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CURSE+HOLIC 〜呪われフェチ子とおせっかい聖女〜  作者: 紙月三角
第二章 As she loved cursing, so let it come unto her
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第二話

 レディアベルには多くの大学や研究機関があり、シュエルドラード大陸の各地から学生や研究者志望の若者たちが集まってくる。

 そのため街全体の年齢層も若く、それをターゲットにしたと思われる、最新トレンドをおさえた武器防具屋。女性ウケしそうな見た目重視のスイーツショップ。デートコースに最適な「恋人が難病系」の演劇をよく上演する劇場なども多い。

 しかし、アンジュたち二人がこの街にやってきたのは、それらとは関係がない。その理由は、最近この街に広がり始めていた「神隠しの噂」だった。



 それは、あまりも不可解な事件だった。

 被害者の多くは学生だったが、それ以外にはこれといった共通点はない。それまで普通に過ごしてた人物が、ある日突然、何の予兆もなく、証拠も一切残さず、どこかに消えてしまう。それも、一日に十人近くが消えることもあれば、神隠しの噂に警戒して家に閉じこもっていた人物が、密室からこつ然と消えてしまうことさえもあったのだ。

 自分がターゲットになることを恐れて、誰もはっきりと口にすることはなかったが……その事件の背後に、強力なスキルを持つ血異人が関係していることは、ほぼ間違いないと思われていた。


 そのため、「自分たちとは考え方が全く違う血異人から呪われたい」と思っていたマウシィは、今までこの街を目指して旅をしていたらしい。

 逆に、マウシィの呪いを解きたいアンジュにしてみれば、彼女を血異人に近づけることはなるべく避けたい。しかし聖女の娘として、罪もない人々が行方不明になっているという話を見過ごすことも出来ない。

 結局不本意ながらも、彼女と一緒にこの街にやってくることになったのだった。



 街に着いたのが夕方ということもあり、神隠しの本格的な調査は明日にして、二人はまずはホテルにチェックインした。

 マウシィ一人のときは、最低限風雨を防げる程度の木や、橋の下で野宿をしていたらしいが、アンジュが同行することになってからは「年頃の女の子なんだから、そんなことしちゃダメよっ!」と、それを許さなかった。聖女の娘として必要な旅費は充分に与えられていたため、必ずホテルか宿をとるようになっていた。


「ふう……」

 ホテル併設のレストラン。

 上品な白いワンピースのドレス姿で、アンジュが食前酒に口をつける。


 レディアベルはこのあたりでは中の上程度の規模の大都市で、通りに並ぶホテルもなかなかのグレードだ。設備やサービス、従業員の接客ももうしぶんなく、アンジュは久しぶりに、実家のトラウバートに近いくらいの快適な待遇を受けることができた。


「それにしても……マウシィは遅いわね」

 旅の途中に着ていた『聖女のローブ』は、ホテルのクリーニングに出している。今着ているドレスは、このレストランのドレスコードをクリアするために街の服屋で買ったものだ。

 当然……血痕だらけ、穴だらけで真っ黒なボロ布服が一張羅だったマウシィも、そのままではここに入れない。彼女にもドレスを適当に見繕(みつくろ)ってあげたので、今は、彼女がそれに着替えてくるのを待っているところだった。


「あ、分かったわ! きっとあの子、ドレスの着方が分からないのね⁉」

 レストランのウエイターに席を外すことを伝え、ホテルの自室――二人で別の部屋を確保することも可能だったが、初日にそれをやったときにマウシィが逃げようとしたので、それ以来ツインルームをとることにしていた――に向かうアンジュ。

「まったく! ドレスを着たことがないなら、言ってくれればいくらでも教えてあげるのに! 恥ずかしがることなんて、ないんだからね⁉」

 そんな大きめの独り言を言いながらも、まんざらでもない様子でニマニマ笑顔を浮かべてしまっているのが、さすが「おせっかい聖女」というところだ。



 そして、部屋の前までやってきたアンジュは、

「ちょっとマウシィー? 大丈夫ー? ドレスの着方がわからないのなら、ワタシが……」

 とドアをノックしようとした。

 のだが……。


「……はぁ……はぁ……あ、あうぅっ!」

「え?」

「……ひぅ……ふ、ふぎゅ……う、ううぅんっ!」

 室内から、そんな「タダゴト」ではない声が聞こえてきて、彼女は動きを止めてしまうのだった。


「ああぁ……い、いいデスぅ……こ、これ……気持ち、いいぃぃ……っ!」

「ま、まさか⁉ これって⁉」

 焦りと気まずさと恥ずかしさで、真っ白だったアンジュの顔が濃い色に染まる。聞かなかったことにして、そっとその場を立ち去ってあげるのが思いやりとも思ったが……。しかし、そんな「汚らわしい行為」を見過ごすというのも、聖女の卵である自分の名がすたる。

 結局、

「ちょ、ちょっとマウシィ⁉ アナタ、部屋でひとりで何して……」

 と、大声とともに部屋のドアを開け放った。

 すると、そこにあった光景は……。


「あ、アンジュさぁん……」

「は……?」



 床に寝転んでいるマウシィ。相変わらず格好はボロ服のままで、買ってあげたドレスには着替えていない。

 彼女が寝ている周囲には、円のような不思議な模様と、それに沿って意味がよくわからないヘタクソな文字が書かれている。いわゆる、魔法陣というやつだろう。

「い、いや……ホントに、何してるの?」

 アンジュは、心の底からそんな疑問をこぼしてしまった。


 それに対して、彼女は恥ずかしそうに頬を染め、体をくねらせて、

「え、えへへ……。じ、実は最近、魔法陣を描いて他人を呪う方法というのを、聞きましてぇ……。こ、こういう魔法陣を血で描いて、その中央に呪いたい相手の髪の毛とか持ち物とかを置くと、その相手に不幸が訪れる……的な? も、もちろん、本当は誰か他の人が、私のことを呪ってくれるのが、一番良いんデスけどぉ……。都合よく、そう言う人もいないのでぇ……し、仕方ないから、自分で自分の血を使って魔法陣を描いて、その中心に寝転がることで、自分自身を呪ってみたのですぅぅ……」

 そんなことを言った。


「え……? 血で……?」

 床の魔法陣に、もう一度目を落とす。最初はインクで描いてあるのかと思ったが、よく見れば確かにその魔法陣や文字は、色が着いた部分が酸で溶けたように黒く焦げている。それだけでも、このホテルの従業員にバレたら弁償必至のただの器物損壊だが……。さらには、ウッカリちょっと踏んでしまっていたアンジュの靴さえも、猛毒の影響で煙を出しながら溶けていた。

 本当に、それはマウシィの血で書かれているようだ。


「マーウーシーィー……」

 鬼のような形相となったアンジュが、また、いつものように地獄の底から響いてくるような低いうなり声をあげる。

 しかし、それに気づかないマウシィは、

「でも、やってみて分かったんデスけどぉ……。多分これ、ただの迷信っぽいデスねぇ……。こんなことしても、本当に私に不幸が訪れることはなさそうなんデスぅ……。がっかりデスぅぅ……。ま、まあ、それはそれとして……床に描いた魔法陣を通して、自分の血に含まれている毒を背中で受けてみると結構新鮮で、これはこれで気持ちいい、というかぁ……」

 とか、

「あぁ⁉ よ、よかったらアンジュさんも、ご飯の前に、ちょっとやってみますかぁ……? さ、最初は痛いかもしれませんけどぉ……で、でもそれが、だんだん、クセになってくる感じなんデスよぉ……」

 とか、

「先に、ご飯にしますぅ……? お風呂にしますぅ……? それとも……の・ろ・い……的なぁぁ?」

 なんて、のたまう(・・・・)始末だった。



 そんな彼女に、とっくに我慢の限界をむかえていたアンジュは……。

「いい加減に、しなさーいっ!」

 と、ホテル中に響き渡るような絶叫をあげるのだった。


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