友との出会い
「女だ!」
ついさっきまで空を眺めていたと思っていた阿王が、スッタカスッタカと彼女の方へ走ってゆく。
あんなに注意した方が良いと言ったのに・・・と、国王は心の中で呟いていた。
「兄上、待ってください。その女は桂川の妖怪かもしれませんよー」
ところが阿王は意に介さず、一直線に向かって行った。
女の前に立ってみると、
「そんなはずはない。こんなにも見目麗しいのだからな!」と大声で言っていた。
女は口に手を当て、フフフと笑った。微風が阿王の鼻をかすめ、得も言われぬ香りが脳に漂ってきた。
阿王はふらふらしだし、足元がおぼつかない。女はそんな阿王の首根っこを掴み、河へ放り込もうとしていた。
「ちょっと待ってくれ。その人は私の兄だ。返してくれ!」
肩で息をしながら、国王は女に話しかけた。
「おやまあ、綺麗な方だこと。そなたの頼みならば聞いてやらぬこともないぞ。これからお前に問う、答えを出すのじゃ」
「受けてたちましょう」
「では・・・わらわの名前を当ててみよ」
「名前ですか・・・桂川のそばに立つあなたの名前・・・」
そう言えば、どこかの書物で読んだなあ。桂の木の葉は心の臓の形をし、落葉すれば甘く香ばしい香りがたちこめる。だから・・・太古の昔から香出と呼ばれていたと。
「あなたの名前は『香出』だ」
女の柳腰はくねくねとしだし太い幹となり、手や足には枝葉や根が生えてきた。そうして国王に対する態度も一変した。
「なんと、名を当てるとは・・・。わらわは今後そなたの僕となりましょう。もちろん、兄君はお返しします」
「僕とは・・・。では・・・私の友になってください」
「友ですか・・・分かりました。あなた様の名を伺ってもよろしいですか?」
「私は国王、兄は阿王と言います。私たちは、これからこの桂川を越えて行かねばなりません。何か良い方法はありませんか?」
「そんなこと・・・わらわにとっては容易いことです」
国王と人間に戻った香出が談笑していると、阿王が目覚めた。
「ああ、頭が痛い」
「兄上、気が付きましたか?紹介します、香出さんです。私たちを向こう岸まで運んでくれ、それから私たちの友人になり、共に旅をしてくれるそうです」
「こんなか弱そうな人が?ってか、俺が気を失ったのはこいつが・・・」
「さきほどは大変失礼致しました。では、まいりましょうか」
そう言い終わるか終わらない内に、香出は桂木の妖怪へと変化していた。みるみるうちに姿が変わっていくのを見ていた阿王は、驚きのあまり尻もちをついていた。
「な、なんじゃ、この化け物は!」
「そのようなことを言うべきではありません。女性ですから、もっと優しく接するべきですよ」
「いいのです、国王さま。分かる人に分かってもらえれば、それで充分です。阿王さまに好いてもらおうなんて、これっぽっちも思っていませんし・・・」
「ふん、こっちだって、願い下げさ」
「まあまあ・・・二人ともそうギスギスしないで・・・ね、これから一緒に行動するんだし・・・」
香出は幹を伸ばし、どんどん大きくなっていった。一本の大木になると、バタリと桂川に横たわった。
「どうぞ、私の上を歩いて、お渡りください」
阿王と国王は木の上を歩いて、桂川の反対側の岸に下り立った。
「ありがとう、香出。助かったよ」
「いえいえ、国王さまのお役にたてて、嬉しゅうございます」
「ふん、どうせ、国王が目当てなんだろうさ」
「目当てとはなんのことでしょうか?」
「わかるだろ?」
「いえ、わかりませんわ」
と、まあ人間に戻った香出と阿王は、歩きながら言い争いをしている。
桂川を渡り、草原を越えると、砂漠が広がっていた。砂漠の砂を踏みしめて、三人は進んだ。
「ねえ、なんだか、どんどん熱くなっていないか?」
二人より少しだけ先を進んでいた国王が言った。
「砂だろ?」
「もしかして・・・砂釜かもしれません」
「砂釜?」
国王と阿王は叫んでいた。