周囲に恵まれ幸せになります
翌日の新聞はどこも今回の事件一色だった。ほとんどの記事が王太子殿下殺人未遂事件でもちろん犯人は側妃カリーヌだ。そんな中、アルビン新聞社だけが一面でソフィーリアとその友人、メルディレン侯爵家に対しての謝罪記事を掲載した。異議申し立てはしないということだ。
その後休刊に入ったが、果たしてこれまで通り貴族たちが読んでくれるかはわからない。
オスマン伯爵家の次男コンスタンは伯爵から一か月の謹慎処分を受けた。そのまま学園を辞め領地で謹慎し生活をするそうだ。
そのオスマン伯爵は裁判での不誠実な証言の仕方に非難が集中し、アルビン新聞社への出資も止め、当主を長男に譲り、コンスタンと一緒に領地での隠居生活をするそうだ。
そしてバルビエ子爵家エタンとシルヴィの婚約は翌日解消になった。フォール伯爵が娘にした仕打ちを絶対に許さないと言い、すぐさま婚約解消の書類にサインしなければ裁判をすると言ったそうだ。
エタンは裁判という言葉に怯え、バルビエ子爵家も国民から非難の嵐に晒されることを考えると早々に応じた方が良いと考えたようだ。だが時既に遅し。
これまでフォール伯爵の紹介で入ることができていたサロンはどこもバルビエ子爵の出入りを禁止した。
更に食品類や日用品の入手が困難になり、新しい取引先を探すのに苦労しているようだ。こちらも引退し次男に爵位を譲りエタンとともに領地で隠居生活をするらしい。
次男はまだ15歳だ。当主としての責務を全うできるよう母親が付き添うそうだ。バルビエ子爵は褫爵にならずに済んで良かったと思った方がいいほどだ。
バイヨ子爵家のポールは一か月の謹慎後学園には残るらしいが、新しい交流関係を作るのは困難だろう。その他のクラディオンの取り巻きも同じだから、これまで通り仲間同士でいたら良いのだ。何年かかってでも信頼の回復に努めれば、いずれはその努力が実るだろう。
アメリーは証言をしに出廷はしたものの最後には思い留まった。それは良心からなのか、嘘を吐くことへの恐怖からなのか、その場の空気から逃れたかったのか、いずれかはわからないが、思い留まったことは彼女にとって最良の選択だった。
家の事情を考えれば喉から手が出るほど欲しかったお金だろう。それがあれば十歳になる弟に家庭教師をつけることができるのだ。何も有名な家庭教師じゃなくてもいい。領地経営ができるように指導ができれば良いのだ。
ソフィーリアは父に相談し、アメリーの父親を強制的にアルコール依存症の更生施設に放り込んだ。毎日高いお酒を飲まれるより施設費の方がぐっと安いのだ。そしてその時に当主をアメリーの弟に変更した。
アメリーの父親の依存症は酷く、お酒に関して以外正常な判断もできない状態だったので、後見人として父がつくことにし、アメリーの母親は領地経営と子育てに専念すれば苦しい生活からは脱却できるだろう。そしてアメリーは復学をした。辛い道のりになるが、学園を卒業したほうが後々良いと説得した。あと半年もないのだから。
エモニエ男爵家のオレリーはというと、嘘の証言と証拠を出したことで虚偽申告罪に本来なら問われることになるのだが、メルディレン侯爵家からはまだ学園生であることから罪には問わないことにした。
あれだけの嘘を吐いたのだ。学園でも辛い生活をしなければならないだろう、と温情をかけたのだが、それも虚しく、学園に登校し、クラスメイトたちに自分は無実だと言っているそうだ。ソフィーリアに嵌められたのだと。
そして今度はアレンディードの側妃になるのは自分だと言っているらしい。クラディオンが良かったのではなく、王子なら誰でも構わないのか。本当は正妃に選ばれるはずが、ソフィーリアが侯爵家の娘だからと言ってアレンディードの婚約者に選ばれるのはおかしい。男爵家でも良いだろう。身分で差別するな、と言っているらしい。
もうクラスメイトの誰も相手にしないそうだ。誰よりも身分で差別しているのは自分だと思わないのだろうか?この国で一番高い身分になるには王族に入るしかない。その王族に入るためにクラディオンの話に乗り、罪を捏造したのだから身分に固執しているのはオレリーだ。考え方を変えなければ結婚も難しいだろう。
そしてカロンは投獄された。クラディオンに近づきカロンに心を許したら、ソフィーリアに嫌がらせをされていると訴えたようだ。ソフィーリアを煙たがっていたクラディオンは、自分に愛らしく笑いかけるカロンに入れ込んでいた為、カロンの言うことを信じソフィーリアを断罪する計画を取り巻きたちと立てた。カロンと結婚する為に。
そしてカロンはカリーヌ妃と面談した際に、カリーヌ妃が王太子殿下を邪魔に思っていることを察し、自分もできることなら第二王子妃より王太子妃が良かったので、毒の準備を申し出た。
バラケ子爵家の地下倉庫には表に出せない商品がたくさん詰め込まれていたのだ。それをもちろんカロンは知っていた。所持することも禁止されている違法な薬物、捕獲が禁止されている動物の毛皮や角。時には人間まで。そしてもちろん毒物もだ。
カロンは鍵もかけられていない地下倉庫に行き目当ての毒物を持ち出しカリーヌに渡したのだ。即効性がない為、一番苦しむ時間が長い残酷な殺し方をする毒物だ。殺人幇助罪と違法毒物の所持で投獄され、一生太陽の当たる場所に出ることはない。
クラディオンは王宮の最奥にある離宮に幽閉が決まった。ソフィーリアとの婚約を解消し、別の女性と婚約したければそのように申し出れば良かったのだ。メルディレン侯爵家からは解消を言い出せないが王家からならいくらでも言える。王家が選んだ婚約者なのだから。
しかし、カロンに惑わされ、更に自分に非がなく、兼ねてより自分より優秀で人望があるソフィーリアを貶めるためにこのような事件を起こしたのだ。
もちろんクラディオンにしてみれば、ソフィーリアが泣いて縋ると思い、更にクラディオンに言われれば証人たちに大人しくお金を払って悪女となり婚約破棄ができると思っていたのだろう。浅はかだが。
まさか裁判をすると言い出すとは計画外だったろうし、さらにアレンディードが婚約を申し出るとも思っておらず、クラディオンとその友人たちでは対応できるほどの能力はなかったのだ。人を貶める行為は許されざる行為だ。ましてや王家の人間が公の場で堂々とそれをやってしまうとは。もはや王家として庇う余地はない。庇えば王家への信頼が薄らいでしまう。その為の幽閉だ。
そしてカリーヌは裁判の後からずっと投獄されたままだ。シャロンがジゼット妃に相談したことによって事件は未然に防がれ、王太子殿下が亡くなることはなかったが、事件を起こそうとしたことは事実で、実際に毒物も入手し、それを実行役としたシャロンに手渡し指示も出したのだから処刑になるだろうと誰もが思っている。
一か月後、アレンディードとソフィーリアの婚約式が行われた。国民には暗い話より明るい話を聞かせたいと早めに行われることになったのだ。
裁判の後、アレンディードとじっくり話し合ったソフィーリアは婚約の申し出を承諾した。クラディオンとは全く見えなかった未来が、アレンディードだと明るく見えたからだ。
明るい日差しの元、二人で笑い合い散歩をしたり、一緒に執務室で知恵を出し合い領地経営をしている姿が目を閉じても浮かんできたのだ。まだソフィーリアにとって小さな愛かもしれないが。信頼はしている。尊敬もしている。だから、これから大きな愛に育てて行けば良いのだ。貴族なんて政略結婚が当たり前で、その後信頼を築き幸せになる夫婦はたくさんいるのだから。
ゆっくり近づいてきてくれれば良いとアレンディードも言ってくれた。結婚式はアレンディードが学園を卒業してから。まだまだ時間はあるのだ。クラディオンに任されていた領地はソフィーリアとアレンディードが引き継いだ。婚約期間、一緒に出掛けたり、領地経営をして更に信頼を築き、手を取り合い愛を育めばいいのだ。いずれそれが大きな消えることのない愛に変わるように。
二人は聖堂で婚約証明書に揃ってサインをした。二人を支えてくれるたくさんの人たちの前で。
余談だが、ポワレの予想通り、裁判で三人が着たドレスは、全く同じもの、色違いのもの、デザインが似ているもの、が飛ぶように売れた。
特にレティシアのドレスが人気で、太めのリボンを首から背中に流しているドレスが流行最先端として他店でも作られ売れに売れたのだ。観劇に行けば、あちこちの婦人、令嬢の首からリボンが下がっているし、町を歩けば庶民の女性も首にリボンをつけ後ろに流している。
レティシアはあんなきつい口調で証人を詰めていた自分のドレスに人気が出るなんてと柄にもなく恥ずかしがっていた。
そして、ソフィーリアたちの前に婚約した二人がいる。
ソフィーリアの兄ヘンリーとルシールである。聞いたときはいつの間に!と思ったものだが、ヘンリーがルシールの芯の強さに惚れ込み告白したところ、ルシールが承諾してくれたそうだ。
なんでも、変な男と婚約させられるより、ソフィーリアの兄で次期メルディレン侯爵家の当主、そして妹思いの優しい兄なら自分も大切にしてもらえるのではと思ったそうだ。
第三王子妃補佐を目指しているルシールとしては良いポジションだと思ったとも言っていた。何とも合理的な理由での承諾だが、それもルシールがそう言っているだけで、二人でいる姿はどう見ても両思いなのだが。
今日は王太子夫妻に招待されてのお茶会のやり直しの日だ。もちろんアレンディードも一緒だ。
「なんだかあっという間に過ぎたけど、こうやって外でお茶を楽しめるのもそろそろ終わりだな」
王太子殿下がしんみりとつぶやく。その手にはシャロンが淹れたお茶のカップを持っている。お金に流されなかったシャロンは王太子宮で大いに褒められ、その冷静な判断力と行動力に王太子妃からティアラを賜った。
シャロンは恐れ多いと言って固辞したそうだが、王妃殿下にしてみれば我が子を助けた恩人でもあるのだからと、贈呈式にアリーチェにシャロンを引きずって来させたのだ。前代稀に見る贈呈式となったことはいうまでもない。
「今から結婚式が楽しみね。ベールを持つのはうちの娘にしてね!絶対よ!」
アリーチェが王女に着せるドレスについてもう考えていると笑いながら言ってくる。
「もう一緒に住めば良いと思わない?ソフィーリアは学園と王宮と家の行き来ばかりしているんだから、いっそのこと王宮に住んでしまって、ここから学園に通えば良いのに」
アレンディードが拗ねたように言っている。それは以前から打診されていたものだが、それはそれこれはこれ。
「私たちは婚約者です。一定の距離は必要です!」
「あら、私は婚約が決まった時点でこの国に来たわ。ソフィーリアも一緒に暮らしたらいいのに」
無邪気にアリーチェが笑ってくるが、アリーチェとは立場が違う。
「ダメなものはダメです。アレンディード殿下と一緒に暮らすのは結婚後です。私たちの為に必要な期間だと思ってください」
学園生のうちから一緒に住むなど婚約者であっても聞いたことがない。王家が相手でも引けないこともあるのだ。
「僕はたっぷり待たされたんだよ。っていうか、半分諦めてたの。綺麗な人が王宮に来るようになったなあって思ったら兄上の婚約者だっていうし。幼心に落ち込んだんだよ。会えば会うほど、話せば話すほど好きになっていくし、どんどん綺麗になっていくしさ。
でも、まだ結婚したわけじゃないし、上手くやればこの話をひっくり返せるかもなあって思って、日々鍛錬して、勉強して、そしてこうして見事手に入れました、ってわけ。長かったよー。だから、しょうがない、今は同居諦めるかあ。まあ、これからじっくり愛されるってどういうことがわからせていけば気が変わるかもしれないし」
アレンディードがソフィーリアを見ながら笑いかけてくる。そんな長く思っていてくれたなんて。その視線に耐えられず、
「どういう意味ですか!変わりませんと言ったら変わりません!」
ソフィーリアは背中を向けると王太子夫妻が大声を上げて笑った。何を言っても二人の関係はどんどん変わっていくだろうと思ったのだろう。ソフィーリアはアレンディードとの関係がより深まっていくのを日々感じていたからだ。
ああ、愛されるってこういうことなんだ、と。
最後までお読みいただきありがとうございました。
よろしければ2もお読みいただければ幸いです。
10/1追伸
たくさんの方にお読みいただいた中でいくつも疑問やご意見をいただきました。
何故長編で上下なのか。もっと細かくして連載にした方が良いなど。貴重なご意見を多くいただきました。なろう様初心者の私は投稿方法を調べもせず、ただ思いついた話を書いてみたくなって、ほぼ初めてというくらいの小説を書きました。誤字脱字を気にしながら書いているうちに7万字までしか一気に書けないことに気づき、もう既に6万字を越えていたので、とりあえず、キリが良さそうなところを選んで二つに分割し、後半を書きました。
貴重なご意見をいただいたので訂正していきたいと思います。
10/4 追伸
分割して連載形式にしてみました。少しでも読みやすくなっていると良いのですが。
たくさんのご指摘、ご指導ありがとうございました。