兄弟の旅立ち
上古の時代、神々の国、日乃本。
山々は深緑で覆われ、河川は銀色に輝き、所々に檜で建てられた神殿が白く映えている。
まだまだ天と地とは行き来をし、地を這うように長い髪に白絹の長衣を着た神々が細長く薄い布でできた領巾を身に纏い、その領巾が風に揺らめき、舞い上がったり舞い降りたりしている。
天の神と地の神との婚姻は続いており、荘厳で平和な世が咲き誇っていた。
九州の玄湘灘近くに住む地神「熊王」と天の神「蘇女」の間に双子の兄弟神が生まれ、兄神は「阿王」弟神は「国王」と名付けられた。
兄弟が成長すると、熊王は二人に領地を与えた。自分と妻の一文字をとり、「熊蘇」と地名を授け、兄弟仲良く暮らすようにと申し渡した。
阿王は勇敢で猛々しく、武術に優れ、筋骨隆々の身体は長い黒髪でも到底隠せない。対して国王は文学に造詣が深く、その筆は流麗で人の心を掴み、女性と見紛うほどの細身の体は白い豊かな髪で覆いつくされ、かすかに顔と胸元と肩先が見える。
二人は熊蘇の地へ向かう旅に出た。これは成人の儀式でもあるため、空を舞うことは禁じられていた。力を合わせ、様々な困難を乗り越えて行かねばならない。
兄弟は山道を進みながら、出発の前夜、母蘇女に呼ばれた時のことを思い出していた。
「これは私からの門出の詩です。この意味が分かる時がきます。決して忘れないように、縁を大切に生きて行きなさい」
そう言って、手渡された玉簡にはこう記されていた。
天よりいづれかの佳き日に
桐の小箱がその手に
開けてみれば
千の喜び
万の癒しが与えられん
真をもって
愛をそそぎ
心して育てるがよい
「なあ、国よ。母上のあの詩の意味が分かったか?」
「兄上、私も今それを考えていた所です」
「最後の育てるがよいということは、俺達は何かを育てなきゃいかんわけだな。俺は面倒をみるのは苦手だなあ。お前はそこんところは細かく気遣いできて、上手そうだな」
「いえ、私も上手というわけではありませんよ。ただ、心配で構ってしまうだけです」
二人は想像もつかず、黙り込んでしまった。
と、上空から数羽の雀鷹が二人目がけて襲ってきた。ここは阿王の出番だ、彼は腰に下げた大剣を振り回し、バッサバッサと雀鷹を切り捨てた。
*雀鷹とは、雀のような顔を持ち、大きな鷹の身体、動きは機敏で鋭い爪を持つ妖怪。
「今夜の晩飯は、これで決まりだな」
阿王が誇らしげに、雀鷹を国王の方へ放り投げた。
「ああ、兄上、ありがとうございます。これは美味そうです」
二人は雀鷹を分け、飲み込んでいった。
腹ごしらえをし、また歩き出した。少し経つと山が開け、大河に出た。
「桂川だな」
「ええ、ここの橋渡しの妖怪は手強いと評判ですよ。なんでも木の幹から、とても好い匂いがするそうで、その香りに惑わされ、河に落ちてしまうらしい」
「へええ、どんな不気味な姿をしているんだか・・・」
阿王は興味なさげに返事をし、空を眺めている。
国王が辺りを伺うと、いつのまにか河畔にひとりの女が立っていた。