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夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。

作者: 櫻野くるみ

私、セラフィーナは前世の記憶を持って生まれた。

今は貴族令嬢として生きている私は、前世で培った知識を活かしてこの世界で生きていく――。


……なーんて聞けば、まるで転生もので無双する主人公のようだけど、実際は全く違うんだな、これが。

確かに前世らしき記憶は頭に浮かぶんだけど、何かのきっかけで思い出すことといえば、細切れの知識や言葉ばかり。

自分の名前やどんな人生だったかすらサッパリわからないんだから。

しかも思い出す内容といえば、二十九日は肉の日とか、回転寿司でガチャが当たるとか、コンビニで一個買ったらもう一個貰えるキャンペーンとか……。

うん、この転生には意味なんてないのだと思う。

使命とか運命とかに翻弄される気配が面白いほど感じられない。

正直笑えるほどどうでもいいことばかり思い出すのだから、きっと前世もそんな感じのユルイ人生だったのだろう。


そんなくだらない記憶しか持たない私が、この世界で重宝される機会があった。

年に一度の国王主催の夜会という、超ビッグなイベントである。

何故かそこでの余興を、国王自らの指名によって、ここ数年私が担当している。

冗談みたいな話だが、この国の国王はイベントやレクリエーションが好きで、夜会でも何か目新しいことをやりたがる困ったオジサンなのだ。

まあ、そんなことを普通の人が言ったらすぐ罰せられるだろうけど。


私の生まれた家は公爵家で、とても身分が高い。

父が国王と幼馴染みだった関係で、私も小さい時から国王夫妻を第二の両親と思うくらいには親しくさせてもらっている。

夫妻の一人息子、アレクシスは私の一つ上の十九歳で、私たちも兄妹のように仲良く育ってきた。

王太子のアレクシスはそれはもうハリウッドスターも真っ青の美男子な上に好青年で、令嬢の間でもアイドル並みの人気を誇っているのだが、初対面の幼い時分からそのイケメンの兆候はバシバシ感じられた。

将来有望な「金の卵」として当時の私にインプットされた過去がある。

まあ、王子なのだから当然なのだが。

――という話はまあ置いておいて。


今年も夜会のシーズンがやってきた。

つまり、私の出番もやってくるわけで……。


「セラフィーナ、今年の夜会も頼むとシュミットが言っていたぞ」

「もうそんな季節なのですね。おじさまは今年も私に任せてしまってよいのでしょうか」

「何を言っている。昨年の『コスプレ』も、一昨年の『マルバツクイズ』もとても盛り上がって皆喜んでいたではないか!」

「……ありがとうございます」

シュミットとは国王の名前で、プライベートでは私も『おじさま』と呼んでいる。

父から予想通りに夜会の話を聞かされた私は、以前自分が提案した余興の記憶が思い出され、恥ずかしさで頭が痛くなった。


いや、確かにみんな楽しんでいたけれど、そもそも貴族の夜会でマルバツクイズやコスプレって何なの!?

どう考えてもおかしいでしょうが!


ちなみにマルバツクイズの時は、国王がとっておきの質問を出し、参加者はそれが正しいと思うかどうかでマルとバツの陣地に移動し、正解し続けた者が王家所蔵の珍品を景品として受け取って大いに盛り上がった。

コスプレは、王妃の希望で『海に関わる服装』という縛りで集まった結果、幻想的な夜会となり、ファッションに敏感な夫人や令嬢が今でも話題にするほどの伝説の夜となった。


って!

おじさまの「私の好みの女性はぽっちゃりである。マルかバツか」とか、ほんとやめてほしいわ。

おばさまが好みと考えるなら、なんていうか……ぽっちゃり気味と言えなくもないけど、まさか王妃が見た目ぽっちゃりだからってマルに移動するのも気まずいし、だからといってバツにしたら細身の女性が好きだということになって、それはそれで合っていた時に怖いことになりそうだし。

まあ、結局正解はマルで、おばさまも喜んでいたから丸く収まって良かったけど。

マルバツクイズだけに……って、ふざけている場合じゃなかった。

コスプレも、サンゴや真珠がバカ売れしたり、青系の生地が売り切れたり、なかなか大変だったのよね。

昆布を意識したとかいう、コスプレ上級者の伯爵の格好が今でも忘れられないわ。


今までの出来事を振り返っているうちに、打ち合わせをしたいという国王に呼ばれて城に赴くことになった。

王家のプライベートスペースのサンルームに慣れた足取りで入っていく。


「セラフィーナ、元気そうだな」

「セラフィーナちゃん、今年も楽しみな季節がやってきたわね」

「やあ、セラフィーナ。またユニークなことを考えたのかい?」


国王、王妃、王太子の三人が私を待っていた。

え、勢ぞろいなの?

そんなに期待されても……。


しかし、期待に満ちた視線に負け、お茶の用意がされたテーブルに案内された私は、挨拶もそこそこに今年の余興について考えてきたことを発表した。

「今年は『借り物競争』にしようと思います」

「『借り物競争』? 初めて聞くな」

「なんだか楽しそうな響きね!」

「セラフィーナ、それはなんなの? 想像がつかないな」


国王一家が口々に話し出し、首を傾げているが、それも当然だ。

思いっきり前世の知識なのだから。


ううっ、せっかくの記憶をこんなことにしか活かせない私って……。

これぞ宝の持ち腐れってやつね。


情けなく思いながらも、私は今回の企画のプレゼンを始めた。


ワクワクとした表情でこちらを見ている国王たちの前で、私はあらかじめ作ってきたカード十枚を、文字が見えないように裏返しにしてテーブルに並べた。

もちろん借り物競争には欠かせない、何を調達するか「お題」が書いてあるカードである。


「これは?」

「このカードには、裏に借りてこなければいけないアイテムや、人について書いてあります」

「まあ! 借りるってどういうことなのかしら?」

「正確には借りるというか、調達するんですけどね。ちょっと試しにやってみせます。あ、アレクも手伝ってくれる?」

「ああ、もちろんいいけど。何をすればいいんだい?」

「ちょっとこっちに来てもらえるかしら?」


頭に疑問符だらけの国王夫妻に説明する為に、こちらも同じく意味がわからないであろうアレクシスの手も借りて、一度やってみせることにした。

デモンストレーションというやつである。

とりあえずはテーブルから少し離れた場所まで移動し、アレクと並んでテーブルに座っている夫妻の方に身体を向けた。


「実際に見た方が早いと思うので、今からやってみますね。アレク、私が『よーいドン』って言ったらテーブルまで走って、好きなカードを選んでくれる?」

「『よーいドン』? 面白い掛け声だけど、わかったよ。一枚選べばいいんだね?」

「ええ。それじゃあいくわよ? よーいドン!!」


私たちはカードが伏せてあるテーブルに急ぐ。

流石に令嬢としてマックスの速さで駆けるわけにもいかない私は、すぐにアレクに遅れをとった。


それにしても、よーいドンなんて転生してから初めて言ったけど、確かにちょっと笑えるかも。

っていうか、よーいドンってそもそも何なの?

ヤバイ、お城の内装やドレスとのギャップがツボに入りそう……。


余計なことを考えていたのと、元々の足の長さの差もあり、先に辿り着いたアレクシスがたいして迷うことなく一枚を手に取った。

国王夫妻は、そこに何が書かれているのか興味津々な様子で見守っている。

私も無事に到着すると、カードを引いた。


「カードを選んだら、何が書いてあるのかを確認します。私はこのカードに決めたので、見てみますね」


私が選んだカードには『歌の上手な人』と書いてあり、それを三人に見せた。


「実際は自分だけ見ればいいのですが、今回は遊び方の説明なのでわかりやすくお見せします」

「ふむ、『歌の上手な人』と書いてあるな」

「はい。つまり、私は歌の上手な方をつれて一緒にゴールへ行かねばならないのです。今はあちらの扉を仮にゴールとしましょうか。おばさま、お願いできますか?」

「え、私?」

「ふふっ、歌が上手な人と言ったらおばさまですもの」

「まあっ!」


嬉しそうに立ち上がった王妃の手を取り、私たちはゴールへと小走りで移動する。

ぽっちゃり体型の王妃は、お世辞抜きでとっても歌が上手いのだ。

全てがオペラに聴こえるほどに……。


「なるほど、理解したよ。では僕の『赤い耳飾り』というのも、どこかで調達をしてからゴールに向かわないといけないのだな」

「さすがアレク、その通りよ。会場内で『赤い耳飾り』をしている女性からお借りするか、身に着けた方と一緒にゴールすれば終わり。速さを競うゲームだから、どのカードを引くか運の要素も強いってわけ。……はい、私の耳飾りを貸すわ」


ゴールから一度戻り、着けていた赤い耳飾りをアレクシスに手渡す。


「なんだ、僕とは手を繋いで走ってくれないのか?」

「またそんな冗談を言って。軽い物なら一人で持って走った方が早いでしょ?」

「それは残念だな」


肩をすくめて軽口を叩いたアレクシスがゴールまで移動したのを見届けて、国王が興奮したように立ち上がった。


「セラフィーナ、これは面白い! 絶対盛り上がること間違いなしだ!!」


満足そうな表情に胸を撫で下ろす。

どうやら今年の余興は借り物競争で決定みたいだが、他の案も運動会や体育祭の記憶に引っ張られ過ぎたのか、玉入れや大玉ころがしなどの競技しか思いつかなかったので正直ホッとしていた。

それでは宮廷晩餐会ならぬ、宮廷運動会になってしまう。

夜会でフォークダンスなんて踊ったら、もう何がなんだかわからなくなるところだ。


「とても面白いゲームだわ。これなら普段面識がない者同士が触れ合う機会にもなるし、若い子たちの恋が芽生えるチャンスもありそうよね。夜会にピッタリだわ」


いやいやおばさま、自分で提案しておいて言うのもなんだけど、夜会で借り物競争はさすがに違和感しかないと思います。

こうなったらいっそのこと、運動会も企画してみるか?

夜会も運動会も並べてみれば似たようなものかもしれない……なんて一人混乱していたら、アレクシスがこちらを見ているのに気が付いた。


「セラ、こっちに来て。耳飾りを着けてあげるから」

「え、自分で着けるから平気だよ?」

「セラー? ほら早く。僕が着けた方が早いし、綺麗に出来るから」

「なによ、不器用で悪かったわね」


ブツブツ言いながらアレクシスの前に右耳を差し出すようにすると、クスクス笑うアレクシスの手が私の耳たぶに触れた。


うわわ、なんだか急に恥ずかしくなってきちゃった。

アレクって無駄にイケメンで背が高いんだもの。

意識したらいつも通りじゃいられなくなるから、ここは平常心を保たなければ!

ったく、何でこんな時ばかり『セラ』って甘い声で呼ぶのよーっ!!


アレクシスはたまに愛称のセラと呼ぶことがあるが、その親密そうな言い方が心臓に悪くてドキドキしてしまうのだ。

深い意味はないに決まっているのに、こちらばかりが動揺させられているようで悔しい。


「はい、出来た。セラはいつまでも小さくて可愛いね」

「うるさいっ。アレクが勝手ににょきにょき伸びただけでしょ!」


お礼も言えずに赤い顔のまま距離を取ると、国王が少し寂しそうに王妃に話しかけているのが聞こえてきた。


「私も誰かに借りられてみたいが、国王という立場では無理だろうな。声をかけてもらえないのは残念だが、見ているだけでも楽しめそうだ」


確かに気安くおじさまの手を取って借りていく猛者なんてそうはいないわよね。

なんだかんだで爵位重視の世界だし。


可哀想になったので、私は残りのカードを全部ひっくり返して一つを選んだ。


「おじさま、私がこのカードを引いたらおじさまをつれていきますね!」


見せたカードは『実はお茶目な人』。


「あら、あなたにピッタリじゃないの。良かったわね、きっと出番があるわ」

「いや、それはそれで私の威厳が……」

「そんなことを言いながら、父上嬉しそうじゃないですか」


思わず頬が緩んでいる国王を見ながら、私はおじさまに該当するカードを絶対準備しておこうと心に誓っていた。



◆◆◆



国王から今年の夜会の余興は『借り物競争』でゴーサインが出たので、これから当日へ向けて準備をしなければならない。

カードの用意は当然のこととして、当日の司会進行や、借りてきた物や人を確認する係、参加者を整列させる係など決めておくことは山ほどあるのだ。


借り物競争……ほぼノリで提案したけれど、なかなか侮れないわね。

国王主催の夜会でグダグダな進行でもしようものなら家名に傷が付くし、言い出しっぺとしては結構プレッシャーだわ。

ま、毎年のことだけど。


今日は最初の顔合わせが城の会議室で行われる予定になっていた。

発案者のセラフィーナがまだ若く、社交界慣れをしていない為、毎年王妃が数名の貴族をサポート役に付けてくれるのだ。

「これはもはや『体育祭実行委員』では? そして私は体育祭実行委員長……」などと、ぶつぶつ言いながら最初に部屋に到着した私は、他の人がやって来るのを椅子に座って待っていた。

他の委員が誰なのか知らされておらず、少し緊張しながら座っていると、扉が軽くノックされた。


「セラフィーナ、今年もよろしくね~」

「あら、いつも早いわね。なんだか今年も興味深い内容だって聞いているわよ?」

「セラフィーナさん、またご一緒出来て嬉しいわ」


ぞろぞろと華やかな色合いの服装で現れたのは、侯爵令嬢のグレース、ヴァレリー公爵夫人、シュナイダー伯爵夫人だった。

ちなみにシュナイダー伯爵夫人の旦那様は、例の昆布のコスプレ伯爵である。

三人は去年も手伝ってくれたメンバーなので、気心が知れている仲間の登場に私は胸を撫で下ろした。

特にグレースは私の一番仲の良い友人で、いい意味で令嬢らしくなく、付き合いやすい女性なのである。


「まあ、また皆様にお力を貸していただけるなんて心強いですわ! どうぞよろしくお願いいたしますね」

「何を言うの。私たちがやりたくてやっているのよ。ね、ヴァレリー夫人、シュナイダー夫人?」

「ええ、その通りよ。もうこの季節が近くなると、楽しみでソワソワしてしまうくらいなのよ?」

「うちの主人も、『今年は何をやるんだ?』って、それはもう煩くて」


私の挨拶に、トリオが眩しい笑顔で答えてくれた。

しかし、そんなに楽しみにしてくれているとは……。

昆布伯爵、今年もノリノリなのね。

もう昆布なのか海苔なのかよくわからないけれど。


このメンバーだけで会うのは、昨年の夜会後に打ち上げとして集まったお茶会以来なので、久々の再会にキャッキャとはしゃいでいたら、再びノックの音が聞こえた。


あれ?

今年はまだ他にもお手伝いがいるのかな?


四人で扉の方を見ると、なんと入ってきたのは王太子のアレクシスだった。

側近のロイバーを連れている。


「アレク! ……じゃなかった、アレクシス殿下。どうなさったのですか?」

「ははっ、いつも通りに呼べばいいじゃないか。今更誰も気にしないだろう」

「そうよ、二人の仲は周知の事実だわ」

「え? 仲は確かに悪くはないけれど、それだと語弊があるような……」


グレースに言われて夫人らに目をやったが、なんだか微笑ましいものを見るような表情で見られてしまった。

おかしい。

別に私とアレクシスはそういう特別な仲ではないはずだ。


そもそもこんなハイスペックイケメン王子と、ポンコツな転生令嬢じゃ釣り合わないっしょ!

なんとなく余興がうけたり、爵位が高いせいで変なフィルターがかかって見えてるだけで、私、外見も頭も性格も人並みよ?

残念だけど、アレクにはもっと完璧な令嬢が似合うと思うの。

……そりゃあ、私は結構好きだけどさ。

いざという時にショックを受けたくないから、好きになり過ぎないように適度な距離感を持って接してきたつもりだし。


複雑な感情を抱えながらも、アレクシスの言葉に甘えていつもの呼び方に戻す。

このメンバーなら変に誤解されることもないだろう。


「で、アレクはどうしたの? 私たちは今から夜会の打ち合わせなのだけど」

「ああ、知っているよ。僕たちも手伝いに参加するように母上に言われてね」

「あら! 殿下が加わってくださるなんて、ますますどんな余興なのか気になるわ」

「随分大がかりなものなのかしら? ドキドキするわ」


アレクシスが加わることで、夫人らのテンションが更に上がっている。

爽やか紳士の王太子はご夫人たちの間でも人気が高いのだ。


「ロイバー様もご一緒してくださるのですか?」

「ええ。殿下の側近として励みたいと思いますので、よろしくお願いいたします」


グレースがロイバーに頬を赤く染めながら尋ねると、相変わらず愛想はないが、丁寧な態度でロイバーが頭を下げた。


うん、グレースはイケメン好きだものね。

ロイバーはアレクより輪をかけて真面目な眼鏡くんだけど、めっちゃ頭も顔もいいし、絶対浮気しなさそうなところがポイント高いわ。

愛想はないけれど、公爵令息だし。


「今年はこの六名で夜会を盛り上げることになる。成功へ向けて、よろしく頼む」


凛とした声でアレクシスがその場をまとめるように宣言すると、皆心得たとばかりに頷いた。


よしよし、実行委員長の座は喜んでアレクに譲るわ。

良かった~、責任者から逃れられて。

アレクさえいれば、もう成功したも同然ってやつよ。


呑気に力を抜いた私は、アレクシスが王妃に自らサポート役を買って出たことも知らず、まして夜会当日に自分に起こる出来事なんて何も想像できていなかったのである。


借り物競争実行委員が全員揃い、顔合わせも終わったので、ようやく競技――じゃなかった、余興であるゲームの説明に入れそうだ。

ちなみに『借り物競争実行委員』は私が勝手に命名しただけなのに、早くも正式名称となりつつある。

アレクシスなんて、自分の委員長と言う呼び名が気に入ったのかやたら呼ばせようとしてくるし、私はやはり副委員長で決定らしい。


役職(?)が決まったところで、先に口頭でルールについて簡単に説明することにした。

私とアレクシス以外はここに集められただけで、何をやるかはまだ聞かされていないのだ。


「……以上が、『借り物競争』についての説明ですが、あまりピンとこないと思います」

「副委員長、前回のカードは持ってきているんだろう? 僕たちでやってみせよう」

「ええ、そのつもりよ」


アレクにしっかり『副委員長』と呼ばれてしまったわ。

どれだけ乗り気なのよ……。


なんて思いつつ、私たち二人は国王夫妻の前でデモンストレーションをした時と同じようにテーブルから距離を取り、「よーいドン」で走り、カードを選ぶ。

すると今回のカードには、私は『扇子』、アレクシスは『髪を編み込んだ女性』と書いてあった。


「どなたか、私に扇子を貸していただけます?」

「それならこちらをどうぞ」


シュナイダー夫人がべっ甲の飾りが揺れる扇子を私に手渡してくれる。

一方、アレクシスは髪を綺麗に編み込んでいるヴァレリー夫人に、エスコートをするべく手を差し出した。


「夫人、僕の手を取りゴールまで共に来てもらえますか?」

「喜んで!!」


おおっ、ヴァレリー夫人の目がハートになっているわ。

確かにこれは恋が芽生えそうね。

……夫人は既婚者だから芽生えちゃマズイだろうけど。


扇子を持った私、アレクシスとヴァレリー夫人がゴールと決めた場所まで移動して振り返った。


「ここまでが一連の流れとなります」

「なるほど。俊敏性だけでなく、咄嗟の判断力、運も大事な要素なのですね」

「素晴らしいわ! 常に全員がゲームに参加出来るのね」


見ていたロイバーとグレースが感心したように頷いている。

確かに小物を貸すだけなら高齢や足腰が弱い人でも可能なのだから、みんなで楽しむことが出来ると言えるかもしれない。


おや?

思ったよりもこれっていい案だったんじゃないの?

ナイス、私!


自画自賛していると、アレクシスが国王からの伝言を伝え始めた。


「『このゲームは早さを競うものである。よって、各レースで一位を取った者には私の秘蔵のワインを贈呈しよう』だそうだ」


うわっ、おじさまのワインって他国から献上されたやつじゃないの?

レアよ、レア!!


「陛下の秘蔵ワインなんて、目の色を変える人が出てきそうね」

「ますます注目度が高まって、絶対失敗出来ないわ」


夫人たちも一層気合が入ったようで、アレクシスを中心に様々なことを決めていく。


借り物競争は、全部で四つの部に分けて行うことにした。

初めは男女分かれての二部体制にしようとしたのだが、ヴァレリー夫人が未婚の令嬢と令息の部をそれぞれ作った方が、ドキドキする展開があって面白いと言い張ったのである。

その姿は、もはや『くっ付けおばさん』にしか見えない。


「では、一般女性の部、一般男性の部、令嬢の部、令息の部の順番で四つの部に分かれて進行します」


私が改めて決定事項を繰り返す。

レディーファーストなので女性から始まり、これからの貴族社会の担い手となる令息が最後という、盛り上がること間違いなしの並びだ。

既婚や未婚で分けるのは、日本の記憶が多少残っている私には非常にナンセンスに思えるが仕方ない。

まあ、あくまで大雑把な分け方であり、どのレースに出場するかは個人の選択の自由なので、その辺はお好きにどうぞという感じである。


続いて、当日は『司会進行』、『カードを並べる係』、『スタート地点の整列係』、『ゴールでカードと借り物を確認する係』をそれぞれ一人以上置くことにし、六名で各係を担当することにした。

委員もゲームに参加出来るように、係を抜けられるような体制も作っておいた。


「では、肝心のカードに記載する、調達する物や人についての意見を聞きたい」

「思ったのだけれど、私とグレースで令息用のカードを考えるのはどうかしら? 出会いを演出できるような」

「いいと思うわ。私たちなら令嬢が貸しやすい小物とかがわかるし、ときめきを演出するような指令が出せそうだもの」


グレースがすぐさま賛成してくれるが、まさにその通りだと思う。

カードの書きようによってイメージは変わる。

ただ『青い瞳の女性』と書くより、『吸い込まれそうな青い瞳の女性』のほうが選ばれた者のときめき度が高いはずだ。

……多分。


結局、私とグレースが令息用、アレクシスとロイバーが令嬢用、夫人らが一般男性と一般女性用のカードを作ることに決定した。

そして何度か打ち合わせを行い、私たちは夜会当日を迎えたのである。



◆◆◆



夜会当日、私はローズピンクのドレスを身に纏い、開場時間の二時間も前に王宮へと向かった。

王宮へは馬車で二十分ほどだが、実行委員のメンバーで最終確認を行う予定だからだ。


ピンクって……。

可愛すぎて恥ずかしいけれど、この世界にしては低身長、のっぺり体型の私には選択肢が少ないから仕方ないか。

どうせ転生するなら、ボンキュッボンに生まれたかった……。


それでも無駄に腕の良い使用人たちのおかげで、毎回それなりの令嬢には見えるのだから凄いものだ。

もはやイリュージョンの域だと思う。


そんなくだらないことを考えていると、馬車は王宮へ着いていた。

夜会は本来はエスコート役の男性とペアで出席するものだが、今回は実行委員の仕事を効率的にこなせるという理由で、アレクシスがパートナーに名乗り出てくれた。

まあ、今までもなんだかんだでアレクシスがパートナーを務めることが多かったせいで、私たちは仲が良いと勘違いされているわけだけど。


同じくグレースのお相手はロイバーが務め、当たり前だが夫人らはそれぞれの旦那様がエスコートすることになっている。


ロイバーがパートナーという、降って湧いた幸運にグレースは小躍りしていたが、ふと疑問に思った私はその時アレクに尋ねたのだった。


「ねえ、別に私がロイバー様とペアでもいいんじゃないの?」

「ん? セラはロイバーのほうが良かったのかい? 僕よりも、彼が?」


いつになく圧を感じる聞き方と眼力に、私は少し驚きつつも思っていたことを話した。


「いえ、別に私はどちらでもいいんだけれど、アレクはグレースのほうが良かったんじゃないかなって。私ばかりだと変わり映えしないでしょ? アレクもたまには新鮮な気分を味わ……いたいかなー……なんて……ちょっと思ったり……して?」

「ふーん。変わり映えねぇ」


全然笑ってなさそうな笑顔が怖くなり、私の言葉がどんどん尻すぼみになっていく。


え、何?

怖いんだけど!

なんで怒ってるのよ。

私、間違ったこと言った?


「まあ、もう決まったことだから。グレース嬢も喜んでいるのにいまさらパートナー変更なんてしないよね? セラ?」

「う、うん、もちろん! ……じゃあアレク、当日はエスコートよろしくね?」

「ああ、夜会が楽しみだな」


いかにも王子様然とした美しい微笑みなのに、何故か恐ろしく思えたのが不思議だった。

こんなアレクシスはあまり見たことがない。


うん、よくわからないけれど、変わり映えなんか必要ないってことだけはわかったわ。

大人しくエスコートされようではないか!


――なーんてことがあったなと思いながら、ホールへの廊下をてくてく歩いていたら、まさに今考えていたアレクシス本人が立っていた。

今回は公爵家までは迎えに行けないと言われていたが、ここで待っていてくれたらしい。

きらきらしい夜会用の服が、イケメンアレクシスにはよく似合っている。


「セラ!」

「アレク! ごめんなさい、待たせちゃった?」

「いや、今来たところだよ。ドレス、似合っているな」


デートの待ち合わせのカップルのようなやり取りをしていると、他の実行委員もやってきた。

グレースはロイバーが屋敷まで迎えに来たらしく、うっとりと彼に腕を絡めている。


グレースってば、それじゃあロイバー様のことが好きなのがバレバレじゃないの。

まあ、私は結構そういうのに敏感だからね。


ニマニマとグレースを見ている私は、アレクシスが呆れたように溜め息を吐いたことや、彼が最近わざと甘く「セラ」と愛称で呼んでいることなどちっとも気付いてもいなかった。



◆◆◆



「さあ、最終確認を始めましょう!」


ヴァレリー公爵夫人がうきうきした様子で仕切りだし、足りないものがないかチェックをし始めた。

夫人に急かされるように私たち他の実行委員も、それぞれの段取りや立ち位置を確かめていく。


「結構忙しいわよね」

「移動が多いものね。実際この場に立ってみると、予想していたよりも広く感じるし」


グレースと話していたら、アレクシスがやって来た。


「大丈夫だよ。どういう流れか理解さえしておけば、近くにいる者が喜んで手を貸してくれるさ」

「……それもそうね」


確かに自分の傍で王太子がカードを並べたり、列の整理などをしていたら、「ひいぃ~、そんなことはわたくしめが~」となるに違いない。

いや、ならないとおかしいだろう。


うん、アレクが委員長で良かった。

私だって公爵令嬢なんだから、令息たちが我先にと助けてくれてもいいはずなんだけど、そんなこと今までもなかったしな。

まあ、アレクがいつも私の周りをウロチョロしているから遠慮したのかもしれないけれど。


一通りの確認が終わった頃には開場時間が迫っていて、夫人らは「頑張りましょうね!」と私の手を握ると、パートナーである夫の元へと向かった。


私はとりあえず王族専用の控室にお邪魔し、しばらくの間は待機となる。

王太子アレクシスにエスコートを受けるということは、つまり最後の方に入場することになるわけで――それまで時間を潰さねばならないのだ。


ほんっと、勘弁してほしいわ。

アレクと並んで入場する時の皆のあの視線……いまだに慣れないんだよね。

まあ、うちの爵位が高いおかげか、敵視というよりは温かい眼差しって感じなんだけど、それが余計に怖いんだよぉ!

なんでそんなに好意的なのよ?

あんなアイドル並みの人気を誇るんだから、もっとこう、憎い恋敵を射殺そうとするような鋭い視線を感じるものじゃないの? 

……ん、待てよ?

もしやアレクって、観賞用で実はモテてはいないとか?

イケメン王子様なのにウケるー!


ププッっと笑いながら、つらつらと失礼なことを考えていると、いつの間にか隣にアレクシスが座っていた。

マドレーヌが積まれたお皿を持っている。


「始まる前につまんでおくといい。この前のお腹が鳴っていたセラは面白かったけどね。ほら」

「フゴッ。うるひゃいな! ふぇもおいひい……」

「それは良かったな」


モゴモゴ言いながら、勝手に口に突っ込まれたマドレーヌを咀嚼していると、何故か髪を触られ、勝手に髪飾りを着けられていることに気付いた。

ピンで挟むタイプのものらしく、おでこの右上の部分がなんだか重たく感じる。


「ん? 何したの?」

「ああ、母上のサンゴの髪飾りだよ。セラがピンクのドレスを着ているから、よかったら使って欲しいって」

「おばさまが? 去年のコスプレの時のサンゴかな? ……じゃあありがたくお借りします。鏡が確かここに……うん、可愛い!」

「セラに似合っているな。夜会の間、ちゃんと着けているんだぞ?」


失くすなってことかしら?

確かにおばさまの物なら扱いには気を付けないとね。


「おばさまは? お礼を言いたいんだけど」

「ああ、支度に手間取ってまだ時間がかかるみたいなんだ。返す時で大丈夫だろう」

「うん。そうするわ」


私が素直に頷けば、アレクは満足げに微笑んでいた。

この髪飾りが特別な意味を持つなんて、この時の私はまだ知らずに……。


控室で寛いでいる間に、夜会会場には多くの貴族が集まっていた。

そろそろ私たちも入場しなければならない時刻だ。

ようやく支度が終わったのか国王と王妃もやって来たが、二人はいつもの夜会より表情が明るく、楽しそうに見える。


「セラフィーナ、いい夜だな。万が一、借り物競走で声をかけられた時のことを考慮して、走りやすい服にしてみたのだがどうだ?」


なるほど、国王はいつもより丈が短く下が窄んでいる、いわゆる『提灯パンツ』を履いている。

ふくらはぎくらいまでの丈はあるのだが、まさかそこにこだわるとは。


「おじさま、よくお似合いです。きっとたくさん声がかかりますわ」


適当なことを言いつつ王妃に目を向けると、おばさまは私の髪飾りをじっと見つめて微笑んでいた。

貸してくれたこのサンゴの髪飾りに何か強い思い入れでもあるのだろうか。

そうこうしている間に、急かされるようにして入場したのだが――。


おかしい……やたら視線を感じるわね。

特におでこの右上に……。


それは紛れもなくアレクシスが着けてくれた髪飾りに対する好奇の視線で、笑顔を取り繕いながらも気になって仕方がない。


「ねえ、アレク。この髪飾りってもしかしてすっごく高価なものなの? やたらと見られてる気がするんだけど。さっきおばさまも気にしてる風だったし」

「ん? 気のせいだろう。サンゴだから特別値が張るというほどでもないよ。セラが美しいから見ているのではないか?」

「……あり得ないわね」


残念ながら自分の見た目は十分理解しているし、明らかに皆の目は私の顔より上部に向けられている。

国王が挨拶を終え、ダンスをし、歓談タイムになっても視線の意味はわからないままだった。


「セラフィーナ様、髪飾りがよくお似合いですわ」

「そろそろその飾りを付けたお姿を拝見出来ると思っておりましたが、いやはや、感慨深いものですなぁ」


……だからなに? 匂わせか?

この髪飾りがなんだっていうのよ!?

意味がわからないまま笑顔を振りまくのってすんごい苦痛なんだけど!


しかし、その疑問はしばらくして忘れてしまった。

いよいよ借り物競争の時間がやってきたからである。


「さあ、今宵も余興の時間がやってきた! 今回も非常にユニークで愉快な時間になることだろう。皆で楽しもうではないか!!」


国王が微妙にプレッシャーをかけてくるが、会場は大盛り上がりだ。

説明の為に実行委員の六名は前へ進み出る。


最初にアレクシスが委員の紹介と、借り物競争について口頭で説明を始めた。

そして私の中ではもう三度目となるデモンストレーションである。

説明の間に私がカードを並べていると、ワラワラと見たことのある令息たちが集まってきた。


「手伝いましょう」

「他にも手伝うことはありますか?」


おおっ!

国王たちへのアピールだとは思うけれど、私にもサポートを買って出る優しい人たちが!

ムフフ、私も捨てたもんじゃないわね。


今は特に手伝ってもらうこともないので、笑顔で「お気持ちだけ」と断っていると、アレクシスがゴホンと咳払いをした。

すると何故か彼らはビクッと肩を震わせ、人混みに紛れてしまう。


「セラ? 並べ終わったらこちらへ」


アレクシスが珍しく公式の場で愛称を呼んでくるが、目が笑っていない気がする。


「アレク、何か怒ってる?」

「いや、油断も隙もないと思っただけだよ」

「え? まだカード並べちゃダメだった?」

「……そういう意味じゃなくて」


持ち場であるアレクシスの隣に戻ってコソコソと話していたが、今はそれどころではない。

説明に戻らなければ。


「まずはノーラン侯爵令嬢が手本を見せてくれる。グレース嬢、準備はいいか?」


優雅に一礼してみせたグレースが笑顔で頷く。

ちなみにノーランというのはグレースの家名である。

そして、グレースがデモンストレーションのメンバーに選ばれたのは、美しい侯爵令嬢がやってみせたほうがみんな注目するだろうという浅い考えからだ。


まあ、グレースは身のこなしも綺麗だし、適役だよね。

私は思いっきりアレクに阻止されちゃったし。

ふんだ。


私がいじけている間にも、王太子のよーいドンの掛け声で華麗な足捌きでカードまで移動したグレースは、一枚を選んでいた。

今回はあらかじめ選ぶカードが決めてあって、『眼鏡』と書かれているはずだ。

グレースはロイバーに眼鏡を借り、一人でゴールに向かう手筈となっている。


――のだが、グレースは眼鏡を外し、手渡そうとするロイバーの腕に自分の腕を巻き付けると、ロイバーを引っ張り始めるという暴挙に出た。


あははっ!

グレースったらやるじゃないの。

ロイバー様との仲を見せつけて、他の令嬢を牽制しようって魂胆ね!


「キャーー」という、歓声とブーイングを混ぜたような悲鳴が上がったが、ロイバーも満更でもなさそうに頬を赤らめてゴールへと小走りしている。


「このように、『眼鏡』をお借りするか、もしくは『眼鏡をかけている人』を連れてゴールを目指してください」

「調達出来ずに困っている者には手助けを。派閥、爵位関係なく、皆が助け合い、ゲームに参加してくれることを望んでいる」


私が補足をし、アレクが王太子らしく威厳を込めて話すと、拍手が湧いた。

さあ、いよいよ本番だ。



◆◆◆



まずは予定通り、一般女性の部から行う。

出場者を募ると、着飾った夫人らがぞろぞろと集まってきた。


実行委員の二人の夫人が、自らも出場者でありながら、参加する女性たちを慣れた様子で整列させていく。

早くもレースを興味深く見守る観衆からは、妻や母を応援する声が飛んでいた。


ゴール地点で私とグレースが待機していると、アレクシスが国王に何か話しかけているのが見えた。

すると、徐に立ち上がって声を張り上げる国王。


「諸君、言い忘れておったが、各レースの勝者には我がコレクションより秘蔵のワインを贈呈する。皆、励むがよい!」


うわぁぁぁ!!


会場は大きな歓声と拍手に包まれた。

グレースがロイバーと寄り添ってゴールをしたシーンが印象的だったのか、年若い子女は恋のアプローチに有効だとソワソワしているし、酒好きな大人は貴重なワインに目を輝かせている。

辺りは一層熱気を帯び、借り物競走への期待値はいやが上にも高まっていた。


「前置きは以上にして……。それでは、一般女性の部を開始しよう。くれぐれも怪我のないように。一組目、準備はいいだろうか。――それでは、よーいドン!」


相変わらずの掛け声で初戦が始まった。

もちろん告げたのはアレクシスで、一斉に六名の女性がスタートする。

この部に立候補したのが三十名だった為、六名ずつで五回のレースを行うことにしたようだ。


まさかこんなに出場希望者が現れるとは驚いたわ。

最初だし、こんな妙なゲーム、様子見でみんな敬遠するかと思いきや……。

さすが社交界を裏で牛耳る夫人の皆様だわ。

新しいものに目がないというか、目立ってナンボというか。

しかも、香水の香りが凄いのなんのって……。


スタートした六名の中にはヴァレリー公爵夫人の姿もあったが、ロイバーが並べたカードに初めに辿り着いたのはカートレイ伯爵夫人だった。

美魔女で有名なカートレイ夫人は、今日もスリットが大きく入ったドレスを着用していて、それが有利に働いたのかもしれない。

セクシーな美脚が眩しい。


カードをめくって一瞬目を見開いた美魔女は、そのまま優雅な動作で国王に近付くと、「陛下、どうかわたくしをお助けくださいな」と色っぽく微笑んだ。

鼻を伸ばしながらデレデレする国王に、笑顔を見せつつもムッとしているであろう王妃……。

ハラハラする展開に、息子のアレクシスが面白そうに割って入った。


「カートレイ夫人、あなたのカードには何と書かれているのですか?」

「うふふ」


夫人がカードをアレクシスに向ける。

理解したとばかりに頷いた王太子が、観衆に向かって叫んだ。


「カートレイ伯爵夫人のカードは『敬愛する男性』!」


なるほどね。

それは確かに国王が一番無難よね。

あーあ、おじさまってば嬉しそうに夫人をエスコートしちゃって。

あら? 

ヴァレリー夫人はおばさまを連れ出すつもりみたいね。


「ヴァレリー公爵夫人のカードは『一生モノの友人』!」


夫人は仲の良い王妃に声をかけたらしい。

王妃はまるで女学生のようにはしゃぎながら、ヴァレリー夫人と連れ立ってゴールに向かっている。

それにしても、観衆にもわかるようにカードの内容を伝えてくれるアレクシスはグッジョブである。

本来は放送委員がアナウンスしてくれるところだが、もちろんこの場に放送委員など存在しないからだ。


「Sのイニシャル入りのチーフをお持ちの方~!」

「どなたか飲みかけの果実酒のグラスを貸してくださらない?」


一生懸命借り物を探す声が聞こえる。

その間にも、カートレイ夫人が国王とゴールへやってきた。


「カードを拝見しますわ。……はい、お疲れ様でございました」

「おめでとうございます。こちら一位の景品のワインですわ」


グレースが確認し、私がワインを手渡すと、受け取った夫人は惹き込まれそうな美しいスマイルを浮かべた。

さすが美魔女、女の私でもうっとり見惚れてしまったではないか。


「陛下、ご一緒できて光栄でしたわ。ワインは主人と楽しませていただきます」

「うむ。楽しかったぞ」


国王も満足そうに頷いている。

レースに参加できたのがよほど嬉しかったようだ。

余談だが、美魔女の夫は熊のような大男で、そんな旦那様に夫人はぞっこんだと専らの噂だ。


「二位ですって。悔しいわ~」

「でもとっても楽しかったわね」


悔しがりながらも、二位だったヴァレリー夫人と王妃も笑いあっている。

二人の友情はこれからも長く続いていくことだろう。


その後、残りの四名も無事にゴールへとやってきたが、飲みかけの果実酒を持った夫人は溢さないように必死になっているのが気の毒だった。

そして、国王と王妃は、仲睦まじそうに自分の席へと戻って行った。


二回戦以降もどんどんレースは進んでいき――


ヴァレリー夫人とシュナイダー夫人ったら、カードの内容がエグいって。

料理の中からつけあわせの人参を選んで持っていく姿はシュールだし、『ライバルの女性』のカードを引いて、夫と浮気の噂がある未亡人女性を連れてくる人とか……。

判定する係がこんなに消耗するとは思っていなかったわよ。


シュナイダー夫人も『生まれ変わっても出会いたい人』というお題を引いて、夫を連れてやってきた。

確かに癖になりそうな面白い旦那様だとは思う。


夜会はかつてない盛り上がりを見せている。

続いては一般男性の部だ。


一般男性――それは、日頃からこの国の政治や経済に携わるような、権力を持つ男性陣を指しているわけで。

レースに参加をしようと移動する集団の中に、いわゆる「お偉いさん」がゴロゴロと混ざっているのを目にして、実行委員にも自然と緊張が走った。

この部は私とアレクシスが司会進行役で、ヴァレリー夫人とグレースが整列係を任されているのだが、いつの間にか自主的に仕事を手伝い出したボランティアのおかげで、委員の人手不足が解消されたのは喜ばしい。

私たちの側にも数名がスタンバってくれている。

ありがたや。


さて、スタート地点の支度は整ったかな?

貴族の男って何気に扱いが面倒だし、見栄っ張りが多いから……。


怖いもの見たさもあって並んでいる列の方へ目をやると――まさに思っていた通りだった。

すでに彼らの戦いは始まっているらしい。


「す、すごい気合の入りようね……」

「ふっ。そうだな。男のプライドと、ワインへの執着といったところかな」


なんてことないようにアレクシスは笑っているが、とても笑える様子ではなかった。

国王の手前、余裕のある態度で大人しく列に並んではいるものの、その目はギラギラと光り、何としても勝負を制してやろうという圧を感じる。

そんな中では爵位の低い者が委縮してしまうのではと思ったら、借りる物や人によっては人脈を作るチャンスだと考えたのか、殊の外メラメラと闘志を燃やしているようで、熱気はどんどん高まるばかりだ。

正直、怖い。


調整した結果、この部は八レースが行われることになった。

しかも、レースによっては七名ずつという大人数での争いに、初戦から熾烈なものとなっていた。

なにしろ、カードの内容が『国王の肖像画』や、『騎士団長の剣』などという、大掛かりで調達するのが厄介なものまでしれっと含まれているのだ。

難易度が高過ぎである。


あらら、肖像画を取りに謁見室まで走って行ってしまったわ。

剣を持った騎士団長は、今どの辺を見回っているのかしらね?

この城、かなり広いのに。


てんやわんやな会場の中、カードを作成した夫人たちはそれはそれは愉し気に微笑をたたえている。

一般女性の部の時よりも、さらにカード内容がハードになっているのは確実だ。


男性に対する恨みでもあるのかと疑いたくなるが、会場の女性陣も喜んでいるところを見ると、大人の世界には色々あるのだと思わされる。


「なんだか男女の仲って複雑なのね。あの夫人なんて、旦那様が一生懸命探しているものを、テーブルの陰にわざとこっそり隠しているのよ? ゲームは盛り上がって面白いけれど」

「普段の行いのせいではないか? 協力的な夫婦だってたくさんいるだろう」

「それはそうかもしれないけれど」


そうこうしている間にも、目の前の侯爵も「『マダムローゼ』のドレスを着ている者はいるか?」と声を張り上げ、自分の妻に「ここにおりますが? あなた、本当にわたくしに興味が無いのね!」などと怒られている。


あら、ここでも揉め始めちゃったわ。

なんだか段々、男性と女性のバトルに発展しているような。

こんな雰囲気でこの後の夜会は大丈夫なのかしら?


しかし、そんな空気は次のレースであっさり消え去った。

『仲睦まじい夫婦』のカードを引いたとある子爵が、国王夫妻に同行を頼んだからだ。


「まあっ、私たちが『仲睦まじい』ですって!」

「当然だな」


再び借りられた二人が嬉しそうにゴールへ向かっていく。

会場の荒んだ空気は一転して温かいものへと変わっていた。


「やっぱりおじさまたちって素敵だわ。本当に仲が良くてお似合い……」

「セラも憧れる?」


無意識に呟いていた言葉にアレクシスが反応した。


「え? ああ、もちろん憧れるわ。私だって貴族だし、家の為に嫁ぐことは覚悟してる。旦那様を愛する努力だってしてみせるわ。でもやっぱり一方的に愛するのではなく、愛されてみたいと思ってしまうのよ。これってワガママだと思う?」

「いや、そんなことはないさ。ちなみに僕は妻となる人を思いっきり愛するつもりでいるけどね」

「あら! アレクの口からそんな情熱的な言葉を聞くとは思わなかったわ。あなたの奥さんになる人は幸せね」

「……そう思うか?」

「ええ、もちろん」


まさか、アレクが結婚を具体的に考えていたとは驚きだった。


まあ、お互いにいい歳だし当たり前なのかしら?

もし私が妻だったら、アレクを愛して大切にするのに。

……なんてね。

アレクに愛される人は幸せね。


セラフィーナが少ししんみりとしている間に、一般男性の部は終了していた。

なんだかやつれた人が一気に増えたのは、気のせいということにしておく。


さあ、次はいよいよ令嬢の部だ。

 

「セラ、頑張っておいで」


アレクシスに応援された私は、元気にガッツポーズをしてみせた。


アレクシスに見送られながら、いそいそと集合場所となっているスタート地点に向かうと、途中で顔なじみの令嬢集団に囲まれてしまった。

ピンク色のドレスを着た私に、赤や黄色、オレンジ色のドレスが加わって、周囲は一気にカラフルになる。


「セラフィーナ様、今年も大活躍ですわね。どうしたらこんな楽しいゲームを考え付くんですの?」

「わたくし、今から胸がドキドキしてしまって。ああ、私のカードにはなんて書いてあるのかしら?」

「楽しみだけれど、少し怖い気もしますわ。これを機に、あの方とお近付きになれたら最高ですけれど、とんでもないものが書かれていたらどうしましょう?」


不安そうな目が向けられているが、私だって令嬢の部のカードに書いてある内容など知らない。

無地の共通カードを使うことと、おおよその形式を定めた以外は、各担当に任されていたからだ。


アレクたちが準備したものだから、そこまで変なことは書いていないと思うんだけれど……多分。

というか、そう信じたい!

なんだか夫人らが考えてくれた破天荒な借り物のせいで、楽しい余興の範疇を軽く超えて、ハードで疲れる競技になってしまった感があるんだもの。

いや、もはやこれは競技じゃないな、罰ゲームか?


そんなことを考えながらも、顔は笑顔をキープしつつ令嬢に答える。


「私も令嬢の部のカードの内容は知らされていないのです。王太子殿下とロイバー様が担当されておりましたので。お二人が何を書かれたのか私も気になりますわ」

「まあ! 殿下自ら?」

「それは楽しみですわ! アレクシス殿下はロマンチストなところがおありですから、きっと(みやび)で情緒溢れる展開になることでしょう」

「あら、じゃあ今宵のゲームをきっかけに、何組もカップルが出来上がるかもしれませんわね」

「「「きゃ~~っ!!」」」


頬を染めながら、照れたような可愛らしい声を上げる令嬢をよそに、私は別のことを考えていた。


え、アレクがロマンチスト?

初耳だわ……。

え、口の中にマドレーヌを突っ込んでくるような男なのに?


なんだか釈然としないが、気付いたらスタート地点へ辿り着いていた。

前回の部の整列係からそのままこの場に留まっていたグレースと合流し、二人かがりで皆を整列させていく。


「うーん、人数は思ったより少なかったわね」

アレ(一般男性の部)を見た後じゃ、こんなものではないかしら」


さきほど行われたレースの内容を思い出し、グレースと顔を見合わせて苦笑してしまった。

さすがにあのドタバタを見せられては躊躇ってしまい、出場するには勇気がいることだろう。

まだ社交界経験も浅い、うら若き令嬢にはハードルが高いし、ましてや婚約者のいる令嬢にとってはメリットも少ない。


でも、集まったこのメンバーはさすがというか……。

社交的でメンタルが強そうな娘ばかりな上、あわよくば婚約者を見つけてやろうというガッツが漲っているわ。

え、絶対勝てないでしょ、これ。


令嬢たちの気迫に押されつつも、整列を終えた。

参加者が二十名だった為、五名ずつ四レースを行うことにする。


「ねえ、セラフィーナ。私、最初のレースに出てもいいかしら?」

「ええ、別に構わないわよ。じゃあ私は残って最終の四レース目にするわね」

「お願い。なんとしてでももう一回ロイバー様とゴールしてみせるわ!」

「……ロイバー様に関するカードが引けるといいわね」

「任せておいて!」


これでグレースが『賑やかな人』とか引いたら面白いのに。

ロイバー様とは正反対のやつ。


などと、ちょっと意地悪なことを考えて心の中で笑った後、私は準備が整った合図をアレクシスに送るべく顔を上げた。

すると、アレクシスはとっくにカードを並べ終わっていたようで、すぐに目が合った。


『こっちはいいわよ!』

『そうか。了解』


頷いたアレクシスが、いつものように微笑みながらも何かを企んでいるような気がして、私は首を傾げる。


なに、今の表情(カオ)

さては、私に変なものを借りさせようとしてるわね?

やっぱりアレクはちっともロマンチストなんかじゃないわ!


私とアレクシスが視線で会話をするのを、国王以下貴族全員が意味ありげに眺めていた。


令嬢の部の第一レースを前に、先頭集団に並ぶグレースが視界に入り、何となしに見ていると……。

淑やかな笑顔を浮かべつつも、ドレスの中で足首を回して準備運動をしているのに気付いてしまった。


グレース、本気だわ……。

あ、さっきまでと靴が違うじゃないの!

いつの間に履き替えてたのよ?

ヒールが低くなっているみたいだけれど、どれだけこの勝負に賭けてるんだか。


グレースのロイバーへの執着……いや、恋慕はここまで育っていたのかと驚かされてしまう。

そして、いっそ清々しいほどののめり込みっぷりに、自然と応援したい気持ちが湧き上がってきた。


『グレース、頑張って!!』


心の中で祈ると同時に、「よーいドン」とスタートの合図が聞こえた。

一斉に飛び出す五名の令嬢たち。


「シャロン、しっかりな!」

「レジーナお姉様、わたくしたちがついておりますわ!」


参加者の家族による声援が飛び交う中、最初にカードへ辿り着いたのはグレースだった。

やはり靴を変えたのは効果覿面だったようだ。


「うーん……これにするわ!」


一瞬悩んだ素振りを見せてから、一枚を選んだグレース。

カードをひっくり返して……固まってしまった。


あら?

グレースが動かない。

何が書かれているというの?


そのままぎこちない様子でロイバーに近付いたグレースは、カードを見せながら何かを話しかけたが、見る見るうちに項垂れてしまった。

ロイバーは申し訳なさそうに何かを告げている。


あちゃー。

あの様子じゃロイバー様は駄目だったみたいね。


「グレース嬢のカードは、『バイオリンが上手な人』」


近くにいた若い令息がグレースのカード内容を叫んで教えてくれた。

見れば、他の四名の令嬢の近くにも令息たちが陣取っていて、自主的に会場に伝わるように「お題」を読み上げてくれている。


おお~、率先して放送委員になってくれるとは。

令息にしてみれば、手伝うことでいいところを令嬢に見せて、恋に発展させようとしているのだろうけれど、周りに伝えてくれるのはグッジョブよ!!

っと、グレースに動きがあったみたいね。


ロイバーに断られたらしいグレースが、緊張した面持ちで他の場所に向かっている。

確かにロイバーがバイオリンを弾くとは聞いたことがなかった為、これは仕方がないだろう。


グレース、可哀想に。

ロイバー様も、弾けるって言ってしまえばいいのに、融通が効かないんだから。

まあ、真面目で嘘が付けないところが彼のいいところよね。


移動するグレースをそのまま目で追っていると、今度は宰相に話しかけているのが聞こえてきた。

気難しい顔付きの宰相は、ロイバーの父でもある。


「宰相様、突然ご迷惑だとは思いますが、私と一緒に来てくださいませんか?」

「ん? 私がか?」

「はい。ロイバー様が、宰相様はバイオリンがご趣味だと教えてくださいましたの」

「息子が? ……いいだろう。さあ、手をこちらに」

「ありがとうございます!」


しかめていた表情を和らげると、宰相がエスコートをするように腕を差し出す。

グレースは喜んで腕を絡め、二人は急ぎ足でゴールに向かった。


普段とは違う柔らかな雰囲気の宰相に、会場ではどよめきが起こっていたが、その後、更に大きな歓声に包まれることになる。


「お疲れ様でございました。カードをこちらに」

「『バイオリンが上手な人』と書かれていたので、宰相様に同行をお願いしましたわ」

「そうでしたか。では宰相様、証明の為にこちらのバイオリンを弾いてくださいます?」

「「は?」」


ゴール地点のヴァレリー公爵夫人が、動揺する宰相ににっこりと笑ってバイオリンを手渡そうとする。


「あ、あの、証明がいるなんて私は聞いておりませんわ」

「うふふ、それはね……」


グレースの訴えを夫人が笑顔で躱し、ちらっとアレクシスを見た。

その視線に軽く口角を上げたアレクシスが、よく通る声で話し出す。


「そうだ! 言い忘れていたが、この部からは『お題』と借りた物が合致しているかの証明が必要となる。借りられた人間は、能力なり特技を披露してもらうことになるわけだが――宰相、バイオリンの演奏を楽しみにしていますよ」


うわぁ、言い忘れていたなんてしらじらしい……。

騙し討ちじゃないの。


「まあ! 宰相のバイオリンなんて久々だわ。ねぇ、あなた」

「そうだな。あいつは出し惜しみするからな」


王妃と国王の言葉で、いよいよ逃れられなくなった宰相。

仕方なくバイオリンを受け取り、構えると、美しい旋律が流れ出した。

とても見事な腕前である。


宰相様、まさに『バイオリンが上手な人』にふさわしい方ね。

証明なんて大袈裟だと思ったけれど、素敵な演奏を聴くことが出来て得した気分だわ。


一曲弾き終わった宰相に、大きな拍手が送られる。

グレースが手のひらが腫れそうなほど盛大に叩いていて、それが少し不安ではあるが。


「無事、証明されました。一位のワインですわ」

「ありがとうございます。宰相様、良かったらこちらのワインを。とても素晴らしい演奏でしたわ」

「ははっ、ありがとう。このワインはうちの愚息と楽しむといい。あいつで良ければだが」

「宰相様……!」


感動したのか、グレースは潤んだ瞳で宰相を見上げると、立ち去る宰相の後ろ姿に頭を下げた。


グレース!

すっかり父親公認じゃないの。

やったわね!


小さくピースサインを送ると、グレースも真似して返してくれる。

ロイバーもアレクシスに肩を叩かれ、恥ずかしそうに眼鏡を直していた。


いきなりのカップル誕生に、『くっ付けおばさん』の二人の夫人も手を取り合って喜んでいる。


一般女性、一般男性の部の喧騒後に、突如訪れたロマンチックな旋律に彩られた恋愛劇――

これによって、独身の子女らは俄に活気づいた。

自分たちも第二のロイバー&グレースになろうと、目の色を変え始めたのだ。


予想外だったのは、出場を見合わせていた令嬢たちの行動だった。


「セラフィーナ様、今からではもう借り物競争には出られませんか?」

「わたくしたち、やっぱりどうしても出場したくて……」


グレースに触発された令嬢がなんと九名も現れたのである。

普段、自己主張をしない大人しい伯爵令嬢の姿もあって感動してしまった。


「まあ! 歓迎いたしますわ。それでは少しだけ列を調整させていただいて……」


その間にも二レース目が行われていた。


「ケニートスの詩を暗唱できる方はいらっしゃいませんこと?」

「僕でよろしければ」


レースの列を整えながらも、ふと耳にした声が気になってそちらに意識を飛ばしていると、しばらくしてゴールの方向から朗々と詩を諳んじる声が聞こえてきた。

ケニートスの詩はほとんどが恋愛にまつわるもので、男性目線からの愛しい女性に対する恋情を訴えかける内容は胸を打ち、ファンも多い。


あれって、どうみてもプロポーズよね。

え、これってまたもや?


詩の山場にさしかかり、恋心を切なく吐露する姿にはこちらまで心を揺さぶられてしまう。

カードを引いた令嬢は、うっとりと彼に見惚れている。


傍目にも、第二のカップル誕生は一目瞭然だった。

この短時間でまさかの怒涛の展開である。

借り物競走はいつからお見合いパーティーになったのだろうか。


嘘でしょ?

さっきまであれだけ熟年夫婦のイザコザを見せつけられたのに?

みんなどれだけ恋愛脳なのよ!

すっかり会場中が甘酸っぱい雰囲気になっちゃったじゃない。

……別にうらやましくなんてないんだから。


その後のレースも胸キュン要素満載だった。

『庭園で摘んだ赤いバラ』だの、『同じ趣味を持つ者』だの、男女の恋の馴れ初めとしては気が利いているような気がしなくもない。

アレクシスがロマンチックだというのは本当なのかもしれない。


複雑な気持ちのまま、私の出る最終レースとなった。

調整した結果、このレースは四名での戦いとなる。


とうとう私の出番ね。

今頃思ったんだけど、こっぱずかしいお題だったらどうしよう。

もしかして、アレクより素敵な人が見つかっちゃったりして?

……ないな。

結局、アレクしか目に入らないんだから私もバカだよね。


とっくに諦めているはずなのに、我ながらしぶといアレクシスへの恋心に溜め息をつきながらも、「よーいドン」の掛け声で勢いよく走り出す。

が、背の低い私がカードに手を伸ばしたのは三番手だった。


えーと、なになに……『実はお茶目な人』?

見たことあるな、これ。


それは確か、最初に国王夫妻の前でデモンストレーションをやってみせた時のカードだった。


『おじさま、私がこのカードを引いたらおじさまをつれていきますね!』


かつての自分の言葉が蘇る。


そうだ、おじさまを連れて行くって約束していたじゃない!


バッと顔を上げて国王を見ると、キョトンとした様子でこちらを見ている国王と目が合った。


「おじさま……じゃなくて陛下! 一緒に行きましょう!」


走り寄ると、不思議そうに王妃が尋ねてくる。


「セラフィーナちゃん、カードには何て?」

「ふふっ、『実はお茶目な人』です」

「ええ~~っ、それは駄目だって言ったじゃないか~」

「あら、ピッタリだって私は言ったわよね?」


困った声を出しながらも、国王は目が笑っている。

やっぱり嬉しいらしい。


「おじさま、さっさと行きますよ!」

「これは困ったなぁ~」


国王の腕を引いてゴールに着くと、残念ながら四着――つまりビリだった。

ちんたらし過ぎていた自覚はあるので納得だ。


「こちらカードです」

「はいはい~。では、実はお茶目なことを陛下に証明していただきましょうか」


シュナイダー夫人が変なことを言い出した。


ん?

そういえばそういうシステムになったんだっけ?

え、『お茶目な証明』ってなに?

『お洒落な照明』だったらわかるんだけど。


混乱しながら国王を見ると、私と同じように困惑している。

よし、このままここで困っていてもしょうがない。

私は思い切って国王に提言した。


「おじさま、ここはいつものアレを披露しちゃいましょう!」

「セラフィーナ、アレってもしかしてアレか? いやいや、さすがにマズいだろう。私の威厳が……」

「大丈夫ですわ。親近感が湧きこそすれ、おじさまを馬鹿にするものなどおりません」

「そうか? いや、しかし……」


適当なことを言い、煮え切らない国王を放置したまま、私はシュナイダー夫人に堂々と言った。


「お茶目なことを証明するために、今から陛下には『モノマネ』を披露していただきますわ」


「え?」

「まさか陛下が?」

「陛下にそんなお茶目な一面が?」


動揺する貴族の中、王妃とアレクシスが吹き出し、ヴァレリー夫人とシュナイダー夫人の目が輝いた。


「それは興味深いですわ。では、陛下お願いいたします」


シュナイダー夫人がキラキラとした表情で促すと、夫人の夫である伯爵が人込みを掻き分けて、最前列で目に焼き付けようとしているのが見えた。

さすが余興好きの伯爵である。


「では、おじさま。いつものレパートリーでいいですか?」

「うむ。こうなったら全力でいくぞ」


吹っ切れたのか、国王は目が据わってしまっている。

もう色々諦めただけかもしれないが。


ピンク色だったはずの会場の空気は、いつの間にか私のせいで元に戻ってしまっていた。

やはり私は恋愛脳にはなれないらしい。



貴族たちが興味津々という顔でこちらを見ている。

しかし、もう後には引けない。

私は大きな声で最初のモノマネを紹介した。


「まずは……宰相様のモノマネ」


私の言葉に合わせて国王が背筋を伸ばし、あご髭を撫でる動作をしながら厳しい声を出した。


「それは看過できませんね。至急、速やかに対処せねば」


それは宰相の口癖だった。

いつも髭を撫でながら難しい顔で文官にそう告げるのだ。

城勤めをしている者なら誰もが聞いたことのある台詞に、主に男性を中心に大きな笑いが起きる。


よしよし、出だしは順調ね!


「続いて、騎士団長様のモノマネ」


胸を張って腕を横に少し広げて大柄に見せた国王が、近くで護衛をしている騎士に近付き、タンタンと片足のつま先部分で地面を鳴らしながら、周囲を指差している。

これも騎士団長が部下に指示を出す際によく見る光景で、警固中にも関わらず騎士たちからは笑いが漏れていた。


「続きまして、王妃殿下のモノマネ」


両手を合わせて左頬に付けた国王が可愛らしく高い声を出す。


「あら、まあ! それは楽しみだわ。ラララ~」


全てがオペラになってしまう王妃の鼻歌を再現した国王。

会場は拍手喝采である。


その後も先代の国王やら、辺境伯のモノマネが披露された。


よしよし、お茶目アピール成功ね!

威厳は……多少はなくなった気もするけれど、まあ大丈夫でしょう。


さて終わらせるかと、終了の言葉を述べようとした私を、何か面白いことを思い付いたような顔をした国王が制した。


「次が最後だ。息子、アレクシスのモノマネ!」


え?

そんなの見たことあったっけ?

アレクも怪訝そうにしているし……。


戸惑う私たちの前で、国王によるアレクシスのモノマネが始まった。


「ああ、それでいいと思う。このまま進めてくれるか。ああ、そちらは……」


これは……いつものアレクよね?

執務中の様子だわ。

何度も見たことあるもの。


真面目な表情で側近の話を聞き、指示を出しているところだろう。

日常の普通のシーンなので、取り立てて似ているということもないのだが、さすが親子、声は似ているかもしれない。


「じゃあそういうことで、よろしく頼む。ん? ああ、セラ!!」


よくわからないまま眺めていたら、急に私の愛称を呼びながら満面の笑顔をこちらに見せる国王――


え、何?

なんで私を呼んだの?

あら、おじさまって、笑顔もアレクとそっくりね……って、そうじゃないわ。


「は、はい?」


思わず上擦りつつも返事をしてしまったが、私の声は若い令嬢たちの興奮した甲高い声にかき消されていた。


「キャーーッ、今のご覧になりまして!?」

「素晴らしい再現度でしたわよね! アレクシス殿下はセラフィーナ様を見つけると、いつも輝くような笑顔になりますもの」

「わたくしたちでは絶対に引き出せない表情ですわ」

「まあ! アレクシス殿下が照れていらっしゃるみたいですわよ? ご自分でも自覚がおありなのでしょうね」


アレクが照れる?


確かにアレクシスが両目の辺りを右手で覆いながら俯いている。

耳も赤く見えるし、照れているのかもしれない――が。


え?

照れるってなんで?

おじさまはいつものアレクをモノマネしただけで、特に照れる要素はなかったよね?

仕事はきっちり、プライベートは笑顔のよく見るアレクだったのに。

正直、みんなの熱狂している意味がわからないのだけれど。


はて?と首を傾げていると、遠くからグレースが呆れ顔で何かを訴えかけているのに気付いた。


「セラフィーナ! あなた、鈍感もいい加減にしなさいよ!」

「え? グレース、全然聞こえないわ!」

「もうなんで陛下がここまでやってわからないのよ? というか、そもそも普段から殿下の顔を見ていれば一目瞭然でしょうが! こっちが恥ずかしいわよ!!」

「ごめんなさい、何を言っているの?」


周囲の盛り上がりで私たちが意思疎通できないまま、グレースはロイバーに肩を叩かれ、慰められているように見える。

意味がわからない。


結局、私だけが腑に落ちないまま、令嬢の部は終わった。



◆◆◆



最後の令息の部は、参加者を集うアナウンスをする前から、スタート地点には大勢の令息が集合していた。

今までで一番多いのは明らかだ。

令嬢の部が恋愛を目的としたキャピキャピした若い女の子が多かったことに比べると、令息の部は年齢も容姿もバラバラの印象を受ける。

切実に結婚相手を見つけたい人や、バツイチなんかもチラホラと混ざっている上、上司や父親に認められたいという強い目的意識を持つ者もいて既にカオス状態である。

って、『キャピキャピ』はもはや死語かもしれないな。

気を付けよう……。


王太子のアレクシスも、側近のロイバーと共に出場するが、見るからにハンターのようなガツガツかつ、ピリピリしているオーラが漂う中で、二人は清廉な空気を纏っているように見える。

他の数少ない妻帯者や婚約者持ちも、仲が良好アピールの為の出場なのか、こちらも余裕な様子で配偶者や婚約者の応援に手を軽く上げて応えていた。


さて、令息の部までなんとか漕ぎ着けたわね。

これで最後だし、私とグレースで考えたお題で盛り上がればいいけれど。


進行役の私は、準備が整ったことを確認すると、「よーいドン」と高らかに声を上げた。

実行委員を助けるボランティアがそこかしこに配置されたおかげで、私はもう掛け声を言うことしか仕事が無くなってしまった。

もうこの際、よーいドンも誰かがやってくれればいいのに、何故かそれだけは誰も変わってくれないのだ。

……よーいドンって言うのが恥ずかしいからかもしれない。


今回、レースが八名ずつ行われているのと、出場者の異様な気合のせいで、熱気がすごいことになっている。

ロマンスを演出する為に私とグレースが用意したカードには、『波打つプラチナブロンドの髪の持ち主』、『フローラルな香水』から、『レースの手袋』、『触れたくなるような唇』など少し攻めた内容まで混ぜておいた。

さて、どう転ぶか見ものである


いざ始まってみると、カードを見るまでは血走った眼をしていた令息も、口説き落としたい令嬢の前では礼儀正しく、紳士的に同行をお願いしていた。

声をかけられた女の子も満更ではなさそうで、頬が紅潮している。


一時はどうなることかと思ったけれど、なるようになるものね。

もう何組のカップルが出来たっけ?

あ、ロイバー様とグレースがまた一緒に走ってる!

グレース、カードを並べる時に何かズルをしたんじゃないでしょうね?


幸せそうな友人の様子は喜ばしいが、こう何度も仲睦まじい様子を見せつけられると悔しくもなってくるもので……。

つい嫉妬じみた感情のまま、よーいドンと投げやりぎみに言っていたら、最終レースになっていた。

七名のメンバーの中にはアレクシスの姿もある。


スタートの合図の前に目が合い、『頑張って!』と口の動きだけで伝えたら、余裕の笑みが返ってきた。

なんだろう、やけに自信満々である。

そして、さきほどまでは澄み切った空気を放っていたはずのアレクシスから、どういうわけか捕食者のようなオーラを感じてしまった。


あら?

アレクの様子がおかしいような……。

そんなにワインが欲しいのかしら?

おじさまに頼めば一瓶くらい分けてもらえると思うけれど。


不思議に思いつつも、私の開始の合図と共にアレクシスたちは動き出した。

王太子相手にも怯むことのない他の六名の出場者には、よほど切羽詰まった事情があるらしい。

険しい形相でカードに向かっていく。


「ええと、なになに……『女性にケーキを食べさせてもらう』!?」

「『ゴール地点でワルツを踊る』か。く~っ、よりによってワルツかよ……」

「ふむ。『同行者の素敵なところを三箇所述べる』か。困ったな……」


あ、もうお題を考えるのに疲れて、だんだん借り物競走じゃなくなってきたやつだわ。

あれじゃもう命令とか指令だものね。


そんな中、アレクシスが脇目も振らず、真っ直ぐ私の前までやってきた。


「アレク、どうしたの? あ、私に何か借りたいのね? まかせて! 実は色々仕込んであるんだから!」


借りることが出来ずに困る人がいたら可哀想だと思い、実は様々な物を隠し持っているのである。

ポケットから口紅や、着けずに持っていた指輪やブローチを出そうとして――アレクシスに止められた。


「いや、借りたいものはもうここにあるから」

「え? ここ?」


その瞬間、私はアレクシスに抱き上げられていた。


「ちょっ、アレク、なんで? 下ろして!」

「それは出来ないな。僕の借りたいものはセラなんだから」


え、借りたいものが私?


一度、心臓が止まりそうなほどの綺麗な微笑みを見せると、アレクシスは悠然と私を抱えたまま歩き出した。


夜会会場には若い令嬢の悲鳴のようなキャーキャーという叫び声が響き渡り、アレクシスにお姫様抱っこをされている私に刺さるような視線が注がれている。

どうしてこんなことに!?


「アレク、下ろしてってば! カードには何て書いてあったの? 小物なら私を運ばなくても貸してあげるし!」

「だから、セラだって。お題は……まだ秘密かな」


秘密ってなんじゃい!

例え私に関するお題だとしても、この体勢になる理由がないよね?

そうだよね??


人前で抱き上げられた恥ずかしさで真っ赤になっている自覚はあるが、やっとゴール地点へ辿り着いたらしい。

ようやく離してもらえる――と思っていたのに。


「ああ、僕たちはちょっと時間がかかると思うから、最後にさせてもらうよ」

「それがよろしいですわね。では少々お待ちいただいて……」


アレクシスがシュナイダー夫人と意味不明な会話をしている。

時間がかかるとはどういうことだろうか?

そして、私はいつまでこの体勢でいなければならないのか……。


「アレク、ゴールしないの? ワイン貰えなくなっちゃうわよ?」

「ははっ、そんなものには最初から興味はないよ」

「え! だってあんなに闘志を燃やしていたじゃないの。てっきり一位を取る気なんだと思っていたわ」

「……セラ、君は本当に鈍感過ぎるな。まあ、そういうところも可愛いとは思っているけども」

「なんですって? 私のどこが鈍感だっていうのよ?」


などと話している内に、次々と六名の参加者が戻ってきた。

その場でワルツを踊ったり、ケーキを食べさせてもらっている。

なんとも甘くて素敵な光景なのだが、如何せん抱っこをされているこの状態では心からは楽しめない。

気の毒そうな視線をこちらに送る令嬢もおり、居たたまれない気持ちマックスでいるというのに、アレクシスの腕はずっと安定したまま私を横抱きにしていて腹が立つ。


「アレク、もういいでしょ? 重いだろうし、下ろしてよ」

「そうだな。ちょうど全員ゴールし終えたし、いい頃合いだ」


アレクシスが私を抱いたまま器用にヴァレリー夫人にカードを渡した。


「確認いたしますね。まあ、『未来の妻』ですか。では、証明をお願いいたします」


はぁ!?

『未来の妻』って誰……って、私?

しかも証明って何をするつもり?


動揺し過ぎてアワアワしている私をゆっくり床に下ろすと、アレクシスが静かに片膝を突いた。

これではまるでお姫様に傅き、プロポーズをする王子様のようではないか。

あ、この人王子様なんだっけ。


「アレク、あなた王子なのに何をやっているの? ほら、立って!」

「それはできないな。これから最愛の女性にプロポーズをして、未来の妻になるところを皆に証明しないといけないんだから」

「ええっ!?」


マジか。

本当にプロポーズだって。

え、私ったらお姫様ポジ?


逃避しようとした私にアレクシスが追い打ちをかける。


「セラフィーナ嬢、愛しています。僕と結婚してください」


はぁぁ!?

なんてシンプルな告白とプロポーズ……じゃなくて、そんな好意を感じさせる言動、今までなかったよね?


「なんでそんな突然? あ、急に結婚しなきゃいけない理由でもできたの? もしかして、おじさまってあんなに元気に見えて、実は病気で早く王位を継がせたいとか?」

「いや、ワシ、元気……」

「ぶはっ。セラって本当に面白いよね。父上は見た通り元気そのものだよ。僕がセラと早く結婚したいからに決まっている」


国王が静かに自己主張するも、スルーされていた。

元気なら何よりである。


「だってだって、今まで私のことを好きっぽい素振りなんて見せてなかったじゃない!」

「……見せていたよね? 君に言い寄る男は排除してきたし、常に側にいたし、セラの前だけでは感情が駄々洩れだってよく言われるんだけど」

「ええ~~っ、そんなはず……」


何故か見守っている貴族が揃ってウンウンと頷いている。

……そんなはずあるのかもしれない。


「だから鈍感だって言うのよ」


グレースが呆れたように呟いているのが聞こえる。

どうやらアレクシスは私のことが好きだったらしい。


早く言ってよ~!

てっきり手が届かない人だと思って、諦めモードだったじゃないの。


「言ってくれたら良かったのに。わかっていれば私だって……」

「『私だってアレクのこと好きだし、もっとラブラブできたのに~』って?」

「そうそう、もっとラブラブ……って! そんなこと思ってないわよ!」

「そう? でもセラが僕のことを好きなのは事実なんだよね?」


クスクス笑いながらアレクシスが立ち上がる。

やはり長身で堂々としているところは悔しいけれど格好いい。

それに、いつもと同じように自信たっぷりに見えるアレクシスだが、やはり少しは緊張しているみたいだ。

両思いの確信があるようでいて、時々頼りない視線が混ざるところにキュンとなってしまう。

ま、これも私だからこそ気付けるくらいの違いだけれど。


「う~~~、そうね、そうかもしれないわね」

「セラ? セラの気持ちを僕に聞かせて?」


ずるい、ずるすぎる!

自分で勝手に『未来の妻』のお題で私を借りておいて、私にもこんな観衆の中で告白させるなんて。

……でも、そんな不安と期待を混ぜたような顔をされたら、断ることなんてできないじゃないの。


「わ、私も好きよ? アレクのこと……」

「セラ!」


小声で囁いた私は、一瞬のうちにアレクの腕に捕らわれ、包まれていた。

ぎゅうぎゅうと抱きしめられるし、周囲はこれ以上ないほどに煩いし、恥ずかしくて堪らない。


「おめでとうございます、アレクシス殿下」

「見事な証明でございました」


ヴァレリー夫人とシュナイダー夫人が拍手をしながら近付いてくる。

その後ろにはグレースとロイバーも笑顔で揃っていたが、そこでグレースが妙なことを言い出した。


「まあ、セラフィーナがあの髪飾りを着けて現れた時点で、皆こうなるのはわかっていたけどね」


ん?

髪飾りって、このサンゴの髪飾りのこと?


アレクシスの腕からモゾモゾと抜け出すと、ムッとしたような顔をして今度は腰を抱かれてしまった。

彼がこんなにくっつきたがりだったとは意外だ。


「この髪飾りって何か特別なの? 確かに視線は感じていたし、意味深なことを言ってくる方々もいたけれど」

「嘘でしょう? その髪飾りの意味を知らないだなんて! え、そのドレスだって色を合わせて殿下が贈ったものでしょう?」


グレースが呆れたのと同時に、会場全体がどよめいていた。

え、知らないのってもしかして私だけ?

このドレスもアレクからの贈り物だったの?


「その髪飾りは、王家に伝わるものなのよ。代々、未来の王妃に受け継がれるの」


現王妃がお茶目な表情で説明してくれた後、国王と「ねー」と頷きあっている。

うん、仲がよろしくて結構だが、そんなの初耳である。


はあぁ?

聞いたことないし、アレクってば私の髪に勝手に着けてたわよね?

マドレーヌに気を取られているうちに。

……この、策士め!

おばさまも教えてくれたら良かったのに!!


「でも今更よね。二人が相思相愛なのは皆わかっていたし、いつくっ付くかと気を揉んだわ」

「そもそも陛下にモノマネをさせる令嬢なんて前代未聞だし、誰も王家の人間にあんなに気安く接するなんてできないですものね」

「セラフィーナさんを目にした時のアレクシス殿下は、いつも愛おしい者を見る優しいまなざしをしていますもの」


グレースと二人の夫人が追い打ちをかけてくる。


そうか、そうだったのか……。

思っていたよりも私はアレクシスに愛されていて、私の気持ちは駄々洩れていたらしい。


でも、おじさまとのモノマネショーがそういう風に受け取られていたとはね。

確かに、借り物競争でグレースと宰相様の様子を見たときは、お父さんに認められたってことはもうカップル成立ね!とか思ったのに、自分とおじさまの仲の良さは考えたことがなかったわ。

これって、やっぱり私が鈍感ってこと?


「ガーーン……」

「もしかして自分の鈍感さにショックを受けているのか? 気にすることはないさ、僕はずっと鈍いセラが好きだったんだから。むしろ可愛いとすら思っている」


笑みを浮かべたアレクシスが、髪飾りを避けながら愛おし気に髪を撫でてくる。

甘い!

アレクシスとはこんな男だっただろうか。


「アレク! なんだか急にくっ付くし、甘い台詞を吐くし、どうしちゃったの!?」

「ん? 今までやりたくても我慢していたからその反動かな。でも、基本的には以前と変わっていないと思うけど」

「いやいや、そんな馬鹿な……」


しかし、国王夫妻や貴族たちも、アレクシスの変貌に驚くこともなく、祝福するような目でこちらを見ている。


どうやら彼らにはずっとこの甘いアレクシスが見えていたようだ。

まさか、私たちが並んで立った時のあの何とも言えない視線が、甘酸っぱいカップルを見る目だったとは……恥ずかしすぎる。


「殿下、仕込んでいたものがうまくいって良かったですね」

「ロイバー、それはバラすなよ」


訊けば、借り物競争で私が引いたカードも、アレクシスが引いたカードも、あらかじめ仕込んであったものらしい。

私と国王の親密さをアピールできたらと思っていたら、国王に思いがけず自分のモノマネをされて、そんなに自分の想いはわかりやすかったのかと照れていたんだとか。

――私は全く気付いていなかったけどね!


「アレクはいつからプロポーズを計画してくれていたの?」

「それはもちろん、セラが借り物競争を提案してきた時だ。これは絶好の機会になると思ったよ」


まさかこんなイロモノ的な、夜会には不似合いな借り物競争で、自分が王子様にプロポーズをされるとはビックリである。

思ったよりも借り物競争のポテンシャルは高かったようだ。


「本当に侮れなかったわね、借り物競争……。こうなったら本当に体育祭も提案してみようかしら?」

「ん? 『たいいくさい』とは何だ? セラフィーナのことだ。また面白そうなことを思い付いたに違いない!」

「あら、いつ開催します?」


私の呟きに、余興好きな国王夫妻がすぐさま目を輝かせた。

反応が早い。


「「私たちもお手伝いしますわ」」

「私も! ロイバー様もまた一緒にやりませんこと?」

「もちろんお手伝いさせていただきます」


借り物競争実行委員のメンバーもノリノリで委員に立候補してきた。

これは、体育祭実行委員に任命される日も近いかもしれない。


「父上、でしたら我々の結婚式でお願いします」

「よし、では二人の結婚式で『タイイクサイ』とやらを行う!」


『うわぁぁ!』と歓声が上がる。


は?

結婚式で体育祭!?

それはまた素晴らしいごった煮ですこと……。


「まあ……それもありかな? 二人三脚だったら『初めての共同作業』的な感じになるし?」

「セラ、『ニニンサンキャク』とは何だい? セラとなら何でも楽しそうだ」

「ふふっ、そうね。二人で幸せのゴールテープを切っちゃいましょうか」


背伸びしてアレクシスの頬にくちづけた私の脳裏には、タキシードとウェディングドレスで走る少し未来の私たちの姿が浮かんでいたのだった。



お読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
ちょっと久しぶりに全編通してニヤニヤが止まらないまま、なんなら頰肉が明日筋肉痛かもレベルで口角上げっぱなしで読ませて頂きました。 可愛いし楽しいし面白いお話をありがとうございました。
異世界転生ものでまさか借り物競争が見れるとは思わず、笑いながら最後まで読ませていただきました。アレク王子がセラのことが好きなのが序盤から伝わってきて、そういう意味でもにやにやしながら読んでいました。 …
[気になる点] 体育祭編www 是非見たいです^_^ [一言] 面白い作品ありがとうございました♪ 電車で読んでて、昆布伯爵のくだりで思わず「フッ」っと笑ってしまい、隣の人にビックリされてしまいました…
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