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4-iii)今昔〜天堂兄弟と兄貴分と

 ヒカルとカヲルの天堂兄弟は大陸の東でいた頃に大金目当てに戦に加わった事があった。まだ、12の頃だった。和の国から大陸に渡ったものの親に死なれ、行き場がなかったという理由もあったが、彼らはあまりにも無知であったし、怖いもの知らずだった。怖がりなサクなら絶対に乗らないであろう話に簡単に乗ってしまうのは、この兄弟の性分であると言える。

「天下国家の為である!」

 戦争をさせる側は大層な御託を並べて、

「戦に勝てば家や土地、財産が手に入るぞ!」

 と、触れ回って兵員を募集したが、実際は戦の捨て駒でしかなかった。人海戦術的に大量投入され、まともに生き残れない。死ねば遺族への補償もない。

 馬車を武装させた戦車隊や騎馬隊は身分の高い指揮官クラスで、彼らは戦争をさせる側の連中で戦陣の後方にいる。

 最も危険な最前線に投入されるのは、家、土地、財産を餌に集められた歩兵たちだ。彼らは低い階級や階級の外の存在 ── 奴隷や外国人といった類いである。ヒカルとカヲルの天堂兄弟もその中にいた。

『こんなの詐欺だ!』

 戦場の只中でヒカルはそう思った。

「オッサン! 死ぬな、オッサン ── ッ !! 」

 血まみれの戦友の止血をしようとしたが、大量出血のため即死だった。盾で防いでいたカヲルが「ダメだ、置いて逃げよう! ヒカル」と、催促する。

「クソッ!」

 ヒカルとカヲルはどうにか戦線を離脱し、命辛々 逃げおおせた。

 戦死したのはヒカルたちに親切にしてくれた人間だった。彼には家族がいると聞いていたが、家族は働き手を失い路頭に迷うのか、妻なり娘が身を売るのか、その先は誰にも分からない。ともかく、戦場の混乱以前に捨て駒扱いなのだから、現実はそういうものでしかない。

「こんな国にいたってお先真っ暗だ。他を探そう、カヲル」

 二人は西へ向かった。日雇いの仕事でどうにか食い繋いだ。料理店の給仕や調理の仕事、カラヤ商店の人足のような荷運びの仕事、時には護衛もやった。ヒカルは食い意地張ってる分、調理の仕事にも才能を発揮した。カヲルは手先が器用で武器の修理もやった。しかし、給料を値切られたり、騙されて未払いという事もあった。労働条件が過酷で逃げ出した事も……。

 流れ流れて、今はレイに雇われて護衛をしている。給金もいいし、美人四姉妹と一緒の旅となれば、今までになく割のいい仕事だ。

 レイはおっかないが給金はキチッと払ってくれる。華夜美夜はふざけたトコはあるがカヲル好みの豊満な美貌の年上で、輝夜は何を考えているか分からない無愛想者だが喧嘩を売りさえしなければ平和にやっていける。サクは体が弱いけれどワガママを言わないし、御者のモーは人がいいので、人間関係の悩みも基本的にはない。

 そして、時々、顔を出す兄貴分のような存在も出来た ── 。



 今夜も、いつものようにサクを除いた三姉妹は夜遊び、レイは人脈作り、モーは息抜きに出ており、サクは宿の部屋に鍵をかけて寝ていた。

 廊下を忍び足でやって来て、サクの部屋の鍵を開けようとする人物がいた。鍵を鍵穴に差し込んだ、その瞬間 ──

「おっと、そこまでだ!」

 鍵を開けようとした連中に声をかけたのは、ヒカルだった。

「あれ〜、いいのかなぁ? 宿屋の人が合鍵使って女の子の部屋に忍び込むだなんて」

 ヒカルの傍らにいるカヲルが嫌味たっぷりに言う。

「あんたたち! 畳んじまいなッ !! 」

 宿屋の女将が亭主と下男に命じる。天堂兄弟が宿屋の亭主と下男相手にみ合っている間に女将が部屋からサクを連れ出そうとする。

「え? なにぃ? 嫌だ! 痛いッ !!  助けてー!」

 力一杯に腕をつかまれて無理矢理 引っ張り出されたサクが叫ぶ。

「ヤバイ! サクッ !! 」と、ヒカル。

 助けに行こうと思っても、この亭主と下男が思いのほか 怪力で二人ともてこずる。

ヒカル「この野郎!」

カヲル「しつこい!」

 女将がサクを連れて外へ出ようと振り返った、その時、女将のみぞおちに衝撃が走った。

「ローゼン!」と、ヒカルが声を上げる。

 ローゼンが気絶させた女将を壁際に置くと、

「力で負ける相手とまともに戦うな! とっとと急所を狙って倒せッ !! 」

 天堂兄弟を一喝する。

「ケッ! うるせー、兄貴面すんなッ !! 」

 ヒカルがローゼンへの反発心から力任せに亭主を押し返すと、股間を蹴り上げる。

「押してダメなら引いてみなっと!」

 カヲルは身を引いて横に力を逃がして下男の後ろを取り、首を手刀で叩く。

 宿屋の亭主、女将、下男を縛り上げた。

「近くまで来たからと思って、寄ってみて正解だった。まさか、こんな事になっていたとは」

 と、ローゼンが縄で縛るのを手伝う。

「いや〜、助かりましたよ」と、カヲル。

「お前、夜這いに来たのか」と、ヒカル。

「助けてもらっといて、なんだ、その言い草は」

「いててててて!」

 ローゼンがヒカルのこめかみを拳でグリグリと押さえた。

「お前たち、サクに気を取られて焦るのは分かるが、まず目の前の敵に集中しろ。瞬殺できれば充分に間に合う」

 天堂兄弟への説教もそこそこに、ローゼンは放心状態でへたり込んでいるサクの前にひざまずく。

「かわいそうに。腕が少し赤くなってる。後で冷やそう」

「立てるかい?」と、ローゼンに訊かれたサクは「……うん」と返事をしたものの、

「あ、あれ?」

 腰が抜けていた。ローゼンに部屋の寝台まで抱きかかえて運んでもらい、横になる。怖い思いをして、サクはぐったりとしていた。

「……あ、ありがとう」

 ローゼン自ら井戸水を汲んで来て、濡らした手拭いでサクの腕を冷やしてやった。

「あいつらは人買いだ。レイに雇われる前にも、こういう事件に遭遇した事がある。若い女は大概、色街に売り飛ばされるんだ」

 というヒカルの話に

「けしからん話だ!」

 と、ローゼンが拳を握り締めて激怒した。しかし、疑問も湧く。

「それにしても、これだけ騒ぎになっても人が出て来ないとは……」

 ローゼンの疑問にカヲルが答える。

「泊まり客の多くが夜遅くまで遊んでいて、帰って来ないからですよ」

「なるほど。その時間帯を狙っての犯行か」

 と、合点がいくローゼン。

「世の中、サクみたいなイイ子ちゃんばっかじゃねぇからな」

「そうだな。それに、ここの宿賃 安いけど、この一帯は治安が悪そうだし、何より ── 」

 ヒカルの言葉にうなずいたカヲルが指摘する。

「サクは可愛いから狙われたんだ」

「え? わたしが? まさか」

 カヲルにそう指摘されても、今一つピンと来てないサクに三人とも

『自覚が無いのかッ……!』

 と、あんぐり口を開けて驚く。一方でサクはこう思う。

『わたしぃ、美人でもないし、なんの取り柄も無いのに、それでも狙われるなんて、やっぱり世の中って…怖いなぁ……』

 そして、サクは思わず「はぁ…」と、ため息をついた。

 ローゼンが心配そうにサクの丸みのある おでこを そっと なでてやり、「ハァ……」と、溜め息をいて言う。

「心配だから、俺の部屋に泊まるかい?」

 一瞬、サクの目がギョッとし、すかさずカヲルが突っ込む。

「今の物凄く問題発言ですよ……。ローゼンさん」

「どさくさに紛れて、なんてコト言うんだ、てめぇ!」

「顔がいいからって、なに言っても許されるわけじゃないんですよ。分かってますゥ〜?」

 ヒカルとカヲルに散々非難され、

「えー。だってさぁ、レイも今いないし、ほっとけないだろう?」

 と、ローゼンがしれっと言い訳をする。

 年上のローゼンが年下の天堂兄弟に叱られるという滑稽な遣り取りを眺めているサク。

「そんな言い訳が世間で通用するかよッ!」

 ヒカルがローゼンの胸ぐらをつかむと、いきなり「ふっ」と、サクが吹き出すので、

「えっ !? 」と驚く面々にサクが笑って答える。

「だって、ローゼンが変な冗談ゆうから」

「えー……」

 サクに冗談だったのだと勘違いされ、全く相手にされていないローゼンの口からは情けない声が漏れる。

『ド…、ド天然って、強ぇ〜……』

 ヒカルは呆気に取られるあまり、ローゼンの胸ぐらから手を放していた。



 後でカヲルが役人を呼び、宿屋の前に人集ひとだかりが出来ているところへ、レイたちが帰って来た。

 この時には、サクはローゼンと天堂兄弟の滑稽な遣り取りを見て笑い、少し元気になった後だったので、寝台の上で上体を起こしていた。

「怖かったでしょう?」と、華夜がサクに抱き付き、

「あんた…、怪我してるの?」と、美夜がサクの腕に当てた手拭いを見て眉根を寄せ、輝夜は膝を突いて寝台に手を掛けて心配そうに上目遣いで見つめ、モーは「良かった、無事で……」と涙ぐむので、

「大丈夫、大丈夫」と、みんなに気遣って笑って答えるサク。

 レイはカヲルから経緯いきさつを聞き、ローゼンに礼を言った。

「それにしても怖い思いをしたわりには……、サク、元気そうだな」

 と、レイが不思議がるので、ヒカルがローゼンを親指で差して答える。

「まぁ、こいつがまたブッ飛んだコト言うからよぉ、笑って元気が出たんじゃねーの?」

「いったい何を言ったんだ? お前」

 と、訊くレイにローゼンは「ハハハ……」と苦笑いでごまかすと、宿の事を言う。

「それより、レイ。宿の事だが ── 」

「ああ、他へ移るよ」

「なんなら、うちの親戚が経営する宿屋にしろよ」

「高いんじゃないのか?」

「いや、心配ない。この札を持って行け」

 ローゼンが金の薄くて小さいしおりのような札をレイに渡す。それにはローゼンの左の薬指にはめた金の指輪の刻印と同じ、八重桜のように星を二つ重ねた紋章 ── カラヤ家の『二重星ダブル・スター』が刻まれていた。

「看板や垂れ幕に『二重星』がある店は宿に限らずカラヤの系列店だから、これを持ってたら割り引いてもらえる。ついでに俺の名前も出すといい。破格の待遇を受けられる」

「おいおい……。いいのか? こんな物もらって」

 さすがに気が引けるレイ。

「いいじゃんか。もらっとけよ」

「そうですよ。またサクがさらわれでもしたら大変ですよ」

 厚かましいヒカルとカヲルが口出しする。

「俺も心配だしな」と、ローゼン。

「……仕方ない。恩に着るよ」

 割引札を受け取ったレイは首筋をなでた。


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