◆89話◆アヤノの実力
文乃無双再び
太一のポーションがワイアット作だったことが判明したことでひとしきり盛り上がる一幕があったものの、
予定通り太一と文乃の腕前披露が行われることになった。
「さて、では先ずはアヤノから見せて貰ってもよいか?」
「ええ、大丈夫です」
「よし。裏庭の端に、的を10程立ててあるのが見えるな?ここからだと大体80メルテほどの距離だ」
「はい」
板に円が描かれた的と人を模した的がそれぞれ5つずつ、裏庭の端のほうに小さく見えている。
肉眼で確認は出来るが、この距離でみるとかなり小さい。
「あんなに小さいのですね・・・」
それを見たフィオレンティーナが思わずため息を漏らすが無理も無いだろう。
「先程の話だと100メルテ以内なら必中との事だったが?」
「そうですね。この距離であれば問題無いと思います」
そんな的を見ても、文乃は全く動揺せず自然体だ。
別邸の警備兵が使っている弓を借りた文乃は、自然体のまま弦を引いて戻したり指で弾いたりして借りたショートボウの弦の具合を確かめている。
それを数度繰り返すと小さく頷き、背中に下げた矢筒から矢を取り出しつがえた。
「それでは行きますね」
そう言うや、数秒狙いを定めただけであっさり矢を放った。
シュッ、という風切り音が一瞬聞こえた1秒後、80メルテ先からタンッっという音が聞こえた。
その後も矢を取り出しては射るのを合計5回繰り返すと、フゥと小さく息を吐き手を止める。かかった時間は1分ないだろう。
的を確認するのにクラウスが走っていく。
「すごい。。。あんな遠くにある的に全部命中しています。しかもあんなに早く射っているのに」
「大したものね。しかも初めて使う弓でしょ?」
思わず感嘆の声を上げるフィオレンティーナ。キルスティも驚きの表情で関心しきりだ。
そして的を確認しに行ったクラウスがまた走って戻ってくる。
「報告します!5射とも的内に命中。内2本が真ん中に命中していました!最後に射た2本と思われます!」
「凄まじいですな・・・初めて使う弓を僅か数射で調整してしまうとは・・・」
「ああ。タイチが1級品だと言ったのが良く分かる」
クラウスの報告を聞いて、アルベルトとロマーノも驚きの色を隠し切れない。
しかし、次に放った文乃の一言に、タイチを除く一同はさらに驚愕することとなる。
「この弓のクセも分りましたので、次は本気で射ってみます」
絶句する一同をよそに文乃が集中力を高めていく。
矢筒から矢を取り出しつがえると、先ほどと同じように短く告げる。
「いきます」
しかしそこからの文乃は、先ほどとは別人のようだった。
矢を放つと同時にすぐ次の矢を取り出し、つがえ、放つ。全く淀みなく流れるように矢を連射していく。
ものの10秒足らずで10本の矢が放たれ、80メルテ先からはカカカッっと小気味良い音が裏庭に鳴り響く。
「ふぅ、こんな所ですね」
10本撃ち終えた文乃が、リラックスした表情で一同へ向き直った。
「す、すごい・・・」
「何本撃ったの?早すぎて良く分からなかったわね・・・」
フィオレンティーナとキルスティは、驚きのあまり口が開いてしまっている。
アルベルトとロマーノも口こそ開いていないものの絶句していた。
そこに的を確認しに行ったクラウスが全速力で戻ってくる。
「ほ、報告します!10射とも命中!内5本は的の真ん中に命中。残り5本は、全て人型の頭部に命中しておりましたっ!!」
「あの速さで全て命中!?」
「・・・人型の頭部に全て??」
それを聞いたオルランドとピアジオも驚くことしか出来ない。
「・・・ふふふ、はっはっは!素晴らしい!見事としか言いようが無いわ、アヤノ。
ウチの弓兵隊長にも全く引けを取らん腕前だ。今すぐ隊長待遇で雇い入れたいところだが、それが出来んのが口惜しいぞ」
しばらく瞑目した後、ロマーノは豪快に笑いながら文乃を褒め称えた。
「過分なご評価ありがとうございます」
微笑して会釈する文乃。しかし、その横にいる太一の表情は反対に冴えない。
「文乃さん、ハードル上げすぎ・・・」
ぼそりと呟く太一に、文乃は悪戯っぽくパチリと片目を瞑って呟き返す。
「あら?先にハードルを上げたのは太一さんでしょ?がんばってね!」
「さて、次はタイチの番じゃな。タイチは長剣を使うということだから、的当てという訳には行かぬ。
練習用の木剣での模擬戦でどうだ?」
「あまり気は進みませんが・・・そちらでお願いします」
「ふふふ、楽しみにしておるぞ。まずはピアジオ!お前からやってみるか?」
「はい!ありがとうございます父上。タイチ殿、よろしくお願いします!」
ロマーノの指名にピアジオは満面の笑みだが、相対する太一の表情は相変わらず冴えない。
「こちらこそよろしくお願いします。胸をお借りするつもりで行かせてもらいます」
用意されていた練習用の剣をいくつか手に取り素振りを行った太一は、やや細身で柄の長い一本を選んだ。
対するピアジオは、片手持ちの剣に小型のラウンドシールドという装備だ。
ちなみに模擬戦用の木剣は、全て木製だと本物と重さが違いすぎるため、芯に金属を入れて重さを本物に近づけているそうだ。
「アルベルト、どう見る?」
「本来のスタイルで戦うタイチ殿を見たことが無いので何とも言えませんが、スピードを活かすタイプのように思います。
ピアジオ様が、タイチ殿のスピードについて行ければ良い戦いになるかと」
「ふむ。速度重視か。確かに選んだ剣も細身だな」
「はい。ただ気になるのは、盾を持っていない所ですね。
細身の剣の場合、防御にはあまり向かないので、ピアジオ様のように盾を持つのが一般的なのですが・・・」
「そうだな。ピアジオもどちらかと言うと速度を活かすタイプ。さて、どんな違いがあるのか・・・」
ロマーノとアルベルトが戦況予想をしている間に、模擬戦の準備が終わる。
2人とも急所を守るプロテクターを装着し、裏庭の中ほどで正対し、審判役を務めるクラウスからの注意事項を聞いていた。
「木剣なので、寸止めは首から上のみに限定します。
しかし木剣とは言え、一歩間違えると大怪我に繋がるので、気を抜かないように。
勝敗は、有効打が認められた場合、武器を落とし攻撃できなくなった場合、行動不能になった場合、降参した場合です。よろしいですか?」
「問題無いです」
「はい、私も問題ありません」
「それでは、お互い10歩ずつ下がって下さい。
このコインを投げますので、それが地面に落ちたところで戦闘開始となります」
クラウスの説明に太一とピアジオは頷き、お互いに10歩歩いて距離を空けると、それぞれが構えを取る。
太一はいつものように両手で握った剣をやや斜めにした中段構え。
対するピアジオは、左手のシールドを前にかざして、右手は後方に引き、握った片手剣と共に下げられている。
両者が構えたのを見て、クラウスが手に持った大銀貨を指で弾き上げ、邪魔にならないよう素早く後ろに下がった。




