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4-ⅱ)今昔〜妹たちとレイと

 華夜、美夜、輝夜はいつものように夕飯を男たちに奢ってもらった後、姿をくらまし、姉妹だけで安酒場で飲み直していた。

「ダメね〜」

 麦酒ビールを飲み干したグラスを「ドン!」と置いて、天を仰ぎ、

「この頃、寄って来る男はみッんな、しょぼい奴ばっかり! まともなのが一人もいない」

 と、美夜が嘆く。

「イイ男、どこにいるんだろう……」

 と、頬杖を突く華夜。

『華夜美夜、チャランポランだから無理』

 と、わらのストローでジュースを飲みながら、内心でつぶやく輝夜。

「特別、条件が厳しいわけじゃないのにね、わたしたち」

 と、華夜がツマミのナッツをポリポリと頬張り、

「おにィがあの顔だから、別に他人に顔の良し悪し求めるほどバカじゃないわよ、あたしだって」

 と、美夜が羊肉の串焼きにかぶり付く。

「わたしは年上ならいいわけだし」と、華夜。

「あたしは金持ち」と、美夜。

「カグ、強い男がいい」と、輝夜。

「全部ひっくるめたら、ローゼンじゃない、それ」

 と、美夜が突っ込む。

「あー、サクに抜かれるの〜? そんなの嫌よぉ、わたしぃ〜」

「大丈夫よ。サクのあの様子じゃ、ローゼンの事は眼中に無いわよ」

 一番年若い妹に先に結婚されるかもと落ち込む長女の華夜を次女の美夜が慰める。

 突っ伏して泣いていた華夜が急に思い出して言う。

「そうだ。ローゼンって言えば、巷の噂で聞いたんだけど──」


「絶世の美女を娶って長生きするのが俺の夢だ!」


「── って公言してるらしいわよ?」

「なにそれ、あの人、頭おかしいんじゃないの? “絶世の美女” って、夢見過ぎ」

 美夜がローゼンをけなすが、そんなローゼンに惚れたのは他でもない自分たちである。

「でも、よく考えたら、サク、大人になって化けたわよね。子供の頃はパッとしない顔だったけど」

 という華夜の指摘に、美夜も少々納得する。

「言われてみれば。それに、おにィもそんな感じだったなぁ。十代後半に入ってから美貌に磨きがかかるっていうか。今のサクは おにィと顔が似てるから、一応、美人には違いないか」

 「一応」という所に、美夜の負けず嫌いな性格が覗く。

「なんだか、サクばっかりいい思いしてるみたいで面白くないわぁ〜」

 と、再び突っ伏して泣く華夜を美夜が再び

「まぁまぁ、大丈夫だって。旨くいくわけないって」

 と、慰める。その傍らでボソッと輝夜がつぶやいた。

「サク、ローゼンに取られるのか……」



 8年前の事だ。郷里の島国『和の国』で母に説教される三人 ── 華夜14歳、美夜11歳、輝夜8歳。サクをけ者にして三人だけで町へ遊びに出ていた事を叱られていた。

「なんでサクを連れて行ってやらんかったんや!」

 と、母が三人を叱り付ける。郷里の言葉は和の国の西訛にしなまり。独特のイントネーションで、しかも、田舎言葉だ。

 ほっぺたが下ぶくれた “おたふく顔” のサク(8歳)は泣き疲れて、家の中で寝ていた。

「えー! そんなん言うたってぇ、どんくさいサク連れて行ったって、足手まといになるけん、こっちはおもしょーないわッ!」

 と、美夜がむくれっ面でソッポを向く。

「あんたら、サクの事どんくさいってバカにしよるけど、そうやって人をバカにしよったら、そのうち自分の身に返るで。覚悟しときな!」

 ドンッ!

 と、くわを地面に叩き付ける この母はレイやサクと同じく淡い栗毛だが、顔はレイやサクのような優しい顔立ちではなく、輝夜のようなキツイ目をしている。



 4年前、美夜(15歳)が

「世界一の踊り子になって大儲けして玉の輿に乗ってやるわ!」

 と、大陸に行くと言い出した。華夜(18歳)も「ええ男がなかなか見つからんし、わたしも大陸、行ってみようかな〜」と、軽いノリで言う。

「踊り子ぉ〜? 別にええけど、チャランポランな あんたらだけやったら心配やなぁ。レイ、あんたも付いて行ってやりな」

 母にそう言われたレイこと麗照(21歳)は難色を示す。

「え〜、俺もォ? 田んぼや畑、どうすんや」

 美しい顔のレイだが、所詮は田舎者。めちゃくちゃ訛っている。

「心配ない。わたしも父さんもまだ元気やし、親戚の手ぇも借れるし、せっかくやきに若いうちに行っといで。レイは時々、拾うた石をお金に換えよるやろ? あんた、ええ眼もっとんやきに、旅先でそれ仕事にしたらええがな」

 囲炉裏を囲んでいる家族の面々の中で一番、影が薄い父は母の言う事に異論を唱える様子はなく、優しい顔で「にこにこ」と黙って聞いている。

「輝夜とサクも連れて行きな」と、母。

「なんでぇ。頑丈な輝夜は分かるけど、サクは体 弱いのにぃ」と、レイは反対する。

「えー、行きとうないぃ……」気乗りしない小柄なサク(12歳)。

「カグ、どっちでもええ」無愛想な輝夜(12歳)。

 二人は双子とは言え、ちっとも似ていない。身長差もある。“おたふく顔” だったサクもすっかり様子が変わった。

「ええきに、サクも連れて行き。その方が絶対ええ事あるで?」

 根拠は言わないが、ニヤリと笑う母。


 旅に出る直前には母にこう言われた。

「レイはしっかりしとるきに、わたしから特に言う事はないわ」

「華夜、美夜、輝夜。あんたら三人共、負けず嫌いで自分勝手やきん、そのぶん苦労するやろうけど、自分らで なんとかしな」

 と、華夜、美夜、輝夜に共通の事を言い、三人それぞれには

「華夜は “へらこい” とこ直しな」

「美夜はめちゃくちゃ欲張りなとこがいかん」

「輝夜は我がの方が強いきんゆうて、男をバカにしとるとこがある。一遍、その天狗の鼻を誰かにし折られたらええ」

 と、忠告したが、三人は「耳タコ〜」と、うんざりして、応えた様子はない。

「サクは真面目過ぎるとこを気ぃ付けな。あんたの場合、笑顔一つで何人もの男を手玉に取るぐらいでないといかん」

 真面目なサクは「そんなん悪い人のする事じゃわ」と、理解に苦しむ。

「まぁ、そのうち分かるわ」

 と、母は意味深に言う。

「みんな、体に気ぃ付けぇよ? ほんでなぁ──」

 などと、父が娘たちに色々と旅先での注意事項などを話している間に、母は少し離れてレイにだけ伝える。この時、母はサクの事を本名の『サクヤ』の音で呼ぶ。

「サクヤは もう顔が変わってきとる。顔の輪郭やこ、“おたふく” やったんが、去年あたりからシュッとしてきたわァ。これからますますベッピンになるきんで、あんたはサクヤに寄って来る悪い虫を全ッ部、追っ払うんやで。ええな?」

「まぁ、サクヤだけは男を叩きのめす腕力無いきん、俺が気ぃ付けとくわな」

「とにかく、あの子の相手選びだけは慎重にな。酒や博打や女に溺れるような遊び人もいかんけど、力でねじ伏せてくる奴やこ、もってのほかじゃ!」

 そう言うと、母は顎をつまんで一度まぶたを閉じ「そうやなぁ……」と つぶやくと、再び開いた両目だが、左眼だけが一瞬だけキラリと光る ──。

「欲の無い綺麗なぇした人がええわ。それ以外は絶対にいかん!」

 と、ハッキリと言い切る。

「そななんどうやって見極めるん? 母さんとちゃうのに」

「大丈夫やって。あんたやったら分かるわ。あんたみたいな真面目な人間を探したらええんや。ついでに言うたら、その人はサクヤにベタ惚れんなるで?」

 予言めいた事を言う母。

「ベタ惚れなぁ……」

 まだ幼い感じのサクを見て、正直、ピンと来ないレイ。

 美夜が意気込んで出発の言葉を放つ。

「行くでェ! 大金持ちの男つかまえに!」

 こうして、レイたち兄妹は たんぽぽの綿毛と共に大陸へと旅立ったのだった。



 そして、結果的に母の言うとおりになっていた。華夜、美夜、輝夜の色気はローゼンにだけは全く通用せず、そのローゼンはと言うと、どんくさいサクに首っ丈であるのだから、世の中 分からないものである。

 高級酒場に来ていたレイだったが、今夜はこれといった商談の客が見つからず、独りでカウンターで飲んでいる。

 久々に故郷での事を思い出し、心の声も訛る。

『あん時、母さんが言いよったんは、どうせ、ローゼンの事や。頭では分かっとる、その方がええって。頭では、頭では、頭では分かっとんやけど、……まだ、心ん中では認めとうないッ!』

 そう思い、レイは頭を抱えた。旅に出てから父親代わりをしてきたレイの胸中は複雑なものであった。

 宿へ戻ろうと店を出て、通りを歩いていると、人と肩がぶつかった。と言うより、向こうから、わざとぶつかって来た。

「お〜っとぉ、お姉さん。ぶつかっといて、『ごめんなさい』はないのかよ?」

 と、絡んでくる酔っ払いの男たちを、レイが睨み返す。

「今夜は俺、機嫌が悪いんだよ」

 虫の居所が悪いレイは肩をつかんできた男の手の甲をかなり強くつねった。痛さから手を放す男。

「なんだ、てめぇ!」

「ひょっとして、男か?」

 反発してくるレイを不愉快に思ったり、声で男と気付いてガッカリする男たち。

「だったら、なんだよ。売られたケンカは買ってやるぞ。かかって来い!」

 珍しくレイから挑発して拳を前に構えるが、

「いい度胸だな、てめぇ」

「バラしちまえ!」

 男たちは拳でなく、抜刀した。

『こいつら、これしきの事で人、殺す気か!』

 さいな事で人を殺すようなやからになどレイは容赦しない。瞬時に最初の標的を決めると素早く抜刀して斬り付け、次を叩きに行く。その俊敏な判断力と動作に誰も対応できない。酒を飲んでいるとは思えない見事な一撃必殺の剣である。あっという間に最後の一人も斬り捨てた。

 ガチッと剣を鞘に納めると、どよめき、おののく群衆を尻目に、レイは長居は無用と足早にその場を去る。

「チッ。つまらんケンカしてしもうた!」

 人混みに紛れ、別の通りに入ったレイは頭をかきながら、思わず訛りで つぶやいていた。

 戻ってみると、宿屋の前に人集ひとだかりが出来ている。華夜、美夜、輝夜、モーもそこにいた。

「なんだ? この人集りは」

 と、妹たちに訊ねるレイ。

「兄さん!」と、声を上げる華夜。

「なんか、宿屋の人間が役人に連行されたって」と、美夜。

 群衆の中から途切れ途切れに聞こえる声。

「どうしよう。他の宿を今すぐ探さなきゃ」

「まさか、宿屋の人間が……だなんて」

「女の子が……」

 レイは背筋が凍り付くような嫌な予感を覚えた。

『まさか! サクヤの身ィに ── 』


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