◆86話◆ダレッキオ家の面々
キルスティは小柄なこともあってか、その見た目はどう見ても20代にしか見えない。
貴族のご婦人と言うと、物静かで上品というイメージしかなかった太一は、ぐいぐい来るキルスティに困惑しきりだ。
「これ、キルスティやめないか・・・タイチが困っておる。
すまんなタイチ。フィーナが助けられた日から毎日会わせろと煩くてな・・・」
「いえ、大丈夫です。ダレッキオ辺境伯夫人様、初めまして。タイチと申します。お会いできて光栄です。
偶々お嬢様をお助けできたのは僥倖でした。ご無事で何よりです」
「固いわねぇ、タイチは・・・それと私のことはキルスティと名前で読んで頂戴。
娘の恩人にそんな畏まった呼び方されたら、私が笑われちゃうわ」
太一の畏まった挨拶が気に食わないのか、キルスティは頬を膨らませた。
「分かりました、キルスティ様。今後ともよろしくお願いいたします」
「うんうん。それで良いのよ。よろしくね」
名前呼びされて満足したのか、うんうんと頷いている。
「まったく母上は、仕方が無いですね・・・
タイチ殿、この度は妹を助けていただきありがとうございました。私は長男のオルランド、こちらは弟のピアジオです」
「タイチ殿、初めまして。次男のピアジオです。妹を助けていただき、ありがとうございました」
キルスティとのやり取りを、少し後ろから苦笑しながら見ていた若い男が2人、続けて声を掛けて来た。
20代前半だろうか、どちらも父親譲りのブロンドヘアーをサイドで短く刈り込み、精悍な印象を受けるが、キルスティと並んでいると、親子と言うより兄妹に見える。
目鼻立ちは母親譲りなのかとても優し気でやや幼く見えるが、一目で鍛えていると分かる肉体とのギャップに、同年代の貴族子女が放っておかないだろう。
「これはご丁寧に。オルランド様、ピアジオ様、タイチと言います」
「二人とも騎士だ。オルランドは領都ダレッカの近衛騎士で隊長をやっておる。
ピアジオの方は王都の騎士団に入っておったが、先日王家の近衛騎士団に取り立てていただいた」
「さすが武門として名高いダレッキオ家ですね」
「ふふ、その武門の副騎士団長が苦戦した魔物を倒したのがタイチだがな。機会があったら是非稽古を付けてやってくれ」
「・・・・・・勘弁してくださいよ」
ガハハと笑いながら言うロマーノの言葉を聞いて、目をキラキラさせながら頷く息子二人に、太一は両手を広げて渋面する。
「全くウチの男どもはどうしようもないわね・・・さ、フィーナもご挨拶なさい」
父子の戦闘狂っぷりに呆れながら、キルスティがフィオレンティーナに促す。
「タイチ様、お久しぶりです。先日は本当にありがとうございました。
本日はささやかながらお礼をさせていただきますので、是非楽しんでいってくださいね!」
若草色をしたくるぶし丈のパーティードレスを着たフィオレンティーナが、ニコリと笑顔で挨拶をする。
「お久しぶりですフィオレンティーナ様。良い色のドレスですね。お似合いですよ」
「ふふふ、ありがとうございます。タイチ様も良くお似合いですよ」
「そうそう、一目見た時から思ったのよ。タイチもアヤノも、センス良いわね。とても良く似合ってるわ」
「ありがとうございます。この服は、文乃共々知人に見繕ってもらったんです」
「そうなのね。その友人は大切にしなさい。本当に似合う服を選ぶには、相手のことをちゃんと考えていないと無理なのよ」
「はい、自分には出来過ぎた友人ですが、大切にします」
「さ、じゃあそちらも紹介して下さらない?」
「はい。こちらが私の義理の妹、文乃です。一緒に田舎から出て来て、私と共に冒険者と商売をやっています」
「皆様はじめまして。文乃です。この度は、私までお招きいただき誠にありがとうございました。兄共々、よろしくお願いいたします」
「タイチの身内なのだ、招待しない理由などない。今日は色々と話を聞かせてくれ」
「アヤノちゃん、よろしくね。ウチは女の子がフィーナしかいないから、仲良くなってくれると嬉しいわ」
「アヤノ様、よろしくお願いしますね」
当然だと言わんばかりのロマーノ、女友達が出来そうと嬉しそうな母娘に歓迎され、文乃が頭を下げる。
「ありがたいお言葉ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「よし、挨拶も終わったし立ち話はここまでだ。早速中へ案内しよう」
太一と文乃は、領主自らに先導されて屋敷の中へと入っていった。
広い玄関ホールに入ると、両側に使用人一同が整列し出迎えられた。
「いらっしゃいませ、タイチ様、アヤノ様」
綺麗な唱和の後、一糸乱れぬ綺麗な礼をされた太一と文乃の顔が引きつる。
2人がどういう客人なのか周知がされているのか、使用人の顔は皆良い笑顔だ。
どう対応してよいか分からず引きつった笑みを張り付けた二人は、案内されるままに昼餐の会場へと入っていった。
「まずは一度応接室に入って寛いでもらうのが正式なのだがな。今回は家族だけだし、煩わしい作法は省かせてもらった。許してくれ」
「いえ、助かります。応接室に通されましても、何をしてよいやら・・・」
「はっはっは。タイチならそう言うと思ったぞ。さあ、座ってくれ」
案内されたのは100畳ほどはありそうなレセプションルームだった。大きな円卓が綺麗にセットされている。
「今日は気軽な集まりで、席次なんぞも考えたくないからな。気兼ねしない円卓にさせてもらった」
地球においては、円卓であっても席次は存在する場合が多い。
国によっても異なるが、ホストが夫婦の場合は対角線に座ったり、男女が交互になるように座る等、席の上下以外にも細かなルールがあった。
しかしエリシウムにおいては、円卓の場合はそう言った細かいルールは無く、主人がマントルピースの一番近くに座るものの、席に上下は存在しない。
円卓に通された場合は、“上下関係のない気軽な集まり”に呼ばれたと考えるのが、エリシウムの常識となっている。
「この方が話もしやすいからな。タイチとアヤノは儂の右隣に座ってくれ」
辺境伯夫妻の右側に太一と文乃が座り、そのさらに右にフィオレンティーナが、夫妻の左側にはオルランドとピアジオの兄弟が座る。
全員が席に着くと、まずは乾杯の準備が進められていく。
「タイチもアヤノも酒は飲めるな?」
「ええ。嗜む程度には」
「よし。では乾杯は白ワインでいいな。まぁ別にエールでも良いのだが、流石にそれだと昼餐としての格が落ちるからな・・・」
ロマーノの言葉に、給仕たちがワインを各自のグラスに注いでいくと、爽やかな香りが微かに立ち込める。黄金色で微かに発泡している綺麗なワインだ。
「それでは、タイチとアヤノと出会えた奇跡を神に感謝して、乾杯!」
「「「「「乾杯」」」」」
ロマーノの乾杯の音頭に合わせて皆が軽くグラスを掲げて乾杯し、和やかなムードで昼餐会が始まった。




