◆97話◆ホウレンソウ
夕闇が迫る頃、タイチ隊一行はレンベックへと戻って来ていた。
モルガンは他のメンバーをギルド近くで降ろすと、自身は馬車を返しに貸し馬車屋へと向かった。
残りのメンバーはそのままギルドへと向かう。
ギルド前の広場は、今日も一仕事終えた冒険者たちでごった返している。
その中に、買取屋を試験的に始めているタバサの姿を見つけ、一行はそちらへと足を向ける。
タバサも向かってくる太一達に気付いたようだ。
「おや、お帰り。・・・なんだい、随分疲れた顔をしてるじゃないか?収穫があまり芳しくなかったのかい?」
ニヤリと笑って声をかけたタバサだったが、一行の疲れた顔を見ると心配顔になる。
「収穫自体は悪くなかったんだけどな・・・ちいとばかしゴツイのに遭遇して、逃げ帰ってきたんだわ」
ワルターが頭を掻きながら溜め息交じりに零す。
「ゴツイの?西の森だろ?レッドベアにでも襲われたかい?」
「あぁ確かにレッドベアも出たなぁ・・・襲って来たんじゃなくて襲われてたけど・・・」
タバサの問い掛けに太一が苦笑しながら答える。
「襲われてた?どういうことだい?」
「ちょうどその報告含めてこれからギルドへ行くところ。タバサさんも一緒に来るかい?」
「いいのかい?じゃ買取はひと段落したようだから、同行させてもらうよ。
屋台はギルド前まで持ってって、衛兵に見ててもらおうかね」
ギルドの入り口脇に屋台を停めさせてもらい、太一達はギルドへと入っていく。
ピークタイムも終わり頃のため、依頼の報告カウンターには数人の行列が出来ている程度だった。
太一達は、いつも通りカミラの列へ並ぶ。
「あ、タイチさんお帰りなさい!採集依頼はどうでしたか?」
「やあカミラさん。採集自体はボチボチだったよ。はい、これ」
太一は素材袋からマジックキャノーラとゴールドベリーを取り出し、カウンターに並べる。
「すごい、こんなまとまった数のマジックキャノーラとゴールドベリーは初めて見ます!!」
「そうなんだ?ゴールドベリーは、ちょっとトラブルがあって1/3くらい駄目にしちゃったけどね」
驚いているカミラに、苦笑しながら太一が答える。
ゴールドベリーは柔らかい布で包み、ある程度衝撃吸収性のある袋に入れていたのだが、クリムゾンベアから全力で逃げたため1/3程潰れてしまっていた。
それでも80個程度は何とか無事に持ち帰ることが出来ていた。
「そうだったんですね・・・それは大変でしたね」
「うん。一応ギルマスかサブマスに報告したいから、居たら取り次いで貰えるかな?」
「・・・分かりました。確認しますので少々お待ちを」
報告事案と聞き、カミラは一瞬表情を変えるが、すぐに元の表情に戻り裏に消えていく。
そして1分もしない内に戻って来た。
「マスターは本日不在ですので、サブマスターがお会いするそうです。
こちらの査定はしておきますので、4階のいつもの部屋へ皆様でどうぞ。すぐクロエが案内に来ますので」
「悪いね。査定の方はお願い」
「はい、お任せください」
カミラの言う通りすぐにやって来たクロエに先導されて、太一達一行は階段を上がっていた。
すでに何回も来ている太一と文乃は特に気負うことも無く階段を上っている。
「懐かしいねぇ、こっちは。しかし年を取るとこの階段はキツイね・・・」
「違いねぇ。王城にあるっつう昇降の魔道具を付けてくんねぇかなぁ」
C級時代に来たことがあるのであろうタバサとワルターも、雑談をしながら上っていく。
一方初めて足を踏み入れるレイアは、右手と右足が一緒に出るくらい緊張していた。
「たたたたタイチさん!!なんでこんな奥に来てるんです!?あわわわ、絨毯がフカフカだ・・・」
4階の廊下に敷かれている絨毯にまで驚く始末だ。
「レイちゃん落ち着きなって。話はリーダーとアヤちゃんがしてくれっから、俺たちゃ横で黙って座っときゃいいんだよ」
ワルターのこのセリフもすでに三回目だ。
そうこうしている内に、特別室の前に辿り着くと、クロエが扉をノックする。
「サブマスター、タイチさん達をお連れしました」
「開いているので、入ってもらってください」
中にいるヨナーシェスの了承を得て一行は中へと入っていった。
「お久しぶりです、ヨナーシェスさん」
「はい、お久しぶりですねタイチさん、アヤノさん。
それとそちらのお二人も、ものすごくお久しぶりですね!確かハウリングウルフにいましたよね?」
「おや、こんな年寄りを覚えていてくれたとはありがたいねぇ。
タバサだよ。面白そうなんで、今日からタイチのところで厄介になってるよ」
「サブマス、久しぶり。ワルターだ。あんたも元気にやってるようで何よりだ。
俺もタバサと一緒で、タイチんとこで厄介になってるんだよ」
やはりタバサとワルターも、ハウリングウルフ時代に面識があったようで、余裕の挨拶を交わす。
「そうでしたか。実力のある方に戻って来ていただいて嬉しい限りですね。
そちらのお嬢さんは初めましてですね?ヨナーシェスと言います。よろしくお願いしますね」
「ははは、はいぃっ!レア、レイアと言いましゅ。よろすくおなしゃあすぅ」
一方レイアは案の定噛み倒していた。
「それでタイチさん。今日は報告したいことがあるとか?ツェーリは出掛けているので、代わりに私が聞きましょう」
「はい。我々は今日、西の森へ採集へ出掛けていたのですが・・・」
太一は、今日遭遇したクリムゾンベアについて、順を追ってヨナーシェスへ説明していった。
「ふぅむ、通常の倍近い大きさのクリムゾンベアですか・・・。
確かにあの森にはクリムゾンベアが複数体確認されていますし、何年かに一度、上位の冒険者が素材を持ち込むこともあります。
ただ、そこまでの大きさの個体がいるというのは初耳ですね」
「ああ。俺も昔クリムゾンベアは見たことあるがよ、それと比べ物にならねぇ大きさだった。
なんせレッドベアを片手でぶっ刺して食ってやがったからな・・・」
「レッドベアをですか・・・クリムゾンベアは確かに雑食ですが、同種であるベア種を捕食するという話は聞いたことがありません」
「そうなのか?バリバリ食ってたぜ?なぁタイっちゃん」
「ええ。丸かじりでしたね・・・」
「なるほど・・・」
話を聞くにつれ、ヨナーシェスの眉間の皺が深くなっていく。
「それ以外に何か気になった点はありませんか?」
「俺が“見た”感じ、アイツはこっちに気付いていながら、襲って来なかった気がします。
興味は持っていたようでしたが・・・」
“見た”の部分に強めのアクセントを付けて太一が言う。
太一の加護について知っているヨナーシェスは、その意味を正しく把握する。
「それも妙ですね・・・戦闘状態に入ったクリムゾンベアは、基本目に入ったものには襲い掛かりますので」
そう言ってヨナーシェスは、腕を組み何事か考えている。
しばらく瞑目していたヨナーシェスだったが、目を開けると再び話し始めた。
「以前、タイチさんが首を持って来てくれたオークですがね、死体が無くなっていたことはお知らせしましたよね。
その後、残った首を色々調べていたところ、一つ分かったことがありましてね」
「分かったこと?」
「ええ。どうやら人為的に強化された痕跡が見つかったんです」
それを聞いた一同が息を飲む。
「人為的に、強化ですか・・・」
「はい。首しか無いので詳しいことは分からず仕舞いなんですがね、少なくとも体毛の強度と筋力は通常種をかなり上回っていたと思われます。
それと・・・」
「それと?」
「脳が、通常種よりかなり発達していたと思われます。
賢いか賢くないかは分からないのですが、脳の大きさが2倍近くありましたからね・・・」
「そう、ですか・・・」
「今回のクリムゾンベアと、直接関係がある可能性は低いとは思いますが、一応頭の片隅に入れておいてください。
我々の方でも、もう少し本格的に調査してみますので」
「分かりました」
「あ、皆さま、くれぐれもご内密にお願いしますね」
ウィンクしながら明るく言うヨナーシェスだったが、太一達は神妙に頷くことしか出来なかった。




