◆91話◆思わぬ厚遇
昼餐会が終わり、太一と文乃は玄関ホールで辺境伯一家から見送りを受けていた。
「本日はありがとうございました。お料理もお茶も、とても素晴らしかったです」
「ああ、忙しい所をすまなかったな。
おっと、そうだ。後見の証書を渡しておこう。ノルベルト!」
「はい。こちらにございます」
ノルベルトがワインレッドの布が敷かれたトレーに載せられた、2本の筒を差し出す。
「まず一通目だ。これは“ケットシーの鞄は、ダレッキオ家が正式に出資した店である”ことを証明するものだ。
単なる後ろ盾では弱いからな。出資という形を取らせてもらったが問題無いか?」
「出資ですか。詳しく存じ上げないのですが、出資に当たり規則や制限はあるのでしょうか?
さすがにお金を出していただいて、何の見返りも無いというのはおかしいと思いますし・・・」
「その辺りは私から説明するわ。
確かに通常の出資の場合だと、利益の一部を納めたりすることを条件にすることが多いわね。
ただ、寄付に近い形で出資することも可能なの。
例えば新しい魔法具の開発とかってすぐに儲けは出ないでしょ?学校や病院への寄付なんかも同じね。
そういった将来的に自領の役に立つと思う所に、緩い条件で出資することは良くあるのよ。
今回はそれね。条件は二つ。
一つ目は、新しい商売を始める場合の報告義務。許可は不要よ。そんなことしてたら商機を逃しかねないし。
その代わり、報告後こちらの判断で休止してもらうことがあるかもしれないから、そこだけは覚えておいて」
「休止、ですか?」
「ええ。法に触れそうだったり、政治的によろしくないものだったりした時の保険よ。
貴族同士や他国との関係もあるから、最低限のコントロールだけはさせて頂戴」
「ありがとうございます。それでしたら何の問題もありません」
「で二つ目。ケットシーの鞄で取り扱う商品で、ダレッキオ家がそれを要望する場合、優先的に販売すること。
あくまで優先“販売”だから、しっかり費用は支払うし、買い占める訳でも無いから安心して」
「分かりました。ただ特に目新しい商品は取り扱っていませんが・・・?」
「ふふ。すでにワイアットからポーションを仕入れているでしょ?
幸いワイアットとは知己だから今の所は問題無いのだけど、似たようなケースで私達では手に入れ難い物を仕入れられる可能性が高いと見ているのよ。
後は私の勘だけど、あなたたちは今後きっと色々な新商品を作るんじゃないかと思ってるの。それを見越して、先回りさせてもらったわ」
「なるほど。買い占めるのでなければ、特に問題はございません」
「ありがとう。あ、ちなみに出資額はひとまず金貨10枚にしておいたわ。
別にもっと出しても良いのだけれけど、いきなり高額出資すると悪目立ちしかねないでしょ?また新しい事業をやるとかで必要になったら言いなさい」
「ご配慮、ありがとうございます」
金貨10枚、100万円相当のお金がポンと出てくるあたりが流石に上級貴族だ。
「キティの勘は良く当たるからな。今後が楽しみだ」
ロマーノがニヤリと良い顔で笑う。
「で、もう一つの方だが、こちらはタイチとアヤノ個人に対する後ろ盾のようなものだ。
一つ目のはあくまで店に対するものだから、個人とは切り離して扱われることも多い。
個人に対する介入を防ぐために、2人ともダレッキオ家の門客とさせてもらった」
「門客、ですか?」
「ああ。食客と似たようなものだが、食客があくまで客扱いなのに対して、門客は準一門扱いだ。
家臣との違いは、労働の義務が無いことだな。ただし、専属にはなるから、他家に仕えたりすることは出来ん。
タイチがダレッキオ家付き剣術指南、アヤノが同じく弓術指南とさせてもらった。
これで大手を振って、いつでも訪ねて来られる。むしろ、屋敷に部屋を用意して住むのが普通だがな」
「指南役ですか・・・これまた過分な評価ですが、ダレッキオ家の末席に加えていただけるのは光栄です。ありがとうございます」
「うむ。まぁワシとしても、これで二人を他家に取られることが無くなる訳だから、打算含みだがな。がっはっは」
筒に入った書状二つを受け取ると、ノルベルトが金貨の入った皮袋と共に小さな魔法具を持って来た。
「タイチ、アヤノ、ギルドカードは持って来ているか?」
「ええ、いつも持ち歩いています」
「はい、私も持って来ています」
「よし。ギルドカードには、貴族や王家に仕えたりした場合、どこに所属しているのかを特殊な魔法具を使って記載することが出来るのだ。
悪用を防ぐため、貴族家の当主にしか使えないようになっておる。
身分証明が主な目的なのだが、もう一つ便利な機能を付けることが出来てな。買い物をした時に、所属先に支払いを回せるように出来るのだ」
「えっっ!??」
驚く太一と文乃に、してやったりと言わんばかりにニヤリと笑うロマーノ。
2人が驚くのも無理はない。ようは貴族家の家族用クレジットカードを手に入れたようなものなのだから。
辺境伯家ともなれば、地球の某黒いカードレベルだろう。
「さ、流石にそこまでしていただく訳には・・・」
「なに、有って困る物でもあるまい?必要なければ別に使わなければ良いだけだ。
本来門客には住居や食事といった生活の保障と給金を支払うのが普通なのだが、今回はそれが無い。
ああ、部屋は用意しておくから、いつでも来ると良い。
それに、費用の請求時にはいつ、どこで、何を買ったかの明細が送られてくるからな。悪用はせんだろ?」
あまりの厚遇に遠慮しようとする太一に、さらに笑みを深めたロマーノが続ける。
「・・・分かりました。そういうことでしたら、万一の保険として頂戴いたします」
「うむ、それが良かろう。では、カードをこちらへ」
「お願いいたします」
カードを受け取ったロマーノが、小型の魔法具にカードをかざす。淡い光が数秒カードを包み込み、登録作業は一瞬で終了する。
「よし、これで問題無い」
手渡されたカードを見ると、
賞罰:ダレッキオ家門客(剣術指南)
との記載が追記されると共に、カードの背景にうっすらと紋章のようなものが浮かび上がっていた。
「この紋章のようなものはひょっとして・・・」
「気付いたか?ふふ、想像通りダレッキオ家の紋章だ。これでダレッキオ家の一員であることが一目で分かる」
「・・・何から何までありがとうございます」
「ふっふっふ、最初に言ったであろう。娘を助けてもらい、心から感謝していると。
その上腕も立つし商才まであると来ている。これくらいでは足りないくらいだ」
「ご期待に沿えるよう、精進します」
「はっはっは。そう気を張る必要は無い。すでに十分なことをしてもらっているし、放っておいてもタイチ達なら成功すると確信しているからな。
これからも好きなようにやればよいのだ」
神妙な顔で決意表明する太一に、笑いながらロマーノが答える。
その笑顔は、打算など無い清々しいものだった。それは、周りで同じように笑うダレッキオ家の面々やノルベルトを始めとした使用人も同じだった。
「ダレッキオ家の一員として恥じることの無いよう努めることを、ここに誓います」
太一はあらためて一堂に深々と礼をし誓いを立てる。ロマーノは、それを見て満足げに頷いた。
こうして太一と文乃は、これ以上無いくらいの条件で、貴族の後ろ盾を得ることに成功したのだった。
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