◆84話◆辺境伯からのお誘い
執事キャラの魅力は異常
調達部隊が結成された翌日、ケットシーの鞄朝の部をタバサと共に回してから宿に戻ると、ダレッキオ辺境伯からの遣いが来ていた。
言伝で良いとお願いしていたはずだが、直接話がしたいため太一達の帰宅を待つとのことで、1時間ほど食堂で待っていたそうだ。
帰ってきた太一が急いで顔を出すと、黒の燕尾服とグレーのズボンを完璧に着こなした老齢の男性が姿勢良く立っていた。
ロマンスグレーが似合う、絵に描いたような“老執事”といった風貌だ。
太一が入って来たことに気が付くと、右手を左胸に当てて見事な礼をする。
「お帰りなさいませ、タイチ様。お初にお目に掛かります。
わたくし、ダレッキオ辺境伯家で家令を務めております、ノルベルトと申します。
言伝せよとのお達しでしたが、是非とも直接お渡ししたく思い我儘を申しました。大変申し訳ございません」
そう言って深々と頭を下げたまま動かなくなってしまったため、太一は慌てて両手を振る。
「いえいえ、とんでも無い、問題ありませんからどうかお顔を上げてください」
「ありがとうございます」
「立ち話もなんですので、お掛け下さい」
「では失礼いたします」
ノルベルトがスッっと姿勢を戻したのを見て、太一はほっとした表情で着席を勧める。
「本日は、先日お嬢様をお助けいただいた御礼をさせていただくべく、主からの書状をお持ちいたしました。
こちらをご確認ください」
「拝見します」
太一は、ノルベルトが差し出した書状を受け取り確認する。
この世界では珍しい、さらりとした手触りの上質な紙の封筒に、複雑な紋様の封蝋が施されている。
豪華な見た目だが、同封されていた文面は非常にシンプルなもので、
季節の挨拶に始まり、あらためて助けてもらった礼がしたいため、2日後に屋敷まで来てもらいたい旨が認められていた。
なお、当日は馬車での送迎付きとのことだ。
「なお、急なお願いで大変申し訳ございませんが、本日ご返答を持ち帰らせていただきたいと存じます」
太一が一通り文書を確認したタイミングで、再びノルベルトが声を掛けてくる。
「あ、はい。もちろん喜んでお伺いさせていただきます。閣下にもよろしくお伝えください」
「ありがとうございます。主もお嬢様も喜びましょう」
太一の返答に、ノルベルトが目を細める。
「あ、そうだ。お伺いする際ですが、どのような服装で伺えば失礼に当たらないでしょうか?
当然ながら貴族の方にご招待いただいたことなど一度も無くて・・・」
「今回は、完全にご家族だけの内々の場でございますし、晩餐ではなく昼餐でございますので、ひどく汚れてさえいなければどんな服装でも問題ございませんよ」
「そうなんですね。分かりました、出来るだけ綺麗な服で伺います!」
「はい。お二人にお越しいただけさえすれば、他は些事でございます。
それでは、わたくしはそろそろ失礼させていただきます。色良いお返事をいただきありがとうございました。
また明後日、二の鐘がなってしばらくしたらお迎えに伺います」
「分かりました」
「では、失礼いたします」
来た時同様、柔和な笑顔と完璧な所作で挨拶をしてノルベルトは帰っていった。
「まさか家令が直接来るとは思わなかったわ・・・」
ノルベルトが去ったのを確認した文乃は、少々驚いている。
「家令って、執事長みたいな人なんだっけ?」
「地球だと時代によって役割が変わっていったんだけど、執事長兼秘書みたいなものね。
腹心を兼ねる場合もあるみたいだけど、こっちの家令はそっち寄りな気がするわ。家族を除いてお屋敷の使用人で一番偉い人って感じね」
「政治家の秘書が来たみたいなもんか。当主自ら来る訳には行かないから、事実上最高レベルのご招待をいただいたってことかぁ」
「そうなるわね。ところで服装はどうするつもり?
ああは言って貰ったけど、流石に手持ちの服だとマズイ気がするわよ?」
「だよねぇ・・・ここはベティに見繕ってもらうか。今から仕立てるのも間に合わないし。
ベティだったら貴族の出だし、TPOに合わせた服を選んでくれる気がする」
「ああ、それいいわね。お昼食べたら早速行きましょ」
「了解」
その後ベティーナの店を訪ねた二人は、テンションの上がったベティーナに三時間ほど着せ替え人形にされることになった。
そして、文乃は露出の少ないシックなネイビーのプリーツドレスと、同系色のシースルーボレロを、
太一は水色のクレリックシャツにネイビーのパンツとジャケットをそれぞれ見立ててもらい、昼餐当日を迎えた。
二の鐘が鳴った後、2人がそれぞれの部屋で服装の最終チェックを行っていると、迎えの到着を告げられる。
黒猫のスプーン亭の前には、豪奢では無いが重厚な造りの二頭立ての馬車が停まっていた。
側面に掘られた小さなダレッキオ家の紋章だけが、貴族の物であることを物語っている。
馬車の前には、先日訪ねて来たノルベルトが立っていた。相変わらず見事な立ち姿だ。
「お迎えありがとうございます、ノルベルトさん」
「いえいえ。本日はよろしくお願いいたします。
それにしても・・・お二人とも実によくお似合いの素晴らしい衣装でございますね」
宿から出てきた太一と文乃を見たノルベルトは、一瞬驚きの表情を見せた後、二人の衣装を手放しで褒める。
太一の目にだけ見える矢印も綺麗な青色なので、揶揄うような意図は無く心からの賞賛のようだ。
「どういう服が良いのか、お恥ずかしい事に全く分からなかったので・・・
服屋をやっている知人に丸投げして見繕ってもらったんですよ」
「左様でございましたか。さすがタイチ様、アヤノ様の知人のお方ですね。
場にあった服装であることはもちろん、お2人の魅力を引き出す服をよくご存じでいらっしゃる」
ノルベルトが柔らかな表情でそう評する。
「そう言っていただけると、知人も喜ぶと思います」
「さて、それでは屋敷までご案内いたします。どうぞお乗りください」
ノルベルトの案内に、まず文乃が太一にエスコートされて馬車に乗り込み、それに続いて太一が乗り込んだ。
この世界のエスコートも基本はレディーファーストなのだが、ベティに念のため確認した所、馬車の場合はケースバイケースのようだ。
先に女性が乗ると、そのまま攫われるケースがあるため、先に女性を乗せるということは“あなた達を信用しています”という意思表示になるのだとか。
文乃を先に乗せたのを見たノルベルトは、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに柔和な笑顔で軽く会釈をし、馬車の扉を静かに閉めた。




