耳が良すぎる侍女は辺境で「花の日」を過ごす
連載、短編でも出てきたキャラクターが登場しますので、気になった方はそちらも読んでいただければ嬉しいです!
そちらを読まなくても問題ありません。
ティアーナは耳が良い。実家の伯爵家では、父の後妻が来て賑やかになったことが辛く、家にいられなくなった。
父の後妻はそれを気にして、自分の実家である公爵家に相談したところ、ティアーナは公爵家に預けられることになった。公爵家は公爵夫婦と一人娘がいるだけで、邸も広い。
ティアーナは、自分の身の回りのことができるようになってからは、部屋への使用人の訪問も断るようになった。そして貴族学園には公爵邸から通ったが、卒業と同時に働くことにした。
「伯爵家に戻るのが嫌なら、ここにいたらいいじゃないの」
公爵家の一人娘であるシルヴァーナは、幼馴染であり、家族のような存在だ。
優しいシルヴァーナはティアーナが働くことに反対している。
「学園も卒業したし、ここにいる理由がないわ。それに、新婚さんの邪魔なんてしたくないもの」
シルヴァーナは結婚したばかり。新婚夫婦の住む家にお世話になるつもりもなく、ティアーナは王宮侍女の試験を受け、生まれは伯爵家で公爵家で教育を受けていたものだから、問題なく合格したのだ。
そのことを報告したところ、シルヴァーナが寂しがってくれているのだ。
「シルヴィー姉さん、私、姉さんにとても感謝しているの。でも、耳が良いからって、ずっと甘えている訳にもいかないし、社交も苦手でしてこなかったから、お嫁に行くのも考えられなくて、働いてみようと思うの。姉さん達が国や領民のために頑張る姿を見て、私も何かしたいと思ったのよ?」
「そうなの。あなたがそこまで言うのなら。でも、ティナ?辛いことや、嫌なことがあったらすぐに帰ってきてね?」
シルヴァーナは、ティアーナの決意に折れてくれた。
「ティアーナ嬢、中庭に王族一名と来客二名だ」
王子殿下の側近が、侍女の待機部屋に声を掛ける。ティアーナはすぐに掃除道具を持って中庭に向かう。
王宮侍女の仕事のほとんどは掃除や洗濯、荷物運びだ。王族の専属侍女もこのオルガ国では少ない。現在王宮に住む女性王族は、王妃のみで、彼女の身の回りは、彼女の実家から連れてきた侍女達がいる。国王と、王太子、あと二人の王子は、侍女でなく男性の側近や侍従が付いている。
ティアーナは中庭の東屋に設置されたテーブルと椅子を磨く。王族が一人なので、王族が座る一脚を護衛し易い側に置き、二脚をその正面に設置する。残った椅子を重ねておくと、王族の側近が運び出してくれる。
テーブルにクロスを敷き、風で飛ばない様に飾りを置く。まだ時間があったので、庭師のところに行って、花を摘んでもらってそれをテーブルに飾る。
王族とその側近や侍従が来る足音が聞こえてくるので、ここまでだ。準備を見張っていた側近に、終わったことを告げて、また侍女の待機部屋に戻った。これが、ティアーナの仕事だ。
侍女の待機部屋と言っても、そこでのんびり指示が出るまで待っている訳でもなく、洗濯を手伝いに出たり、ポットやカップを磨いたり掃除道具の手入れをしたりと、侍女たちはずっと働いている。
「ティナさん、あの中庭の東屋って、王族はどの位置に座るの?上座下座もないから困るのよね」
カップを磨いていると、隣でスプーンを磨いていた同僚に話しかけられる。
「護衛しやすい位置に座るから、方角的には北を背にするかんじね。実は、お庭はそんなことを考えなくても答えを持っている人がいるのよ」
「え!?誰誰!?」
「庭師のおじさんよ」
同僚は嘘でしょうと言って笑っている。
「嘘じゃないのよ。庭師はね、王族や来客の目を楽しませるだけが仕事じゃないのよ。王族をより良く見せることも仕事のうちって新人に言っていたわ」
「王族をより良く見せる?」
「ええ。だから、王族が座る背景が素敵になるように植物を配置しているということよ。だから、庭師は王族が座る位置と、お客様が座る位置を把握しているわ。困ったら庭師に尋ねるといいの。それから、庭師は一日庭にいる訳だから、だいたいこの時間にこの場所を使うのは誰か把握しているの。飾りのお花は、庭師に摘んでもらったら、間違いないわ」
「そうなのね!知らなかったわ。今度困ったら彼らを頼ってみることにするわ」
ティアーナは、持ち前の耳の良さを最大限活かしながら働いている。嫌な噂話が聞こえることもあるが、それよりも仕事に使えることの方が多く、楽しんでいる。
「ティアーナ嬢、テラスに準備を。王族一名だ」
カップを磨き終える頃に、またも側近が来た。
「ティナさんはさすがね」
同僚は思わず呟く。元々、ティアーナは伯爵令嬢で公爵家で教育を受けていたという経歴だ。もし王女がいれば専属侍女になっていただろう。彼女が側近から指名されて準備に行くことに文句を言えるような身分の侍女はいない。
「ティアーナ嬢、今日はこのまま、ここで控えているように」
準備を終えると、側近にそう言われるがまま、ティアーナは部屋の隅に控えた。
王族が側近や侍従を伴って近付いてくる音がする。ティアーナは頭を下げて待つ。
扉が開き、一同がテラスに入る。足音が軽いため、王族は王太子か王子の誰かだ。
「ティアーナ嬢、顔を上げなさい」
ティアーナは、顔を上げ、声の主を見る。やはり若い。王太子か王子のどちらかで間違いないが、ティアーナは音や声の多い夜会などは避けてきたため、誰かは知らない。
「ティアーナ・チュリア伯爵令嬢。私が誰か、知らないだろうが、持ち前の知識で推理し、当ててみよ」
王族を見たことがない貴族令嬢が王宮侍女にいる、という話でも耳にしたのだろうか。
頭の隅でそんなことを考えながらも、ティアーナは目の前にいる王族の命に従う。
「イルミナート第二王子殿下へ、ご挨拶申し上げます」
そう言って、淑女の礼をとると、目の前の王族は手をパチパチパチと鳴らす。
「正解だよ。推理の過程を聞こうか」
「殿下の胸にある紋章です。オルガ国の紋章に、同盟国二カ国の紋章が同じ大きさで飾られています。本来胸につける紋章は敬意や忠誠心を表しています。この王宮内で過ごされるのでしたら、自国の紋章は大きくされているはずです。同じ大きさということは、同盟国三カ国が関わる行事に参加するということ。エヴァーニ王国の騎士が次期辺境伯となった、リータ国の辺境へ訪問の予定がある第二王子殿下である可能性が高いと考えました」
イルミナートは満足そうに頷く。
「合格だ。ティアーナ嬢、その賢さをリータ国辺境で活かそうとは思わないか?」
ティアーナは馬車に揺られている。
「ティアーナ嬢、本当に良かったのか?」
イルミナートの側近、ジェーノが話し掛ける。
「ええ。役に立つかは分かりませんが」
この馬車にいるのは、イルミナートの側近達だ。
「役に立つどころか。あなたが最適解だとイルミナート殿下はおっしゃっていた。持ち前の知識や観察力は素晴らしいと私も思う。あなたが準備を行った場所は椅子の配置などの手直しが一切必要なかったのだから。王族と来客の人数しか告げていないのに、まるで誰が来るか分かっているような配置で、側近一同、情報が漏れているのではないかとヒヤヒヤしていた」
ティアーナの準備がそんなことになっていたとは知らず、褒められているようで責められている気持ちにもなり、ティアーナはお騒がせしました、とだけ言った。
テラスでの一件の後、イルミナートは、ティアーナをリータ国の辺境へ向かうメンバーに入れたいと打診してきたのだった。
リータ国の辺境は魔獣の大量発生や、リータ国自体が同盟国内で侵攻を企てるなど、存亡の危機に陥っている。同盟国により国自体の中枢を大きく変えることとなり、次期辺境伯にエヴァーニ王国のダニエレ・メコーニが選出された。父親が子爵家の生まれではあるが三男で、ダニエレ自身も貴族学園を卒業してはいるが、来客時の対応など、社交の一切が難しいとのことだった。ダニエレの側近として、エヴァーニ王国の王弟殿下の子を連れているものの、それだけでは心もとない。現在の辺境伯は独身で、その両親もすでに引退した身である。
女主人が不在で、辺境伯家内を取り仕切る者がいないのである。
「魔獣の大量発生以前は、辺境伯家を取り仕切っていた方はいらっしゃったのでしょうか?」
ティアーナの質問に、ジェーノがああ、と答える。
「一応、引退した辺境伯の母が数日おきに来て重要な来客の対応への指示はしていたが、だんだんと足が遠くなっていたということだ。しかも、その母の出身が、同盟国侵攻への賛成派閥だったらしいから、もう辺境伯に来ることもないだろう」
その言葉からティアーナは色々なことを悟った。
おそらく、元々辺境伯家は来客時の対応などが不十分ではあったが、魔獣を討伐する国の要所であるから、誰も文句を言わなかった。いや、言えなかったのだろう。次期辺境伯のダニエレ・メコーニの後ろ盾には出身地であり騎士として所属していた公爵家の他に、我が国の王太子殿下も名を連ねた。
公爵家に王家までも後ろ盾に、次期辺境伯への力の入れようが良く分かる。そして、次期辺境伯として恥ずかしくないように、サポートをしなくてはならない。ティアーナは、静かに気合を入れる。
「ブラガーリャ辺境へようこそおいでくださいました」
イルミナート第二王子一行は、無事にリータ国辺境にたどり着いた。
案内をしてくれるのは、クリス・ユリアーノ。エヴァーニ王国王弟の庶子であり、次期辺境伯の側近だ。物腰柔らかで、特に問題はなさそうだ。
「ダニエレはどこに?」
イルミナートが尋ねる。
「辺境伯と共に魔獣の残務処理を。今呼び出しています」
ティアーナは、考えられなかった。王族の来訪時にはすぐに出られるようにしておくものではないか。
「いや、呼び出さないでいい。向かおう」
なぜか嬉しそうなイルミナートに、ティアーナ含め側近や侍従も付いていく。
「辺境伯ー!こいつ、硬いくせに魔石も無かったー!」
「そういうもんだ!ほら!次だ次!」
「次期辺境伯!皮はこっちに投げてくださいー!」
「ごめーん!そっちね!」
騎士達の元気な声が聞こえてくる。会話から、魔獣の死骸の解体作業をしているらしい。
一行は外に出た。なるほど。大量発生し、殲滅された魔獣。早く解体しなくては、腐ってしまい、臓器が爆発することもあると、本で読んだことがある。
「ブラガーリャ辺境伯、並びに次期辺境伯、リータ国第二王子殿下へご挨拶申し上げます」
辺境伯と次期辺境伯は返り血に塗れた騎士服のまま、血まみれの剣を置き、臣下の礼をとる。
確かにこれは、誰も寄り付かないだろうな。
「なおれ。ダニエレ、ここはどうだ?兄上もここに来たかったが、身分故に来ることが出来ず残念がっていた。ここで不便なことなどあればオルガ国が国を挙げて改善しよう」
イルミナートの熱心さにティアーナは驚いた。
「いえ、まだ復興途中ですので。残った騎士と、新たに雇った騎士と共に、伝統を守りつつ新しい辺境となるように努めて参りたいと思います」
ダニエレは平民と聞いていたが、志は良く、所作もきれいだ。騎士というものは、体の使い方を分かっているため、所作の習得が早いと聞いているが、その通りのようだ。
「ここでもいい。少し時間をもらえるか」
辺境伯は、さすがに外でとはいかないと、修復済みの砦にと案内をする。
「ダニエレもクリスという側近はいるけど、来客時の対応や使用人達をまとめる人が必要と思って、うちの王宮から二人、ここで働かせてやってもらおうかと思ってね」
イルミナートの提案に、辺境伯はありがたいことですと返答する。
「もう一人の側近というよりも、砦内の人事なんかを担当する、リータでは家令とでも言うのだろうか。ジェーノだ。それから、侍女のティアーナ」
ジェーノとティアーナが一歩前に出る。
「ジェーノは侯爵家出身の次男。元々は兄上の側近で優秀だよ。騎士団に三年所属していたから、役に立たなければ訓練させて騎士として使ってくれたら良い」
ジェーノはよろしくお願い致します、と言って頭を下げる。
「そしてティアーナは伯爵家出身だけど、教育を公爵家で受けた侍女。彼女はとても耳が良いから、魔獣が出始めたら辛くなるかも。その頃にはここも落ち着いていると思うから、こちらに返してもらって構わない。来客時のセッティングなど全て彼女に任せて、使用人の教育にも問題ない」
ティアーナも、ジェーノと同じように頭を下げる。
ジェーノもこの辺境へ派遣することになるとは聞いていたが、イルミナートの言葉から、彼の雇い主は辺境伯へ、ティアーナはリータ国からの貸出しということのようだ。
広く静かな王宮も働きやすかったが、この辺境も街が近いものの賑わっていることもなく、静かなところだ。ティアーナが苦手とする音は、大勢の人の声。会話の内容が分かるので疲れるのだ。夜会では、会場全員の会話が分かってしまうので頭痛がする。ティアーナがここに選出されたのも、侍女としての働きの他に、夜会が苦手で社交を避けてきたので、他の貴族家との繋がりがないという理由もあるだろう。
挨拶を済ませた後は、イルミナートは人払いを命じた。イルミナートとダニエレとクリス、そしてジェーノだけが部屋に残され、辺境伯ですら部屋から出された。
ティアーナは、さっそく使用人と共にお茶の準備を行う。
「こちらの銘柄は。そうですね。今日のような他国のお客様へは、この場所の物だと喜ばれます」
若い使用人は、必死にメモをとっている。ティアーナはそのメモを覗く。
「もしかして、あまり文字が得意ではないのかしら?」
ティアーナの指摘に、その若い使用人は、涙目になる。
「す、すみません。学校に通えるような家でなくて。物の名前とか、生活に必要なことは分かるのですが、地名など初めて見る単語はあまり読めなくて。クリス様が勉強会をしてくれて、少しはましになってはいるんですが」
「ごめんなさい。責めている訳では無いの。大丈夫、とりあえずお茶の銘柄や産地を先に覚えていきましょう」
おそらく、読み書き計算といった基本的な部分をクリスは教えているようだが、仕事上必要な単語は使用人の役割ごとに違う。ティアーナは使用人の役割分担と勉強すべき内容を頭の隅で考える。
時計を見ながら、人払いをしていたとしても、一定時間経てば侍女はお茶のお代わりを持って行くことを教える。
あまり、入りたくないと、ティアーナは思う。
「ティアーナ、どうした?」
すっかり同僚の顔でジェーノが応接間から顔を出す。
「お茶のおかわりをお持ちしました。入っても?」
ジェーノが扉を開き、ティアーナは若い使用人を連れて入室する。
「どうぞ、説明しながらでもかまわないよ」
イルミナートにそう言われ、ティアーナは頷く。
「今のように、部屋に着いたら大抵は側近か護衛などがまずは対応してくれます。もし、込み入った話で、侍女が聞くべきでない内容をお話しているようであれば、そこで断られるので、その場合はポットをその側近に渡すか、時間を開けて再度訪ねるべきかを伺います」
ティアーナは、続けて今度は持ってきたカートを押す。
「入室が許可されましたら、このカートはこの扉に入ってすぐ脇の場所です。もし、お茶を入れている最中に人の出入りがあった場合にも邪魔にならないように。また、会談中の主や来客にも邪魔にならないように、音も立てないよう気をつけます」
ティアーナはお茶を入れる。トレイに乗せ、テーブルの方へ、音を立てないように空のカップを下げ、新しいものに替える。
「この時に、稀にお客様からお茶の産地などを尋ねられることがありますので、よく覚えておきましょう。そして速やかに退散します」
ティアーナはカートに戻る。
「公爵家に訪問した時もびっくりしたけど、侍女ってすごいね。大変な仕事だよ。ありがとう」
ダニエレは平民育ちだからか、使用人に気安く話し掛けるタイプのようだ。
ティアーナは使用人と一礼して部屋を出る。
「こんな感じね。少しずつ、慣れていきましょう。えっと」
肝心の名前を聞いていなかった。教えることに精一杯だったティアーナは、初っ端からやってしまったと少し後悔する。
「アーシアといいます」
若い使用人は察してくれた。
「ごめんなさいね、アーシア。私も、ここの使用人達の教育を任せると言われて、肝心なことを飛ばしてしまったわ。よろしくね。私はティアーナというの」
「ティアーナ様を、侍女長とお呼びすることになりますか?」
ティアーナは少し考える。侍女長などは通常、もっと年齢の高い者がなることが多く、ティアーナはまだ学園を卒業したばかりだ。辺境に来る前に、専属侍女の教育を王族の侍従から教えてもらいはしたが、知識があるだけで経験はない。先程のお茶についても、王宮で何度か練習しただけのことを教えているのだ。
「立場が付くのかもまだ分からないわ。名前で呼び合いましょう」
アーシアは分かりました、と言って前を向く。
二人は、キッチンでカップの片付けをする。
「あの。先程のことですが」
アーシアが、気まずそうに話し始める。おそらく、アレのことだろう。ティアーナは部屋に入る大分前から会話が聞こえていたのであの部屋に入りたくなかったのだ。
「ええ。主達がどのような会話をしていても、どのようなことが起こっていようと、平常心を忘れてはならないわ。あなたは、あの場で顔色を変えず、ここまで戻ってきたことはとても、素晴らしいことなのよ。自信を持って」
ティアーナはアーシアを励ますことにした。
「まあ、侍女の噂話も、内容がひどければ懲罰ものだから、これから使用人が増えるでしょうけど、主を敬わないような発言はしないように。ただ、女性が集まれば、多少の私語が盛り上がるのは仕方ないわ。場所と声の大きさを考えて、コソッと言うくらいは見逃されるものよ」
アーシアは、激しく頷く。
「あの、それでは今コソッと。よろしいですか?」
「ええ。私もコソッと話したい気分だもの」
「アレは。ええと、ソファで並んで過ごされておりましたのはイルミ」
「アーシア。こういう時は、名前を出してはならないわ。二番星とか、イーみたいなお方、とか」
「はっ、なるほど。二番星、いいですね。それでいきます。二番星の方が、最初は向かい合って座られていたと思うのですが、お隣にいらっしゃいましたよね」
「ええ、そうね。とても近かったわ。物理的に、とても」
「会話の内容も、熱心でした」
「ええ、必死さがうかがえたわ」
「二番星の方は、そういうこと、でしょうか」
「おそらく、一番星の方と取り合っているのではと思っているわ」
「それは、なんと。まあまあ。ええ、そうですか。それでこちらに」
「そうよ。思えばファーストコンタクトからそうだったわ。グイグイだとは思いましたもの」
二人は目を合わせて力強く頷き合った。
ティアーナは、ダニエレとイルミナートの会話を思い出す。
「ダニエレが少しでも辛いと思ったらすぐにオルガ国で引き取るからね」
「いや、ここがいいです。オルガ国は魔獣も出ませんし」
「側にいてくれたらいいって」
「ええー?王太子殿下と同じ?そんなに恨まれることをしたのでしょうか」
「兄上も?いつ、いつ会った!?」
「匿名でお手紙を。イルミナート殿下が言った内容と同じですよ」
「あいつ、抜け駆けしやがって。ダニエレ、ねえもうさ、俺もちょくちょくこっちに来るし、友人と思って話して?」
「ええー。それは楽だから嬉しいけど。こんなかんじ?」
「ああもうたまんない。よし、これで一歩進んだ」
おそらくは、王太子もイルミナートも、ダニエレとそういう仲になりたいのだろう。しかし、ダニエレは全く気付いていない。
「王宮からの来客がある。昼過ぎだ」
「かしこまりました。何名ですか?」
「王宮文官が三名。復興の確認と寄付金の受け取りと」
「それでは、応接間よりも執務室隣の談話室が良いですね。そちらで準備をします」
「分かった。来客に間に合うように切り上げさせる」
ティアーナは、クリスと来客時の打ち合わせをする。この辺境の地は、意外なことに連日誰かしらの訪問があり驚いた。
「ティアーナ様、なぜ談話室なのですか?」
アーシアは、仕事を確実に覚えていく。まだ十六歳らしいが、若さゆえなのか飲み込みも早くティアーナも助かっている。
「復興の確認や寄付金の受け取りということは、執務室にある資料をお見せするかもしれません。準備をしていなかった資料も見せることになる可能性もありますので、近いところが良いですね。それに、王宮文官としか告げられませんでしたので。文官の中にも貴族は多くいますが、名前を出さなかったので、身分の高い客としての接待は不要であるとの意思表示でもあります」
「では、もしお名前も知らされた場合はどうしたら良いですか?」
「その方の身分に合わせた対応をします。はじめは、貴族名鑑から、探すしかありませんね。身分に合わせた食器や茶、菓子を準備します」
そう言って、ティアーナはアーシアと共に準備をする。まずは家具を磨くところから。ティアーナは家具の配置にも理由があると言って、少しずつ教えていく。
準備を終える頃に、一つの足音が近づいてくる。これは、ジェーノのものだ。
「ティアーナ、そこの棚に花がいるかと思って」
ジェーノの手には、小さめの花束がある。
「ありがとう。でも、良いのかしら」
ティアーナは迷う。アーシアに確認したところ、リータ国には花の日というものがない。オルガ国では、この時期になると、なるべく花を飾るようになるが、ここはリータ国だ。
「良いに決まっている。書類につかない位置だし、何か言われたらオルガ国の文化だと言うつもりでいる。ここは、オルガ国の庇護下だぞと牽制になるからな」
ティアーナは、そういった理由もあるのかと納得し、ジェーノから花束を受け取る。
「このお花はどちらで?」
「その辺に咲いていたのを取ってきた。植物が亡くなった騎士や魔獣を弔ってくれているのか、たくさん咲き始めたんだ。イルミナート殿下が、種をとって砦の入口や中庭に、花壇を作ろうとしている」
これまでの砦とは趣向を変えていくようだ。ティアーナが呼ばれた理由もそうなのだ。ここを、貴族邸らしくするつもりだ。魔獣を討伐するというイメージだけでなく、国の要所であり、各国の要人とも繋がりのある、格式高い場所にするつもりだろう。
「ジェーノ様は、けっこう趣味が良いですね。そのまま花瓶に入れられます」
ティアーナは最近思っていたことを口にする。花束も派手派手しくなく、地味でもない組み合わせで、長さもいい感じに刈り取ったようだ。以前も、倉庫からテーブルクロスに使えそうな布があったと言って、良いシーツを選んできてくれたのだ。
「そう、なのか?それは嬉しい。ありがとう」
ジェーノは顔を赤くしながら、照れたように言う。ティアーナはちょっとかわいいところもあるんだなと思う。
「花の日は何をするの?」
夕食時、ダニエレがイルミナートに尋ねる。
「花をたくさん飾るんだ。そして、愛しい人と過ごす日だ。王宮も、その日は最低限の人数で、公務も入れない」
「そうなんだ。それでたくさん花を飾ってくれてるんだ。ありがとう」
ダニエレは、給仕をする使用人達の方を見る。皆、にこやかに頭を下げる。
そして、ダニエレはあることに気付きハッとする。
「ごめんね。イルミナート達は花の日をこっちの国で過ごすことになって。お花、たくさん飾ってあげよう」
おお、呼び捨て。呼び捨てになってるーと思うが皆顔に出さない。
「いいんだ。だって、愛しい人と過ごす日なんだから」
「ああ、側近達もずっと一緒にいるから家族みたいだもんね。僕も騎士仲間は家族だと思っているし、この砦のみんなも家族だよ」
事前の情報ではバッサバッサと魔獣を狩ると噂のダニエレだが、性格は気さくで穏やかなようだし、勘が鈍い。この後、アーシアとのコソッと話が盛り上がるだろう。
「アーシア。花の日は、女性は花を飾るの」
ダニエレの提案で、花の日はオルガ国の慣習をそのまましたいとのことだった。下働きの者もほとんど休みを与え、来客予定も入れないように調整したらしく、とても静かだ。
アーシアと共に外に出る。ジェーノが言っていたように、たくさんの花が咲いている。
「アーシア、花の知識はある?」
「ないです」
気候が違うからか、オルガ国ではあまり見ない花も多い。下手な花言葉を選ばないようにしなくてはならないのだが。
「アーシアにはこれかな。未来への憧れ」
ジェーノが来る気配は感じていた。ピンクの花を手にしており、アーシアに渡す。
「わあ!ありがとうございます!」
アーシアは髪に差してきますねと言って、砦に走っていった。ティアーナは、何だかモヤモヤする。アーシアが羨ましいと思ってしまう。
「ティアーナ、あなたにはこの花を」
ジェーノが差し出したのは、白い小さな花だ。
「賢いあなたなら、これで分かるかと思って」
そう言って、ティアーナの緩く纏めた髪に器用に飾っていく。
「うん。とても美しいよ。それで?お返事はいついただけるかな」
この花の花言葉は、たった一つの恋。そして、男性が女性の髪に花を飾るのは、独占欲の表れだ。
ティアーナはみるみる顔が赤くなる。先程、アーシアに嫉妬したのも恥ずかしくなってくるし、それがあったからこそ、しかもこの流れで。
「ありがとう、ございます」
精一杯出た言葉は、ただのお礼だった。たくさん勉強してきたのに、気の利いた言葉が出ないことがとても恥ずかしかった。
「花の日をこれからも一緒に過ごしてくれる?」
ティアーナは、ジェーノの気の利いた言葉に、はいと返事をした。
「ティアーナ、顔が真っ赤。難しい言い回しをされたらどうしようかと思っていたのに」
ジェーノはニコニコと笑っているが、ティアーナに負けないくらい顔が赤い。
「だってっ!何も準備をしていないところに、そんなロマンチックなこと言ってくるだなんて!ずるいわ!」
「ずるいだなんて言葉が君から聞けるなんて。これから、たくさんお互いを知っていこう」
ジェーノが差し出した手に、ティアーナは自分の手を乗せる。
「いつから、好きになってくれていたの?」
「いつからだろう。ティアーナが準備しているところを見てて、素敵だなあって思った。真剣な表情も、終わった後の満足そうな表情も。この人のことを、もっとたくさん知りたいと、初めて思ったんだ。それで、殿下に相談したら、ここに来ることになった」
ティアーナは賢い。ここに来てからのイルミナートの言動から、ダニエレの近くに未婚の女性を近づけるなんてと思っていたが、ジェーノと私はセットだったということか。最悪、私達がそういう関係にならなくても、殿下の勧めとあれば婚姻するだろう。もしくは、魔獣が出始めると言って、オルガ国に強制送還することも。はじめから、仕組まれたメンバーだったのだ。ティアーナはまんまとその思惑にはめられたと思ったが、ジェーノに恋を自覚した今、ここに来られて良かったと思う。
「砦に戻らなきゃ」
「そうだね。仕事が終わったら、今晩は護衛当番じゃないから、会ってくれる?」
「ええ、もちろん」
二人を祝福するように、色とりどりの花が揺れている。
※おまけ※
「ティアーナ様、結ばれたんですね!おめでとうございます!花の日、すごい!私はすぐに察しましたよ!全力疾走で砦に入りました」
アーシアは察する能力が高いと思う。砦に戻ったティアーナの顔を見て、お祝いの言葉を言ってくれる。
「もう、恥ずかしいからそのへんにして」
「でも、今日は呼び出しがない限りはここで待機ですよね。何か教えていただきたいと思うのですが」
花の日、侍女は三食の給仕の他は呼び出されない限り仕事はない。料理人の邪魔にならないように、キッチンのティーセットのエリアで待機だ。
アーシアの提案に乗り、お茶の産地や、風味などを教えることになった。
「そういえば、ティアーナ様は耳が良いということでしたが、どのくらい聞こえるんですか?」
痛い質問だ。これは、実は答えたくない。
「これから使用人が増えていくと思ったら気が遠くなるわ。砦内の話はほとんど聞こえると思って。だから私は絶対に、絶対に夜の待機はできませんから」
アーシアは察した。夜のアレコレが聞こえるのは辛いだろう。そう、ティアーナの生まれの伯爵家では、後妻が来て賑やかになったという話になっているが、多少の話し声なんかは大丈夫なのだ。後妻が来て、夜のアレコレが聞こえたことが、ティアーナが伯爵家を出た本当の理由だ。
「ティアーナ様も大変ですね。余談ですが、洗濯を担当している方の話によると、二番星の方のシーツはだいぶアレなので、時間の問題ではと考察しています」
ティアーナは気が遠くなるが、ふと、侍女になるだろうアーシアはどうなのかと思う。ここまでダニエレの周りを囲っているのに。
「主は、使用人にそういった興味は無さそうだけれども、アーシアはどうなの?」
アーシアは、ああと言ってさらりと返答する。
「私の対象は女性なので、何もありませんよ。ティアーナ様も取られてしまいましたから、残念です」
ありがとうございます。
ダニエレくんが出てくるのはこちら
【短編】騎士は砦で魔獣を狩るものです
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精霊に導かれる〜公爵子息と精霊の物語〜
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短編はダニエレくんが主人公です。連載の方は最近出てきました。良かったらこちらもお楽しみください。