証言だけで賠償金?!私闘います!第二王子と婚約しているソフィーリア。婚約破棄を言い渡されたが、おバカ婚約者などこっちからお断りと受け入れたら第三王子に婚約を申し込まれました。恋も勝利も勝ち取ります!
久しぶりに書いた作品です。連作小説となっております。最後までお読みいただけたら幸いです。
フランディー王国は大陸の西北にあり、自然豊かで四季折々の風景が楽しめる風光明媚な国として大陸全土に知れ渡っている。特産品や資源も多く、各領地を治める貴族たちは争いを好むことなく領地経営に勤しみ、王家と領民を大切にする者が多い。
王家も同じく、貴族も平民も等しく大切にし、国民にとても慕われていることで有名で、安全に旅行が楽しめる国として他国からの観光客も多く、観光収益だけでもかなりのものが上がっているため、国民の多くが飢えることなく生活できる国である。
だが、そんな中でももちろん例外はいるもので、そんな例外のせいで悪役にされてしまった侯爵令嬢が、今まさに窮地に立たされていた。
令嬢の名はソフィーリア。メルディレン侯爵家の長女である。濃紺でうねりの心配などいらない艶やかな長い髪にエメラルドのような目。そして長いまつ毛は母親譲りのもの。
そんなソフィーリアの実家の侯爵領は牧羊と鉱山で栄えている。鉱山で採れる資源は鉄で、争いを好まないお国柄の為、武器よりも鉄製品の料理道具の輸出が盛んである。
特に包丁は名品揃いで、各国の料理人が一度は使ってみたいとわざわざフランディー王国のメルディレン侯爵領まで買いに来る者がいる程だ。もちろん有事の際の武器なども作っていて、王命で密かに要所要所に配備されている。
メルディレン侯爵家は家族仲も良く、外務大臣を務める実直な父と伯爵家出身の温和な母、外務大臣補佐を務める優しい兄と、まだ学園に通う年齢ではない可愛い妹や信頼できる友人、明るく勤勉な使用人たちに囲まれ、真っ直ぐな性格で美しく育ったソフィーリアにとって、今の状況は全く理解できない状態であった。
ソフィーリアの目の前、壇上からソフィーリアを指差しているのは婚約者であるこの国の第二王子クラディオン。茶色の髪に水色の目は側妃である母親にそっくりだ。
そんなクラディオンが何故壇上にいるのかと言えば、現在王立学園で開かれている舞踏会の最中で、第二王子であるクラディオンは他の学友より自分が一番位が高いと、一段高い位置に立っているのかしら?と思っていたのだが、突然始まった何かをまあ聞くしかないようである。
フランディー王国では社交界デビューは16歳になる年の冬の始まりの王宮主催の舞踏会とされているので、王立学園では秋に学園生だけで予行演習として舞踏会が開かれる。
一年生は初めての舞踏会となり、二年生は慣れてきた舞踏会となり、三年生は先輩として指導し見本として振る舞う舞踏会となるのだが。ソフィーリアはこの第二王子、下級生たちの見本になれているのかしら?と思いながらこれまでのことを思い出していた。
クラディオンと婚約したのは五年前。当時、王太子のフェリクスは外務大臣の父によって推薦され選ばれた、隣国コーランド聖国の第一王女アリーチェを王太子妃として迎えることが決まっていた。
友好国である聖コーランド王国と更なる友好をと決まったもので、今では輿入れも済み、夫婦仲も良く第一王女が産まれて二年になる。
そして五年前、第二王子の婚約者を決めようということになり、今回は国内からという意見が多かった為、選考会をして選ばれたのがソフィーリアだった。
大公家と公爵家三家はいずれも王族と血が近い為、侯爵家や伯爵家の中から第二王子と年が近く、まだ婚約者が決まっていない令嬢の中から無難に選ばれた、というだけであるとソフィーリアにしては思いたい。
ソフィーリア十二歳、クラディオン十三歳の時だった。ソフィーリアの本音としては選ばれたくなかったのだが。
候補者が集められたお茶会の席で挨拶をしたクラディオンの母親を、どうしても好きになれないと直感が働いたのだ。この人は怖い、と。国王陛下には王妃殿下の他に二人の側妃がいる。クラディオンの母は側妃の一人だ。
公爵家令嬢だった王妃シャンタルは王太子フェリクスを出産後体調を崩しがちになり、国王陛下に側妃を娶るようにと何度も促した結果、伯爵家二家から同時に側妃を迎えた。同時にしたのはどちらにも優劣はつけないという陛下の意志表示と、王妃への配慮と言われている。
そして第二王子を産んだのがクラディオンの母カリーヌだった。カリーヌはソフィーリアに目星をつけていたのか頻繁に話しかけてくる為、苦痛を感じて大人たちの目が自分に向いていない少しの隙に近くの庭園に逃げ出したくらい嫌だった。
しかし結果は悲しいもので選ばれてしまった。父にもソフィーリアの気持ちが伝わっていた為、力が及ばずすまないと謝罪され声を出して泣かれた。
そんな侯爵家の思いとはうらはらに迅速に婚約式が行われ、第二王子の婚約者として直ぐに王子妃教育が始まった。
初めは王都のメルディレン侯爵家のタウンハウスに王家から家庭教師が派遣され、王国と近隣諸外国の歴史の講義や語学を学ばされた。マナー教育は既に終えていたのだが、更に他国へ行った際のその国ごとのマナーなど、多くの事を学ばされた。
幸いにして外務大臣の父を持つソフィーリアには外国語は馴染み深い為覚えるのは容易かった。
自邸の図書室には数多の外国語で書かれた書物があり、幼いころから読み聞かされていたし、ある程度の年齢からは自身で読んでいたりと既に3か語は日常会話に困らない程度できたからだ。
歴史も他国のマナーも面白かったのもあり、また、学ぶことが苦痛ではないのでソフィーリアはどんどん吸収し、3年かかると思われた王子妃教育を1年で終わらせることができた。しかも習得した外国語は国からは4か国語と言われていたが結果6か国語。国王陛下から見事だと褒められ王妃からも褒美としてティアラを下賜された。
王妃からティアラを下賜されるということは、それだけ王妃の、更には国王の覚えがめでたいということを意味し、国から期待されている令嬢や国に貢献した女性、または女性騎士などから時折選ばれるその栄誉は王国の女性の憧れだ。
それ故瞬く間に第二王子の婚約者は優秀だとあちらこちらで噂されるようになった。そしてそれが終わった後は王宮に通い公務を座学から学び、しばらくすると実務としても学ばされた。
病院や孤児院に慰問に行ったり、王宮内での舞踏会やお茶会の準備の仕方。また、王家所有の領地の中から第二王子が任されている領地の経営について。
本来ならクラディオンとともにしなければならないことがほとんどなのだが、クラディオンは公務に関しては全く興味を示さず、領地経営についても自分は王族なのだから役人がやればいい、とほったらかし。
それでも外出を伴う公務の依頼はやってくるので、稀に一緒にクラディオンが行くこともあったが、一人で行くこともあれば、王太子妃アリーチェとともに行くこともあった為、ソフィーリアは本当の姉の様にアリーチェを慕っている。
孤児院へ行けば、微笑むだけで子供たちが笑顔になり、その手で作ったお菓子は更に子供たちを笑顔にした。常に冷静で優しいだけではなく、理念を持ち芯の強さを感じることも多かった。
第二王子妃なんてなりたくないと思うことがあったが、アリーチェの義妹になれると思えばソフィーリアは何とか耐えることができた。
婚約した当初は月に二度のお茶会などで顔合わせをしており無難に会話をしていたのだが、ソフィーリアがティアラを下賜されたあたりから、クラディオンがソフィーリアと行動を共にすることが減っていった。
王宮に通い出してからは更に減ったように感じ、このままでいいのか悩む日々が続いていた。
そして16歳になる年、貴族の令息令嬢が通う王立学園に入学した。学園で学ぶこと以上を王子妃教育で学んでいたので入学しなくても知識や実務において問題はなかったが、同年代の友人作りと、学園でしか学べない人間関係の構築の為の入学だった。
入学して一年半。たくさんの友人に恵まれ楽しい学園生活を送ることができていた。
授業後に王宮へ行き公務をしたり休みの日も公務だったりと休む暇がほとんどなかったが、ひたすら勉強と公務と領地経営をしていた頃より、友人たちとの学園内のカフェでの休憩時間や、たまの隙間時間に街へ買い物に一緒に出かけたり、お互いの邸でお茶会をしたりと充実した時間を過ごしていたというのに、ここへ来て、冒頭に至る。
クラディオンは顔と名前を辛うじて覚えている程度の子爵家の令嬢の肩を抱き、ソフィーリアに身に覚えの無い非難をぶつけてくる。それも聞くに堪えない大声で。本当に王子なのかしら?と首を傾げたくなりきょとんと見上げていると、
「聞いているのかソフィーリア!貴様は爵位が上だということと僕の婚約者であることでカロンに散々嫌がらせをしているのはわかっているぞ!第二王子の婚約者としての気位も気品もない女だな!!」
人を指さし唾を飛ばしながら大声で怒鳴るなどそちらの方が王族としての気品の欠片もない、と心の中で思いながらソフィーリアはクラディオンの目を見据えて背筋を伸ばし顎をスッと引くと、学友たちのざわめきが聞こえてきた。
「ソフィーリア様はそのようなことをなさるお方ではありませんわ」
「そうですよ、とてもお忙しいと聞いてますもの。そのようなことをしている暇もありませんしね」
「いくら何でもソフィーリア嬢がそのようなことをするとは思えないよな」
「爵位がどうのといっているけど下位貴族の俺らにも親切だしな」
そんな声にクラディオンは青筋を立てながらソフィーリアを睨みつけてくる。そして、
「ここにいる全員がソフィーリアに騙されているんだ!!性悪女なのが本来の姿だ!」
頭が痛くなってきた。好かれていないと思ってはいたし、こちらは嫌って、コホン、行動を改めるよう苦言を呈してきたわけだが、ここまでの誤解が生まれ暴言を言われる程関係が悪かったとは思っていなかった。
いや、正確には関係の悪化は危惧していた。ここ数か月の間、クラディオンは今まで以上に公務をしなくなり、休みの日でも王宮で昼間姿を見かけることがなくなっていた。
どこへ出かけているのか、まだ婚約者でしかないソフィーリアに仕事を任せっぱなしでと思っていたところ、学園でクラディオンがソフィーリアとは別の女性と一緒にいるのを目にしたと耳に入るようになったのだ。
実際に遠目から小柄な女性と一緒にいるのを見た時は心の中で喝采を叫んだくらいだ。もし、クラディオンがあの令嬢(その時は遠すぎて誰かまで判別できなかった)を気に入って自分との婚約がなくなれば、ソフィーリアは晴れて自由の身となるのだから。
まだまだソフィーリアは若いので次の婚約者など直ぐに見つかる。第二王子との婚約が破談になるなど醜聞だと思う貴族もいるかもしれないが、実際はここぞとばかりに釣書きが届くだろうことは予測できた。
家の爵位、淑女としての知識、社交性、そして自分で言うのもなんだが、顔だって綺麗な方に確実に入るのだ。選び放題間違いナシ!となるのはわかっていた。だから痛くも痒くもない。
壇上のクラディオンをじっと見つめるソフィーリアに特に仲の良い友人たちが寄り添ってきた。怒りの顔をして。
「ソフィーリア様はそのようなことはなさりません。いつも冷静でお優しい方です」
とアスラン侯爵家のルシール。
「ソフィーリア様は爵位に関係なく学友の私たちと接してくれます。ましてや王子殿下の婚約者だからと何かを発言されるような場面は一度も見たことがありません」
とオブラン伯爵家レティシア。
普段であれば互いに名前を呼び捨てにしている仲だが、公の場なので敬意を表してくれているようだ。そしてソフィーリアの左右に立ち片手ずつ握ってくれた。
二人はソフィーリアがクラディオンとの婚約解消を願っていることを知っているのだ。王家の内情など本来なら他言してはならないことなのだが、あまりにも忙しすぎて倒れた時に少し弱音を吐いてしまいそれ以来相談役になってくれた。
そんなに嫌ならば王家に辞退を申し出るとかあるだろう、と思われるかもしれないが、王家からの打診という名の命令で婚約者に選ばれたからにはこちらから辞退することはできないのだ。反逆罪と取られかねない。
だからと言って、公務や王子妃教育を疎かにしてそれこそ悪女の様に振る舞うことで婚約の破談を狙うのは自身が許せない。それに家族にも迷惑がかかる。
第二王子の婚約者は悪女で評判が悪いなどと言われるのは屈辱だ。しかもできることをしないでいるのは苦痛だし、家門の為、国の為、と思い日々学び励んできたのだが、とうとうこの日がやってきたのだ。
しかし、ソフィーリアが望んだのは円満な婚約の白紙または婚約の解消、であって、一方的に謂れのないことで批判を受け、性悪女と罵られるようなやり方での婚約破棄はお断りだ。何とか状況を変えようと、クラディオンを見上げた。
「私がそちらの女性、バラケ子爵家のカロンさんに危害を加えたことはありません。お話ししたこともございません。クラスも違いますし。いつどのようなことを私にされたとおっしゃっているのですか?」
クラディオンが更に苛立たし気にまくし立ててくる。
「人気のない階段からカロンを突き落としただろ!それからバケツの水をかけたり!爵位の下の者と話したくないと話しかけたカロンを無視しただろ!第一、話したこともないと言っているが名前を知っている時点でカロンのことを知らないとは言わせないぞ!」
あらまあ、
「クラディオン殿下。まず、前提として、私は第二王子妃になる為の知識として、全ての貴族の方々のお名前とお顔、更に爵位に所領、特産品、役職を覚えています。もちろん、社交界デビューをしていない年齢の方たちの中には存じ上げない方もおりますが。
ですから存じているだけで今日初めてお名前をお呼びしました。何度も言いますが、私はカロンさんにそのようなことはしておりません。具体的にいつされたのかお聞きしてもよろしいでしょうか?本当に私でしたか?」
するとカロンがクラディオンの腰にしがみつきながら涙目でソフィーリアに言ってきた。
「か、階段から突き落とされたのは、忘れもしません、二週間前の金曜日の放課後です。あの日は10番通りのカフェが月に一度だけ出すケーキを食べに行こうとして一人で図書館棟の階段を下りようとしていました。
そうしたら、後ろから誰かにドンと背中を押されて私は階段から落ちました。振り返るとソフィーリア様が去って行くのが見えました。本当に怖かったです」
クラディオンがよしよしとカロンの頭を撫でながら私を睨んでくる。
「お前はなんて恐ろしい女だ!カロンがたまたま軽傷で済んだから良かったものの、殺人罪で捕まってもおかしくない事件だぞ!!おまえのやったことは殺人未遂だ!」
私はすっと目を細めてカロンを見た。怯えるようにしているがどうにも演技臭い。それもそのはず、
「おかしいですね。そのカフェが月に一回のケーキを出す日は確かに二週間前の金曜日ですが、私はその日はお昼から学園を早退して王宮に向かい、アリーチェ様と一緒に視察に行っておりました。
たくさんの方がいらしたので証言していただけると思いますし、その後王家の馬車で自邸まで送っていただきましたから、きっと突き落とされたとおっしゃるのなら別の方ではありませんか?」
私はその日、国費で運営されている庶民が通う専門学院に視察に行っていたのだ。毎年アリーチェ様と王太子殿下で行く視察の一か所で今回も一緒に行く予定だったのだが、王太子殿下に前日に予定が入ってしまったのでアリーチェ様から時間が取れる様なら一緒に行かないか、と誘われたのだ。
なんでも侍女育成専門教育の学院らしく、そもそも女性同士ソフィーリアと見に行った方が良いと思っていた、とのこと。楽しそうな視察だったので是非にと同行させてもらったのだが、同行しておいて良かったと心の底から思った。
でなければ言いがかりをつけられるところだったのだから。私の言葉にオロオロと目が泳ぎ出すカロンを見ていると
「わ、私の勘違いでした!先月でした!!突き落とされたショックで記憶が混乱しているようです。間違いなくソフィーリア様が去って行くのを見たんです!!」
「おかしいですわね」
とレティシア。
「先月でしたら、学園が終わって直ぐに私たち三人でそのカフェでそのケーキを食べましたわ。混むといけないからと恥ずかしながら授業後直ぐに走って学園を出て待たせていた当家の馬車でカフェまで向かいましたもの。
おかげで並ばずに入れて美味しくケーキをいただくことができましたの。その後も三人で雑貨屋や本屋に行っていたのであなたを突き落とす時間はソフィーリア様にはありませんわ」
そうなのだ。先月も無理なのだ。
「え、えっと、それならきっと私が日にちを勘違いしてケーキを食べ行こうと思ったのかもしれません!本当にソフィーリア様に突き落とされたんです!!」
震えるように訴えるカロンの肩を抱き寄せるクラディオンがレティシアをも睨んでくる。
「おまえたち共謀しているのではないのか!!おかしいだろう!今月も先月も予定があったなんて!!それかカロンの日にち間違いだ!!
カロンが嘘をつくわけがないだろう!!カロンは真実しか言わないんだ!おまえたちと違って清廉な水のような涙を流す姿に何とも思わないのか!」
どこからそこまでの信頼が生まれるのだろうか?これだけの事実を突きつけても疑わないなんて。
「では、お尋ねしますが、バケツの水をかけられたのはいつどこですか?」
とルシール。
「い、いつとは覚えていません!」
お、少しは勉強したのか日付の断定は避けることにしたようだ。
「驚いてはっきりとしたことは覚えていませんが、誰かに呼び止められたと思って振り返ったらソフィーリア様が私にバケツに入った水をかけたのです!!
驚いて呆然とする私に冷たい視線を向けてクラディオン様に近づかないで、身分をわきまえなさいと言って去って行かれました。本当です!!優しいと皆さんがおっしゃっているソフィーリア様がこんなことするなんて、と怖くて怖くて・・・・」
と泣き出す始末。もちろんその目からは清廉な水など流れてはいない。
「カロンさんはどこで水をかけられたかは覚えてらっしゃいますか?」
段々ルシールの目が座ってきた。こうなるとルシールは止まらない。真っ直ぐな性格なのだから。
「放課後聖堂でお祈りをしてからの帰りでしたからその渡り廊下です!」
「そうですか。間違いありませんね?」
「間違いありません!本当なんです!」
「いずれにしても放課後人気のない場所ばかりですわね」
「ソ、ソフィーリア様がそんな場所で私を狙っているのでしょう!」
「へえ、そうですか。でしたら、あなたはソフィーリア様にバケツに入った水をかけられたとおっしゃってますが、渡り廊下は板張りですから水浸しでしたでしょう?廊下を拭いてから帰られましたか?」
「え?何を言って。そ、そんなことするわけないじゃないですか!
わ、私だって子爵家とはいえ貴族なんです!!そんな使用人がするようなことするほど落ちぶれていません!あなたも私を身分が低いと使用人同様だとおっしゃるんですか!」
「やはり、同類だな。爵位が低いとカロンを見下し、口裏を合わせているんだろ!!」
クラディオンがルシールにも指差し怒鳴り始めたがルシールはそんなことではめげないのだ。ましてやソフィーリアが散々な扱いをクラディオンからされているのを知っているので一度は言ってやりたいと思っていたのかもしれない。
それにルシールもレティシアもソフィーリアと同じクラディオンの婚約者選びのお茶会に参加していたのだ。
カリーヌの威圧感に選ばれなくて良かったと思っていたところ、学園に入学して直ぐ、選ばれてしまったソフィーリアが学友たちに王子の婚約者と委縮されポツンと一人で座っているのを見かねて声をかけてくれてから親しくなり、二人のおかげで友人はどんどん増えた。
そんな二人は今、第二王子妃の側近となるべく勉学に励んでくれている。
「そのようなことを申し上げているわけではありませんわ。水浸しのままカロンさんがその場を離れたのでしたら、聖堂付近の清掃担当の部署に問い合わせれば水浸しになっていた日がわかるのでは?と思いまして」
「ヒッ!」ニッコリと笑ったルシールに怯えたようにカロンはクラディオンに更にしがみつく。
「うるさい!うるさい!そんなこと調べる必要はない!カロンが嘘をつくわけがないだろう!カロンはソフィーリアと違って心優しく純粋なんだ!おまえたちの様に社交に慣れた性悪女と一緒にするな!」
ソフィーリアだけでなく、大切な友人たちまで性悪女と言うとは。一発グーで殴りたい気持ちになり思わず二人の手をぎゅっと力を入れて握ってしまった。
それだけでソフィーリアの気持ちを汲んでくれたのだろう、二人からも握り返してくれた。
「第二王子殿下。何故婚約者であるソフィーリア様の言葉を信じず、そちらのカロンさんの言葉を信じるのですか?ソフィーリア様がそのようなことをなさる性格ではないことや、日々忙しくされているのは殿下もご存じだと思うのですが」
レティシアが第二に力を入れて言ったように感じた。
「いや、私はソフィーリアに騙されていたんだ!ソフィーリアは忙しくもないのに王宮に来て役人に任せておけばいいものに口出しして忙しそうに振る舞っているだけだ!文官たちに偉そうに命令をして、王子である僕の婚約者という立場に酔っているだけなんだ!
そもそもソフィーリアは僕にいらぬことを言い過ぎだし、嘘をつく!ソフィーリアは僕に公務をしろ、領地経営をしろと煩く言ってきてわずらわしい。今からやらなければならないことだとか言って一緒に公務に行こうとも言ってくるし、領地の責任者が来た時も同席するように言ってくる。
公務など兄上に任せればいいし、やるなら学園を卒業してからやればいい。他にもっとしなければならないことが僕にはあるんだ!領地経営だって王家の者自らがやらなくても役人がやってくれているのだから結果だけ書面で確認すれば良い!
ソフィーリアは愛する僕と一緒にいたいからそのようなことを言ってくるのかもしれないが迷惑だ!僕と一緒にいたいが為の嘘はとっくに見抜いてるんだ!」
驚いた。どこをどうやったらソフィーリアが自分を愛していると思えるのか。自意識過剰にも程がある。
王宮の第二王子付の文官たちだって関係が良好ではないことなどとっくに察しているが仕事は進めなければならない。偉そうに文官に命令をしているも何も、彼らだって王家からの指示がなければ動けない仕事があるのだ。
クラディオンがやらないなら共同で仕事を任されている婚約者のソフィーリアに言ってくるしかないからソフィーリアが指示を出す、というだけのことなのに。
それに、各所から公務の依頼が来て、王太子夫妻だけではまかなえないものが第二王子と婚約者のソフィーリアに回ってくるのであって、将来国王になられる王太子殿下の補佐を今からするのは当たり前のことだと何故思わないのか?
領地経営にしても、クラディオンが王家所有の領地の中から一部管理を任されたのはクラディオンが15歳の時だ。
そろそろ領地経営も勉強しなさいと陛下から任された領地は、王都から少し離れているのんびりとしたところだ。
領民の多くは農民で様々な農産物を栽培している。王家の避暑的な領地でもあり、王家専用別荘は湖の近くにあるとても美しい建物だ。
何故知っているのか。それはソフィーリアがそこに視察をしに今年一人で行ったからだ。クラディオンと一緒になんてそもそも行きたくなかったのもあったが、領地責任者からもお一人でと言われたからである。
責任者はクラディオンに期待などとっくにしていない。陳情の手紙を送っても返事がない。返ってくる手紙は第二王子の婚約者から。会いに行けば出てくるのは婚約者のみ。領地の管理者が陛下から第二王子とその補佐の婚約者に代わってただでさえ不安なのに、対応してくれない第二王子など期待しろと言っても無理な話だ。
ソフィーリアは国王陛下と王太子殿下にだけ視察の了承をもらい夏期休暇の時に行ってきた。もちろんクラディオンにも念の為言っておこうと思ったのだが、領地の件で、と話しかけたら役人にさせろ!と聞く耳持たずだったのだ。
滞在中は領地で収穫される農産物の二次加工の工場を新しく建てるための場所を見学して決めたり、最終的に加工する農産品を候補の中から決めてきた。何故婚約者に過ぎない私が、とも思うが、頼まれると断れない性分で、国王陛下や王妃殿下からも頼まれているので仕方がない。
ちゃっかり一人で避暑も楽しんでこられたので結果良い視察だった。しかしながら、もう名前も呼びたくない。
「殿下、公務や領地経営より大切にしなければならいこととは何でしょうか?」
「ふん!おまえはそんなこともわからないからダメなんだ!もちろん、友人との交流だ!人脈作りに決まっているだろう!将来僕の側近を任せられる友人を見つけるのが今しなければならい最重要課題だ!
母上から学園生時代は友人をたくさん作り、人脈を広げるのに費やすよう入学前に言われている!側妃である母上の方が正しいに決まっているではないか!」
その言葉でぞろぞろとクラディオンの後ろに子息たちが並び始めた。見る限り、伯爵家子爵家男爵家、と上位にあたる公爵家や侯爵家の子息は見当たらない。
その数5人。最重要課題にしている割にはたったそれだけ?と思うが、一人だけいる伯爵家子息は確か次男で、長男は王太子殿下の学友のはず。だが側近に選ばれなかった為次男には第二王子と友人になるようつけたのだろう。
ソフィーリアが入学した当初と周りにいる子息たちの顔ぶれが若干変わっているように思うが、まあ、気の合う合わないはあるだろうし、交友関係も変わっていくのだろう。当初はもっと侯爵家や伯爵家がいたように思うのだが。
第二王子の側近候補としては何とも心もとない顔ぶれだが、クラディオンにしてみればこれが精一杯かもしれない。なんせおバカだから。そして、そんな中に一人、話したことがある顔を見つけた。いや、話したというか諫めたと言った方が正しいか。
バルビエ子爵家の長男エタンだ。