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4-ⅰ)今昔〜サクと兄とその友と

 サクは郷里にいた頃も、旅の行く先々でも、出会った人々の愚痴や悩み事を聞かされてきた。それは兄や姉たちが仕事でいない時や、輝夜が勝手にふらりと何処どこかへ行ってしまった時など、サクが独りになっている状況が多かった。

「つい、友達にキツイこと言っちゃって……」

「意地悪するのをやめたいって思ってるんだけど、どうしても…やめられないんだ……」

 などと、友人関係で悩む同じ年頃の少年少女たち。

「長男を若くして亡くしてね……。凄く頭のいい子で出世頭だったのに、運の悪い事に事故に遭ってしまって……」

 雨宿りで居合わせた白髪の老婆は子供に先立たれた悲しみを打ち明けた。

「最近の若い者は自分勝手で困る! わしの若い頃なんざぁ……」

 道中の茶店で隣り合わせた初老の男性から くどくどと愚痴を聞かされた事もあった。

「駆け落ちまでして結婚したのに、結局、旨くいかなくて捨てられたのよ……」

「旦那が浮気しててさ……」

「姑と反りが合わなくてね……」

「ほんとはね、旦那の子じゃないの……」

 などと、結婚や家庭の悩み、言えない秘密を抱える若い女性たちや中年の女性たち。

「正直、娘が考えてる事が分からなくてねぇ……」

 中年男性は年頃の娘に相手にされないでいる事に悩んでいた。

「こんな化け物みたいな顔、気持ち悪いだろ? 事故でこんな顔になってしまってね……」

 旅の途中、同じ船に乗り合わせた中年の男性は顔に大きな火傷やけどを負っていた。

「異性を好きになれなくてね。この国じゃ、この事を知られたら……」

「同性が好きだってバレたら、殺されてしまうから、男の人と結婚しなきゃいけないの……」

 家族にも本心を打ち明けられずに苦しむ人たち。

「うちの親、仲が悪いんだ……」

 と、親の不仲で心を痛める年下の子。

 サクは様々な場面で様々な年齢や立場の人たちに出会った。中にはとんでもない秘密を打ち明ける者までいたが、それは全て彼女の話しやすい雰囲気がそうさせていたのかもしれない。

 そして、サクは人々の悲しみをたくさん聞いてきた分、年に似合わず、どこか大人びた考えを持っていた。さらには、

『わたし……、話を聞くだけで、なんの役にも立ってない……』

 と、無力感にさいなまれる事も。

 だが、今のサクの傍らには目付きの悪い護衛のヒカルとカヲルの天堂兄弟が付いているので、そういう事はなくなった。が、たまに

「あら、お嬢ちゃん、可愛いわね。お菓子あげる」

 と、見ず知らずの優しげなお婆さんに声をかけられる事もある。それぐらいサクは人に警戒心をいだかせない。

「え? いいの? ありがとう」

 飴玉の入った小さな袋をもらった。

 サクから分けてもらった飴玉を口の中で転がすヒカル。カヲルは「僕は後でいいよ」と断る。サクも『お昼前だから』と思い、袋を閉じる。

 歩きながら、カヲルが言う。

「なんか、サクは『歩くオアシス』だね」

「ええ?」

「サクがいると、それだけで “心がなごむ” っていうかぁ、そんな感じ」

「そうかなぁ?」

 カヲルに言われても、サクには自覚が無い。ローゼンがレイに


「サクは俺にとって『心のオアシス』だ」


 と、言っていたように、他の人たちにとっても、サクの存在そのものが “心を癒す” ものではあったが、当の本人には「人の役に立ってる」という実感がまるで無かった。

「あの兄妹の中ではお前が一番まともかもな」

 と、飴玉をほっぺたに移動させて喋るヒカル。

「ところで、お昼どうする? どの店にしようか?」

 と、カヲルが言うと、

「こんな時にまた、あの野郎、出て来ないだろうなぁ?」

 手をかざして首を横に振り、視線をキョロキョロとさせて警戒するヒカル。

「ローゼンの事?」と、サク。

「他に誰がいるんだよ。お前さぁ、あいつには気を付けろよ?」

 と、忠告するヒカルにサクはキョトンとして訊く。

「なんで?」

「なんでって、どう見たって下心見え見えだろ、あいつ」

「えっ!? まさか。そんなわけないよ」

 『信じられない』という顔をするサク。

「お前、ローゼンを信用し過ぎだぞ」

 と、ローゼンを警戒するヒカルにサクは言う。

「信用し過ぎって事はないよ」

「はぁ!?」と、ヒカル。

「だって、お兄ちゃんは人を見る目が相当 厳しい人だから。モーさんだって、ヒカルとカヲルだって、悪い人じゃないから、お兄ちゃんは一緒に旅ができると思ったわけだし。そのお兄ちゃんが親友とまで言うのなら、一番 間違いないよ」

 と、言い切るサク。これにはヒカルもカヲルも啞然とする他ない。

『ダ、ダメだ、こりゃ。前言撤回だ。一番まともどころか、こいつはド天然だ!』

『レイさんを信じ切ってるのが裏目に出てる。これじゃ、飛んで火に入る夏の虫だよ〜』

 この日はローゼンが姿を現す事はなく、事無きを得た。



 レイが “あの男” と初めて出会ったのは、とある街の高級酒場だった。

 レイはいつものように金持ちが寄り集まる、このような社交場へ人脈作りの為に足を運んでいた。レイの腰に長剣が下がっていないのは、入り口で店の者に預ける決まりだからだ。

「おー! また、60点だ」と、レイの腕前に驚く客たち。

 レイがダーツに興じていると、隣の的の前に誰かが立った。いきなり、60点すなわち20点の筋にある狭いトリプルに当てたかと思うと、次に、ど真ん中を突いた。最初はまぐれかと思いきや、残りの矢も点数などお構いなしに、ど真ん中の矢の周りを囲むように意図的に中心部へ命中させた。客たちからも歓声が上がる。

『驚いたな……。あのコントロール、俺と互角じゃないか』

 と、レイが感心し、隣の的の男をよく見ると、若かった。

年齢としは俺より少し上かな?』

 レイと同じくらい長身で、少しキリリとした眉目と品良くスッと通った鼻筋、口元もだらしなさのない締まった感じで、全体的にスッキリとして凜々しい顔立ちだ。服装はこんないい酒場に出入りするような金持ちとは思えない質素な身なりで、左手の薬指の金の指輪だけは相当な代物のようだと見るレイ。

『それにしても、いいよなぁ〜。俺もこんな顔に生まれたかったぁ……』

 と、美女も青ざめて逃げ出したくなるほどの女顔のレイからしてみれば、溜め息つきたくなるほど羨ましい限りだ。

 レイが隣の男に近付いてみると、

『香水の匂いはするけど、キツくない』

 と、意外に思った。異国の人間は体臭をごまかす為か香水の匂いがキツイからだ。

「あんた、やるな」と、レイが握手を求めると、「君こそ、やるな」と、隣の男が微笑して握り返す。その手にレイはハッとする。

『遊び慣れてる奴かと思ったら、剣ダコ ──?』

「あんた、ダーツ得意なんだな」

 と、レイが訊くと、

「弓に比べれば楽勝さ」

 と、男は爽やかに笑った。

「へー。道理でガタイがいいはずだ」

 レイは『剣の他に弓もやるのか。武芸の達者な奴だな』と、興味をいだく。

「もう一勝負しないか?」と、レイはカードゲームに誘う。すぐに勝てると思い、「三連勝した方が勝ちでいいよな?」と提案すると、「よし」と男は応じた。

 カードを抜きながら、レイが

「ところで、あんた年齢としはいくつだ?」

「今年で25だ」

「なんだ、同い年か。なんの仕事してんの?」

 などと、相手の事を訊き出していく。

「行商だ」

 と答えた男は「中央地域を手広くやってる。今はこの南東部一帯の街々をウロウロしているところだ」と言い、「そういう君は?」と、聞き返してきた。

「俺は旅をしながら宝石商をやってる。俺一人の個人経営だけどね」

「え? 宝石商にしては君、ずいぶん地味な格好だな」

 と、行商の男はレイの出で立ちを見て驚く。レイも行商の男と同じく、あまり宝飾品を身に付けていないし、服も動きやすさを重視した質素な物だ。

「まぁ、俺は身に付けるより、売る方が仕事だから。ところで、あんたの指輪は純金だよな?」

「お! 分かるかい?」

 行商の男はレイの眼力に興味を示した。

 ゲーム中に、酔った客がレイに絡んできた。女と間違えて横から抱き付いたのだ。

 ゾッとしてカードを落としたレイが反撃しようと思った矢先、行商の男がサッと立ち上がって酔った客の腕をつかんでねじ上げ、レイから引き離した。

「失礼だろ! 少しはわきまえろ」

「いてててててッ!」と、客は悲鳴を上げると、「うるせー、バカ野郎!」と捨て台詞を吐いて酒場を出て行った。

「全く! 品の無い客だな」

 行商の男は憤慨しつつも、ドカッと腰を下ろすでなく、上品におもむろに席に着く。その様子にレイは

『ふ〜ん……。頭に来ていても冷静さを失わない奴だ』と、感じ入る。

「悪いね」と礼を言われて、

「いや。しかし、君、大変だな」と、レイを気遣う行商の男。

「ハハハ……。いつもの事だ。この、女のような顔は生まれ付きだからな」

 頬杖を突いて苦笑いするレイに

「だから、剣術を?」

 と、行商の男がカードを切り直しながら訊ねる。

「え?」と、レイが頬杖していた手の平から顔を離す。

「剣ダコだよ。さっき握手した時」

 行商の男に指摘され、レイは「ああ!」と、驚きの声を上げて自分の手の平を見て、

『気付いてたのか。油断ならん奴だな』

 と思う。

「まぁ、自分の為もあるが、守ってやらないといけないのが、一人いるんでね」

「そうか……」

 レイの『守ってやらないといけない一人』について行商の男はそれ以上、追及しなかった。

「それより、あんたはいいよな〜。その顔ならモテるだろ?」

 レイにそう言われて、行商の男がカードを配り始めた手を一瞬、止めた。

「は? モテた事はないけど」

「またまたぁ〜」

「………」

 行商の男が真顔で黙々とカードを配るので、謙遜でないと気付いたレイはドン引きする。

『こいつ、絶対、ド天然だろ!』

 そして、レイは妹のサクを思い出し、呆れた。

『あぁ、こういう変なトコで鈍い奴、ごくごく身近にもいたなぁ……』

 今度は反対に行商の男が質問してくる。

「そういう君の方はどうなんだ? モテないのか?」

「ああ……。俺の場合、男からは嫌らしい目で見られるし、女からはドン引きされて逃げられる ── まさしく呪われた顔だよ」

 カード片手に、もう片方の手で自分の顔をペチペチと叩くレイ。

「……そんなに大変なのか」

 想像よりも苦労していると知って、同情した行商の男は謝る。

「すまない。悪い事を訊いたかなぁ」

「いや。いいよ」

「それじゃあ、さっきの守ってやらないといけない人というのは、恋人じゃないのか?」

「家族の事だ。体の弱いのがいてさ」

「それは…心配だな……」

 気を遣わせたな、と思い、レイは話をらす。

「まぁ、でも、うちは家族仲はいいから、まだ恵まれてる方かもな」

「そうか。俺は概して人には恵まれているとは思うが、対等に付き合える人間というのは、なかなか、いないな……」

 行商の男の顔が少し寂しそうにレイの目には映った。行商の男は自らの境遇を語り出す。

「兄弟とは仲は悪くはないが、深い部分では話が合わないし。うちの人足たちも気のいい連中ばかりだが、俺は仕切る立場にあるから対等というわけにもいかない。唯一、話の合う従兄弟は色々と事情があって、今は気軽に会えなくてね……」

「ふ〜ん……。あんたも大変そうだな」

 レイの中で同情心が芽生える。ゲームをしながら話を聞くうちに、行商の男に対して親近感も覚え始め、レイも自分の境遇について愚痴り出した。

「俺も “きょうだい” とは話が合わないんだよなぁ……。女ばっかだからさ」

「君の所は姉妹が多いのか。にぎやかでいいじゃないか」

「そうでもないぞォ? ほとんどの奴がオテンバで、おまけに『ピーチク、パーチク』雛鳥みたいに全員うるさいし、あんなのに囲まれてみろ、うんざりするぞォ」

「ハハハハ。でも、楽しそうだな」

 行商の男はレイの明るい表情から言葉と裏腹な面を察して、爽やかに笑った。

 楽しい雰囲気でゲームが進む中、レイが訊ねる。

「ところでさ、行商って言ってたけど、生まれはどこ?」

「『ファルシアス』の中部の出身だ」

 それを聞いて、レイは行商の男が

『この国の人間か。しかも、中部は王都がある地域だ。意外にも都会人なんだな』

 と、知る。

「君は?」と訊かれて、レイも答える。

「俺は東洋から来た」

「えっ!?」

「なんだよ?」

「いや…、あんまり東洋人っぽくないなと思って」

 行商の男が驚くのも無理はない。レイのような人間は黙っていれば西洋人のようにも見えるからだ。

「まぁな。俺、故郷でも背が高い方だし、おまけに髪の色も明るいから浮くんだよな」

「じゃあ、故郷ではイジメられたんじゃないのか?」

「いや。俺は強いから平気だ。イジメに来た奴は みんならしめた。もちろん、弱い妹をイジメる奴もな」

「へー。やるなぁ……」

 行商の男はレイの自慢げ無くサラリと言ってのける所に感心する。しかも、言っている事はレイの美しい顔に似合わず男らしい。

「あんたもケンカは強い方かい?」

「さぁ…、どうかな?」

 レイの問いに行商の男は手に持ったカードで口元を隠し、片目を閉じて言葉を濁したが、どこか自信ありげに見える。

「でも、勝負では負けないぜ?」

 と、行商の男が断言したので、レイも張り切る。

「おっ! 望む所だ!」

 ふと、レイが訊く。

「あ…、なんか賭けるか?」

「いや。俺は賭け事はやらない」

「真面目だな」

「ギャンブルで破滅した人間を何人も見てきたからな。それに俺は商人だ。カネは賭ける物じゃなく儲ける物さ」

「おー、なるほど」

 行商の男の言葉に妙に納得したレイが奇妙にも思える発言をする。

「俺も基本、賭け事は好きじゃない。賭ける時は “勝つ” と分かっている時だけだ」

「なんだよ、それ。賭けにならないじゃないか。それともイカサマか?」

「ハハハ。イカサマなんかやらんよ。俺、手堅い方が好きなんだ」

「なんだ、気が合うな」

 と、行商の男も笑う。

 なんやかんやと男同士の対等な会話をしながら、勝ったり負けたりを繰り返し、ついに二連勝すら出なかった。結局、カードゲームでも勝敗付かず。

 何も彼も対等すぎて、

レイ『……あり得ん』

行商の男『こんな事は……初めてだ』

 二人とも頭を抱え出した。

「……どうなってんだ。大体、『色男 金と力は無かりけり』っていうのが普通だぞ。実力も運も強いって、なんなんだよ、お前!」

「そいつは こっちのセリフだ! そんな優しげな顔してダーツは外さないし、勝負強いし。これじゃあ、詐欺みたいなモンだ」

 キレるレイに言い返す行商の男。双方とも『楽勝だ!』と思っていたら、当てが外れたのだ。

「もう、朝が来るな。そろそろ、やめにしないか?」

 うんざりした様子で行商の男が言い出し、

「あ〜、もう、やめたッ!」

 最後はレイがを上げて、カードを投げて降参した。

 別れ際、行商の男が名告った。

「俺の名はローゼン。カラヤ・ローゼンだ」

「俺はヅキ麗照レイショウ。レイでいい」

「レイ、お前は面白い奴だな」

 と、言われて、レイは一瞬、目を丸くした。

「……面白いか。初めて言われたな。俺もお前が気に入ったよ、ローゼン!」

 と、レイに肩を叩かれて、ローゼンは「そうか」と、屈託無くニコリと笑う。

「また会おう、レイ」

「ああ」

 握手を交わして、ローゼンと別れた後に気付いたレイ。

「あっ…、ああッ!?」

 と、驚きの声を上げて振り返ったが、ローゼンの姿はもうなかった。

「カラヤって、豪商のカラヤ ──。なんてこった……」

 レイは朝焼けの路地で、しばらく呆然と立ち尽くした。その後、自分の後頭部をかいて、

「ふ〜ん……。ホント、変わった奴だなぁ」

 その顔に自然と笑みがこぼれていた。

 こうして、南東部の街々の高級酒場で何度かローゼンと出くわすうちに、妹三人をくれてやると約束した後、レイの知らない所でローゼンとサクが出逢うのである。


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