◆99話◆試作依頼
「やあ、タイチ。最近よく会うね。どういう風の吹き回しだい?」
クリムゾンベアと遭遇した翌日、太一はコンビニ部門の仕事を終えたタバサと共に、ワイアットの店を訪ねていた。
文乃も含めた他のメンバー4人は、今日も西の森方面へ向かっている。
森の奥へは入らず、植生の調査をメインに日銭を稼ぐ方向だ。
早速昨日の出来事と、緊急時に使う魔法具のアイデアをワイアットに話す。
「なるほど。通常の倍近い大きさのクリムゾンベアか・・・。それは確かに穏やかじゃ無い。
上手く仕留められれば、良い素材になるのだがね。特に肝なんかは、かなりの高値だが・・・
さすがにそのレベルの相手とはまともに戦いたくは無いね」
ワイアットにとっては、クリムゾンベアだろうが素材でしかないようだ。
「ああ。アレは無理なヤツだ。ギルマス案件にして貰うしかない。
かと言って、西の森に近づけなくなるのも面倒だから、万一遭遇した時の緊急回避アイテムが欲しいんだ。
倒す必要は無い。その代わり、確実に逃げる時間を稼げるようなヤツが・・・」
「ふむ。なるほどね・・・
パーティで倒せない強敵に遭遇した場合、魔法師が居れば牽制用の魔法で時間を稼ぐことが多いと思うのだが、どう思うねタバサ嬢?」
「そうだねぇ。集中する時間が取れる場合は、光弾なり火球なりをぶつけるか、動けないように土や氷で足止めすることが多いね。
麻痺の魔法や眠りの魔法が効けば良いんだろうけど、それが効くような相手だったら倒せる相手だしねぇ」
タバサの言葉に頷きながら太一が後を拾う。
「基本はそれをアイテムに置き換えることを考えてるんだ。
ざっくりとしたアイデアはいくつかあるから、それが現実的かどうかをまず聞きたい」
「ほぅ、すでに形にしているのか・・・良いね、聞かせて貰おうじゃないか」
ワイアットがニヤリと笑い、太一に続きを促した。
「まず強い光。これは必須だと思う。
魔物もやっぱり目で相手を見ることが多いから、それを無効化出来れば、逃走できる確率がかなり上がるはず」
「そうだろうねぇ。目くらましは、逃走時以外にも使う常套手段さね」
太一の言葉にタバサも頷く。
「次に匂い。クリムゾンベアもそうだけど、魔物の嗅覚はかなり人より強い。
なので、嫌がる匂いや強い刺激的な匂いを相手の鼻先にかましてやれば、かなりの効果があると睨んでる」
「匂いか・・・それは試したことが無かったな。
魔法でも匂いを作り出すようなものは記憶に無いし、これは盲点だね。面白いじゃないか」
新しい魔法具のアイデアにワイアットは嬉しそうだ。
「次は音。単に大きな音を耳の近くで鳴らしてやるだけでも効果はあると思うけど、音は高ければ高いほど良いはず。
大きくて高い音を聞いて、眩暈を感じたり耳鳴りがして気が遠くなったことがあるだろ?
人でもそうなんだから、耳の良い魔物にはより高い効果が見込めるはずだ。ただ・・・」
太一は一旦そこで言葉を区切る。
「ふむ・・・そこまで大きい音を出すと、周りに聞こえてしまうね。
却って魔物を引き寄せかねない、か」
ワイアットの回答に太一が頷く。
「その通り。だから音についてはホントに最終手段だと思ってる。
次に目潰しなんかも効果が高いはずだ。
単純に細かい砂でも良いけど、酸みたいなものや、芥子の粉みたいな目に入るとヤバイやつをぶちまける」
「次から次へとえげつないことを考えるね、アンタは・・・
でも芥子の粉が目に入った日には、しばらく目が開かなくなるからね」
少々呆れてタバサが言う。
「セオリーでいったら煙幕、煙も良さそうだけど、風が強いと効果が薄くなるし、風向きを考えないといけないから候補から外してる」
「味方を巻き込む可能性もあるからね・・・
ただ煙は匂いだったりそれこそ目に入ったら沁みる奴もある、1人だったら使い道があるだろうね」
「あとは・・・粘り気の強い液体なんかも考えてる。
どこまで強い粘着力が出せるか次第だけど、上手くいけば相手の動きを相当鈍らせることが出来るはずだ」
「ああ、将軍ガエルが吐く液体や、ジャイアントクロウラーの粘り糸みたいな奴か。
うん、あれは食らったら分かるけどかなり厄介だからね。やり返せるなら面白いねぇ」
「お、似たような攻撃をする魔物は居るのか。だったら話は早いな」
一通りのアイデアを話し終えると、あらためてワイアットへ向き直る。
「今言ったのは、単なるアイデアだから、実際に何をどうやればそれがアイテムになるか俺には分からない・・・
俺の知り合いの中で、それを一番形に出来る可能性が高いのがワイアットさんだから話を持って来たんだ。
使えるアイテムが出来たら、利益の7割は提供する。
試作に必要な素材があれば、それもなるべくこちらで採ってくる。
だから、アイテムづくりに協力してくれないか?」
「ふむ。利益の7割か・・・見くびられたものだね」
ワイアットが低い声で答える。
「そうか・・・じゃあ8割、いや8割5分までならなんとか・・・」
「3割だ」
「は?」
「だから3割だ。7割も要らないよ。こう見えても結構稼いでるんだよ?見くびってもらっては困るね。
それに研究できるだけのお金さえあれば、私は後のことはどうでも良いんだよ」
「・・・・・・」
ワイアットのまさかの物言いに言葉が出ない太一。
「何だったら報酬なんて要らない。こんな面白そうな研究テーマ、他の人に持って行かれたら、そっちの方が損害だ。
でもそれだとタイチの方が遠慮するだろ?だからまぁ、ひとまず3割で行こうじゃないか」
「良いのか?完全に丸投げしてるのに?」
「全く問題無いさ。研究はね、テーマを見つけるのが一番大事なんだ。
ただ闇雲に研究してたって、良いものは作れない。
でも良いテーマを見つけるのが意外に大変でね。
その点今回のテーマは、成果が上がれば皆が助かる上、研究の範囲が広い。これ以上のやり甲斐は無いよ」
「そうか・・・」
「ああ、ひとつだけお願いと言うか断っておくことがあるな」
「断っておくこと?」
「そう。前にも言ったかな?私の専門はポーションだ。まぁ薬品全般と言っても良い。
それ以外も人並み以上に出来る自負はあるが、生憎と専門ではない。
ところがさっきも言った通り、今回のは範囲が相当広い。
例えば“強い光を生み出す”のは、薬品よりも魔法具や魔石系の術師の方がおそらく向いている」
「なるほど・・・」
「別に無理やり薬品でやれないこともないんだが、大事なのは“ちゃんとしたモノを作ること”だからね。
無理やり作るのは下策だ。
そこで、今回の研究は、私の知り合いとの共同研究にさせて欲しい。ああ、もちろん2人で3割で構わないよ」
「それは問題無いと言うか願ったり叶ったりだけど・・・」
「よし、商談成立だな。じゃあ早速私は知り合いに声を掛けに行くから、これで失礼するよ。
ああ、近いうちに知り合いを紹介するから楽しみに待っててくれ。黒猫のスプーン亭に使いを出すよ。
じゃあ、失礼。ああ、鍵はそのままにしておいてくれればいい」
「いやいやいや、俺たちも出るから鍵はちゃんと掛けようよ・・・」
「・・・研究者ってのは、皆あんな感じなのかねぇ?」
太一とタバサは、いそいそと出かけていくワイアットの背中を見送るしかなかった。




