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大事件が更に大事件になって解決

「この裁判は結審しました。カリーヌ妃殿下であっても異議申し立てをする場合はこのあとなさってくたさい」

 裁判官が告げる。

「いいえ、今よ。お聞きなさい!ソフィーリアはとんでもない悪事に手を染めています!」

 帰る準備を始めていた法廷内がその言葉にざわつきだした。一体何を言い始めるのか。子どもの頃にカリーヌ妃を怖いと思ったことが急に思い出された。

「裁判官は今すぐ裁判を再開なさい!後悔するのはあなたよ!」

 裁判官がちらりとこちらを見た。裁判官としてはここでカリーヌ妃の言うことを聞く必要はない。いくら王族でも裁判は平等に開かれることになっているからだ。しかし、悪女どころか今度はソフィーリアが悪事に手を染めている、となればこちらの判断を知りたいのだろう。

 裁判官の目を見てソフィーリアは頷いた。

「わかりました。カリーヌ妃殿下のお話を聞きましょう」

 裁判官は座りなおすとカリーヌを促した。カリーヌは家族席から出てくると証言台に立ちソフィーリアを指差した。

 あー、息子とそっくりだ、とソフィーリアは思った。

「私はソフィーリアが、自分にも非があることを認めて欲しかった。男女間での心変わりはあるものです。婚約しておきながら他の令嬢へと心変わりした息子にも悪いところがありますがソフィーリアにも責任があるのです!

 ソフィーリアは王妃殿下からティアラをもらってからというもの、自分がいかに優秀であるかひけらかすような行動を取るようになりました」

 そんなこと、していない。何を言い出すのかさっぱりだ。

「そして上昇志向がとても高い。クラディオンは王太子殿下の補佐をできれば良いくらいの気持ちで領地経営や公務をのんびりしたいのに、ソフィーリアは領地経営をクラディオンを差し置いて勝手に何でも決めてしまう。クラディオンに許可もとらないで」

 だからどうしたのだ。のんびりどころか何もしていなかったではないか。聞いても答えないから代わりにやっていたに過ぎない。

「ソフィーリアは恐ろしい女で、領地経営で実績を上げて自身の評判を上げ、更に優秀であると陛下に認めさせ、その結果、クラディオンが王太子に選ばれるように画策していたのです!」

 法廷内がカリーヌの話に聞き入っている。王族の話は庶民では盛り上がるのだ。特に側妃自ら語ってるのだから余計にだ。それをソフィーリアは怖く感じた。

 けれどカリーヌの話は妄言だ。たとえソフィーリアが優秀でも、王太子の座は変わらない。ましてや友好国の王女を王太子妃にしているのにそんなわけ無いだろうに、息子可愛さにおかしくなったのか?

「驚く方もおられるでしょう。でもソフィーリアはそんな娘なのです!だからクラディオンはソフィーリアからカロンさんに心を移したのです。

 あの舞踏会で自分が第二王子の婚約者ではなくなったことに焦って裁判などと言い出したのでしょう。己の本性が暴かれたことに怒りを感じたのかもしれません」

 婚約者じゃなくなるのは寧ろ喜んだことだと言ったはずだが。聞いてなかったのだろうか?振り向けば父が恐ろしい形相になっている。

「しかしながら、そこでソフィーリアに運がやってきます。第三王子であるアレンディードから求婚されたのです!その場では即答を避けたようですが、心は既にアレンディードの方へと答えが出ていたことでしょう。ソフィーリアは王子であれば良いのですから」

 段々身振り手振りが大きくなっていくカリーヌ。時には天を仰ぎ、時にはソフィーリアを指差し否定する。

「そして、恐ろしいことに、今回のことで上昇志向が勢いを増し、ソフィーリアは悪事に手を染めたのです。アレンディードがクラディオンのように自分から離れていく前に決めてしまおうと」

 何を言っているのだろう?まだ正式にアレンディードとは婚約もしていない。内定状態だ。

「皆が知っているように、王太子殿下は体調不良で公務を休まれています。しかしながら、これは体調不良ではありません!誰かに毒を盛られたのです!」

 一気に法廷内が騒然としだした。

「何故そのことをカリーヌ妃、あなたが知っている?」

 その言葉と同時にアレンディードが法廷内に入ってきた。そしてソフィーリアの横に来るとそっと手を握った。

「王宮内でも極秘事項で数名しかそのことを知らないはずだ。もちろん、カリーヌ妃の離宮にも知らせは行っていないはずだが」

 アレンディードがソフィーリアを庇うように前に出る。

「私だって王宮生活が長いのです。耳ざとい者が側におりますので」

「ではその者は王太子殿下の容態についてなんて言っていた?」

「即効性の毒ではなかったようで、じわじわと苦しまれているようだ。あのまま苦しみ続ければ長くは持たないと王宮医が言っていた、と聞いておりますよ」

 法廷内に悲鳴が上がった。王太子殿下は庶民に人気があるのだ。

「で、それが今言わないといけないことか?」

 アレンディードがカリーヌを睨みつけている。

「ああ、怖い。そんな怖い顔をしないでちょうだい。あなただって悪いのよ。その娘を思い上がらせたのはアレンディード、あなたなんだから」

「何を言っている。王太子殿下のこととは関係ないだろう!」

 カリーヌ妃が扇で口元をニィッと上げた気がした。

「それでは証人を」

 カリーヌが座っていた席の横の侍女が立ち上がった。あの侍女服はよく見るとカリーヌ妃のところのものではない。王太子殿下の宮のものだ。

 王宮勤めはどこの宮の担当か分かるようデザインが違う。侍女メイドでも制服が違う。それは紛れ込みなどを防ぐ為だ。勝手に侍女が他の担当場所に入ったりできないようになっている。

「さあ、あなた、見たことをそのままお話しなさい。何も怖いことはないわ。きっと陛下もお喜びになるわ」

 侍女に異様に優しく話しかけている。

「私はシャロンと申します。王太子殿下の宮を担当している侍女でございます。噓偽りなく証言いたしますことを誓います」

「あなたは何を見たのかしら?」

 勝手にカリーヌが弁護人になっている。

「先日王太子殿下の宮で行われたお茶会の席でのことです。お茶会にはアリーチェ様と王太子殿下に招待を受けたソフィーリア様とアレンディード殿下が出席されていました。アリーチェ様の私室のベランダで行われたお茶会でしたので小さなお茶会なのもあって侍女も多くはおりませんでした」

 妙なほどこの侍女が堂々としている。このような場にくれば侍女であれば緊張で声が上ずったりもすると聞いたことがあるが、全くない。

 明瞭な声ではっきりと話している。その堂々さが怖い。

「アレンディード殿下は早々に用事があるとおっしゃって退出され、夫妻とソフィーリア様だけになりました。談笑をされていたのですが、突然王太子殿下が苦しみだしたのです。喉を掻きむしるように。

 その直前に、私は比較的側におりましたので見てしまったのです。ソフィーリア様が王太子殿下のカップに小瓶に入った液体を入れるのを。一瞬の出来事でした。私は慌てて王太子殿下が飲むのを止めようとしましたが間に合わずお飲みになられてしまいました」

 法廷内が静まり返った後、ソフィーリアに罵声が飛び始めた。それをアレンディードが握ってくれている手に意識を向けることで耐え忍んだ。ルシールたちも不安そうにこちらを見ている。

「なんと恐ろしくも悍ましいことをこの娘はしたのでしょうか?こんな娘などクラディオンから婚約破棄をされて当然です!アレンディードもそのような娘を選んで、人を見る目がないと言っているようなものですよ!」

 カリーヌがエスカレートしていく。扇をパンパン手で鳴らしてソフィーリアを見てくる。その目は悍ましいものを見る目というよりは獲物を見るような目だ。

「さあ、続きを話してあげなさい」

 カリーヌがシャロンを促す。

「はい。王太子殿下が倒れこみ、側にアリーチェ様が座り込みました。その後、そのあとソフィーリア様も側に座り込んで王太子殿下に声をかけてらしたのですが、座り込んだ側のプランターに植えられた花の中にこの小瓶を入れていました」

 そういってハンカチに包まれた小さな小指の爪程の瓶を裁判官に差し出した。

「周囲は王太子殿下が倒れられたことでバタバタしておりましたのが、私はソフィーリア様を注視していたのでわかったことです。

 ですが、その場でこの話をしても誰も信じてくれないだろうと思い、迷ってカリーヌ妃殿下に相談しました。王太子殿下の宮の誰もが信じられなくて」

 そんなもの見たことがない。何を言っているの?ソフィーリアへの罵声が大きくなっていく。怖い。

「やはり恐ろしい女だったな、ソフィーリア!兄上を毒殺しようとするとは!」

 クラディオンが気勢を上げてきた。

「ソフィーリア!なんと恐ろしい女なのだ!おまえと婚約破棄をしてカロンを選んで正解だ!アレンディード!おまえの目は節穴か?こんな女に騙されて!もしかして、おまえも加担していたわけではなかろうな!!」

「そうです!まさか、ジゼット妃も一緒に三人で計画していたのではありまえせんか?恐ろしい人間たちです!この場に陛下がおられなく良かったですわ。卒倒されたでしょう。側妃と第三王子が侯爵家の娘にたぶらかされてお世継ぎの王太子殿下を毒殺しようと姦計するとは!」

 裁判官がシャロンに話しかける。

「今話したことに偽りはありませんね?」

 ちらりと伏し目がちにシャロンがアレンディードを見た。そしてアレンディードが頷いた。

「はい、ここまでは偽りありません。続きがあります」

 シャロンがはっきりとした声で告げた。

「シャロン。もういいのよ。あなたもショックを受けたでしょうからあの場であったことなど後から捜査隊に伝えればいいの。衛兵!ソフィーリアを牢獄にぶち込んでやりなさい!アレンディードたちは事実が明らかになり次第よ!覚悟なさい!」

 衛兵が戸惑いながらもソフィーリアに近づいてくるのをアレンディードが防いでいいる。

「覚悟?何に覚悟しろと?シャロン、続きがあるのであろう?全てを話すがいい」

 アレンディードの言葉にシャロンは再度裁判官を見つめた。

「シャロン、下がりなさい!」

「お静かに。証人は何か話したいことがまだあるのですね?続けてください。そして衛兵も下がりなさい。私は指示を出していませんよ」

 裁判官が言うと衛兵がサッと下がった。あくまでもこの場を仕切るの裁判官である。

「ここまでの話は、このようにこの裁判で証言するように言われたからです。事実とは異なります」

「シャロン!!何を言い出すの!真実を話すと約束したでしょ!」

 慌てるカリーヌと違いシャロンは落ち着いている。

「お茶会の行われる二日前にカリーヌ妃殿下がたくさんの頂き物のリンゴがあるから王太子殿下にもおすそ分けをしたいと、カリーヌ妃の侍女が来られて私に取りに来て欲しいというのです。

 私は新人ですから、そのようなお役目も回って来るのだろうと思い、その侍女についていきました。すると、カリーヌ妃殿下の部屋に通されて、話があるから聞くようにとおっしゃいました。そしてカリーヌ妃殿下が座るようにおっしゃいました」

「シャロン!何を言っているの?リンゴを渡しただけじゃない!」

 カリーヌの目が血走りシャロンに掴みかかろうとするのを咄嗟に証人担当の衛兵が庇う。

「カリーヌ妃殿下はお静かに。シャロンさん続けられますか?」

「はい、大丈夫です。その席で、カリーヌ妃殿下からその小瓶を渡されたのです」

「何を言っているの??私と話したわよね?話しただけよね?言いがかりは止めてちょうだい!!」

 カリーヌが暴れまくり押さえる衛兵の顔にひっかき傷ができている。

「シャロン!止めなさい!おかしなことを言うのは!!」

「私に100万バロンで王太子殿下のカップに小瓶に入った毒を入れるように指示されました」

 法廷内がもはや誰の何を信じればいいのかわからない異様な空気になっている。

「嘘をおっしゃい!あなたもソフィーリアの毒牙にかかったの?!私はそんなこと言っていないししていないわ!王家を愚弄するなんて!あなたも覚悟しなさい!」

「静粛に。シャロンさん、話を続けられますか?あなたは宣誓しました。大丈夫ですか?」

 裁判官が気遣わしげに聞いている。侍女の立場で側妃に反論するなど恐れ多く怯えているかもしれないと思ったのかもしれない。

「はい、大丈夫です。私は、その話を聞いた時に、私が断っても別の誰かがこれをさせられる、と思いました。誰かの手に渡り、実行に移されると不安になりました。また、この話を聞いて断れば、この場で抹殺されるのではないか、とも。

 だから私は一旦受けることにしました。自分も死にたくないし、誰にも実行させたくなかったからです。すぐにお金を渡そうとして来られたので、失敗した時の為に成功報酬にしてほしいと言いました。そして小瓶だけを受け取り退室しました」

 そこで一旦シャロンは言葉を切ってアレンディードの方を見た。

「嘘をつくんじゃないわよ!ここは法廷よ!嘘をつけば相応の罰があるのよ!おまえ、ソフィーリアの味方をして私たちを貶めようとしているのね!ソフィーリアが毒を盛ったと言って相談に来たのはおまえじゃないの!」

「私は、退室した後、誰に相談すればいいかわかりませんでした。私を選んで指示してきたことが、誰が私に依頼するように言ったか信じられなかったからです。王太子宮の誰かかもしれませんし、絶対的に味方になってくれる、私を信用してくれる誰かに相談しなくてはならないと思いました。

 それで思い浮かんだのがジゼット妃殿下でした。カリーヌ妃殿下の離宮を出て直ぐにジゼット妃殿下に急ぎのお目通りの依頼をしに行きました。ジゼット妃殿下の離宮の侍女長が出て来られて、私の身分を確認し、顔色が悪いことを心配してくれて、応接室に通してくださいました。

 そこで温かいお茶を出され飲むように勧められました。私は震える手でカップを持ち紅茶を飲みました。ほっとするような味で涙が出てきました。そこへジゼット妃殿下がお出ましになりました。

 そして、私がカリーヌ妃殿下から受け取った小瓶について相談しました。するとジゼット妃殿下はこちらで対応するからと私に一旦王太子宮に戻るように言われました。翌日密かに連絡があり、カリーヌ妃殿下から連絡があれば連絡すること、と言われました。

 そしてカリーヌ妃殿下からその日の夕方に呼ばれ今度お茶会が王太子宮でありソフィーリア様が招待されているからその場で実行すること。そして裁判が行われるから最後に、王太子殿下に毒を盛ったのはソフィーリア様だと証言するように言われました」

 ソフィーリアに向けられていた罵声がカリーヌへと向かう。

「嘘をつくんじゃないと言っているでしょ!大罪を犯したのはソフィーリアよ!」

 カリーヌが衛兵に守られているシャロンに掴みかかろうとする。

「静粛に。証人はそのまま続けてください」

「私はそのままのことをジゼット妃殿下の侍女長に伝えました。すると夜に私の部屋にジゼット妃殿下と侍女長がお忍びで来られたのです。そして、まず、王太子殿下とアリーチェ様にそのことを伝えたこと。そして、飲んだフリをしようという話になったと話してくださいました」

「え!!」

 カリーヌが呆然としている。

 その時、裁判官席の後ろの段の上の右側のカーテンが開いた。そこには元気に笑って手を振る王太子殿下とアリーチェ様がいた。ソフィーリアは嬉しくて両手で口を押えた。ああ、よかった。お元気そうだ。またお二人の素敵な姿が見られる。そしてアレンディードの腕に縋り付き溢れ出した涙を見られないように俯いた。

「そんな、そんな、」

 カリーヌが幽霊でも見るように王太子殿下を指差している。

「ここからは僕が説明しよう。シャロンご苦労様。シャロンは、カリーヌ妃がライバルだと思っているジゼット妃側ならばカリーヌ側の人間はいないだろうと判断したそうだ。しかも母親は今クレイサー伯爵家で働いている。ジゼット妃の実家だ。

 それでジゼット妃のところに相談に行き、ジゼット妃が毒の鑑定を行った。毒は、即効性のものではなく、十日から二週間じわじわと内臓をダメにし、最終的に死に至らしめる毒だった。即効性では困ったのだろう。

 裁判どころではなくなるし、何としても自分たちに有利にして僕を殺すには裁判をして最後にソフィーリア嬢に罪を被せたかったんだろう。ジゼット妃と僕たちは密かに会い相談し、騙されて飲んだフリをしその場で倒れ、一部の限られた人間しか知られないようにして、体調不良と偽り部屋に閉じこもることにした。その間にシャロンには確実に飲ませたとカリーヌ妃に報告させ、ずっと苦しんでいると聞いていると伝えるように指示をした」

 カリーヌが膝をつき、見上げ震えている。

「カリーヌ妃は何故シャロンを選んだんだろうね?調査不足過ぎないかな?きっとカリーヌ妃の元にはお金で動く人間ばかりいるのだろうね。だからカリーヌ妃もクラディオンも誰でもお金で動くと安直な考えになるんだ。

 シャロンは今年の春に侍女専門学院を首席で卒業し、その後すぐに就職が決まっていた王宮で働きだした。しかも念願の王太子宮担当侍女だ。昨年末に王宮内で開催された就職面接会では、各宮や文官施設などの様々な場所の侍女長たちが何人も面接した中で、誰もがとてもしっかりとした考え方をする良い侍女になると取り合いになったほどだそうだよ。

 うちの侍女長が勝ち取ったと喜んでいたのを覚えているよ。そしてシャロンも僕たちが侍女専門学院に視察に行った時に是非うちの宮で働いて欲しいと声をかけていたんだよ。

 シャロンのことをカリーヌ妃は調べたんだろうけど、暗部のみ調べるからこのようなことになるんだ。最後までちゃんと調べないと。考え方が甘くて短絡的なんだよ。シャロンの母親は元王宮侍女だったが、子爵家の子息に見初められ妾として囲われることになった。

 その後シャロンが生まれ三歳の時に母子ともに捨てられて幼いころ貧しいとまでは言わなくても苦しい生活をしていたのは間違いない。妾になる時に王宮侍女勤めの勤務歴証明書を発行してもらわなかったそうだ。しかも、後からでも申請し発行できたのにそれを知らなかったらしい。

 けれどクレイサー伯爵家のメイドとして運よく採用され、働きながらシャロンを育て、シャロンは母親の王宮侍女時代の話を聞いて育ったんだ。自分も将来王宮侍女になって、母親を楽させたいと。

 王宮侍女は他より給金が良いからね。そして苦労して侍女専門学院に入学できるまでの学力をつけた。入学してしまえば学費はかからないし、その頃には母親もクレイサー伯爵家の副侍女長になっていたから二人ならそれなりに楽な生活をしていたそうだよ。

 日々努力した結果、見事首席で王宮侍女になったんだ。とても賢くて気の利く侍女だよ。選んだ人間が悪かったね。シャロンは僕たちを金で裏切るような人間ではないよ」

「違うのです!違うのです!シャロンとソフィーリアが結託しているのです!私はその者たちに嵌められたのです!」

「まだそんなこと言う?毒の入手経路も判明しているよ?毒はバラケ子爵家からもらったね?カロン嬢を介して。僕はちょうどバラケ子爵について調査していたんだ。

 まさか学園の舞踏会でこんなことが起こるとも思わなかったし、僕の暗殺事件にまで発展するとはさすがに思ってなかったんだけど。バラケ子爵は闇商人とつながっているという情報が入っていてね、半年前から極秘に捜査していたんだ。先日闇商人を摘発してね、その時に毒の経路がわかったってわけ。

 あとは子爵も今頃捕まっているころだろうね。クラディオン、とんでもない女性を選んだものだよ。そこの取り巻きたちも、何が真実か見極める力を養わないとこの先、生きて行けないよ?さあ!みんな、僕は元気だ。ソフィーリア嬢は何もしていない。これで分かってくれただろう?」

 王太子殿下の声でワーっと歓声が上がり法廷内は一気に王太子殿下への敬意に満ちた言葉で溢れた。

「嘘よ!そんなはずないわ!誰かが仕組んだのよ!」

 まだカリーヌ妃がごねている。

「もうよい」

 そこへ静かでありながらも威厳のある声がし、壇の上の左側のカーテンが開いた。

「陛下!陛下だ!!」

「国王陛下万歳!!」

 傍聴人たちが立って手を振り歓声をあげている。国王陛下の来臨である。その左右には王妃殿下とジゼット妃殿下が座っていた。

「ジゼット!!!」

 衛兵に囲まれているにも関わらずカリーヌがジゼット妃のところへ行こうとする。この様子を見れば明らかだからだ。これまでは国王陛下と王妃が並び、その後ろに側妃二人が座り控えていた。しかし今は横並びで三人が座っている。

 国王陛下には王妃、そして側妃ジゼット妃が共にお側に控えていることを表している。カリーヌが目指した場所にジゼット妃がいるのだ。王妃殿下が一番であるのは変わらないのだろう。

 しかし、これまで差はつけないと側妃二人を同様の立ち位置にしていたが、今回の件もあったのか、ジゼット妃がただの二番手より上、王妃とほぼ同等の立場としたのだ。その結果の座り方である。

「陛下、誤解なんです!ジゼット!こんな嘘までついて私を蹴落とそうとするなんて絶対に許さないわ!!!」

「もうよいと言ったであろう。この裁判をずっと始めからこの場所で聞いていた。ソフィーリア嬢とその弁護人を務めた二人は素晴らしかった。それに引きかえおまえたち二人は、人に罪を擦り付け、二人そろって嘘で固めた証拠で善良な者を貶め、犯罪者に仕立てようとした。

 クラディオンは危害を加えたから賠償金を払え、などと言って証拠もなく証言のみで良いと言って金で釣って嘘の証人を集めるなど見苦しい。しかも、カリーヌは王太子殺人未遂という罪だ。

 そなたらのやり口や考え方はよくわかった。それぞれ母親に自由に子育てをさせ黙って見ていた私も悪いのであろう。ソフィーリア嬢、済まなかった。至らぬ父親で申し訳ない」

 陛下の言葉に慌ててソフィーリアは縋っていたアレンディードの腕を離すと婦女子の最敬礼をした。

「勿体ないお言葉です。陛下にはお見苦しい話をお聞かせしましたことをお詫びいたします」

「よい。見苦しいのはそやつらだ。カリーヌは地下牢へ、クラディオンは最奥の離宮に幽閉せよ。追って沙汰をくだす」

 裁判官は陛下に礼をすると

「それでは閉廷いたします」

 と再度閉廷の宣言をしたのであった。

 留まることのない陛下や王妃への歓声と、その中に混ざるカリーヌへの罵倒が衛兵によって退廷させられていく傍聴人が減るにつれて消えていく。

 残された被告人側の取り巻き達の姿は既にない。親の元に走ったのだろう。こんなはずではなかったはずだ。ソフィーリアを貶めるだけのつもりだったはず。それが王太子殿下の殺人未遂事件へと発展するのだからその身では受け止められはしないであろう。謹慎で済めばいい方だ。

 そしてソフィーリアたちは改めて喜びを分かち合い、王太子夫妻と国王陛下夫妻に最敬礼をした。そして兄やフルールたちも駆けつけ法廷を後にする陛下たちを見送った。

「アレンディード殿下は王太子殿下が体調不良の演技をされていたのはご存じだったのですか?」

 ソフィーリアは確信をもって尋ねた。法廷に現れるタイミングが良すぎたのだ。

「ごめんね皆。知っていたけど箝口令が敷かれていてね。カリーヌ妃には絶対にバレないようにする為には知っている人間が少なければ少ない程いいからさ。僕は王太子殿下に呼ばれて、ソフィーリアを守るように言われたんだ。

 言われなくても守るけどね。それにしてもカロン嬢は恐ろしい人間だよ。まさか毒の手配も手伝っていたなんて。そんなに兄上が良かったのかねえ。王太子殿下が亡くなっても兄上が王太子となるとは限らないのに」

「そうなんですか?」

「そりゃね。二人の側妃にはそれぞれ派閥があって、王妃殿下の派閥がどこに付くかによっては僕が選ばれる可能性もあるんだから。王太子殿下が絶対なのはご本人の素養や素質もあるけど、陛下の一番が王妃殿下であることも大きい。

 しかも実家は公爵家だからね、王妃殿下は。その次なんて、どちらも年齢差もなく同じ伯爵家の母親、となれば、派閥争いは避けられないし、もちろん厳しく陛下が選定されるだろうけど。僕はのんびり公務をしながらソフィーリアと暮らせれば幸せなんだけどなあ」

 そう言ってソフィーリアの手を取り口づけした。

「アレンディード殿下!」

「怒った顔も綺麗だね」

「殿下!!」

 アレンディードが笑いながら手を握る手を強める。

「さあ、今日はみんな疲れただろう。帰って休もう。祝勝会はまた後日我が家でしよう」

 父がそう言って全員の退廷を促した。最後尾でソフィーリアとアレンディードが手を離す離さないで揉めているのをその場にいた全員が微笑ましく見守っていた。


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