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裁判の準備と新たな婚約

 自邸に着くと話がもう耳に入っていたのか家族総出で迎えられた。

「ソフィーリア!徹底的に闘うぞ!」

 と父ステート。

「ソフィーリア!もう弁護士は頼んだぞ!明日朝一で来るそうだ」

 と兄ヘンリー。

「あんなの義兄にならなくて大正解!」

 と妹マルグリット。

「全員落ち着いて。さあ中に入って話し合いしましょう」

 我が家で一番冷静な母ミレイユ。

 全員が談話室に入ると直ぐにメイドたちが温かいお茶とソフィーリアが好きなお菓子を並べてくれる。一口温かいお茶を飲むとどっと一日の疲れが出たようで、隣に座るマルグリットに寄り掛かった。

「お姉様!あんなバカと結婚せずに済んで良かったですわ。でも許しがたいのがお姉様を悪く言うバカ王子たちとバカたちです!ぎたんぎたんに切り刻んでさし上げたいわ!」

 マルグリットが拳を握って力説する。妹は武芸が好きで剣術の鍛錬を毎日している。

 いずれは近衛騎士になって王子妃になったソフィーリアを守るのだ、と普段から言っていてドレスを着ていても勇ましいことこの上ない。が不穏な言葉使いに些か不安になることもある。

「切り刻むのは止めなさい。血だらけになって汚れるじゃないの。せめてボキッ、程度にしておきなさいな。あとバカなんて腐っても王族のクラディオン殿下への敬意が感じられないではありませんか。せめておバカにしておきなさい」

 不穏な妹と母の会話に薄ら怖さを感じるが、全てソフィーリアを思ってのこと。我が家では母が色々な意味で一番強いのだ。

 両親が結婚して間もなく、父が外務大臣に任命され、ついでに爵位も継承した。祖父母はさっさと引退して領地に引っ込み、領主家所有の牧羊地を運営しながらのんびり暮らしている。

 そして外務大臣の仕事で忙しい父に代わって母が家の事や領地経営のほとんどを采配している。

 領地と王都を行ったり来たり。ソフィーリアも婚約者に選ばれるまではそれに付き添って生活をしていた。メルディレン侯爵家の私設騎士団もいるが、自分も強くあれと母も実は剣術を学んだりもしていた。多分だが、兄より強い。

「お父様。弁護士は立てないことになりました。お互いの友人が弁護人を務めるので、私はルシールとレティシアに頼もうと考えています」

 それしかない。頼もしい大切な友人だ。必ず引き受けてくれる。というか、やる気満々だったから他を選ぶなど考えられない。

「もちろん、友人が弁護人として裁判に立つのはわかっている。しかし、作戦に弁護士を加えてはならない、ということはないだろう?」

 そうか、裁判に立つときは私たち三人でも、作戦を立てる席に弁護士を呼んで相談に乗ってもらう分には問題ない。

「うちの弁護士は優秀だし、情報収集も得意だからおまえたちは自分の周りで味方を見つけたりすればいい。証言、証人、証拠、どれでも良い」

「はい、お父様」

「それにしても、クラディオン殿下には困ったものだな。こちらとしては婚約白紙になって困ることは全くないが、殿下の母君がなあ。新しく婚約者に選ばれたのは子爵家令嬢だろ?爵位が低いから気位の高いカリーヌ様がお認めになるか。

 それにソフィーリア程優秀な令嬢はそうそういないぞ。カリーヌ様だってクラディオン殿下だけでは不安だから侯爵家の中で外務大臣を務める父を持つソフィーリアを婚約者に選んだんだ。クラディオン殿下の後ろ盾が必要だからな」

 兄が心配そうに言っている。

「そんなの向こうから断って来たんだから知ったことではないわ!ぎたんぎたんにするだけよ!」

「マルグリット。ありがとう。でも穏便にね。今回は裁判をするんだから武力に出てはいけないわ」

「お姉様!お姉様は優しすぎます!浮気者には成敗を!嘘つきには天罰を!」

 どこから持ってきたのかいつの間にかマルグリットの手には愛剣が握られている。

「ま、まああれだな。明日から本格的に動き出そう。ソフィーリア、今夜はゆっくり休みなさい。いいね。あとアレンディード殿下については全てが解決してから考えよう。私も何もわかっていないし、まずは陛下に確認しないとな。いいね?」

 父の言葉で皆が各々の部屋に引き上げて行った。ソフィーリアも一緒に談話室を後にし自室に向かう。扉の前ではソフィーリア付きの侍女メアリーが待機していた。

「ソフィーリア様。お疲れ様でございました。まずは湯浴みにいたしましょう。さあ、浴槽のオイルはバラにしております。たっぷりマッサージもいたしますからね」

 と言って扉を開け既に準備が整っていた浴室へと連れて行かれる。


「ありがとう、メアリー」

 ソフィーリアは湯につかりながら香油の香りを楽しみ、メアリーは頭皮のマッサージをしながら洗髪をしてくれていた。

「とんでもございません。私は今、心躍っております!ソフィーリア様の長年の努力を散り散りにしたクラディオン殿下には怒りしかありませんが、それでもソフィーリア様が自由になられたことに喜びを感じております!そうだ!」

 そう言って脱衣室に走って行ったメアリーが戻ってきて、何やら籠からバサッと振りかけてきた。見ると紫色の花びらだ。

「今日はお祝いですからね。ソフィーリア様の好きなバラ、しかも紫色という珍しいものが手に入ったのでドバっと使っちゃいましょう!」

 「わーいわーい」と上から紫の花びらが降ってきた。そして振り向くとグイグイと肩のマッサージに移行したメアリーが満足そうに笑っている。ソフィーリアは湯をすくい紫の花びらに鼻を近づけると良い香りがして心が落ち着きメアリーに身を任せた。

 メアリーの実家は王都で書店を経営していて、販売はもちろんだが、買うことができない庶民にも気軽に読めるようにと、図書館には置かれないような大衆小説などの貸本も安価でおこなっている。

 兄と弟の間に生まれ、兄は将来家を継ぐだろうし、弟には好きなことを学んで欲しいと幼くして侯爵家のメイドになった。

 侯爵家では将来のソフィーリア専任侍女候補として庶民からメイドを募集していて10歳にして採用された。当時ソフィーリアは7歳。メアリーはメイドとしての仕事を半日、残りの半日は様々な教育を受ける時間に当てられた。

 侍女専門の学校もあるが、そこから選ぶのではなく、幼いうちから侯爵家に仕えることで忠誠心を養い、必要な教育を受けさせ、更にソフィーリアに良い影響を与えられる存在になれるようにと選ばれたのだ。

 時にはメイドの仕事、時にはソフィーリアの遊び相手。そして淑女教育に侍女教育。賢くしっかり者だったメアリーはめきめき頭角を現した。

 そして今、兄は予定通り実家を継ぎ、弟は騎士育成専門学校に通っている。卒業生は王立騎士団に入団したり、貴族の私設騎士団に入団する。メアリーの弟は時々メルディレン侯爵家に遊びに来ていたこともあって、メルディレン侯爵家の私設騎士団に入団を希望していることもあって、学費はソフィーリアが出している。

 メアリーとその実家が出そうとしていたのだが、メルディレン侯爵家は将来有望な人材確保にはお金を惜しまない家系なのでソフィーリアが説得した。実家のお金は庶民の為の貸本の量を増やすことに使ってもらい、メアリーのお給金はメアリーの結婚資金に充てるように言ってある。

 そろそろメアリーに良い人が見つからないかと思っているのだが、メアリーは結婚する気はないといつも言っている。

「ソフィーリアお嬢様に生涯お仕えします」

 と言ってきかないのだった。


 湯上りに果実水を出してくれたメアリーにぽつぽつと語りかける。

「ごめんね。王子妃になった時に王宮までついてきてくれる為の勉強をしてくれていたのに無駄になってしまって」

 両手でグラスを持ちながらソフィーリアが言うと

「無駄になりませんよ。だってアレンディード殿下とご婚約される可能性があるのでしょう?というか、私としてはそうしていただきたいですね。このメアリー、そちらの方が安堵いたします」

「ま、まだ何も決まってないのよ。もう、メアリーまで。どうしたらいいのか迷っているの。私は悪女にされたのよ。裁判の結果によってはそれが事実認定されてしまうかもしれない。そうなったら第三王子妃なんて恐れ多いし、それに誰も納得しないわ」

「どうしたんですか?弱気ですね。心配しなくても勝ちますよ!ソフィーリア様がそんなことするわけありませんからね。それに全てにおいてその、浮気相手?に勝っておりますしそのようなことする必要はないですもの。

 と言いますか、ずっと前から婚約解消したかったのはこちらですからどうぞどうぞですし。それをきちんと証明していきましょう!大丈夫です。私が敬愛するソフィーリア様を悪女呼ばわりした人間は全員余すことなく排除するお手伝い、私も是非参加させてくださいませ」

 ソフィーリアのグラスを持つ手にメアリーが手を重ねてくる。大丈夫というように。メアリーは侍女だけれど、姉の様な存在でもあり、友人でもあるような存在であり、また、もしかしたら誰よりもソフィーリアの味方かもしれない。


 翌朝、家族といつも通り朝食を摂った後、休日だったので弁護士が来るまで部屋で読書をしてソフィーリアは過ごしていた。本来ならば今日も王宮へ行き、領地についての書類の確認などをする予定にしていたが、それはもうソフィーリアのすることではない。領民や役人には申し訳ないが、もうソフィーリアが口出すことではなくなったのだ。クラディオンとカロンですれば良い。二人の婚約が認められるならば。

「ソフィーリア様。お客様がお揃いになられました」

 ドアのノックの音とともに執事のモルガンの声がした。

「えっ!もう?今行きます」

 ソフィーリアは予定より早く弁護士が来たと簡単に身支度を整えると、メアリーを先頭に応接室へと向かった。既に中から話し声が少し聞こえている。何を話しているかはわからないが複数人室内にいるようだ。

「失礼致します」

 ソフィーリアは応接室に入ろうとして部屋の中を見て「えっ」と驚いた。

「おはよう。ソフィーリア嬢。早くからゴメンね。それとこれを受け取ってくれないか?」

 アレンディードが片膝をつくと大きなバラの花束をソフィーリアに差し出した。

「アレンディード殿下・・・・・。まさかいらしているとは思わずご無礼をお許しください」

 ソフィーリアが膝を深く折り姿勢を下げて謝罪の礼をとった。身支度なんて良いから早く駆け付ければ良かった。王族を待たせるなんて。

「一応先触れは出したんだけど、早くソフィーリアに報告したくて急いで来たら先触れと大差なく着いちゃったんだ。無礼でもなんでもないよ。僕が勝手に早い時間に来ただけなんだから。それより受け取ってくれないの?」

 アレンディードが微笑みを浮かべてソフィーリアを見つめてくる。

「アレンディード殿下。ありがとうございます」

 ソフィーリアがそっと花束を受け取るとアレンディードが立ち上がった。

「さあこっちに座って。と言ってもソフィーリアの邸だけど」

 アレンディードに促されアレンディードの横に座らされた。応接室のソファーセットの他の席には父と兄、母と妹、顧問弁護士のポワレ、そしてレティシアとルシールも揃って座っていた。ソフィーリアが最後だったようだ。扉の側でモルガンとメアリーが控えている。

「気がはやって早朝からレティシアを迎えにいきましたの。私たちが一番だと思ったら先にアレンディード殿下がいらしてて。ふふふ、ソフィーリアは愛されてますわね」

 レティシアが扇で口元を隠しながらくすくすと笑っている。

「レティシア、もう、困らせないでよ」

「あら、いいじゃない。いらない男から素敵な恋愛へ、応援するしかない素晴らしいことだわ!」

「そうよ。アレンディード殿下はとても良い判断をされましたわ。見ている方はちゃんと見ているものですわ。目が腐ったおバカはサヨウナラ、で良いのよ」

 レティシアとルシールはテーブルからマカロンを取ると美味しい!と身もだえている。

「ご令嬢方、僕に発言権をもらうね。今、ステートたちに丁度話していたんだ。ソフィーリアには昨日プロポーズをしたし、ソフィーリアの大切な家族に報告と了承をもらわないとだからね」

「お姉様おめでとう!今度は合格点以上の婚約者だわ!」

 マルグリットの不敬とも取られかねない発言にギョッとして目をやると、満面の笑みを浮かべていて、マルグリットの機嫌が今までで最高潮なのではないかと思われた。

「マルグリット、まだ何も決まっていないのだからそのようなことは、」

「いや、決まった」

 言いかけた瞬間、当然のこととでも言うようにアレンディードがソフィーリアを遮ってきた。

 え?何が決まったの?

「陛下が僕とソフィーリア嬢の婚約を了承してくれた」

「!!!!!!!!」

 昨日の今日でまさか・・・・・。クラディオンとの婚約も解消なのか白紙なのか、それとも破棄なのか。それすらこれから裁判で、と思っていたソフィーリアには一体何が起こっているのかと父へ目を向けた。

「ソフィーリア、そういうことだ。おめでとう」

 何がそういうことなのだ。おめでとう、ではない。先に聞きたいことがある。しかし、父の横では兄がハンカチで目元をぬぐっているし、母はというと、ウエディングドレスのカタログを見ている。いや、気が早すぎるだろう。

「混乱するよな。僕も驚いたんだよ。昨日あれから直ぐに父上に面会を申し出たんだ。お忙しいから直ぐには無理だろうと思ってたんだけどさ、なるべく早くって侍従に付け加えるように言っておいたら意外にもあっさり呼ばれてね。

 陛下の執務室に行ったら既に王妃殿下と母上がもういらしたんだ。耳が早いよな。で、兄上がソフィーリア嬢と婚約を解消することにしたようだから自分がソフィーリア嬢と婚約したいって申し出たら、三人ともそうするようにって」

 そんなに早く了承が下りるなんて。舞踏会が終わる前に陛下の元へ伝令が走っていたのだろうか?王族の大事な結婚問題をたった数時間で変更してしまうだなんて。

「そんな、こんなに早くですか?まだ第二王子殿下との婚約も決着がついていませんが?」

「ああ、それね。解消として王家では処理することが決まった。兄上はきっとごねるだろうけど、僕が聞いたのは解消、と陛下がおっしゃった言葉だからね。王妃殿下は頭を抱えてらしたよ。兄上がソフィーリア嬢ほどの令嬢にあらぬ疑いをかけ勝手に婚約破棄とか言い出したからさ。

 でも僕がその場でソフィーリア嬢に婚約の申し込みをしたことについては評価してくださってさ。ソフィーリア嬢が義理の娘になるなら王家も安心だからって喜んでくださったよ。母上も喜んでくれた。

 まあ、あとはカリーヌ妃がどう出るかだけど、自分の息子が言い出したことだからね。陛下も王妃殿下も祝福するといってくれたから問題ない。ソフィーリア嬢は安心していいよ。陛下が解消と言っているのだから破棄はないからさ」

「陛下と王妃殿下とジゼット妃殿下に感謝申し上げますとお伝えください。でも、まだ私の中では整理がつきません。何もかもが急なことで」

「そうだろうね。でもこれだけははっきり言わせてほしい。僕は真剣に婚約を申し込んだんだ。あの場で咄嗟(とっさ)に今しかないと判断したことだから、ソフィーリア嬢を驚かせてしまったけど、あの場での判断は間違っていないと自信を持って言える。裁判も必ず勝つよう僕も手伝うよ。ソフィーリア嬢には味方がたくさんいて、僕もその一人だって忘れないで」

 決して軽い気持ちで裁判、と言ったわけではないけれど、陛下や王妃殿下にご心配をおかけし、ましてやアレンディードまで裁判に参戦という大事になるとは。

 いや、そもそも一国の王子相手に裁判をしようというのだから大事ではあるが、たくさんの人たちを巻き込むことになってしまった。自分と家族を守る為と思っていたが、もはや、それだけでは済まない。

「わかりました。皆様のお気持ち、殿下のお気持ちに感謝いたします」

 ソフィーリアの言葉でポワレ弁護士が立ち上がるとこれからのことに話は移って行った。


「まず、ソフィーリア様が何もしていない、ということを証明しましょう。話によると、いじめられたと訴えているご令嬢の話の内容にはいささか矛盾点が多すぎるので、記憶違いだ、ということにしようとしていますが、今一度、そのことを最初に出して、徹底的に関わっていないことを証明しましょう」

 ポワレ弁護士が話を進め始めた。ポワレ弁護士は基本的にはメルディレン侯爵家の財務や経営に関しての弁護士だが、メルディレン侯爵家を守る為の弁護活動をしているのでこういった名誉棄損でも頼れる弁護士だ。

「そうですね。階段から突き落とされた件と水をかけられた件は、どう考えても作り話ですね。それか私ではない誰か他の人ということになると思います。私は授業が終わるとほとんど王宮に行って仕事をするので、学園に入学して以来、図書館棟には行ったことがないですし、礼拝堂は行事で使う時以外で行ったことはありませんし」

「まあ、階段突き落としに関しては、あれ以上ない程完璧なアリバイですしね。日付が間違ってましたぁ~、とか言われても自分から明確な月一の日にちを言ってきておいて何?って感じですわ。話を聞いている時のレティシアの顔ったら、先月だったと言い直しなさいって感じで目が爛々と輝いてましたわ」

「あら、だってそうでしょ?明確な日付をあげてより印象付けようというのでしょうけど、初めに言い出した時点で嘘をついているって直ぐわかりましたもの。

 先々月、と言われても答えられましてよ。本当は先月ではなく先々月にソフィーリアを誘ったけれど公務で予定が埋まっていたから先月になったのですもの。王宮の役人に確認すれば直ぐ解決することですわ。婚約者だったクラディオン殿下より私たちの方がソフィーリアの予定に詳しいんじゃないかしら」

 頼りがいのある二人だが、少しこの状況を楽しんでいるのでは?という節も見られる。楽しむ、は語弊があるかもしれない。常日頃からクラディオンに苛立ちを感じていた二人だからこその発言なのだろう。私の事をよく見てくれているし、信じてくれている大切な二人だ。

「バケツの水をかけられた件も、掃除担当の部署に渡り廊下が一か所濡れていた日はないか?と確認を今取らせています。うちの事務所の捜査チームは腕利きばかりなのでご安心ください。直ぐに裏がとれますよ」

「さすがポワレだな!もう部下たちを捜査に送ったのか。この早さなら第二王子はまだ追いつけないだろう」

 父ステートがうんうんと頷きながらアレンディードへ顔を向けた。

「で、クラディオン殿下の方は例の子爵令嬢と婚約できそうなんですか?アレンディード殿下は何か聞いてらっしゃいますか?」

「いや、保留中だな。父上も王妃殿下もソフィーリアにしたことを怒っているようだし、それ以前にカリーヌ妃殿下がお許しになるか。兄上の後ろ盾にメルディレン侯爵家が欲しくてソフィーリアを選んだ人だからね。僕たちの兄上である王太子殿下に何かあれば、などと考えていそうなお人だからね」

「何かって・・・・・・。先日もお会いしましたがとてもお元気そうでしたわ」

「うん、すっごく元気な人だよ。でもカリーヌ妃は二番目でも上手くやれば王太子になれる、なんて本気で思っているんだよ。王妃殿下の実子の兄上が王太子になっているのに、無駄な野望だよ。

 僕なんかは王太子殿下を支える賢明な弟王子、って方が今は気楽で美味しい立場だと思うんだけどね。王太子はいずれ王になる。それは大変なことだよ。並大抵の覚悟でやれることじゃない。

 王太子殿下は王になる為の全てを身につけられている。もういついかなる時も準備が整った状態なんだ。兄上なんて気軽に呼べないよ。兄上だけどさ。僕は臣下で良いの。学園を卒業したら爵位をもらって早く臣下にくだりたいのが本音だよ」

「それはジゼット妃殿下もご存じなのですか?」

 ソフィーリアは会うと笑みを浮かべて声をかけてくれる優しい瞳を思い出す。

「もちろん。王太子殿下を支えられるように様々なことに励むようにと言われているよ。ここだけの話にしてほしいんだけど、母上は、僕が臣下にくだったら自分も一緒についてくるつもりなんだよ。

 王宮を出て僕が管理を任されている領地で隠居生活したいらしい。側妃と言えども公務もそこそこあるし、社交もあるしで、元々向いてない人なんだよ、そういうの。自分が刺繡をしたものを孤児院に配ったりしながらのんびりしたいんだってさ」

 言われてみれば、カリーヌ妃より圧倒的に控えめなジゼット妃ならそう考えてもおかしくはない。

 カリーヌ妃の実家はシルバリー伯爵家で、歴史は浅い方で、何代か前の当主が武勲を上げて叙爵した伯爵家だ。領地もその時に拝領し伯爵家としてかろうじて名分の通る広さで、特産品は養蚕である。上質な絹糸は高額で取引される基幹産業で、領民の多くが養蚕に関係した仕事をしている。

 ジゼット妃の実家はクレイサー伯爵家だ。由緒正しい伯爵家で開国以来続く家門として知られている。領地は穀倉地帯でクレイサー伯爵領が不作になると国が食糧難になると言われるほどの穀高があり、安定した穀物の確保に国と一緒に取り組んでいる。

 国王陛下は側妃を迎える際、各貴族から不平不満がでないようにと考えてこの2家を選んだと聞いている。

 二人の側妃は真逆の性格で、温厚で良家のご令嬢らしいふんわりとしたジゼット妃、名門には負けないと自我が強いカリーヌ妃。陛下の隣室に居室を持っている王妃殿下と違い、側妃は内宮を挟んだ左右の離宮で生活をしている。

 同じ日に入宮したのだが、侍女連れで入った各宮では初日から侍女たちの諍いが絶えないと言われている。今もそれは続いていて、国王陛下の悩みの種らしい。一方的にカリーヌ妃側の侍女たちが騒いでいるようだが。

「では、クラディオン殿下との婚約については陛下は解消とし、アレンディード殿下とソフィーリアの婚約の手続きをするということですね。クラディオン殿下がこのまま黙って解消を飲み込むかどうか。婚約破棄を随分強調されていたらしいですね」

 父が顎に手を当てながら困ったように眉間にしわを寄せた。

「ああ、あの人はね。自分が不利になりたくないんだよ。婚約破棄なら、ソフィーリア嬢が悪い、ということになって自分は可哀想な王子になれるからね。そうすれば愛するカロン嬢と無事めでたく婚約できる、と思ってそうだな。実際は厳しいだろうけど。

 ソフィーリア嬢と婚約解消をしてもカリーヌ様が子爵家令嬢を認めるとは思えないからね。もちろん息子可愛さにソフィーリア嬢を悪く言うのにはのるだろうけど、カロン嬢と婚約、は別問題だからね。別の伯爵家か侯爵家から選んでくるだろう」 

「でしょうね~。婚約者選びのお茶会でも侯爵家と伯爵家を呼んでおきながら露骨に侯爵家しか見てないようでしたし、ソフィーリアはお父様が外務大臣ですからね。国の要職に就いているから確実に狙っているなって感じがしましたわ。むしろ名目上婚約者選び、になっていましたけど、既にソフィーリアに決めていたんじゃないかしら?」

 レティシアの観察眼は凄い。ソフィーリア自身もそうではないかと思っていたのだ。

「ルシール、お声がかかるかもしれませんくてよ。ふふふ」

「嫌なこと言わないでよ。私はないわ。だって今回ソフィーリアの弁護人を務めますもの。それに私も性悪女の一人にされたのですからお断りですわ」

「じゃあ、誰が次に選ばれるかしら?どっちにしてもなりたい人は出ないと思いますわ。だって、あんな風にねぇ。『僕は真実の愛を手に入れた!』とか目の前で大勢のご令嬢方が見ていたのよ。あの中から立候補する侯爵伯爵の家門はないわね」

 二人の友人があちらの家門がこちらの家門が、と話を続けていると

「今日の新聞を入手しました」

 と退室していたモルガンが新聞を持って戻ってきて父へと渡す。すると読んでいる父の顔がみるみる怒りの形相へと変わっていった。

「こんな書き方!うちのソフィーリアを侮辱しているだろ!絶対に抗議しなくては!」

 机の上にバンと乗せられた紙面を全員が覗き込む。


【第二王子殿下の婚約者は悪女だった!】

 メルディレン侯爵家きっての才女と謳われ、ティアラを戴冠したソフィーリア嬢は、実は性悪女として学園では嫌われ者だったとの情報を入手した。第二王子殿下に話しかけたご令嬢方に暴言を言ったり、時には水をかけたりと、第二王子殿下の婚約者という立場を利用してやりたい放題で、第二王子殿下は常に頭を悩ませていたという。諫めても止めようとせず、王宮に戻られた第二王子殿下の後をついてきて側にいたがる独占欲の塊のようなご令嬢とのこと。公務だと言って役人たちに間違った命令をしたり、忙しくされている第二王子殿下の行く手を阻み、無理矢理買い物に連れて行こうとしたりで、第二王子殿下は断る度にソフィーリア嬢への気持ちが薄れて行かれたそうだ。そんな時に出会ったのがバラケ子爵家のカロン嬢。カロン嬢は疲れ果てていた第二王子殿下の心を癒し、ソフィーリア嬢にされた数々の嫌がらせにも負けることなく純粋な愛を第二王子殿下に向けていた。そして第二王子殿下はその気持ちに応えようと、昨晩王立学園で開催された舞踏会でソフィーリア嬢を断罪されたのだった。

 しかしながらソフィーリア嬢は真実を受け入れず、なんと逆に第二王子殿下を名誉棄損で訴えると脅してきたのだ!なんたる所業!!正に悪女に相応しいとしか言いようがない。王族と裁判などと、恐れ多いにも程がある。負ける戦いに何故挑むのか?プライドの塊のようなソフィーリア嬢には冷静な判断がもう無理なのだろう。諫めなければならないご友人方も同類のようで、ルシール嬢とレティシア嬢も一緒に法廷に立つという。我らが第二王子殿下の勝利は間違いないが無様に負ける悪女たちの様子をこれから紙面にしていきたい。


「何よこれ!お姉様について書かれていることが全部嘘じゃない!これを書いた記者はぎたんぎたんにしてやるわ!!」

「これは酷い。ここまで書かれるとは、我メルディレン侯爵家を侮っているとしか言いようがありませんね。父上、全力でやりましょう。役人たちも味方につけましょう」

「何よ、悪女たちって!カロンさんの後ろにそろそろ出てきた嘘つきたちが悪女っていうのよ!お金欲しさでしょ!」

 あまりにも酷い内容にソフィーリアは絶句し衝撃を受けた。ここまで言われなければならないのだろうか?自分と婚約解消したければ陛下に願い出ればいいだけなのに。こんな嘘を並べて、ソフィーリアがしてきた全てを踏み躙った。

 婚約者に選ばれてから一度たりとてクラディオンと一緒に買い物なんて行ったことがない。行こうとも思わなかった。

 忙しくてそんなことを考える余地もなかったのだ。公務の合間に王妃殿下やアリーチェ様とお茶会をするのが息抜きの一つだったが、それにクラディオンが同席したことさえない。王太子殿下や陛下が臨席されることがあっても。

「酷い記事だな。僕が婚約を申し込んだことが全然書かれてないじゃないか。しかもこの早さ。途中までもう記事はできていたんだろうな。途中で切れているところから新しく印刷版を作ったんだろう。そういえば、あの壇上に控えていた兄上の側近候補の中に、オスマン伯爵家の次男がいたな。オスマン伯爵家が出資しているアルビン新聞社だな。これは。兄上の息がかかっているんだろう」

 アレンディードが何度も読み返している。

「他の新聞社の紙面がどう出るか、ですかね。この新聞社は貴族向けですからね。アレンディード殿下の婚約話が出れば印象は変わるかと。アレンディード殿下は庶民に人気がありますからね」

 ポワレ弁護士が記事を箇条書きにしていく。

「許せないわ!あいつもいたでしょ!フルールに妾になれっていってたなんとかっていう、」

「エタンよ。エタン。覚える必要はないけど。シルヴィを救いたいのもありますわね」

「ぎたんぎたんよ!そいつも!」

「ほら、皆落ち着いて。お茶を淹れ直しましょう。メアリーお願いできる?」

「はい、奥様。このメアリー、お茶の淹れ直しも、ソフィーリア様の名誉回復も全力で取り組みます!」

 そう言ってメアリーが走り去って行く。ソフィーリアはその後姿をみつめながら、呆然としている暇なんてない、自分がしっかりしないと、と奮い立たせた。

「お父様。今日中に裁判所に行ってまいります。第二王子殿下と新聞社を相手取り、私と私の大切な友人への名誉棄損で訴えます」

「そうだな。その方が良いだろう。オスマン伯爵は長男を王太子殿下の側近にしたかったようだが失敗してね。次男にかけているのだろう。しかし、こんな記事を書けばメルディレン侯爵家だけではなくアスラン侯爵家やオブラン伯爵家も敵に回すことになるんだが。

 そんなことをしてまでクラディオン殿下に尽くすような人とは思えないんだがなあ。このことは伯爵は知っているのか?息子単独行動なら言い訳は立つかもしれないが。知っていたなら裁判の後、大変なことになるぞ」

「大変なこと、ですか?」

「そうだよ、ソフィーリア。考えてごらん。勝つのはこちらだよ。証拠を捏造しないかぎりね。しかも、ソフィーリアはアレンディード殿下の婚約者になる。つまり、王家の味方をして、王家を敵に回すことになる。貴族たちの立ち位置では、ジゼット妃のご実家の方が支持者が多い。クレイサー伯爵家に嫌われれば、領民の食糧確保が難しくなる領地も出てくる可能性があるからね。しかも、我メルディレン侯爵家は国内では武器を扱っている。敵に回したくはないだろう?」

 父上の言葉にうんうんと兄が頷き、領地の名工が作った愛剣をマルグリットが掲げている。

「ではまず、こうしましょう」

 ポワレが戦略がまとまったのか手帳を閉じた。

「私はまずこれから庶民向けの新聞社に行って、実際に起きたことを忠実に伝えて紙面にしてもらいます。階段の件などはアリバイがありますからね。逆に庶民には面白がられるでしょう。

 しかもあの新聞社に融資しているのは先程お名前の出たフルール様のご実家ですから悪いようには書かないでしょうからね。庶民が楽しめる物語のような記事になるやもしれませんがそんなことは今は好都合なので、ソフィーリア様が濡れ衣を着せられた悲劇のヒロインから、アレンディード殿下に愛を告白された幸せなヒロインへという感じで書いてもらいましょう。

 それから、侯爵様とソフィーリア様とご令嬢お二方は裁判所へ行って訴訟を起こしてきてください。その後侯爵様は王宮に行かれて陛下と王太子殿下への報告と確認、ヘンリー様は王宮で役人たちをとにかく味方につけて、ソフィーリア様が如何に公務と王子妃教育に力を注いでいたかの証言、または証拠を集めてください。

 ソフィーリア様が署名した書類がたくさんあるはずです。あと、ソフィーリア様の行程表ですね。細かく記されているはずです。何月何日どこの施設に行ったか、などですね。これは細かく記すことで次回行く時の参考にする為に、どこにどのようなことをしに行ったか、持って行ったか、何時間滞在したか、大変重要なことですから行程表に必ず書かれているはずです。

 それからご令嬢お三方は、先程おっしゃっていたフルール様やシルヴィ様にお会いになって状況を確認してきてください。そして証人になってもらえそうならお願いしてきてください。例えシルヴィ様の婚約者がクラディオン殿下の側近候補だとしても、こちら側についてもらってください。

 お家の事情に軽々しく触れることは他家には難しいかもしれませんが、たぶん悪いようにはなりませんよ。色々私の耳にも入っておりますので。奥様とマルグリット様はご令嬢方の勝負服を選んできてください。いつもご利用されているお店にしてください。商売人は耳が早いものです。このことは既に知っている可能性が高いです。

 歴史的裁判になりますので、勝利した際に着用したドレス、となると欲しがるご婦人ご令嬢が増えるでしょう。ええ、もう勝利は確信しておりますのでご心配なく。これから裁判の時に着用するドレスを作りたいと言ってくる洋服店が出てくる可能性が高いですが、法廷前にドレスのデザインなどが漏れないように、信頼のおけるいつも利用している店が安心です。

 清楚なものが良いですね。装飾は少な目。宝石は過度に使ってはいけません。それでいて地味過ぎてはいけません。絶妙なラインが問われますがお二人なら大丈夫でしょう。法廷には多くの傍聴人がやってきます。貴族もいれば庶民もいます。傍聴席は抽選になるでしょうね。

 原告席にはソフィーリア様、弁護人席にはルシール様とレティシア様。このお三方がお召しになるドレスは注目の的です。確か、皆さん同じ洋服店をご利用ですよね。そんな胡散臭そうな顔で見ないでください。

 弁護人たるもの、依頼を受けたら必要な情報を直ぐさま集めて参上するのが当たり前でございます。こほん。それから、家族席には侯爵夫妻が。証人控室にヘンリー様と私が控え、最終確認と送り出しをしましょう。弁護士が法廷に入らなければ弁護士を立てない、に反することはないですから」

「私は?」

「マルグリット様はお邸を守ってください」

「え?邸で何かあるの?」

「何もないとは思いたいですが、侯爵家の皆様が出払っている上に、王都はこの裁判に注目するでしょうから、よからぬ輩が侯爵家に盗みに入ろう、などと考えるやもしれません。マルグリット様がいらっしゃればメルディレン騎士団の士気も上がりますでしょうから、万が一のことを考えて武装をして皆様のお帰りをお待ちください」

 うん、さすがポワレ。不敬発言をしそうなマルグリットの扱いをよくわかっている。

「そう?じゃあ、門の前で剣を構えて待っていようかしら?」

「マルグリット。そんな堂々とした盗賊なんていませんよ。その日は一日騎士服を着るのを許可しますが、普段は鍛錬の時以外はダメですからね」

「はい、お母様。ちゃんと淑女らしく騎士服を着ますわ」

 もはやどうなんだろう?頼もしいといえば頼もしいが将来が心配になってきた。

「それから、メアリーさんたちは使用人同士のつながりを使って、カロン様のご実家バラケ子爵家、オレリー様のご実家エモニエ男爵家、その他、ソフィーリア様にいじめられたと言っているご令嬢方のご実家、これら全ての家の話を集めてください。

 資産状況や、家庭環境などが良いですね。モルガンさんは皆さんから集まってきた情報を整理してください。武器になりそうな話はより掘り下げて探りますから私にご連絡ください。うちの捜査チームはそれらの家を退職した使用人をこの後探して話を聞いてみます。

 今回の裁判は、ここにいらっしゃる皆様一丸となって、一つのチームとしてそれぞれご活躍いただきたいと思います。よろしいですね?」

「「「任せてくださいませ」」」

「燃えてきたな!」

「徹底的にやるぞ!」

「ちょっと待ってよ。僕は何をしたらいい?僕だって一緒に戦う為に来たんだけど?」

 アレンディード殿下が慌てたように割り込んできた。

「アレンディード殿下を巻き込むわけにはいきません。裁判後に正式に婚約式を行うことになるでしょうし」

 父が断りの文言を言いかけると

「ダーメ!僕にも何か役割をさせてくれないと勝手に色々やっちゃうよ?」 

 何やら怪しげな発言を始めたアレンディード殿下に、ポワレは良いことを思いついたというような顔で見つめます。

「わかりました。では恐れながらアレンディード殿下には町で色々なところに顔を出してください。殿下は素性も顔も隠さず町のいたる場所に視察ということで行かれてますよね?カフェなどの飲食店から屋台まで、庶民が利用することが多いお店です」

「さすが、よく知ってるね。庶民の行く店って美味しんだよ。屋台とかいい匂いだしさ。フラフラッと行きたくなるんだよね」

「はい、そういった場所に顔を出してください。そして、顔なじみの店主や常連客に諦めていた初恋の令嬢と婚約できることになった、と言いまわってください」

「そんな勝手なことをアレンディード殿下に言わせてはいけませんわ。私が初恋だなんて恐れ多い話が庶民に広まってしまいます!」

「あながち嘘でもないから大丈夫」

「―――――――っ!」

「はいはい、ソフィーリア嬢はそのまま固まってて。要は庶民たちに僕がどれだけソフィーリア嬢のことを思っていて、どれだけソフィーリア嬢が素晴らしい女性かということを公然と惚気てこればいいってこと?」

「左様でございます。アレンディード殿下にしかお願いできない役割です。もちろん裁判官は証言証拠に基づいて判決を下します。

 しかし、庶民の関心が高く、また人気があれば、法廷で傍聴人として参加している庶民たちの熱気が高まり、相手側の証人の心理に影響を与える可能性が出てきます。法廷で禁止されているのでヤジが飛ぶようなことはありませんが、不審な目で見られるというのはなかなかに恐ろしいものですよ。

 相手側のストーリーは、舞踏会でソフィーリア様を断罪し、()()()()()()殿()()()()()()()()()()とご学友の皆様に認識させること。カロン様と婚約する為の大義名分が必要なので、ソフィーリア様を()()に仕立てること。

 賠償金に関しては、お金に困っている家ならお金目当てで嘘をついて自分側につくと考えて持ち出した話でしょう。もちろん、お金はソフィーリア様から出ることになりますから、クラディオン殿下の財産は使いませんので、ただで駒を集められる。といったものだったはずです。

 しかし、ソフィーリア様が裁判をすることを明言されたので、あちら側は慌ててストーリーを書き加えることになります。いじめられたという証言だけでは駄目です。嘘をつかせ続けるなら肉付けが必要になってくるのでそれなりの策士が考えねばなりません。

 真実味を持ってそれを上手く演じ切れれば良いですが、こちら側から淡々と突きつけられる証言証拠にどこまで耐えられるか。家の為お金の為と話に乗って言い出してみたものの、ご家族から何と言われるか。婚約者がいたりすればどうなるか。裁判とはどうしても周囲を巻き込んでしまうものですからね。

 崩れるご令嬢が出てくるでしょう。傍聴席から非難の目を向けてくるのは一人二人ではないのです。アレンディード殿下が上手くやってくだされば、傍聴席の庶民の大半、こちら側の証言証拠などによっては貴族の大半になりますからね。怖いものですよ」

「ちょっと気の毒になってきたな」

「お兄様!何をおっしゃっているの?お姉様の貴重な時間を否定し、人格をも否定し、自分の無能を棚に上げているような王子に情けなんていらないし、それに乗った人間も自業自得だわ!」

「ヘンリー、泥船に乗ったのはあちら側よ。私たちはソフィーリアの為にやることをやるだけ。判断は司法がしてくれるの。あなた、陛下に確認したことは書面にしてもらってきてくださいませ」

「もちろんだ。いや~、しかしさすがポワレだな。昨日の今朝でここまで考えてくるとは」

「恐れ入ります。私も久しぶりのこういった裁判なので少々張り切っております」

 ポワレは楽しそうに拳を握りしめていた。


 フランディー王国では庶民は全員学校に通うことが義務付けられていて、授業料は国や領地の貴族のお金で賄われているのでもちろん無料だ。

 といっても、領地の懐事情によっては完全に守られているかは疑問で、そのために王家は視察を欠かさない。各領地へ王都の役人が度々視察に行き、足りない領地への援助金の増額などもする。始めは地域の聖堂が学校を兼ねているので神官から文字や算数を学ぶ。それらに加え、個人個人が習いたい科目を選んでそのまま聖堂で授業を受け、12歳までに自分の進路について決める者が多い。

 家の手伝いで最低限受ける決まりになっている科目を受講したら辞める者もいるし、そもそも家の手伝いをしながらの子供が多いので午前しか講義はない。そして優秀な者や将来なりたい職業によって更に専門性のある学校に進学ができる。様々な種類があるので王都まで進学で出てくる者や、領地にある学校に通う者など多種多様だ。

 そしてそれらは国立か領立かなので無料。国はもちろんだが、各領地も優秀な人材を育てることで発展させたい思惑があるので、より教育熱心な領主のいるところは選択学校が多かったりするので、他領に行く者、様々だ。もちろん入学試験はあるが。

 例外もあって、メアリーのように幼い時から貴族の邸などに奉公に入った時などは、その貴族の邸で仕事と必要な学問を教わることで義務を果たしたことになる。その際はきちんと教わったと証明する為の認定試験を受ける。試験に合格しなければ雇っている貴族側に罰があるので不正が起こることはまずない。

 ポワレはメルディレン侯爵家の領地に実家がある。実家は食料品店で、よく手伝いでメルディレン侯爵家に来ていたらしい。利発な少年だったらしく、おじい様が気に入ってチェスの相手をさせ可愛がっていたそうだ。

 家は兄が継ぐから自分はメルディレン侯爵家の為になることをやりたいという話を聞き、祖父は王立専科学院を受験することを勧めポワレは見事合格した。

 専科学院は国内最高峰の国立学院で高度な知識を学ぶ学院だ。医学、薬学、建築学、数学、そして法学だ。ポワレは法学を選択し、弁護士の資格を取ってメルディレン侯爵家に仕えている。もちろん他にも取引先はあるが。

 法学を学んだ学院生はポワレの様に弁護士になるか裁判官になるか、王宮勤めになるものがほとんどだ。なんにせよ、ポワレが優秀であることに間違いはない。


「では本日の打ち合わせはここまでにいたしましょう。皆様これからご自分の担当を頑張ってきてください。予想ですが、王家と侯爵家の裁判になりますので二週間後くらいに裁判が行われるでしょう」

「早いな。王家の醜聞は早めに終わらせたいと判断されるということか?」

「はい。恐らくは。しかし、それだけあれば十分に準備ができるでしょう。逆にあちら側が間に合うか、ですね」

 さして心配もしていない顔でポワレが言う。

「よし、やるぞ。アレンディード殿下にもご迷惑おかけしますがよろしくお願いいたします」

 父が頭を下げるとアレンディードが右手を差し出した。父はそれを握りしめ握手をする。

「迷惑ではないよ。僕がしたくてするんだ。義父上と呼ぶ日が待ち遠しいくらいだ。これからよろしく頼む」

「ありがたきお言葉。アレンディード殿下が受け継がれている領地は王都の側でしたな。娘に気軽に会いに行けるというのは嬉しいことです」

「さあ、皆様行ってらっしゃいませ。次回は来週、同じ時間に始めましょう」

 ポワレの一言で全員が立ち上がり頷き合った。モルガンが開いた扉からそれぞれが出て行く。門の前で馬で来ていたアレンディードが颯爽と去って行く。ソフィーリアたちも馬車に乗ると裁判所へと向かった。


「ではこちらを受理させていただきますね。裁判の日程に関しましては後日お知らせいたします。特殊な裁判になりますので、こちらの準備が整った後で、大法廷が空いている最短日になるかと思われます。こちらの書類に書かれたことをお読みになって、当日違法なことがないよう裁判の準備を進めてください。ではお疲れ様でした」

 裁判所の受付で余りにもササッと通ってしまった。こんな簡単に訴訟が起こせるとは。もちろん事前にポワレが訴訟に必要な書類を準備してくれていたからだが、昨日舞踏会で裁判をすると宣言した時は、こんな早くことが進むとは思っていなかった。

「何をぼうっとしているのよ、ソフィーリア。さあ、私たちの役割分担をこなしに行くわよ。フルールさんのところから行きましょう」

 裁判所から三人でフルールの家へと向かうべく馬車に乗り込んだ。

「あの二人は何か知っているわね」

「どうせエタンでしょ。おバカ王子が呼びかけている時に壇上からちらちらシルヴィさんを見てましたわ。出てくるように強制してたんでしょうけど、シルヴィさんは従わなかったようですわね」

 二人も気づいていたのか。俯き震えるシルヴィにフルールが寄り添っていたことを。

「従わなかったことで今頃シルヴィさんに何か起こってなければいいけれど」

「そこよね。家の事情があるから我慢されていたんでしょうけど」

「でも、シルヴィさんのご家族も従わなかった方が正解だと思ってるんじゃなくて?だって、嘘の証言なんてしたら後々困ったことになりますもの。お金の問題は別の支援者を探せばいいけれど失った信頼は中々取り戻せないわ。それにあんな男と結婚なんて絶対止めた方がいいですし」

「そうよね。この裁判を機にシルヴィさんも助けないと」

 ソフィーリアたち三人は決意を新たにした。


「バイヤース男爵家に着きました」

 馭者の言葉で三人は馬車を降りた。ソフィーリアが自邸を出る前に連絡しておいたからか、馬車の到着とともに執事と思われる男性が迎え入れてくれる。

「バイヤース家の執事をしておりますトロントと申します。ご令嬢方様のご到着をお待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 そう言って通された応接室にはフルールとシルヴィが待っていた。

「皆様お越しくださりありがとうございます。ソフィーリア様からご連絡をいただく前にシルヴィと話し合ってましたの。ソフィーリア様たちに相談しようと。そうしたらお越しいただけると連絡がきて、お待ちしておりました。知っていること全てをお話しします」

 ソフィーリアたち三人がソファーに座るとお茶を準備している侍女を待たずにフルールが話し始めた。

「皆様には助けていただいたのでご存じだと思いますが、シルヴィの婚約者のエタンは実はあの後も私に言い寄ってきていました。しかも私たち二人が一緒にいる時にです。二人一緒に住めばいい、二人とも可愛がってやると」

「まあ!気持ち悪い!」

 ルシールが美麗な眉をひそめている。

「何度断っても諦めず、むしろ私たち二人が嫌そうにするのを楽しんでいるかのようでした。爵位の低い私では言いにくいのと、シルヴィの実家の事情を考えると言い返せないと思っているようでした」

 はあ、とフルールが溜息をつく。

「最低な男ね。女性の嫌がることを言って楽しむなんて」

 レティシアが心底嫌そうな顔で出されたばかりのお茶を口にした。

「私がお父様に婚約の解消をお願いすれば良かったのですが、まだ領地の財政が安定しないので援助を申し出てくれているバルビエ子爵家との縁談を断ることを躊躇っていました。けれど、今回のソフィーリア様の件で絶対に婚約の解消をして欲しいと頼もうと思いました」

 フルールとシルヴィが目を合わせた後、強い決意のこもった目でソフィーリアたちを見てきた。

「私たち、エタン様に脅されていたんです」

「脅されていた?」

 フルールの言葉にルシールがやはりという目で言った。

「はい。舞踏会の一週間前のことでした。舞踏会でクラディオン殿下がソフィーリア様にいじめられた者は申し出るようにと呼びかけるから私たち二人に前に出てくるようにと言ってきたのです。

 そうすれば私を妾にすることを諦める。シルヴィの家への援助金の増額を父である子爵に申し出る、と」

「受け入れることなど到底私たちはできませんでした。ソフィーリア様はそのような卑劣なことをする方ではありませんから。それを言ったら、エタンもそれは分かっていて、だから信ぴょう性のある嘘の証人が必要なんだ、というのです。

 クラディオン殿下がソフィーリア様とのご結婚が嫌なら解消してカロンさんと婚約すれば良いだけだと言ったのですが、それでは心変わりしたクラディオン殿下が悪者にされるから、ソフィーリア様を悪者にしなければならないと。

 私たち二人が言うことを聞かなければうちへの援助金を減額すると言うのです。父親に私に裏切り行為があったと言って立場をわからせる為に進言すると。フルールに私の家のことは関係ないのですが、優しい性格のフルールの気持ちを逆手に取っているのです。

 とてもじゃないですが受け入れることはできませんでしたが、話が平行線で終わらなかったので、その場は一旦受け入れることにして自邸に帰って両親に相談しました。両親は怒ってくれて、従わなくていいと言ってくれました。

 子爵はうちの後ろ盾で貴族間での発言力を高めたい思惑があるから援助金の打ち切りと言わなかったのだろうが、それ以前に、そのような男のところに嫁がせたくないから、今回の舞踏会の後、婚約解消を申し出ると。お金についてはまた考えれば良いからと」

「私も家でこの話をしたら、家族みんなが怒ってくれました。立場を利用して私を妾にしようという考えが(おぞ)ましい。ましてやメルディレン侯爵家を敵に回すなどとんでもないことだと。

 特に兄のマクシムがシルヴィのことをとても心配していて、目の前で婚約者に友人を妾にすると言われたり、常日頃から隷属させるような発言をしていることも気に入らないと。婚約解消がなされたら、うちがシルヴィの家へ援助金を出すと言ってくれました。

 兄はいくつか店舗を任されているのでその収益で援助できる。見返りに伯爵家の領地に出店させてくれたいいと。その話を兄を連れてシルヴィの家でしたら話がまとまり、舞踏会が終わるまで従うフリをして過ごし、当日は無視しようということになりました。ソフィーリア様たちが退場された後、私たちも直ぐ会場を後にしたんです。エタン様に捕まりたくなかったので」

「私は衝撃を受けました。クラディオン殿下の壇上からの発言に。そして安堵もしたのです。言うことを聞かなくてよかったと。あんな酷いことをおっしゃるなんてありえませんわ。

 そして素知らぬ顔で壇上に上がって行った女性たち。クラディオン殿下の後ろで笑っている男たち。こんな醜い茶番に私たちを加えようとしていたエタン様が憎くて私震えが止まりませんでした」

 まさか怖さではなく怒りで震えていたのか。物静かなルシールがここまで怒るとはソフィーリアが知らないところでも色々あったのだろう。

「お二人が加わらないでくださって嬉しいです。ご家庭の事情もあったでしょうに、よく決断してご家族に相談してくれました。おかげで私は救われました。もしあの壇上にお二人が立っていたらと思うと悲しみで卒倒していたでしょう」

「ソフィーリア様が裁判をなさるとおっしゃったので、二人で話し合って昨晩家族にも話して、ソフィーリア様側の証人として出廷させてほしいとお願いしようと思っておりました。エタン様とは辛いばかりの婚約期間でしたが、逆にソフィーリア様のおかげで決意することができたのです。なんなりとおっしゃってください」

 ソフィーリアは二人の話を聞いているうちに冷めてしまったお茶をぐいっと飲むとこれからのことについて説明を始めた。二人は聞き終えるとうなずき了承を示した。


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