鹿王と紀女
あれは、ぼたん雪の降る寒い日。
その年、兄の熊王には双子の子どもが生まれ、賑やかに過ごしている。しかし、当の自分は凍えそうなほど寒い中つ国の冬を、独りで過ごすのかと思ったら気が滅入っていた。
降ってくる雪でも眺めてみるかと、外に出て、遥か遠い灰色の空を見上げていた。最初は点だった、次はそら豆、りんご、葡萄、何かが鹿王目がけて落ちてくる。白菜かと思う所までくると、それは箱であることが分かった。鹿王に近づいてくると、その箱は減速し、彼の両手におさまった。
婚約者が天から桐の箱に入ってくるということは、兄の熊王からあらかたのことは聞いていたので、戸惑いはなかった。寧ろ、これからの人生を共にする伴侶ができたことが私の心を温かくした。
婚約者の紀女とは、とても気が合った。まるで、遠い昔から知り合いのような気さえした。
お互いの気持ちが固まり結婚が決まると、方々から祝福の品が届けられたり、来宅があった。その訪問者の中に珀李はいた。珀李と紀女は友人で、祝いの品を持ってやって来た。
紀女が結婚式当日まで宿泊したらと言い出し、珀李は私たちと一週間すごすことになった。日毎に珀李の私に対する態度は変化し、それが恋愛感情であろうことは私にも分かった。だが、だからと言って、彼女を追い出すわけにもいかない。
すると、紀女も珀李の恋慕に気づき、言い争いをしたようで、彼女とは絶交すると言い出した。私は、明日結婚式なのだ、一日だけ我慢すればよいのだからと説き伏せた。
その日の深夜のこと。
宿泊していた列席者(結婚式)の女神が慌てて、私を起こすのだ。
大蛇が出て、紀女を飲み込んだという。
私は居ても立っても居られず、紀女の部屋へ向かった。だが、時すでに遅し、その蛇は姿を消していた。
結婚式は取りやめとなり、私は失意のどん底に居た。将来を誓った相手が急にいなくなったのだから、心が追い付かず、すべてがどうでもよくなり疎かになった。その間、珀李が留まって、己の世話をしていることなぞ気付かず、そのことを認識したのはずいぶん経ってからだった。
正気に戻ると、あの蛇は何ものだったのかと知りたくなった。私は手掛かりを求めて、その日の招待客から周辺の妖怪たちまで聞き込みをした。だが、一向に正体は分からなった。
珀李には何度も家に帰れと言った。だが、彼女は白鹿に変化し、自分はほうらこの通り、同族だから気にせずにいてくれという。「同族の王にお仕えできるのは、この上ない誉です」とまで言う。
しかし、未婚の女性だ、私は兄に手紙を書いた。事情を説明し、天の了解を得るためだった。
直ぐに返事は届き、手紙を読むと、私は恐ろしい事実を知ることになり、息が止まりそうになった。俄かには信じがたいものだった。
珀李は妹。胤違いのね。
母が若い男を好きになってできた子ども。同族でもなく、蛇神だとも知らされた。そうして彼女の伴侶が結婚式翌日に失踪していたことも。
私はこの時にああ、そうだったのかと思い至った。
そう、鹿王が話し終えた時だった。
「ガタン」
廊下で音がして、バタバタと廊下を走ってゆくのが聞こえてきた。
国王と阿王は曲者かと思い、部屋から出てみると、珀李の後ろ姿が見えた。二人は彼女を追って行った。