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5-ⅲ)渇望〜ローゼンの過去

 ローゼンはカラヤ商店率いるカラヤ家当主の息子という事もあり、当然、見合いを嫌と言うほどさせられて、うんざりしていた。あれだけ数をこなしても、なかなかローゼンが首を縦に振らなかったのには訳がある。彼自身は

『みんな財産目当てだ』

 と思っているからだ。しかし、本人の認識は少しズレている。実際はこうである。

 容姿と財産と ── 外側の余計な物が邪魔をして、ローゼン本人の中身を見てくれる女は一人もいなかった。実際のローゼンはレイが思ったように「地味で真面目で普通」でしかない。ゆえに、容姿と財産が目当ての女たちがローゼンに深入りできたとしても、ただのツマラナイ男に映るであろうし、逆に真面目なローゼンからすれば、そんな女たちは最悪でしかない。

 一方、弟のルークは惚れっぽくて飽きっぽいので、誰とも長続きしないどころか、誰とも始まらない。相手にされていないうちは猛アタックをかけるが、相手が振り向いてくれた途端に冷めるという、これはこれで困った男である。兄弟そろって恋愛も結婚もてんでサッパリな状況だった。

 そんなカラヤ兄弟を見て、番頭も溜め息をいていた。


 ある時、ローゼンは高級酒場でレイにこんな愚痴を言った事があった。

「とにかく、見合いした女も言い寄ってくる女も皆、財産目当てなんだ」

「見た目の華やかな女は大概、プライドが高くて、高慢で鼻持ちならない。だからと言って、地味ならいいかと言えば、これが、そうでもないんだ。陰気で、腹の底では何を考えているか分からない」

「家庭を大事にしそうな普通の人にも巡り会ったが、この普通もなかなかに曲者くせものだったんだ。言葉尻から自分と実家だけが良ければいいという腹が透けて見えたからだ」

「裏表の激しい女も多かったよ。俺の前では大人しくても、俺がちょっと席を外すと、使用人たちへの態度が豹変した」

「見合い相手の中には、平気で二股かけてる女もいたな。それどころか五人や六人というのもいた。結婚と恋愛は別物感覚なんだよ、あいつら貴族や金持ちは。政略結婚しても本命や愛人と不倫すればいいだなんて、俺には無理だ。耐えられない……!」

「とにかく、これまで肉体関係を持つ前に相手の本性が発覚したのが、不幸中の幸いだ。もし、そんなろくでもない女との間に子供なんか出来てみろ。俺の一生が台無しだ! 生まれてくる子供の人生にだって悪影響でしかない」

 拳でカウンターを叩いたり、頭を抱えたりして愚痴るローゼンの姿を見て、レイは

『それほど酒が入ってるわけでもないのに、よくも、まぁ、これだけ愚痴れるなぁ……』

 と、呆れつつも、

『想像以上に大変な境遇なのか』

 と、同情したものだ。

『まぁ、最大の不幸はこいつの性分かもしれんな。強欲でいいかげんな性分なら、悩む事なく妾もったり、不倫しながら結婚も平気で出来ただろうに。ローゼンは俺が知ってる金持ち連中とは、えらい違いだなぁ』

 ローゼンの鼻筋通った端整な横顔をチラリと見た後、ワイングラスを眺めながら、別の角度から そのようにも考えたレイ。ふと、気付いて、

「ところで、見合いとは別に、自分からは探さなかったのか?」

 と、訊いてみると、

「そりゃ、俺だって探したさ。どこそこの娘が美人だと聞けば、仕事の合間にわざわざ見に行った」

 と、言うローゼンに

「……なかなか積極的だな」

 レイはローゼンの美人への執着に若干、呆れる。

「ところが、これが皆、期待外ればかりだ。人が言う美人なんてのは全く当てにはならない」

 どうも、ローゼンにとっての美人の基準は人とはズレているらしい。

『モテそうなのに、不運なのか、こだわりが強いだけなのか、こいつも大変だな』

 と、思い、自分が恋愛弱者なのに、レイは見るに見兼ねてお節介を始める。

「なんなら、俺の妹たちを紹介しようか?」

 と、レイは申し出た。ローゼンはワイングラスを回して、「レイの妹か……」と、つぶやき、

『レイの真面目な性格から考えても、悪くないな』

 と、考え、話を受けた。その時は まさか、その三人がなかなかに問題児な踊り子の華夜、美夜、輝夜の事とは思ってもいない。レイはレイで、ローゼンが自分の知らない間に一番気にかけている妹・サクに一目惚れしてしまう事になるとは夢にも思っていない。

「できれば、俺にとって一番いいのを紹介してくれ」

 と、ローゼンは言うが、レイは『いっその事 ──』と考える。

「別に、三人まとめてくれてやってもいいぜ? 俺は」

「いや、三人も要らないよ。俺はあれもこれもと贅沢は言わない。その代わりに一番欲しいものを手に入れたい」

「おいおい。それはそれで贅沢な奴だなぁ、一番って」

「勘違いするなよ。なにも贅沢で言ってるわけじゃない。一番って言っても『俺にとっての一番』だからな」

「つまり、お前の好みに合えばいいという事か。お前の好みって、そもそも、どんなんだよ?」

 と、レイに訊かれて、ローゼンは腕組みして「う〜ん……」と考えた末に、

「清らか」と一言。 

「なかなか…抽象的だな」と困惑するレイ。

 ひとまず、

「とにかく、うちの妹たちと会ってから決める事だな」

「そうするよ」

 そういう事になったのだった。



『ちょっと伸びたな』

 自分の手の爪を見たローゼンは剣の鞘に巻いた革のベルトからヤスリを取り出して爪を研ぎ始めた。拳にしろ、剣にしろ、弓矢にしろ、いつでもベストを尽くせるように常日頃から手入れを怠らない。

『よし! これでいい』

 爪の先をフッと吹くと、ヤスリをしまい、レイに「待たせたな」と言って、手にした木太刀を軽く一振りするローゼン。

 ローゼンとレイの二人は時々、暇を見ては馬で街の外へ出て剣術や弓術、槍術、格闘技などの手合わせをするようになっていた。

「付き合ってもらって悪いな。ルーク相手じゃ物足りなくってさ」

 そう言って、体を正面に向けずに斜めに向けるローゼンのはんの構えがレイと同じなので、レイは郷里で剣術を仕込まれた時の事を思い出す。

 特に掛け声もなく、自然に双方から仕掛けていく。いずれも先に懐から入って行く攻撃的なスタイルだ。

 カンカン! カンッ……!

 木太刀同士が打ち合い、音を立てる。普通ならローゼンもレイも相手を一太刀で倒すところだが、互角の相手ではなかなか そうもいかない。

 ローゼンの鋭い突きをレイがすんでのところでかわす。レイの動きを『早い』と思うローゼン。

 躱したところで背後を取るレイの太刀を、振り向き様に払いのけるローゼンの動きも素早いので、舌を巻くレイ。

 二人とも派手さはないが、出来るだけコンパクトな動きで確実に仕留めようとするスタイルは共通していた。

 休憩になり、原っぱに腰を下ろして水筒の水を飲む二人。

「ローゼン。お前の太刀筋、どこか多国籍だな。和の国のも混ざってるよな?」

「まぁ、色んな先生から教わってるからな。先生方の中には若い頃に武者修行した人もいて、その人は和の国へも行った事があると聞いている」

「なるほど」



 若い剣術の先生に厳しくコテンパンにやられて

「痛いのは嫌だ! もう、やりたくない」

 と、ぐずって泣くローゼン、7歳。片や、5歳のルークは別の若い先生からお遊戯のようなチャンバラを教わっていた。

 ローゼンの様子を見て、年配の先生が説得をする。

「なぁ、ローゼン。嫌でもやってもらわないと困る。お前は普通の家の子じゃないだけに、残念だが、悪い連中に狙われやすい。もし、護衛の人間もやられてしまった場合は、自分独りでどうにかしないといけない」

 かなり厳しい現実を突き付けられて、愕然とするローゼン。思わず涙が止まる。

「だが、まだ幼いから、まず逃げる事から学んでもらう」

 と、年配の先生は子供にもできる簡単な護身術から教え始めた。

 ローゼンは一度 覚悟を決めたら上達が早かった。元々センスがあったのだ。それだけに武芸の師匠連中は面白がってローゼンに次から次へと様々な武術を仕込んでいった。

 師匠たちの中には、ローゼンのやる気を引き出す為に、こんな事を言う者もいた。

「強い男になれば、たくさんの女にモテるぞ?」

 「ふ〜ん」と、ローゼンの反応が鈍いと見るや、彼は別のアプローチを試みる。

「強い男になれば、美人と結婚できるぞ?」

「マジで !?」

 ローゼン、子供の頃から「美人」という言葉に弱かった。俄然、やる気が出た。

 そういう ふざけた師匠もいたが、先程の護身術を教えてくれた年配の先生については、かなり変わった着眼点を持っていて、ローゼンに誰も気にもめないような事についても教えてくれた。

「普段の立ち居振る舞いにも気を付けるといい。何気ない所作が実は日々の鍛錬になるんだ。立ち上がる時も腰を下ろす時も、ゆっくりと動いてみろ。これだけでも筋力を使うだろう?」

 この先生は自分から動いて見せて、ローゼンにも同じようにやらせてみせる。

「今度は逆に、力を抜いて座ってみろ」

 力を抜いてドシンと椅子に座ると、腹筋に力は入らないし、腰に衝撃が走って痛い。具体的に違いが分かると、

『面白いな』と、思うローゼン。

「毎日、毎日、脱力して座れば、それだけ筋力が衰えるのも早くなるというわけだ。お前自身にやる気があるのなら、姿勢も所作も体が覚えるまで自分で反復練習する事だな。そうすれば、そのうちに無意識に出来るようになる」

「うん! やってみる」

 と、ローゼンが乗り気なので、先生はローゼンの目を見て言う。

「わしはな、ローゼン。派手な大技や、血のにじむような努力よりも、こういう地味で大した事のないように見える事の方が、本当は一番大事なんじゃないかと、このごろ思うんだよ」

 先生の目は武術家というには随分と穏やかで、その言葉はどこか謙虚だった。しかし、この先生こそが、ローゼンの地味だが確実に敵を仕留めるスタイルを叩き込んだ張本人である。



「先生、元気かなぁ……」

 と、懐かしむローゼン。

「ところで、レイの師匠はどんな人だ?」

 と、ローゼンに訊かれたレイは答える。

「母さんだ」

 意外な答えに「えっ!?」と、驚くローゼン。

「うちの母さんは普通じゃないから」

 と、笑うレイ。

「まぁ、よく考えれば、サク以外の姉妹を見ても、納得すべき所か……」

 顎をつまんでいたローゼンが指を放して、レイの方を見る。

「それにしても、レイのお母さんの指導も凄いんだろうけど、お前自身の見極めも早いな」

「そうかぁ?」

「並みの人間のものじゃない」

 と、素直に褒めるローゼンに

「それ、お前が言うのか?」

 と、苦笑いするレイ。

 ふと、爽やかな風が吹いて、清々しい気分になる二人。

「……俺は、今が一番幸せに思えるよ」

 しみじみとローゼンがつぶやいた。

「良き友に恵まれ、良き伴侶に恵まれるなんて思ってもみなかった」

 ローゼンがあまりにサラッと言うので、危うく聞き逃すところだったレイ。

「ん? 良き伴侶はまだだろ」

「バレたか」と、子供のように舌を突き出すローゼン。

「お前なぁ……。そんなにサクが欲しけりゃ、俺を倒してからにしろよな!」

 立ち上がって、逃げるローゼンを木太刀で打ちに行くレイ。

 二人は対等に話し合え、互角に闘い、ふざけ合える関係でもあった。


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