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白い燕  作者: 雪の花
3/10

砂釜

香出は立ち止まり、来た道を振り返って見た。後方に見えていたはずの草原は消え、茫漠たる砂漠が広がっているだけ。

「やっぱり、そうだわ。ここ一帯は栗の産地で、『砂釜』とは栗の収穫時期にだけ出る、焼き栗が大好きな妖怪。毎日毎日、栗を拾い、たくさんの砂の入った大釜で栗を炒る。どうやら・・・その釜の中にいるようですね」

遠くから、ザッシュザッシュ・・・と砂をかき混ぜるような音が響き、バラバラと生栗が上から降ってきた。

「ああ、兄上、香出、危ない。あちち・・・」

「どうにかならんのか?桂の妖怪さんよ」

「そうね・・・話してみるわ」

香出は身体をぐんぐんと伸ばし、空高く突き進んでいった。彼女の顔は遥か遠くに見える。

・・・と、突然むちむちっとした腕と手が、国王と阿王に迫ってきた。パッと開かれた手のひらが、彼らにそこへ乗るようにと促しているようだった。二人は顔を見合わせて、手の平に乗った。ぐーっと持ち上げられて、大きな大福もちのような顔の前で止まった。大きな目でぎょろりと睨まれると、弱肉強食という言葉が思い浮かぶ。妖怪の身体は丸々として、でっぷりと前に突き出たお腹が印象的だ。

「ごきげんよう。わしは新種の栗かと思ったわい」

低い声が聞こえてきた。

「違うのよ、砂釜さん。私たち新しく出来た熊蘇を目指しているの。だけど、ここへ迷い込んじゃったみたいなの」

「ああ、噂で聞いたよ。新しい地神の兄弟がやってきて、統治するんだってね」

「そうそう、それがあなたの手の平に乗っている二人よ。兄が阿王さんで、弟が国王さん」

砂釜はそう聞いて、二人の顔をまじまじと見つめた。

「ふーん、ひとりはガチガチで、もうひとりはナヨナヨ。美味しくなさそうだねえ」

「そそそうよ・・・栗が一番美味しいわよ。とりあえず、あなたの釜から出して欲しいのだけど・・・」

「君は桂の木だよね。わしの釜の薪になってくれるならさ、助けてやってもいいよ。すんごく香りのよい焼き栗ができそうだ。ジュルル・・・なんか涎がでてきちゃうなあ・・・」


阿王が国王に耳打ちした。

「俺がやっつけようか?」

「待ってくれ、それはちょっとまずい気がする。ここが栗の名産地になっているのは、砂釜が栗の木を増やし育て、循環させているからなんじゃないかな」

「じゃあ、どうする?」

「今、考えているよ・・・」

さっきからずっと・・・砂釜が香出に返事を催促している声が聞こえている。香出は困って、固まっている。

「ねえ、砂釜さん。薪の他に何か欲しいものはないの?」

国王が尋ねた。

「欲しいもの?そうだなあ・・・君のその白い髪いいねえ。光に当たるとキラキラと銀色に輝く。わしの家の暖簾にしたら、きっと素敵だろうなあ」

「いいよ、この髪をあげるから、私たちを逃がしてくれないかな?」

そう言って国王は、首の辺りから、阿王の大剣で髪を切り落としてもらい、長く美しい髪の束を砂釜の目の前に捧げた。さらさらと風に靡くその白銀の髪は、砂釜の目を釘付けにした。

「分かった。わしは、この新しい暖簾を家に飾りたくてたまらん。今日の仕事はお終いじゃ」

左手で国王の髪を握り、右手のひらに香出と国王、阿王を乗せ、砂釜は動き出した。

ズシッツ、ズシッツと重い足音が静かな森にこだましていた。


仄暗く濃霧に覆われた沼地に辿り着くと、砂釜は彼らを地面に降ろした。

「ここまでじゃ、あとは知らん。この沼地の先がお前達が言う熊蘇じゃて、気をつけなされ、すり鉢状になっておるからのう・・・」

砂釜は自分の家に帰って行った。


「すり鉢状になっているって言ったよね?ということは、この沼地は底だね。どこからか上る道があるはず・・・それを探さないと」

「霧がひどくて、何にも見えないけどね・・・霧が晴れるのを待った方が良くないか?」

「阿王の言う通りかもしれない。下手に動いて、同じ所をグルグルしたら、私たちの身体ももたないわ」

沼地のそこら中に生える葦を刈り取り、それを地面に敷き詰めて、三人は肩を寄せ合うようにして眠りについた。


ピチュピチュ・・・小鳥のさえずりと、朝日の眩しさで、彼らは目を覚ました。起き上がってみると、濃い霧はなくなり、葦の原が姿を現した。

「葦原の中つ国だ。父君の弟『鹿王(ろくおう)』が住んでいるはず」

髪の短くなった国王は、顔回りがすっきりとし、容姿の良さが際立った。さらに微笑めば、だれが見ても美男子に違いなかった。

「しかし、鹿王は気難しくて、天の神との婚姻も上手くいかなかったと聞いている。果たして俺らを歓迎してくれるかどうか・・・」

「引き返せないのなら、進むしかないじゃない?わらわの枝に乗っていれば、沼が深くなっても大丈夫だから、行きましょう」

香出はだだっ広い葦の原をかき分けて、鹿王の住まう宮へと向かった。出発してから・・・何時間経ったのだろうか・・・。

「夕方になって暗くなり、霧で満たされる前に着かないと大変なことになるわ」

「疲れたら休んでいいよ。君が参ってしまったら、それこそもっと大変だ」

「よし、剣を櫂にして進もう。俺が漕ぐからさ、香出休みなよ」

香出は歩を止めて横になり、阿王が力強く漕ぎ始めると、その流れに身を任せた。


暫くして阿王が目を凝らしてみると、前方にうっすらと宮殿のようなものが見えてきた。

「あれが、鹿王の宮じゃないかな?きっとそうだよ、もうすぐだ」

阿王は勢いづき、一気に進んだ。

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