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3-ⅲ)徒花〜麗しく咲く

 この日の午後は服を買いに出たサク。レイにサクの用心棒として雇われたヒカルとカヲルの天堂兄弟も付いて行く。

「ごめんね。買い物に付き合わせて。そろそろ服が買い替え時になったから」

 と、サクが擦り切れた服の袖口を見せると、カヲルが手を横に振る。

「いいよ、いいよ。気にしないで。僕たちはレイさんからお給金もらってるからさ。これも仕事だよ」

「そうそう。お前になんかあったら、俺らクビだからよぉ」

 と、ヒカルが自分の首を親指で切る仕草をする。

「そう言えば、サクは華夜さんたちの公演は観に行かないの?」

「人がたくさん集まると危ないから、行けない」

 と、カヲルに答えるサクは首を横に振ると、「わたし、どんくさいから」と言う。

 服屋に行く途中、三人は雑談しながら歩いた。

「二人とも凄いなぁ。わたしじゃとても生きていけないかも。お父さんもお母さんも早くに亡くして、二人っきりの生活だなんて……」

 ヒカルとカヲルは早くに親と死別しており、それでも逞しく生きている姿に感心するサク。

「ま、俺らだから出来た事だな」

 サクに「凄い」と言われて調子に乗り、胸をらせて ちょっと偉そうなヒカル。

「それに俺らの場合、大陸のメシは合ってたかもな。美味いもん食って背も伸びてガタイも良くなったし」

 ヒカルもカヲルもせ型だが、筋肉質でガリガリというわけではない。背も東洋人のわりに高い方だ。ヒカルの言うように大陸の食べ物が体に合っていたのかもしれない。

「まぁ、僕たちは何でも食べられるしね〜。ところで、サクの家族は兄妹きょうだいだけ?」

 と、カヲルに訊かれ、サクも自分の家族の事を話す。

「わたしのとこは、お父さんとお母さんもいるよ? 和の国に」

「なんで兄妹だけで旅を?」と、訊くカヲルに

「それがね、美夜お姉ちゃんが ──」

 サクはこの旅が次女・美夜の野心が発端だと話す。


「世界一の踊り子になって大儲けして玉の輿に乗ってやるわ!」


 それを聞いたヒカルが

「……あの派手派手の栗毛の姉ちゃんらしい発想だな」

 呆れたように言うと、サクが困り顔で話を続ける。

「それで、お母さんがお姉ちゃんたちだけじゃ『心配だ』って、兄妹みんな付き合う破目になっちゃって。それにね、立派なおうちに嫁いだら嫁いだで、苦労するのは目に見えてるのに。もうちょっと現実を見てほしいんだけどなぁ」

「お前、意外と苦労性だな……」

「どっちが姉か妹か分からないね……」

 ヒカルとカヲルにそう言われ、

「お兄ちゃんにもよく言われる。ふふ…」

 と、サクは手で口元を隠して微苦笑し、


「三人があんまりチャランポラン過ぎて、サクが『ちっちゃな長女』みたいになってしまったな」


 と、苦笑いするレイの言葉を思い出す。

 途中でコーヒーブレイクに出て来たローゼンと出くわした。

「まーた、お前かよ」

 と、うんざりするヒカル。

「なんだ、“お前” とは。少しは目上を敬えよ」

 サクには「呼び捨てでいい」と言っておきながら、ヒカルには高圧的な態度を取るローゼン。不穏な空気を察したカヲルがローゼンに訊ねる。

「ローゼンさんは、また、なんでここに?」

「休憩だよ。コーヒーでも飲もうかと思ってさ。君たちは?」

 サクの服を買いに行くと聞いて、ローゼンは

「じゃあ、俺も付き合うよ」と、図々しげに言い出す。

「そんな暇あるのか、お前? ちゃんと仕事してんのかよ」

 ヒカルが牽制するが、ローゼンは「ニヤリ」と笑って返す。

「大丈夫。俺は要領がいいんだ」

 結局、ローゼンに押し切られた。



 服屋で試着をするサク。カーテンを開けて試着室から出て来ると、ヒカル、カヲル、ローゼンも思わず、目を見張る。

「うわぁ、綺麗だなぁ〜。お姫様みたいだ!」

 カヲルは率直に感想を述べるが、ヒカルは照れて それが出来ない。赤らめた顔の口元を手で覆うのが精一杯だ。

 さなぎから半分出かかっていた蝶がその姿を完全に現したかのようなサクの姿に感動するローゼンだったが、ヒカルの反応を見て内心で危ぶむ。

『かえってマズイ事したかな……。ただでさえ、うっとうしいヒカルがいるのに、悪い虫が増えてしまう……』

 感動する三人とは逆に、サク本人はお気に召さない様子で、試着室の鏡に映る自分の姿に顔をしかめる。

「……なんか派手だなぁ。やっぱり他のにした方がいいかも。ね?」

 サクがローゼンが選んだ服を断ろうと思って、

『ローゼンさん……』と呼びかけようと、

「ローゼン」と言ったところで、ローゼンがサクのくちびるに人差し指を当てて、言葉を止めた。

「 “さん” は要らない。君は男にかしずいてはいけないよ。手玉に取るぐらいでないと」

 ローゼンの表情は微笑のような、憂いのような淡い雰囲気に包まれている。サクは不思議な感覚に見舞われた。

『不思議……。お母さんと同じ……』

 それは旅に出る前に言われた母の忠告だ。


「……笑顔一つで何人もの男を手玉に取るぐらいでないと……」


『なんで、この人も同じ事ゆうんだろう? それに、お母さんがゆった意味もまだ分からない……』

 サクが茫然としているうちに、ローゼンが会計を済ませてしまっていた。

 ローゼンにキザな事を言われてサクがのぼせていると勘違いしたヒカルは

『あの野郎、ムカつく!』

 と、内心でローゼンに腹を立てていたのだった。



 カフェまでの道すがら、悪い虫を付けたくないローゼンはサクの左手を取り、

「悪いけど、君、危なっかしいからさ。手をつながせてくれ」

 サクは「うッ」と、小さく声を上げて

『すぐ人にぶつかりそうになる どんくさいところ、バレてるぅ……』

 と、勘違いし、気まずそうに手をつながれる。

 手をつなぐ二人の後ろを、ヒカルは

『なんで手ェつなぐの断らねぇんだよ!』

 と、口に出せないまま仏頂面で、カヲルは気まずそうに付いて歩いて行った。



 カフェで一服。

 ローゼンはサクに「でれでれ」で、ゼリーを乗せた銀のスプーンをサクの口に運んでやろうとする。

「いい、いい。自分で食べれる」

「いいから、いいから」

 サクとローゼンのり取りに当てられて、ヒカルもカヲルも気恥ずかしい思いをする。

 サクがお手洗いで中座すると、

「女にひざまずいたり、かしずいたり、お前、男としてのプライドねぇのかよ?」

 ヒカルがローゼンに半ば呆れ、半ば軽蔑の眼差しを向けて言う。

「無いね」

 と、カフェオレのカップを片手に、キッパリと答えるローゼン。とてもキザな二枚目とは思えない発言だ。

「こりゃまた、言い切りますねぇ〜」

 そんなカヲルの嫌味ですら、ローゼンは意に介さない。「フン!」と鼻息つくと、こう言い返した。

「俺は彼女がひざまずけと言えば跪くし、足をめろと言えば舐めてやるぐらい、なんて事はない。足の爪だって喜んで切ってやるさ」

「プライド、ゼロだな。お前」

 ローゼンを下僕のようだと馬鹿にするヒカルに対しては

「なんとでも言うがいい。俺は15の時から家業に携わり、足掛け11年になる。その経験上、せっかくのチャンスは決してのがさないと決めている。お前みたいに つまらないプライドや意地にこだわったところで損をするだけだ」

 と、外見は商人に見えなくとも、やはり商人らしく「名を捨てて実を取る」と言うローゼン。

「んなッ……!」

 馬鹿にしていたローゼンに「お前みたいに ──」と逆に馬鹿にされ、言葉に詰まるヒカル。テーブルに置いたヒカルのカップには大人ぶって注文した苦いブラックコーヒーがある。

「そもそもだ ──」

 ローゼンはカップを置くと、上体を乗り出して、天堂兄弟に諭す。

「もし、サクの方が男にかしずいたりなんかしてみろ。人がいいあの子の事だ。無理をして潰れてしまうに決まっている。こういう場合は強い人間が主導権を握るべきじゃない。弱い彼女が男を手玉に取る側でないといけないんだよ」

 ローゼンの鋭い指摘に返す言葉もない。人生経験の年数においても質においても彼には敵わない。

 ローゼンは背もたれに上体を預けて長い脚を組む。

「つまり、サクのような子と付き合うには、真綿で優しくくるむような包容力と、鋼のような強靱な理性がないとな」

 自分にはその資格があるとでも言わんばかりに自信満々なローゼンに反感を抱くものの、

『クソッ、カッコつけて偉ッそうに……!』

『でも、ごもっともで反論できない……』

 ヒカルもカヲルも太刀打ちできない。

「い、嫌だ!」

 席に戻ろうとしたサクが男性客に絡まれて、声を上げた。腕をつかまれて逃げられない。

「いいじゃんか、お嬢ちゃん」

 と、男性客が調子に乗っていると、サクの背後に鬼のような形相のローゼン、ヒカル、カヲルが現れる。三人とも剣のつばに親指をかけて「カチッ…」と鯉口こいぐちを切った。

「女の子をいじめるなんて、趣味悪いよ、オジサン」

 と、カヲルが嫌味な言い回しをする。

 抜刀しようとする三人を見て、男性客が青い顔でサクの腕を放した。

「す、すすすすす、すみません……」

 謝る男性客にヒカルが凄む。

「今度やったらタダじゃ置かねぇぞッ!」

「よく覚えておけ。この子に手を出したら、カラヤ家が黙っていないぞッ!」

 ローゼンがカラヤ家の紋章入りの指輪を見せると、男性客は悲鳴を上げて慌てて帰ろうとしたが、

「こらこら、オッサン。代金払ってけよ」

 と、ヒカルに呼び止められて自分の代金をテーブルに置くと、足をもつれさせながら急いで逃げ帰った。それを見届けると、三人は鯉口を切った剣をガチッと戻す。

 ほっとして「あ、ありがとう……」と言うサクを見て、ローゼンは

『予感的中。悪い虫が増えたか……』

 頭をかいて、溜め息をいた。



 宿に帰った踊り子の姉らと兄のレイ。先に帰っていたサクの姿を見て驚く。

「どうしたの !? その格好」と、訊く華夜に

「ローゼンが…買ってくれた……」

 気まずそうに答えるサク。

「なぁ〜んか、花嫁さんみたいねぇ」と、からかう美夜。

 寝台の上で横座りになり、キラキラとした衣装を身にまとった美しい妹を見て、

「本当に…、ローゼンに何も…されてないのか……?」

 と、不安げに訊くレイ。

「なんにも……、って、ローゼンって、お兄ちゃんの親友でしょお? なんで疑うの?」

 不審がるサクに

「そりゃ……」と、言いかけて、

『ローゼンがお前に本気だからだ、などとは絶対に言えん。寝た子を起こすような事になる』

 そう危惧したレイは

「う、疑ってはないぞ、疑っては。念の為に訊いただけだ」

 無理矢理ごまかした。

 はたで見ている華夜美夜は愉快そうに

「こりゃ、ホントの事ますます言えないわね」

「言わない方が面白そう……ぷ、くくく」

「兄さん、サクを守ろうと必死だし」

「ローゼンはローゼンでサクの気を引こうと必死な感じが目に浮かぶわ。ウケるぅ」

 などと、ひそひそ話す。

「それよりぃ、ローゼンに高い服 買ってもらったり、おやつをご馳走になったりしたから、何かお返ししないとぉ……。お兄ちゃん、どうしよう」

 と、困惑した様子のサクがレイに相談する。サクは姉たちと違い、お返しの心配をする真面目な性格である。

「それは俺がなんとかしておくよ。お前は気にするな」

「うん……」

『あいつら、何やってんだ。全く!』

 と、レイは内心で天堂兄弟に腹を立てる。

 輝夜はブスッとした顔でずっと無言だった。



 レイは天堂兄弟らと泊まる部屋に戻るなり怒鳴った。

「この役立たずがッ!」

 ヒカルは仏頂面で黙っている。

「ローゼンさんの方が大人だし、僕らじゃ歯が立ちませんよ」

 お手上げだと言うカヲルが

「あの人、脇目も振らずにサクに照準をバッチリ合わせちゃってるから、言う事も的確だし、なりり構ってないぶん図々しいし、とにかく自分のペースに巻き込むのがうまくって」

 と、ベラベラと言い訳する。

『あいつ、まだ諦めてないのか。遊びでも困るが、遊びでないだけに厄介だな……』

 と思い、頭を抱えて溜め息をくレイだった。



 夜の高級酒場でローゼンとレイがワインを飲む。

「かえって悪い事したな」

 ローゼンがサクに悪い虫が付きやすくなった事を後悔する。

「お前があんなキラキラした服を着せるからだ。それにしても、サクの事まだ諦めてないのか。跡継ぎだろ、お前」

「跡継ぎねぇ〜」

 と、ワイングラスを回すローゼン。

「まさか、跡継ぎの座を捨てるのか……」

「捨てるも何も、そもそもカラヤ家は実力主義だ。当主の息子だろうが、なんだろうが関係ない。過去には女が当主を務めた事だってあるからな」

「でも、噂でお前の事、カラヤ一族の一番の跡取り候補とか、一族期待の星とか聞いてるぞ」

「勝手だよなぁ、みんな。俺にばっかり期待するなよ。俺だって子供の頃から色々と辛抱してきたんだ。結婚ぐらい好きにさせてもらいたいよ」

 と、うんざりした様子のローゼンに

『遅い反抗期か? こいつ』

 と、思いつつ、レイが釘を刺す。

「そうは言っても、サクが『うん』と言わない限りは結婚できないぞ」

「ハハハ……。なんとかするよ」

 苦笑いするローゼンにレイは

『 “うん” と言ってくれるまで付きまとうつもりか。しつこい奴め……』

 と、呆れた。

「ああ、それと、サクが今日の服代や おやつ代のこと気にしてたけど」

 ローゼンは手を振って返しを断る。

「あー、いい、いい。俺が好きでやってるだけの事だから、気にするな」

「じゃあ、そういう事にさせてもらうぞ。後で悔やむなよ?」

 と、口では言いつつも、

『どこかで、何かしらの返しはしないとな』

 と、腹では思っている真面目なレイ。

「ところで ──」と、レイが念押しで訊ねる。

「お前が跡を継ぐかどうかは別として、本当にサクでいいのか」

「いいも何も、サクは俺にとって『心のオアシス』だ。あの子と一緒にいるだけで、俺の寿命が延びているような気がするよ……」

 サクの笑顔を思い出して、うっとりとするローゼンにレイは「大袈裟だな」と呆れるが、

「大袈裟なんかじゃないさ」

 と、ローゼンは否定する。

「それだけ俺にとっては代え難い存在なんだ。子供は別に養子でも構わない。一番好きな女と結婚できるなら、他の事で欲張ったりはしないさ」

 サクに執着する反面、他の事では随分と潔い事を言う。

『世の中には何でも手に入れたがる強欲な金持ちが多いけど、こいつはやっぱり変わってるな』

 と、改めて思うレイ。

「なんて言うか、お前らしいなぁ……」

 レイは完敗した気分で自分の首筋をなでて、溜め息をいていた。


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