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一緒に戦ってくれる友人への感謝と新たな婚約者へのときめき

「クラディ――――!!おまえは何てことをしてくれたの!」

 怒号が響いたのは内宮の左隣の離宮からだった。

 扉を開けるなり怒声を上げた母親にお茶を飲んでいたクラディオンは驚いた様子で振り返った。

「母上、何をそんなに怒っているのですか?」

「今ほど陛下からのお呼びで御前に行ったら、ソフィーリアとおまえの婚約を解消すると言われたわ!しかもとてもおまえにお怒りだったじゃないの!何てことをしてくれたのよ!」

「何と!さすが父上話が早いですね。昨日その件で面談の申し入れをしたのですよ。しかしながら解消ではなく破棄ではありませんでしたか?」

「違うわよ!解消よ!私が折角決めた婚約者だったのにおまえは何もわかってないわ!」

「母上、ソフィーリアは僕には相応しくない悪女ですよ。王子妃なんてとても任せられません。それに引きかえカロンは聖女のよ、」

「悪女かどうかなんて関係ないの!家門!資産!権力!それが全てよ!本物の聖女ならいざ知らず、おまえにとって聖女のよう、なんていらないのよ!」

 正に鬼のような形相である。

「更に裁判ですって!?もう裁判所から書類がおまえ宛に届いているわよ!」

 カリーヌは怒りに任せて書類を机に叩きつけた。

「何をそんなに怒っているのですか?裁判なんて言い出したのはソフィーリアですが、勝つのは僕ですよ。たくさんの証人がいるのですから。王族を訴えるなんて愚行をしたソフィーリアには相応の罰がくだりますよ」

「クラディオン!!それだけじゃないわ!アレンディードがソフィーリアの婚約者に立候補したそうじゃないの!あの女にせっかく育てたソフィーリアを取られるなんて許せないわ!!私がおまえのことを思ってしてきたことが全部台無しじゃやないの!」

「アレンディードは女を見る目がないまだ子供なんですよ。直ぐに理解するでしょう。それよりカロンの話です。カロンは素晴らしい女性です」

 カリーヌの怒りの目がクラディオンに向けられた。

「どこが素晴らしいか言ってみなさい!」

「か弱く守ってあげたくなるほどの愛らしさ。可憐で優しく、それでいて僕の話を聞いてくれて、」

「で?ピアノはもちろんハープも弾けるわよね?経営学は学んだの?各国の歴史は?何か国語話せるの?学園での成績は何位なの?!」

「そんなものは必要ではありません。最低限の王子妃教育で充分です。今から学べば良いんです。後は僕の心の支えになってくれれば」

「おまえには何度も言ったわよね!王太子に何かあればおまえがこの国の王になるの!その為に必要なことをしなさいと言ったでしょう!!」

「母上のおっしゃる通りに友人を作り人脈を広げようとしています!兄上はお元気そうですからそうそう何かなんて起こりませんよ」

「そうじゃない!!おまえが王になれるようにならなくてはならないの!転がって来るのを待つだけなんてダメなの!王太子が即位して王子が生まれてしまえば、継承順位はまた二位なのよ!そうならない為におまえとソフィーリアを婚約させたというのに!!」

「お言葉ですが母上、ソフィーリアは性悪でとても王妃どころか王子妃も務められるような女ではありません」

「何を言っているの!あの子のどこが性悪よ!王妃どころか陛下まであの子を可愛がっているわ!おまえに用意された文官たちもあの子の言うことを聞いてきちんと仕事をしているし!私がこっそり混ぜ込んだ王太子妃教育もしっかり知識に入れさせたのに!私から言わせれば、おまえが性悪女に引っかかって自ら舞台から降りただけ!」

「母上!言っていいことと悪いことがあります!カロンは性悪女ではありません!」

「はあ、もういいわ。やってしまったことはもう戻れないの。今さらメルディレン侯爵家に行って婚約しなおしなんて陛下がお許しにならないわ。こうなったら必ず裁判に勝ちなさい!何としてもソフィーリアを悪女に仕立て上げるのよ!新たな婚約者についてはまた私が考えるわ!」

「母上!カロンに会ってください!そうすれば彼女の素晴らしさがわかるはずです!」

「はあ、わかったわよ。会ってあげる。どっちにしろ側妃にするなら会わないとだから」

「側妃では、」

「私が会ってあげるっていうんだからカロンという女には感謝するように言っておきなさい!」

 片手を額に当ててカリーヌは息子を見ることなく指差し命令する。顔には明らかに疲れが出ていた。寵を競う王宮において、国王陛下に怒られるなどあってはならないことだ。

 ただでさえ国王陛下の一番は常に王妃である。この事実は入宮してからずっと変わっていない。カリーヌは入宮した当初、若く美しい自分が王妃を越えて一番になれると自信を持って入宮した。しかし、意気込みとは裏腹に思い通りにはならなかった。

 王妃が一番、そしてその次が側妃の自分とジゼット。どちらが上かわからなかった。それが嫌でたまらなかった。一番がダメならせめて二番にまずならないと始まらない。だから競う相手は同じ側妃のジゼットと決めて水面下で蹴落とそうと画策した。

 そして先に妊娠した時は大喜びしたのだ。このままいけば二番にはなれると。その後ジゼットが妊娠したが、自分の息子は継承順位第二位である。

 王太子に万が一のことがあれば自分の息子が国王だ。だからジゼットより自分の方に寵があると思いたかったが、ジゼットと自分ではどちらが上か今でもわからなかったのだ。

 どれだけ陛下のお気に召すだろうことをしても、陛下はそれだけ二人に関しては平等だったのだ。しかし今回の件で確実に寵は薄れた様に感じた。長年の自分の努力が台無しになったのだ。

「僕が生涯愛するのはカロンです。父上も正妃として認めてくれるはずです!」

「私が認めないわ!あなたには国王になってもらう!」

「何を言い出すんですか?兄上がいる限りなれませんよ」

「いなくなれば状況が変わるでしょうが!そうなった時、正当な順番ならあなたが国王なの!だけど、あなたとアレンディードでは年齢的にも後ろ盾的にも大差がない。だからいざという時の為にメルディレン侯爵家から婚約者を選んだのに!!もう何てことしてくれたのよ!!あなたはとにかく裁判に勝ちなさい。カロンとかいう娘は側妃にすればいい。侯爵家から正妃を探します。良いですね!」

「僕にはカロン、」

「黙りなさい!あなたは私の言うとおりにしていれば、国王になれるの。あなたが国王になるのよ」

「そんな、僕が、母上本気ですか?」

「もちろんよ。だから私の言うとおりにしなさい!」

 その為には新しい有力貴族の娘との新たな婚約と、メルディレン侯爵家の力を削ぐこと。

 カリーヌはどうしても一番になりたかった。ずっと一番を狙っていた。二番なんて嫌。ましてや三番なんてもっと嫌。私が王妃とジゼットを出し抜くにはどうしたらいいのか?カリーヌはより頭を悩ます事態にした息子を睨みつけた。

 王太子妃が妊娠した時は慌てたが生まれたのは王女だった。王子のみに継承権があるからまだクラディオンが二位だ。王太子を失脚させるにはどうしたらいい?ずっとこのことを何年も考えてきた。自分に害が及ばず、ことを成すには慎重にならなければならないが、もう悠長に言ってられそうにない。

 この裁判の結果次第では継承権三位に転落も考えられるのだ。その前に一位になることと、裁判に勝つこと。自分が一番になれないなら、せめて息子を一番にしたい。カリーヌはペンを取った。

 

 舞踏会の翌日は休日で明けて月曜日。お昼休憩時間。学園の庭園内のガゼボでソフィーリアたち三人は座って話し合っていた。遠くにフルールたちの姿が見えるが気づかないフリである。仲良くしている姿を見られれば裁判に証人としてあの二人が出廷するのでは?と予測されるだろうことを考えて敢えて教室内でも接触を避けていた。

 今朝登校したら大変な騒ぎになっていた。ソフィーリアを擁護する者、非難の目を向ける者、そして関わらない方が賢明だと判断した者。それぞれが様々な憶測で言い合いをしており、そこに入って行ったソフィーリアを見てきたが、ルシールたちが側に居てくれるので怖くはなかった。

「シルヴィさんの婚約解消も上手く行くかしら?」

「大丈夫よ、ソフィーリア。あの男が裁判後に待っているのは地獄よ。シルヴィさんから婚約破棄を突きつければいいの」

「そうそう」

 とレティシアが紙束を片手に頷いている。

「真剣に見てるけどそれ何?」

「ん?ソフィーリアや私たちが直接動くわけにはいかないかなと思って、クラス委員長にこっそりクラスで情報集めをしてもらったのよ。紙を渡して、クラスの皆さんが無記名でソフィーリアについてどう思っているか書いてもらったの。それをね、今読んでいるのよ」

「「いつの間に!」」

「もちろん、私たちが欲しがっているっていうのではなくて、クラスで何が起こっているか把握したいっていう理由でやってもらったのよ」

「さっすがレティシア抜かりはないわね」

「まあねえ。もっと褒めてくれてよくってよ」

 レティシアはにっこりと笑った。

 クラス委員長はジョフロワ公爵家の長男ヴィクトルだ。先代国王の妹の降下先で父親が現在の国王の従弟になる。元々何代かごとに降下先になるので、皇室との縁が深い公爵家である。名門公爵家らしく、美術館や劇場のオーナーなどもしていて、成績優秀なヴィクトルはそれらの仕事を任されているようだ。なので、こっそり人気の観劇のチケットを融通してもらったことがある。優しく真面目な性格で、クラスでの信頼も厚い。

「お昼前に全員分集まったって持ってきてくださったわ。さすがヴィクトル様よね。女子も男子も直ぐ書いて持ってきてくれたらしいわよ。まとめるとね。ほとんどが、ソフィーリアは悪くない、という意見ね。

 知らないところでは何があるかわからないから何も言えない、ってのも何人がいるけど、それらは、日和見の意見だし、クラディオン殿下があれだけ言うのならそうなのだろう、ってのもいるけど、まあきっと、無記名だからわからないけど、カリーヌ妃側の家門の出の人でしょうね。クラスに何人かいるのと枚数が合うわ」

「じゃあ、大半はソフィーリアは悪くない、になるわね」

「そうね。書いてあることも、自分たちがそういった目に遭ったことはない、言われたことはない、とか、身分差で差別されたことなどない、とか。そもそもクラディオン殿下と学園内で一緒にいる姿を見ないから、関係はどうなっているのか疑問に思っていたとか。

 授業が終わると直ぐ帰るから忙しいのだろうと思っていた。学園内で一人でいる姿を見たことがない、ってのもあるわ。クラス内での話でしかないけど、ソフィーリアの評判は悪くないのがこれでわかるわね」

 レティシアが回答用紙をルシールに渡す。

「本当ね。否定的な意見の人も具体例はないわね。クラディオン殿下が言うのだからそうなのだろう、なんて、自分の目で何を見ているのかしら?哀れだわ。無記名なんだから正直に書けば良いのに家門に縛られるなんて、仕方ないことかもしれないけど。あんな王子の味方しても将来はないわよ」

 二人の口がどんどん悪くなっているような気がしてソフィーリアは思わず笑い声をあげた。

「どうしたの、珍しいわね、ソフィーリアがそんなに感情を出すなんて」

 未だ回答用紙を手にしているルシールが言ってくる。

「だって、楽しくて。今までも一緒にいると楽しかったけど、二人がこんなに私のことを考えてくれてたんだと思うと嬉しいのと同時に、友人って本当に大切だなって思ったら、二人の口調がすこーし悪くなってきててもそれが逆に可愛く思えてきて・・・・・」

 笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙を指先で拭いながら二人を見つめる。

「だって、こんな楽しいことないじゃない!今まで散々な目にソフィーリアは遭ってきたんだから、やり返すチャンスなんだもの。心の中に溜まっていたもやもやが今回の裁判のことを考えると晴れるようよ!」

「そうそう、どうやってねじ伏せるかね、考えるだけで楽しくてしょうがないわ!」

 二人の目は生き生きしていた。頭の良い二人のことだ、様々な想定をしているのだろう。でなければ弁護人になりたい、などと言い出すわけがない。そこへ、

「ご令嬢方楽しそうだね。僕も混ぜてくれない?」

 アレンディードがガゼボに入ってきてさりげなくソフィーリアの横に座る。

「いつものカフェに行ったらいなかったから探したよ」

 いつものカフェとは学園内の一階にあるカフェのことだ。軽食と飲み物をカウンターで購入し席に座る、というお手軽な形式のカフェになっている。二階にレストランがあり、ガッツリ食べたい男子学生などがよく利用している。

 クラディオンもそちらをいつも利用していることを知っていたので、入学以来ソフィーリアは一度もそちらを使ったことはない。もちろん、あまり会いたくはないというのもあったが、周りが気にするだろうと思い、カフェを利用していた。

「カフェで持ち帰り用にしてもらってこちらで作戦を練りながら休憩していたんですよ。アレンディード殿下もご覧になりますか?」

 ルシールが手に持っていた回答用紙をアレンディードに手渡す。

「さすがソフィーリアだね。評判が良い。あ、ソフィーリアが食べてるの、ローストチキンのタルタルサンドイッチだね。美味しそうだね」

 アレンディードが来てからソフィーリアが一口食べて手に持ったままのサンドイッチはカフェでも人気の商品だ。

「もう一切れありますので、アレンディード殿下、召し上がりますか?私は今持っているので十分ですから」

「そう?じゃあ遠慮なくいただくよ」

 そう言ってアレンディードはソフィーリアが手に持っている食べかけの分にかぶりついてきて、そのまま食べ進め最後にソフィーリアの指先をペロリと舐めた。

「アレンディード殿下!何を!」

「ごちそうさま。だってこっちの方が美味しそうだからね。本当はソフィーリアにあ~んて食べさせて欲しいくらいだけど、自分からかぶりつきにいっちゃった。最後のは愛の証だと思ってよ」

 そう言ったアレンディードの笑顔はどこまでいっても魅力的な表情だ。なんとも言えない愛嬌と漂い出した男らしさ、成長期真っただ中の魅力に溢れていた。ソフィーリアは顔が真っ赤になるのを感じて俯いた。

「学園を卒業して直ぐに式を挙げようね。そしたら毎日ソフィーリアとこんな生活ができるなんて楽しみだなあ」

 そんなこと言われたことがない。ソフィーリアはいっぱいいっぱいだった。クラディオンとはこんな風に過ごしたことなど一度もなかったからだ。益々顔を上げられない。

「あら、お熱いご様子で。アレンディード殿下。私たちがいるのをお忘れじゃありませんか?ソフィーリアは免疫がないからほどほどにしてくださいよ。倒れてしまいます」

 レティシアがにやにやしながらソフィーリアを見ている。

「ところでアレンディード殿下の任務は順調ですか?」

 ルシールがここからが本番と真面目な顔をして聞き始めた。

「うん。順調順調。昨日はあれから町の定食屋に行って、カウンターでランチを食べながら女将に自慢したよ。もちろん、周りにも聞こえるように。ずっと好きだったけど諦めていた女性と婚約できたって。様々な魅力に溢れる女性だってソフィーリアのことを話したよ。

 僕の素性も名前もバレている店だから、とうとう第三王子に春が来たって大騒ぎだよ。その後は屋台に寄ったり花屋に寄ったり。そうそう、今日帰ったら家に花が届いていると思うよ。受け取ってね」

「あ、ありがとうございます。大切に飾ります」

 ソフィーリアは町でどんな風に自分が言われているのか気になるが聞きたくない気持ちもある。きっと大袈裟にアレンディードは言ったに違いない。国民が自分を見てどう思うか、不安になった。

「暗い顔しないで。どこに行っても祝福されたから。それに今朝の新聞の影響も出てくる頃だろうから後から行ってくるよ」

 そうなのだ、今日の庶民向けの新聞には、事細かに実際に起きたことが書かれている。これを読んだ人たちがどのように自分を判断するか。

「庶民の印象はソフィーリアに優位になっていると思うから安心して。あと、これが探していた本題なんだけど、アリーチェ様と王太子殿下がソフィーリアをお茶会に招きたいそうだ。落ち込んでいるだろうし、忙しいだろうけど、アリーチェ様が直接顔を見て話さないと安心できないとおっしゃってね。今週の土曜日の打ち合わせの後僕と一緒に王宮に行ってくれないか?ソフィーリアの味方はいっぱいいるから安心して」

 アレンディードの優しい声に安堵を覚えソフィーリアは思いを新たにした。

「はい。かしこまりました。アリーチェ様にご心配をおかけするわけにはいきませんから」

 みんなが協力してくれている。自分が不安になってどうするのだ。これを乗り越えなければならない。ソフィーリアはもう一切れあったサンドイッチを手に持つと小さく口にする。先程のアレンディードに舐められた指先が微かに疼いた。


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