裁判への意気込みと法廷内での醜い言い訳
いよいよ裁判当日。まだ王太子殿下は回復されておらず、疲れからくる体調不良と発表があったのみで続報も出ていない。一見いつも通りの王国内という感じが続いている。
メルディレン侯爵家にレティシアとルシールが早朝からやってきて三人で母たちが選んだドレスに着替えた。
ルシールは紺色のドレスで、横から後ろにかけて斜めにドレープがたくさんとられレースで首を覆い鎖骨は隠れている。肩から腕も繊細なレースで銀糸がところどころに入っている。髪は紺のリボンと一緒に編み込まれ左下にエメラルドを台座に大粒の真珠の髪飾りがつけられている。
レティシアは若草色で腰から裾まで金糸で刺繍がされている。鎖骨ラインは直角にカットされたデザインで、首には太めの同色の長いリボンが結ばれ後ろに流れている。髪はアップにされシニヨンが高い位置で作られ、そこにルビーを台座にしたこちらも大粒の真珠の髪飾りがつけられている。
そしてソフィーリアのドレスは、上が白、下が黒のドレスだ。首まで覆われるデザインで、胸元には白い小花で作られたコサージュがついており、黒いスカートラインはドレープがとられ、長さが左右非対称になっている。髪はハーフアップにされ、こちらも同じく、イエローダイヤモンドを台座に大粒の真珠の髪飾りがつけられている。
ルシールとレティシアは清楚かつ柔らかさがあり、弁護人として相手側や傍聴人に威圧感を与えないように配慮されたデザインで、ソフィーリアは立ち姿から凛としていて強さの中に善良さを感じるデザインになっている。
三人のドレスは、良質の布地が使われているのもあって、派手さも華やかさもないが、楚々として、良家の若き淑女の鑑のような仕上がりだった。舞踏会のような場所ではなく、演奏会を聴きに行く際に着用しそうなデザインだ。
「これで戦闘服は万全ね。ルシール、レティシア、ソフィーリアのことお願いね。二人とも、ソフィーリアの友人になってくれてありがとう。ずっとちゃんとお礼が言いたかったの。入学した当初はどうなるかと思ったのよ。同年代の友人がちゃんと作れるかどうか心配で。
早くから王子妃教育で勉強と仕事三昧の日々、大人に混ざっての社交、クラディオン殿下はあんなだし、信頼できるのは家族とアリーチェ様だけの状態でね、子供らしさを感じさせない育ち方をさせてしまったわ。でもあなたたちが学園で声をかけてくれたおかげでソフィーリアの笑顔が増えたの。
楽しそうに通う姿にほっとしたわ。帰って来てからは二人と何をしゃべったか、食べたか、そんな話をたくさん聞かせてくれて、少女時代をきちんと過ごしてくれて、、、本当にありがとう」
最後は母がハンカチで涙を拭いながら二人に感謝の言葉を述べる。知らず知らずにこんなに心配をソフィーリアはかけていたのだろう。
「侯爵夫人。私こそ感謝いたしております。ソフィーリアと友人になれてとても楽しい学園生活をしております」
「そうですよ。メルディレン侯爵家に遊びに来た時はいつも恐縮するほど歓待され、優しく接してくださりありがとうございます」
二人が母へと伝える。
「ありがとう。二人とも。その髪飾りはね、丁度お店に行った時に、たまたま三つ大粒の真珠が入荷したところでね、三人の誠実さ、美しさ、そして心の強さを表現できたらと思って、髪飾りに加工してもらったの。もちろんアレンディード殿下の領地産よ。三人の絆にしてもらえたら嬉しいわ」
「素敵なドレスと髪飾りをありがとうございます」
「夫人のお気持ちに応えられるよう、精一杯努めます。ありがとうございます」
三人で見つめ合い、深くうなずいた。
「さあ、闘いに行きましょう。恐れるものは何もないわ。真実は私たちにある」
「ええ。準備は整ったわ。嘘つきたちを叩きのめしましょう」
「必ず勝利へ。私たちの未来の為に」
騎士服に身を包んだマルグリットと母に見送られながら三人は馬車に乗り込むと裁判所へと向かった。
「お姉様頑張ってー!」
マルグリットが剣を振りかざしながら手を振っていた。
裁判所についたソフィーリアたちは先に来て準備をしている父と兄とポワレに合流した。控室に入ると、今回証人として出廷してくれるフルールたちや、必要な資料などが確認しやすく並べられていた。
「今日は来てくれてありがとう」
ソフィーリアがシルヴィとフルールを始め、証人たちに挨拶をして回った後ソファーに座ると、資料を確認していたルシールとレティシアも同時に座った。
「ソフィーリア様。とうとうこの日がきましたね」
シルヴィとフルールが話しかけてきた。
「ええ。必ず、勝ってみせますわ。二人のためにも」
「実は、フルールのお兄様のマクシム様が全ての借金を返済してくださったんです。残りの工事と復興も援助してくださるそうで、利子もなく少しずつマクシム様に返済しながら、マクシム様のお店がフォール伯爵領に完成して軌道に乗ってその売上次第では、その返済もしなくていいとのことでした。
感謝してもしきれません。エタンも子爵家もこのことをまだ知りません。この裁判の後、正式に婚約解消を申し出ることにしました。その時に揉めるようでしたら、私も裁判をします。私とフルールにしてきたことを訴えれば、婚約解消はできるでしょうから。精神的苦痛を受けたことは間違いがないですし」
「お兄様はもの凄い怒ってらっしゃるのです。私と年が離れているのもあって、まるで娘かのように過保護で、シルヴィのことも実の妹のように可愛がっているんです。
領地もない男爵家である我が家に、由緒ただしい伯爵家のシルヴィが普通の顔をしていつも遊びに来るんですもの。可愛い妹の可愛い友人が困っているなら手助けをと。それからエタンには鉄槌をと、なりました」
シルヴィの顔は以前より明るくなっていた。あの舞踏会以降、エタンとは会っていないそうだ。フルールの家に避難し、フォール伯爵家にはエタンが何度か来たそうだが、シルヴィの家族も執事も療養中として断固として家の中に入れなかったそうだ。
フルールの家にも来たが、そもそも商家なので家族全員本店や支店、買い付けなどで忙しく家にいないことが多いので執事に全て対応させ帰らせたそうだ。エタンは納得していないようだったが、勝手に入れば不法侵入として警備兵を呼ばれかねない為か帰っていったそうだ。
「これで心置きなくエタンをつぶせますわ。私の婚約者はアペール商会の長男で、爵位はありませんが優良経営をしている商会です。アペール商会は今回のことでバルビエ子爵家へ商品を売らないと宣言しています」
アペール商会。食品を主に扱う老舗の優良商会だ。穀物や調味料にスパイス、茶葉まで、国内に何店舗も支店を持ち、多くの貴族が利用している。独占販売しているわけではないが、アペール商会しか手に入らないものもあるので買い物ができないとなると、不便極まりない生活になるだろう。
「ふふふ。それは大変ね。エタンは両親に叱られるだけで済むかしら?」
レティシアが楽しそうに笑っている。
「済まないでしょうね。フォール伯爵家との縁が切れ、アペール商会からは商品を買えないなんて、もう上なんて目指せないわよ。まあ、クラディオン殿下についた時点で終わっているわね」
ルシールも厳しいことをはっきりという。
「さあ、皆さん、開廷の時間です、法廷へ向かってください」
ポワレの指示でソフィーリア立ち上がると決意も新たに法廷へと向かった。
法廷に入ると傍聴席は満席で、ソフィーリアたちが入廷したことで熱気が更にあがったようだ。家族席から両親が黙ってこちらを見ている。その後ろにはルシールとレティシアの両親も着席していた。
相手側を見れば、まだクラディオンたちは来ておらず、家族席にも誰もいない。
ソフィーリアたちが着席し、法廷開始時刻が過ぎてもクラディオンたちの姿が現れないことに法廷内がざわつき始める。
そこへ、カリーヌ妃が登場し家族席へと着席した。
「時間が過ぎました。そろそろ始めましょうか」
ウィシュラー裁判官が被告席が無人のまま開廷する宣言を行った。
「では原告、ソフィーリア・メルディレン」
ソフィーリアは名前を呼ばれると答弁席に向かった。
「訴状。私、ソフィーリア・メルディレンは国立学園の舞踏会において、衆人環視の中、大声で事実無根の罪でグラディオン殿下に断罪されました。身に覚えがないことをお伝えしても聞き入れてもらえず、性悪女と私の友人とともに罵られ、話したこともない方たちからも私から危害が加えられたと偽りの発言があり、また、アルビン新聞社がこの捏造された罪の記事を掲載し、私とメルディレン侯爵家の信頼を失墜させました。
加えて発言すれば、今回の新聞に掲載されたことで、私がしたとされることは、何一つとって事実ではなく、また、私は学園内でも学園外でも誰にも危害を加えておりません。嘘偽りなく証言することを誓います。よってクラディオン殿下及びアルビン新聞社を名誉棄損と虚偽の流布による信用棄損罪で訴えます。以上です」
ソフィーリアは念のためもっていた訴状の用紙を見ずにしっかりと前を向き、裁判官の目を見て訴えることができた。まずは一安心である。ここで言い淀めば心証が悪くなるかもしれない。とそこへ、
「嘘を申すな!ソフィーリア!」
叫び声とともに扉がバン!と開かれるとそこにはクラディオンとその取り巻きたちが立っていた。今頃のご登場、いや、敢えて遅れてこのタイミングで入って来たのか、何にせよ、裁判に遅れるなど裁判官の心証を悪くすると考えなかったのだろうか。
クラディオンたちはそのまま歩いてくると被告人と書かれたプレートを外し座った。弁護人はエタンと取り巻きの一人が務めるようだ。オスマン伯爵家のコンスタンの姿が見当たらない。
体調不良か、もしくは、家族に出廷を止められたか。どちらにしてももう一人の弁護人はバイヨ子爵家のポールだったか、が務めるらしい。他の取り巻きは証人控室にでもいるのか見当たらない。また新聞社関係者もいない。新聞社も訴えたのに。
「ソフィーリア!まだ嘘をつくのか!情けないと思わないのか!!しかもあんな内容の新聞を庶民なんぞにばら撒いて。その上でアルビン新聞社をも訴えるとは良識の欠片もない女だな!」
席にも着いて早々そうまくし立てる姿に眉間にしわが寄る。
「お静かに。また、開廷時刻を過ぎての入廷となりますので遅刻された理由をまずお聞きしましょう」
裁判官が起立を促し問いかけるが、クラディオンはそれに従うつもりはないようだ。
「英雄は遅れてやってくるものだ。本来ならこんな裁判に来るつもりなんてなかったんだが、ソフィーリアの勝手な言い分が通っても困るから仕方なく王子である僕が来てやったんだ。感謝されこそすれ咎められるいわれはない」
椅子にふんぞり返る姿に、こんな人ではなかったはずなのにいつからこんなになってしまったのか?とソフィーリアは過去を思い返した。出会った当初はもう少し優しさと少し気の弱さが見られたが、このような傲慢な態度をとるような人間ではなかったはずだ。
何が一体このように変えてしまったのか。このような振る舞いを取れば国民がどのように感じるか、王族としての基本的振る舞いの仕方も忘れてしまわれたのか。裁判官の言葉に返答する気はないようだ。
「では、原告側からお願いします」
裁判官は諦めたようでソフィーリアたちに促した。
「ルシール・アスランです。噓偽りなく述べることを誓います。では裁判官。双方から証人依頼を出されているバラケ子爵家のカロンさんから証人尋問をお願いします」
ルシールが手を上げて発言した。
「証人カロン・バラケをこちらに」
裁判官に促され証人入口からカロンが法廷に入ってきた。ドレスはピンクでフリルがふんだんに使われている。いかにもカロンが好みそうなドレスだ。舞踏会の時はフリルがリボンになっていたが、おおよそ法廷の場に相応しくはない。
「カロン・バラケです。クラディオン殿下の婚約者です。よろしくお願いします。でも私は悪いことは何もしてません。嘘もついていません。そのことを誓います」
婚約者とはいったい。まだカリーヌどころか陛下にも認められていないだろうに、事実と違う発言をすれば偽証罪だ。
「カロンさん。まだ婚約者ではありませんよね?そのようなご発言はクラディオン殿下に不利に働きますから撤回なさった方がいいですよ」
ルシールが親切にも指摘をする。
「また酷いことを言うんですね!私が身分が低いから王子妃になれないと思って!私は婚約者です。クラディオン殿下にプロポーズされ婚約したんです。ほら!」
カロンは大きなダイヤモンドの指輪を見せつけている。
「カロンさん。婚約式も終わっていませんし、陛下から許可が出たとも聞いておりませんので、正式に婚約者になられたわけではありませんので、お控えになられたらいかがですか?」
「何よ!侯爵家の自分より子爵家の私が王子妃になるのが妬ましくてそんないじわるを言うのね!酷いわ。身分で差別して!」
カロンは涙目で裁判官を見ている。
「カロンは僕の婚約者だ!婚約式はまだだが二人で誓い合ったのだから充分であろう!」
クラディオンがルシールを怒鳴りつける。これが庶民であれば、婚約式を省略して両者の意思で婚約したものとすることは珍しくないが、貴族更には王族が婚約式をする前に婚約とは例がなく、また両家が認めている状況ではないので婚約は認められていないものと考えられるから、カロンの身分詐称とまではいかないにしても認識の甘さが露呈している。仮にも王族に加わろうという人間の発言としては不適切だ。
ルシールは眉間に手を当てた後、気分も新たにカロンに問いかけた。
「カロンさんは舞踏会の日、ルコットの月に一度販売されるケーキを放課後食べに行こうとしたら、図書館棟の階段からソフィーリア様に突き落とされたとおっしゃいました。
しかしその日はソフィーリア様は早退されていた、と聞くとその前の月だったと発言を変更され、それもまた無理な日だったと知ると別の日だったと二転三転してますよね。まず始めにカロンさんが指摘した日は9月27日金曜日でした。
ご存じの方もいらっしゃると思いますが、ルコットの月に一度販売されるケーキは第四金曜日に販売されます。金曜日ということは、翌日が土曜日ということで学園は休日です。そんな金曜日をそう何回も間違えるということはあるでしょうか?」
まずは軽い質問からといったところだろう。
「私はうっかりミスが多いので曜日や日にちなどは間違えるのがしょっちゅうですから間違えることもあります!誰にだってミスはあるでしょう?」
「裁判官!私からも意見をよろしいでしょうか?」
エタンが挙手をして裁判官に発言の許可を求めた。それに黙ってうなずいて許可が出る。
「カロン嬢は軽いミスを多くする女性で、それがまた彼女の魅力となっているんですよ。ルシール嬢の様にカチカチに何でもきちんと覚えている女性の方が珍しい。カロン嬢の魅力はあなた方のような女性には程遠いですかね。揚げ足取りは見苦しいですよ」
何ともルシールをバカにした発言だ。隣のレティシアの持つペンが折れた音がした。
「そうですね。誰にでもミスはあるでしょう。では質問を変えます」
ルシールはエタンの嫌味にも素知らぬ顔で続けようとする。ルシールにしてみれば、その発言こそ女性をバカにした発言で、結婚すれば領地経営などは妻も参加するのが当たり前で、別に職を持っている夫だった場合は領地経営のほとんどを妻が担うことになるのだから、ちょっとしたミスも続けば家が傾く。
ルシールはエタンの発言については浅はかな思考しか持ち合わせていない残念な男と判断していそうだ。
「カロンさんはソフィーリア様に突き落とされたのは図書館棟とおっしゃっていましたが間違いありませんか?」
「間違いありません!」
「そうですか。カロンさんは図書館を利用されたことはありますか?」
「もちろんあります!バカにしているんですか?私だって成績は良くないけれど本くらいは読みます!また私をバカにして!身分だけではなく成績でもバカにするんですか?!」
「僕はカロン嬢と図書館に行って本を借りたことがある。カロン嬢に失礼な発言だな」
発言したのはポールである。
「発言する場合は挙手をお願いします」
裁判官が静かにポールに注意をする。
「ええ、では、図書館の構造はおわかりだということですね。学園の図書館棟は三階建てで、一、二階が蔵書スペースです。窓の近くにはその場で閲覧できるように椅子が配置されています。そして中央の螺旋階段で二階まで繋がっていますが、カロンさんが突き落とされたとおっしゃる階段はその階段でしょうか?」
「違います!螺旋階段だったら目撃者が多いじゃないですか!ソフィーリア様がそのような人目のある場所を使うはずがありません!私が突き落とされたのは図書館の横の階段です」
「というのはいわゆる図書館の外階段と言われている階段ですね?外階段の何階ですか?」
「三階です!」
「外階段は図書館棟に入って左側が図書館の入り口、右側が外階段になっていて三階まで続いていますが、その三階ですね?」
「何度も言わせないでください!その階段の三階です!」
「そうですか。そうですね。学園に通ったことがある方ならご存じの方も多いかと思われますが、三階は学習室になっています。
出された課題について調べものをしたり、試験前に友人と一緒に勉強会をしたりといった用途に使用されています。階段を上って直ぐに学習室の入口なので、カロンさんがおっしゃることによれば、カロンさんもソフィーリア様も学習室を利用していて、カロンさんが学習室を出たのを追いかけてソフィーリア様が突き落とした。
そして振り返ったらソフィーリア様が去って行く姿が見えたということは、カロンさんを突き落とした後ソフィーリア様は学習室に戻られたことになります。違いますか?」
「も、戻られたんじゃないですか?」
「ええ、戻るしかないのです。戻らないなら、出て行く為にはカロンさんの横を通り過ぎなければなりませんから、振り返って見えたとカロンさんがおっしゃるなら戻ったことになります」
「だったらなんなのよ!」
「カロンさんは学習室を利用されたことはありますか?」
「あるわよ!だからそこにいたんだから!」
「そうですか。そうなるとおかしなことになりますわね。学習室の利用には学生証の提示が必要になります」
「え・・・・」
「入室した際に司書に学生証を見せ名簿に名前を書き、手荷物を提示します。図書館で借りてきた本や勉強道具だけならそのまま通り、図書館棟から持ち出し禁止の書籍を持っている場合は学習室への持ち出し許可を図書館でもらって学習室で許可証を提示します。貴重な書籍がたくさんありますからね」
ルシールがにこっとカロンに笑いかける。
「ですから、その名簿を確認したんです。念の為ソフィーリア様が入学されてからの記録を。そうしたら、ソフィーリア様のお名前もカロンさんのお名前もありませんでした。これはどういったことでしょうか?お答えくださいませんか?カロンさん」
「え、えっと、それは、ソフィーリア様のことは知りませんが、私は入る前に帰ろうとしたので、、、」
「そうですか。先程は利用したことがあるとおっしゃっていましたがそれは置いておきましょう。じゃあソフィーリア様はたまたまあなたが初めて利用しようとした学習室を先回りして待ち伏せして階段の上で待っていた、ということになりますね」
「そ、そうです。ソフィーリア様は中に入らず私を待ち伏せしていたんです。どこからか私が図書館棟に向かうのを見ていたので先回りしたのでしょう」
「誰にも見られずに放課後あなたを見張り図書館棟に行きそうだから、学習室を利用するかもしれないからそこで待ち伏せしよう、とソフィーリア様が考えて行動した結果、運よくカロンさんが三階に来たので突き落とした、ということですか?」
「そ、そうです!」
「それなら上がってきた時点でソフィーリア様がいらっしゃるのがわかったのではありませんか?階段と学習室の間は短く隠れる場所などありませんわよ。―――以上です」
「違う!違うの!!」
騒めく法廷内にカロンの声が響き渡る。
「裁判官!発言の許可をください」
エタンである。裁判官が許可を出すとカロンの側に寄って行った。
「正に傲慢な質疑の仕方だ。カロン嬢を理論ずくめで追い詰めようとは!カロン嬢、思い出してください。本当に三階でしたか?もしかしたら二階だったのではありませんか?
焦らずゆっくり思い出してください。思い出すのも辛いかと思いますが、これは大事になことです。皆さん!カロン嬢はうっかり間違えることが多いと先にも述べました。これもきっとカロン嬢の記憶違いです。二階だったのではありませんか?二階の階段は図書館の二階に入れるようになっています。違いますか?」
オロオロとしていたカロンがハッとした顔で裁判官を見る。
「はい!私は勘違いをしていたようです。二階です。だから先回りしていたソフィーリア様がわからなかったのです!」
よく言えたものだ。ここまで来ると感心する。どちらの階であっても登ってきて落とされたなら振り向かなくても誰か分かっただろうに。
「皆さん!お聞きになりましたか?カロン嬢は二階からソフィーリア嬢に突き落とされたのです!なので学習室に名前がなくても、先に来ているのも知らなくても間違いではないのです!カロン嬢はうっかりが多いのです!そこがまたいいところなのでご理解ください!」
何だろう。カロンを逆にバカにしているように聞こえるのは気のせいか。傍聴席のざわめきが止まらない。
「そもそも本当にその日に公務だったというソフィーリア嬢こそ完璧なアリバイ過ぎておかしくはないか?用意周到過ぎるだろ!」
「そうですか、ではその日のソフィーリア様の予定を。9月27日、12時15分王宮の馬車で学園に迎えに行く、12時30分控室に置いてあるドレスに着替えアリーチェ王太子妃と軽食、13時30分アリーチェ王太子妃と侍女専門学院視察、15時30分視察終了、」
「そこで視察が終わっているならその後学園に戻れば、」
「15時45分アリーチェ王太子妃とルルタン洋品店で王女様の衣服選び、16時50分メルディレン侯爵家到着。これは第二王子殿下とその婚約者であられたソフィーリア様の執務の管理をしている文官がつけている、ソフィーリア様の予定表から抜粋したものです。文官がアリーチェ王太子妃との公務に関してのことで嘘がつけるとでも?」
「嫌、嘘ではなく日にちを間違えて書くなどあるだろう!」
エタンが苛立たし気に言ってくる。
「わかりました。では証人をお願いします」
「証人!?」
しばらくすると一人の青年が入ってきた。制服を見ればわかる人にはわかる、王宮に勤める文官の制服だ。
「お、おまえ!!!えっと、」
クラディオンが見覚えがあるが名前を思い出せないようだ。
「アドルフ・アベールと申します。第二王子の執務室担当の事務官をしております。国王陛下にお仕えする者として宣誓します」
ハッとクラディオンがアベールを見る。
「私は第二王子殿下と婚約者であられたソフィーリア様の予定の管理を主に任されております。こちらが予定表の原本になります。上司の許可を得てこちらにお持ちしました」
アベールが裁判官に見せている。
「そちらの予定表にもありますように、ソフィーリア様の予定表はびっしり埋まっている日がほとんどで、件の日の前後も予定が詰まっております。ですから、誓って、日にちの書き間違いはありません。些細なことも、例えば寄り道先も付け加えておりますので日にちが過ぎれば予定表が行動履歴表になります」
「おまえは僕の部下だろう!何故ソフィーリアの味方をするんだ!クビにしてやる!」
「不規則発言は認められません」
静かに裁判官がまた告げる。
「私は王命により、今回の裁判で必要な証言証拠があるならば速やかに提出するように言われております。誰の味方でもありません。聞かれたことに対して嘘偽りなく証言しただけです」
裁判官が渡された予定表を確認し終えるとアベールに返却している。
「いや、だったらやはりカロン嬢の記憶間違いで全く別の日だったんだろう。その、予定表に予定が入ってない日だ!」
エタンが疲れた様に席に座り込む。
そこでレティシアが立ち上がり裁判官に発言の許可をもらった。
「レティシア・オブランです。噓偽りなく発言することを誓います。では別の質問に移ります。カロンさんは聖堂からの帰りの渡り廊下でソフィーリア様からバケツの水をかけられたとおっしゃっていましたが間違いありませんか?」
「ま、間違いありません!」
「そうですか。舞踏会の時もそうおっしゃってましたわね。でも水浸しになった廊下は拭いて帰らなかったともおっしゃっていました。ですから私たちの方で調べました。
その結果、水浸しになっていた日は、一度もない、と回答いただきました。こちらは学園に勤務している清掃や庭園管理、学園内の設備管理など様々な職務で働かれている方々に質問したものです。無記名で学園長に頼んで質問用紙を配布してもらい、回収もしてもらいました。配布枚数と回収枚数は一致しています」
そう言ってレティシアが裁判官に紙の束を渡す。証拠の一つだ。
「そんなのは証拠にはならない!」
クラディオンが叫んでいる。
「お静かに。発言の許可を取ってからにしてください」
しぶしぶといった感じでクラディオンが挙手をする。
「被告人どうぞ」
その言葉に法廷内が更に騒めきだす。
「被告人だと!僕は第二王子だぞ!裁判官!おまえの顔と名前は覚えておくからな!」
「静粛に。不規則発言は認められません。発言を続けられますか?」
グッと詰まったようにクラディオンが裁判官を睨みつける。
「とにかくだ、カロンが嘘をつくわけがない。嘘をつくような人間ではないのだ。床が水浸し?誰かが拭いたのを忘れたのだろう。昨日今日の話ではないのだから。信用に値しない証拠だ!」
レティシアは王子だからといって引くような性格ではない。
「ではクラディオン殿下。カロンさんだけが本当のことを言っていて、学園で働く人たちは全て記憶力がなく忘れてしまっている、とお考えですか?理由もなく廊下が水浸しなんて見つけたら上司に報告するのではありませんか?少なからず数人の目や耳には入ったはずです」
「数人だろうが何だろうが関係ない!カロンが嘘を吐く必要はないんだ!覚えていないだけだろう!掃除なんか毎日一緒のことをするんだからすぐ忘れるさ!」
「裁判官こちらを」
レティシアがもう一束紙を渡している。
「殿下、私たち学園生が勉強に集中できるよう、各々責任を持って職務にあたってくれています。今ほど裁判官にお渡ししたのは職員の作業日誌です。毎日つけるもので、各自の担当場所で異常がなければ異常なし通常通り業務終了、通常業務以外のこと、つまり異常があれば必ずそこにどういったことがあったのか書き記されます。
それは些細なことでもです。些細な見落としが大きな事件に繋がることもあるのだそうです。記憶がない、ではありません。記憶にも記録にもない、が正しいかと。以上です」
ポールが走り出ていくのが見えた。証人控室に行くのだろう。
「屁理屈をこねるな!ならばカロンの記憶間違いだろ!そうだ!水浸しになっても誰もおかしいとは思わない場所とか!庭園とかはどうだ?そこなら濡れていてもおかしくはなかろう!それか雨の日だったんだ!」
「そ、そうです!庭園です!雨の日でした!」
「庭園ですか。そもそもカロンさんは舞踏会で、聖堂でお祈りをしたあと、帰りの渡り廊下とおっしゃっていました。カロンさんは場所だけではなく、聖堂でお祈りをした、ということさえ忘れてしまう程物忘れが激しいのでしょうか?」
「酷い!!たまたま今回忘れているだけじゃないですか!そうやって成績優秀者で身分が高いからとバカにしてくるんですね!」
「たまたま、ですか。まあ良いでしょう。カロンさんへの尋問は終了します」
「勝手に終了しないでよ!私はたまたま記憶違いをしただけ!私は悪くないわ!悪いのはソフィーリア様よ!」
「証人。退廷してください」
裁判官が静かに退出を促すがまだ言い足りないのかレティシアを睨んでいる。あれがか弱い女性のすることだろうか?
「証人。聞こえませんでしたか?退廷してください。衛兵、証人を退廷させてください」
裁判官の言葉に法廷内の衛兵が動き出す。
「やめてよ!触らないで!私はクラディオン殿下の婚約者よ!無礼でしょ!!」
「カロンを離せ!何様のつもりで僕の婚約者にそのような仕打ちをするんだ!」
「静粛に。不規則発言は認められません。証人は素早く退廷してください」
あっという間にカロンが法廷内から連れ出されて行った。これで一番の山場は越えただろう。法廷内の騒めきはより一層高まった。
そこでエタンが挙手をする。
「証人アメリー・タガサを呼びます」
しばらくしてアメリーが法廷に入ってきた。その様子は如何にもおどおどしていて頼りない。
「アメリー・タガサです」
「宣誓を」
「宣誓・・・」
「法廷内において嘘偽りなく虚偽の発言はしないという宣誓です。説明は受けませんでしたか?」
裁判官が表情を変えずに聞いている。
「受けました。宣誓ですね。宣誓、、、、」
「どうされましたか?」
明らかにアメリーの顔色が悪い。ガタガタ震え始めている。
「体調が悪そうですが、一旦退廷し、医師の診断を受けますか?稀にこういった場では極度の緊張で体調を崩す方がいらっしゃいます」
裁判官が尚も言い募る。
「どうしたんだ、アメリー嬢。まさか今さら体調不良とは言わないよな?」
エタンが低い声でアメリーに問いかける。
「わ、私は、、、」
「ゆっくりで良いんですよ。深呼吸してください」
ルシールが静かに声をかける。すると、
「ごめんなさい!私はソフィーリア様から何もされていません!!」
そう言うとアメリーは走り去って行った。チッと誰かの舌打ちが聞こえた。