阿王の心
国王と蓬女の婚礼は華々しく、大勢の神々を招いて催された。
その夜、白い満月がぽっかりと闇夜に浮かんでいた。二人は寝台に腰かけ、誓いの盃を交わした。手を交差させ、相手の盃を飲むのが儀式だ。
「白露の黒蜜入りは食べることができましたの?」
「さあ、どうだろう?」
「教えてはくださらないの?」
「食べたと言ったらどうなる?」
蓬女は俯き、顔中が真っ赤になっている。
「蓬は、男の子が欲しいの?」
「あなたに似た男の子がね・・・」
ふふふと笑う国王。
二人の影が重なる、月が雲に隠れ、闇は一層濃くなった・・・。
阿王は『農耕の神』国王は『知恵と秩序の神』と呼ばれ、それぞれがその役割に邁進していた。
幸せそうな国王夫妻を見ていると、胸がむかむかしてくる。何度も蓬女を誘惑したが、彼女は微動だにしない、阿王は悔しくて憎くて堪らない。彼は母親の蘇女に手紙を出した。数日後、それは彼女の手に渡り・・・手紙を読むや否や、空を飛び、熊襲の阿王の館へやって来た。
応接室で対峙した二人は、息子は憔悴し、母親は涙ぐんでいる。
「阿王、あの手紙はどうしたと言うの?」
「俺は苦しいんだよ!」
阿王は自分の胸ぐらを掴み、母親の同情を誘う。
「あなたも縁があれば、また婚約者が現れるわ」
「そんなこと言って、今までそんなことあるの?」
「天からは二度とないけれど、未亡人になった方とご縁があれば・・・」
「俺は新品で、嫁はお古ってさあ、俺は嫌だね!」
「あなたが大切にしないからじゃないの?」
「けど、母さんはそんな大事なこと言わなかったよね?」
「ほら、熊襲に行く前に渡したでしょ!」
「ああ、意味が分かんなかったからさあ・・・」
「それはあなたの自業自得だし、婚約者を蔑ろにした罪は重いわ・・・」
「今、俺はすごく後悔しているし、寂しくて仕方がないんだ・・・国夫妻を目の当たりにすると、更に胸が焼け付くようなんだ」
阿王は、胸の辺りをガシガシと掻き毟る仕草をする。
「私を呼んで私にどうしろと?」
「誰も・・・俺のことなんか心配もしてないし、好いてくれる人もいないのさ・・・」
阿王は、かなり自暴自棄だ。
「そんなことはないわ。私もお父様も国も、あなたのことを思っているわよ!」
「本当にそうなのかなあ・・・。だったら、息子がこんなに苦しんでいるんだ、母さんがどうにかしてくれよ。そうだ、俺のことを愛してるんだったらさあ、母さんが莱女の身代わりになってよ。珀李って子はさ、叔父上のためにそうしたんだぜ」
「なんてことを言うの!それが母親に対して言う言葉なの?お父様が聞いたら、あなたと絶縁するわよ」
「もうさ・・・心が死にそうなんだ・・・」
そう言って、阿王は床に突っ伏し、オイオイと泣き始めた。蘇女はそんな息子を抱きしめ、慰めた。
「分かったわ、考えてみるから・・・もう少しだけ待って・・・」
「本当?約束だよ・・・じゃないと、俺は・・・」
「あなたの悲しみは十分に伝わったわ。だから、私の連絡を待ってちょうだい」
その言葉を聞いた阿王は喜びしかなかった。自分にもう一度婚約者が来るのだと、信じて疑わなかった。
蘇女は早々に帰って行った。
ところが・・・一月経っても音沙汰がない。
阿王は催促の手紙を送った。しかし、その返事はなく、三か月が過ぎようとしていた。阿王の心は変わっていった。
「もしかして・・・みんなで俺を馬鹿にしてるんじゃないか?相手のいない俺を蔑んでるんじゃないか?」
そんな疑念が生じていた。
そう言えば・・・国王も香出も全く来なくなったな。いいさ、俺のとりまきの妖怪たちを招いて、憂さ晴らしでもするか・・・。
阿王からの宴会の招待状を受け取った、七葉猿の長は微笑んでいた。側近たちを前にこう言った。
「時期が来たようだ」
この七葉猿の長は「溶錬」と言い、七葉猿の特徴である指が七本で且つ葉形をしているのが普通なのだが、溶錬には九本もあり、扇のように広がって、かなり異様だ。七葉猿は狡猾で、何番目の指を使うかによって、能力が違う。言えば・・・溶錬の指の多さは、ずる賢さはこの上ないという証明でもあった。
同じように招待状を受け取った、八足猪の長「長廻」率いる一族、九尾狐の長「老来」率いる一族も決起していた。
八足猪は足が速く、水の中も泳ぐことができた。長廻は、更に地獄耳で頭が良かった。
九尾狐は九尾で幻覚を見せ、惑わすことができ、老来だけが四方を見る目を持っていた。
これら三支族は熊襲の地の先住であり、阿王兄弟が来るまでは、ここを牛耳っていた。阿王兄弟の配下に下らざるおえなかったことは、彼らにとって面白くなかったであろうことは想像に難くない。
この地には他にも古来からいる、一つ目狸、二石亀、三耳兎、四翼鷹、五牙豚、六舌雀がおり、四翼鷹と六舌雀の交配により生まれた雀鷹、一つ目狸と九尾狐によって生まれた狐狸妖。数は少ないが他にも自然交配で生まれた種種雑多な生きもの、妖怪たちがいた。三支族に比べ、少数派の彼らは支配者に阿ることで生き抜いてきた。




