評判が悪い。

 一方で、さっきまで「ローゼン様」とか言って騒いでいた女たちは呆れた事に美形の貴族様ナルジートに対して「素敵」とか「カッコいい」とか「抱きしめられたい」とか言って、うっとりとしている。

「とにかく来る者拒まずどころか、奪える者はなんでも奪う。人妻だろうが、なんだろうが手当たり次第な奴だ」

 ローゼンの話を聞いて、「最低なやからだな……」「うわぁ……」と、レイとサクがドン引きする。

「ナルジートは化粧をするから見た目には分からないが、最近、皮膚病を患っていると聞いた。おそらく梅毒だろう。不特定多数の女と関係を持つから余計な病をもらうんだ。自業自得だな」

 ローゼンは吐き捨てるように言う。それを聞いたサクは

「自分から病になるような事を平気でするなんて、お、おぞましい……」

 と、青い顔をする。体の弱い彼女には病への恐怖は普通の人よりも強く感じられるのだ。

「妹たちにそんな輩を近付けさせるわけにはいかないな」

 と、警戒するレイは

「他の妹たちにも注意してくる。ローゼン、サクを頼む」

「無論だ」

 ローゼンの返答を聞くや否や、急ぎ、華夜美夜、輝夜のもとに向かう。

 ナルジートは前髪をかき上げて、女性たちに歯が浮くような言葉を並べ立てていく。

「君の瞳はサファイアのようだね」

「透き通るように白い肌だね」

「艶やかな小麦色の肌も美しい」

「花びらのような唇に吸い寄せられそうだ」

 令息らに囲まれていた華夜美夜、輝夜だったが、その光景を見て、

「キモ〜い」「ウゲッ。吐きそう…」「引く」

 男たちの敵意の視線や女たちの好意の視線が集中するナルジートの悪口を言う。

「なに、あれ。ローゼンでもあんなクサイこと言わないわよ?」

「おにィが見たら、蕁麻疹だしてそう。うわっ、また前髪かき上げた。自惚れの強い奴の典型ね」

おぞつ」

 そんな華夜美夜、輝夜と偶然に視線を合わせたナルジートだったが、『なんだ…』とガッカリし、

『この手の派手な女は見飽きたな……』

 一瞥しただけで興味を失い、去って行く。ナルジートから彼女たちを守ろうと取り囲んでいた令息らはホッと安堵の溜め息をいた。

 ナルジートの想定外の行動に、一瞬、呆然とする華夜美夜、輝夜。

「なに、今の……無視シカトされたの? わたしたち」と、華夜。

「無礼ナリ」と、輝夜。

「この美貌に恵まれた、女神のような あたしをスルーするって、どういう事よ !?」

 と、自画自賛しながらいかる美夜に取り囲んでいた令息らが引いた。

『もうちょっと他にいいのは いないのか』

 会場中を物色するが、めぼしい女が見つからず、イラッと来たナルジートは男たちに八つ当たりをし始めた。

「なんだ? 最近、太ったんじゃないか? 俺様のように鍛えたらどうだ」

「お前、相変わらずセンスの悪い服だな。少しはセンスを磨けよ」

「お前ら、またクダラナイ者同士でつるんでるのか。そんなんじゃ、ますますクダラナイ人間になるぜ? もっと付き合う人間を選ぶんだな」

 などと強気な態度で侮蔑の言葉を投げかけていく。

 会場内の男たちの間では貴族や商人の区別なく、ナルジートとローゼンの事が話題に上る。

「ナルジートもローゼンもどちらも色男ではあるが ──」

「わたしはナルジートは大ッ嫌いだ!」

「僕もだ」

「俺はローゼンには親しみを覚えるが、ナルジートの奴には反吐ヘドが出る!」

「まぁな。ローゼンは怒らせるとおっかないが、こちらから悪さをしなければ、どって事ない。ローゼン自身は悪さをしないし、老若男女の区別なく紳士的だからな」

「それに、ローゼンは困っていると助けてくれますからね。わたしの店も在庫を抱えて困っていた時、助けてもらいましたよ」

「片やナルジートは自分の事しか考えていない。口ではお前の為とか言いつつ、実際は人を見下してるだけの薄情な奴だ」

「そうそう。それに、ナルジートは武芸に長けているからカリスマ的に見えて人が寄って来るけど、あんまり厳しいから人が離れて行く事も多いよな」

「そう言えば、また、取り巻きも何人か去って行ったらしいぞ」

「おい。ナルジートがローゼンの方に向かったぞ」

「ヤバイ事にならなきゃいいが」

 と、周囲が見守る中、女たちを従えたナルジートが近付いて行く。

 ナルジートはソファーに座って楽しそうに和やかに談笑するローゼンとサクの姿を見て、

『まるで、そこだけ別世界みたいだな……』

 と、思う。自分の欲望を満たす為の汚れ切った関係しか知らないナルジートには、真逆の生き方をするサクがキラキラと輝いて見えた。

「これはカラヤ家のローゼンじゃないか」

 ナルジートに声をかけられ、ローゼンが立ち上がる。サクもそれに続いて立つ。

「ナルジート様。ご機嫌麗しゅう存じます」

 と、胸に手を当てて恭しく挨拶するローゼンと共にサクも「にこり」とお辞儀をして、二人ともナルジートに対する嫌悪感をおくびにも出さない。平和主義な二人はどうにか穏便に乗り切ろうとしている。

「そちらは?」と、サクの事を訊かれ、

「友人の妹ですが ──」

 と、ローゼンが全てを言い終わる前にナルジートが突然、要求する。

「その娘を俺様に献上しろ。ローゼン」

「ハァ?」ローゼンは声を上げ、

『いっ!?』サクは声には出ないが、嫌悪感が顔に出る。

「それはおやめになった方が賢明かと」

「どういう意味だ?」と、追及するナルジートにローゼンが「なぜなら ──」と答えようとしたところへ、踊り子の妹たちと天堂兄弟を連れたレイが戻って来る。

「サク!」

「お兄ちゃん!」

 心配するレイと怯えるサクが抱き合う。

「ほう、お前が兄か。なら、話が早い。その妹を俺様に献上しろ」

 ナルジートの無茶な要求に

「アアッ!?」露骨に嫌な顔を見せるレイ。他の妹たちも天堂兄弟も口々に非難する。

「なにが献上よ! 女は物じゃないのよ !?」と、華夜。

「あんたみたいな気色悪い奴、あたしだってお断りよ。しかも、このあたしを無視して、サクに行くって、どういう事よ! そもそも、あんたに あたしを無視する権利なんかないんだからね!」

 などと、美夜はプライドを傷付けられて、腹の虫が治まらない。

「斬首」と、輝夜は剣のつかを握って態度で示す。

 ヒカルは一度、拳を握り締めると、

「どう見たって嫌がってんだろ。てめェが引き下がれ!」

 傷心ながらサクの味方をして、ナルジートを指差す。

「いるんだよね。色んな女に手を出すけど、誰も幸せに出来ない奴」

 カヲルは肩をすくめ首を横に振り、嫌味たっぷりに見下す。

「さっきから聞いてりゃ、貴様ら何様のつもりだ? 王族じゃあるまいし、この俺様に向かって その態度は!」

 ご立腹のナルジート。

 レイたちをローゼンが首を横に振って制止する。

「お前たち、相手は貴族様だ。ここは一つ穏便に……」

 ローゼンはサクを隠すように前に出て、ナルジートの方を向くと、右手を胸に当てて礼儀正しく申し上げる。

「どうしても、彼女を献上しろとおっしゃるのなら ──」

 穏便にと言っていたはずのローゼンが眼光も口調も態度も一気に豹変させた。腕組みして仁王立ちになる。

「カラヤ家からの上納金は取りやめだ!」

「き、貴様、正気か !? 我が伯爵家に盾突くと言うのか!」

 ナルジートが驚愕し、会場内からも どよめきの声が上がるので、大事おおごとだと思ったサクは

「それで、ローゼンが困る事になったりはしないの?」

 と、気にする。

「大丈夫さ。俺もカラヤ家も何一つ困りはしないよ」

 ローゼンは振り向いてサクには甘々な顔で言うと、ナルジートには別人のように塩辛いを通り越して激辛対応を取る。

「うちがバックアップしたいのは正しい政治をしてくれる権力者だ。その為に定期的に有力者リストの見直しをおこなっている」

 ローゼンは数歩、その場を動いてサクたちから離れつつ喋ると、ナルジートから間合いを取って彼を指差して立ち止まる。

「そのリストから お前の家を外してやろう。伯爵家なんて階級から言えば そう大した事ないし、うちとしてはコストカットにもなるから、ちょうどいい」

「なッ…… !?」

 一介の商人に、あべこべに上から目線で言われて、絶句するナルジート。

「嫌がる女を手籠めにしようなどという不肖の子のせいで上納金が減り、せた土地や低い地価による少ない税収で遣り繰りをせざるを得ないとなれば、お前の父君ちちぎみも さぞかし お困りになる事だろうな」

 ローゼンの指摘に、会場内の人々も思わずうなずく。

「確かに。あそこの領地はあまり値打ちがないからな」

「権力者と言えども強力なスポンサーがいないと成り立たない事も多い。しかも、相手はカラヤ家だ。見放されたら終わりだ」

「立場が逆転したな」

 ナルジート、自業自得とは言え、とんだ赤っ恥である。

「き、貴様ぁ〜! 商人の分際で愚弄しおって !!」

 逆上したナルジートが抜刀した。が、素早く抜刀したローゼンが振り下ろされるナルジートの剣から身をかわしつつ、その剣を叩き落とした。スピードもパワーも格段に違う。

「 ─── !? 」

 あまりの事にナルジートは声も出ない。会場もシーンと静まり返る。

 ローゼンははんの構えで剣先をナルジートに向ける。

「まだやるか? 差しの勝負だろうが、軍勢の戦だろうが俺は構わない。カラヤ家総出で相手をしてやる。うちは人足の数だけでも半端ないぞ? 戦にかかるカネにだって糸目は付けない。伯爵家の一つや二つ、一捻ひとひねりだッ!」

 上納金はコストカットすると言いながら、戦になれば莫大な費用をかけてでもサクを守ると言い放つローゼン。その迫力に圧倒されたのはナルジートだけではない。会場中が恐れをなす。

『今の気迫一つでも、お遊戯剣法と実戦剣法との差が出るな。おまけに、あの真剣の一太刀。やっぱり、軽い木太刀の時より動きも速いし、打撃も重い』

 と、レイは感心すると同時に冷や汗を流す。木刀と真剣では重量も空気抵抗も変わるからだ。

 ナルジートは顔を引きつらせて、

「きょ、今日のところは、こ、この辺に、しといてやる」

 尻尾を巻いて逃げ帰った。会場からは どこからともなく、笑い声や拍手が湧き起こる。

「ハッハッハッハッハッ!」

「見たか、今の」

「いい気味だ!」

「愉快を通り越して、痛快だ!」

「久々にスカッとした!」

「胸がすくようだ」

「さすが、武闘派商人・ローゼンだな」

 女たちの反応は「ナルジート様」と追いかける者もあれば、ガッカリする者とに分かれた。

「貴族だの、俺様だのと、尊大な態度で人をないがしろにするからだ」

 と、ローゼンは吐き捨てるように言うと、剣を鞘に納める。

「守ってくれて、ありがとう。ローゼン!」

 サクがローゼンに抱き付いた。

『サクヤ ── !?』

 と、内心、驚いたのはレイだけではない。姉妹も驚く。

『男に抱き付くなんて』と、華夜があんぐり口を開けて頬を両手で押さえる。

『嘘ッ!? あの怖がりのサクが』と、美夜は目を丸くして、四本の指を口にくわえる。

『むむっ………!』と、輝夜は両手で顔を覆うと、指の隙間から覗く。

「お兄ちゃんが増えたみたい」

 喜んだのも束の間、無邪気なサクのその言葉にローゼン、ガックリとくる。

「……お、お兄ちゃんか」

「あ、ごめん……、迷惑だった?」

 サクが気まずそうにして、すぐにローゼンから離れた。

「いや……。もう、この際、お兄ちゃんでも なんでもいいッ!」

 ローゼンが興奮してサクに抱き付こうとすると、レイに耳を引っ張られる。

「調子に乗るなッ!」

「いててててて……!」

 ヒカルの失恋は確定したように思えた。カヲルは無言でヒカルの肩に手を置く。

 そして、ローゼンの弟であるルークは気付いていた。

『上納金の件も武力行使も脅しじゃない。兄さんは本気だ。だけど、あのキスだけはハッタリだったか。“お兄ちゃん” 扱いじゃ、兄さんの恋も前途多難だなぁ……』

 そう思い、彼は頭をかいた。


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