◆90話◆タイチの実力
太一もたまには活躍します
くるくると回転しながら、陽光を反射させたコインがゆっくりと落ちていく。
そして、チンという小さな金属音を響かせて地面へと到達した。
先に仕掛けたのはピアジオだった。左前にシールドをかざしたまま、一気に間合いを詰めていく。
(中々に速い)そう心の中で呟く太一は、構えたまま動きを見せない。
彼我の距離を1m程に縮めると、ピアジオはシールドを太一の顔目掛けて振り抜く。
そしてその勢いも利用して、右手の片手剣を横薙ぎに太一の胴を狙いに行った。
シールドで相手の視界を制限しながら上段を攻撃しつつ、同時に剣による中段攻撃を狙うピアジオの得意技だ。
太一は、シールドによる攻撃を左斜め前に踏み込み回避すると、その後に続く横薙ぎの片手剣を、柄を上にした剣の刀身で受け勢いを殺す。
さらに刀身を滑らせ勢いを殺すと、手首を返しながらピアジオの剣を巻き込むように上に跳ね上げる。
勢いに乗ったピアジオの一撃だったが、片手と両手では分が悪く右上方に剣が弾かれてしまった。
太一はそのまま流れるように、振り上げた剣をピアジオの左斜め上から首筋に向けて振り下ろした。
「く・・・参りました」
首筋で剣を寸止めされたピアジオは、降参する外無い。
「それまで!勝者、タイチ殿」
クラウスの声が太一の勝利を告げると、太一はフゥと一息吐いて剣を納める。
「完敗です。まさかあそこで踏み込んで来るとは思いませんでしたよ」
負けたもののピアジオの表情には驚きこそあれ悔しさは無く清々しい。
「後ろに躱すのが安全ではありますが、それだと反撃も出来ず主導権を握られてしまいますからね」
太一はそう言いながらピアジオと握手を交わし、お互いの健闘を称え合う。
「ピアジオの得意技を、初見で正面から打ち破ったか・・・」
「驚きましたね。無駄な動きの無い、攻防一体の見事な一撃でした」
ロマーノとアルベルトが、想像以上だった太一の剣の実力に驚いている。
「見たことのない剣術だったのですが、父上はご存じですか?」
その横で一緒に見ていたオルランドがロマーノに尋ねる。
「いや、ワシも見たことが無いな。アルベルトはどうだ?」
「私も初めて見ました。両手剣を使う剣術はいくつかありますが、私が知る限りでは似たような剣術は無いです」
「アルベルトでも見たことが無い剣術・・・次は私が胸を借りたいと思います」
「良かろう。タイチよ!まだまだいけるな?次はオルランドの相手をしてやってくれ!」
「無理です!と言っても聞いてくれないでしょうし。オルランドさん、よろしくお願いします」
「お願いします!!」
嬉しそうなオルランドとは対照的に太一は渋面だ。
「ルールは先ほどと同じです。双方、開始位置についてください」
クラウスの言葉に、構えをとる太一とオルランド。
太一は先程と同じく中段の構えを見せる。
対するオルランドは、ヒーターシールドと言われるやや大ぶりの盾を左手に構え、その陰に体を隠すように腰を落とすと、剣を頭上に構え切っ先を相手に向けた。
再びコイントスが行われるが、今度はコインが地面に落ちても両者に大きな動きは無い。
両者は構えはそのままに、ゆっくりと円を描くように移動しながら、じわじわと間合いを詰め隙を窺う。
そのまま数分睨み合いが続いたが、両者の距離が2m程になったタイミングで今回は太一から仕掛けた。
これまでゆっくりと右回りに歩いていたのから一転、逆方向へ跳ぶように一気に移動し盾の無いオルランドの右側面を強襲、鋭く突きを放つ。
一瞬虚を突かれたオルランドだったが、盾の側面で太一の剣を弾くように防ぐと、お返しとばかりに頭上の剣を太一へと突き込む。
素早く剣を引き戻していた太一は、オルランドの突きを上から叩きつけるように弾くと後方へ一歩飛び退き再び距離を取る。
オルランドが構えを取る前に今度は左側面から低い姿勢で突っ込み、盾に対して斜め上方向に二段突きを打ち込んだ。
盾の下方と上方を交互に突かれ、盾がやや上方へ流れた隙を見逃さず足元を払いに行くが、オルランドは、何とか後方に飛び退きこれを躱すと、再び頭上に剣を構えた最初の姿勢へと戻る。
この攻防で間合いが広がり、再び両者が円運動でじわじわと間合いを詰めていく。
先程より半歩ほど遠い間合いになったタイミングで、三度太一が仕掛けた。
オルランドの左側に高速で移動、一瞬低い姿勢を取り突っ込むと見せかけて逆側へと跳び、右側面から鋭い突きを放つ。
今回もオルランドは何とか盾で弾くことに成功、太一へと剣を突き込む。
太一も最初の攻防と同じようにすでに剣を引いていたため、再び上段からオルランドの剣を叩きに行く。
しかし、それを読んでいたのか、オルランドは突き込む際に半歩だけ後ろに下がっていた。
そのため太一の剣は、ギリギリの所で空を切る。
「もらった!」
その隙に勝利を確信したオルランドは、素早く剣を引き戻し再度突きを放った。
バキンッ!という音に続いて何かが宙を舞う。がらん、と数m先に落下したのは太一に突き入れたはずのオルランドの剣だった。
「それまで!勝者タイチ殿!」
「ふーーっ、危ない危ない・・・」
クラウスの勝利宣言を受けて太一が長く息を吐くと、呆然としていたオルランドが我に返り、慌ててタイチの元へと駆け寄ってくる。
「タイチ殿!今のは一体!?」
「えーっと・・・」
「わざと同じパターンで誘ったな?」
オルランドの質問に答えようとした太一に被せるように、近くに来ていたロマーノが口を開く。
「あ、やっぱり分かりますか?」
「外から見ていたから、というのもあるがな。
オルランドよ、タイチはお前の攻撃を誘うため、わざと同じ攻撃パターンを見せたのだ。
お前の腕なら、それに気付き反撃する事を見越してさらにその裏をかき、無防備になる攻撃の瞬間を狙った、といった所か。
どうだ、タイチ?」
「仰る通りです。オルランドさんの防御は殆ど隙らしい隙が無かったので、こちらが隙を見せることで攻撃をしてもらい、そこを狙いました。
正面からやったんじゃ、いかにも分が悪いですからね・・・冒険者の邪道な剣、ってとこですかね」
「くっくっく、戦いに正道も邪道も無かろう。なぁオルランド」
「はい父上。タイチ殿の作戦を見抜けなかった私の力不足です。これが実戦だったら、私の右手は切り落とされていました」
「うむ。それにな、攻撃を誘うためにわざと隙を晒すと口では簡単に言えるが、実戦ではなかなか出来ることではない。
失敗したら自滅するだけだからな。技術面もだが、精神的に相当キツイ」
「そうですね。同じことをやれと言われても、平常心ではいられないと思います」
「だろうな。タイチよ、一体どんな訓練をしたらこんな芸当が身に付くのだ?」
「私の剣術は祖父に習ったんですが、力で相手を圧倒するのではなく、相手に技を出させて勝つ剣術だったんです。
そのために一番重要なのは心だと教わりました。心を平穏に保ち敵を動かし、自らは居ながらにして勝つのだと」
「大切なのは心、か・・・。確かに心を乱しては勝てるものも勝てぬ。良い教えだ。
だからと言って、簡単に真似できるようなものでも無いがな。なぁアルベルト」
「はい。心だけでも技だけでもダメですからね。タイチ殿はその年で相当な鍛錬を積んでいるのでしょう」
「期間だけは確かに長いかもしれないですね。4つくらいの頃から、祖父に遊んでもらいたくて剣術所に通っていたので」
「なるほどな。物心ついた頃からすでに剣術に触れておったか。それは心も鍛えられるというものだ。
良いものを見せてもらった。先程のアヤノもだが、2人とも大したものだ。
そちらから話が出なければ、こちらから頭を下げてでも取り込もうとしただろうな。
今後ともよろしく頼むぞ、2人とも」
「過分なお言葉、ありがとうございます」
「今後とも、よろしくお願いいたします」
「ふっ、相変わらず固いな。まぁ良い。これからは家族も同然だ。いつでも遊びに来るが良い。先触れも不要だ」
「タイチ殿!また是非お手合わせをお願いします!!」
「父上や兄上は、大会議が終わったら領地に戻られますが、私は王都に居りますので、いつでも遊びに来てください!」
「む。そうか・・・ピアジオは王都勤めだったな・・・くそっ、私も近衛騎士の試験を受けるか・・・」
近衛騎士として王城に勤めているピアジオ以外は、一時的に王都に滞在しているに過ぎない。
今更ながらそれに気付いたオルランドが、割ととんでもないことを口走る。
「うーむ、ワシもそろそろ隠居してこちらに移り住むか・・・」
子が子なら、親も親だ。
「・・・アナタ。そう簡単に領主が隠居できる訳がないでしょ?」
「ぐぬぬ・・・冗談だ、冗談」
すかさずキルスティが刺すような目で窘める。
「アヤノ様!まだしばらくは滞在しておりますので、ぜひまた遊びに来てくださいね!」
「はい、またお伺いしますね」
こうして太一と文乃の腕前披露も無事に終わり、その後ゆっくりとお茶をしたところで、本日の昼餐はお開きとなった。




