◆76話◆事のあらまし
「なんじゃと!?」
「なんと?!」
太一の簡単な説明を聞いたツェツェーリエとヨナーシェスの纏う空気が、一気に冷たいものに変わる。
「交戦に至る経緯は私もまだ聞いていません。アルベルトさん、お願い出来ますか」
「ああ。そもそも我々は、今月末に王城で開かれる夏の大会議にご出席されるロマーノ様と共に先日この街へ来ている。
そして今回は、先日ご成人なされたことでフィオレンティーナ様も王都へご一緒出来るようになり、ロマーノ様に同行していらっしゃった。
私とクラウスは、王都滞在時のフィオレンティーナ様の護衛を仰せつかっている。
本日は、雨という事で人通りも少ない。お忍びで王都を見るには打ってつけだろうという事で、朝から街を巡っていたのだ。
大通りを中心に見ていたのだが、先ほどタイチ殿と出会った小道から何かが割れるような音がしてな・・・
お気になされたフィオレンティーナ様が様子を見たいとのことで小道に入ってしばらく歩き、あの小さな広場でそのオークに遭遇したのだ」
アルベルトはそう言いながら、首の入った袋を見やる。
「その後、広場の近くで雄叫びのようなものが聞こえてきたので、警戒しながら先頭を歩いていたクラウスが広場に入ったんだが、そこで横合いからいきなりヤツに殴られてな。
警戒はしていたので、不意を突かれながらもクラウスは咄嗟に剣で防ごうとしたのだが、防いだ剣ごと叩き折られて吹き飛ばされた。
そこにちょうどタイチ殿が現れて助けてくれた、という訳だ」
じっとその話を聞いていたツェツェーリエが口を開く。
「ふむ。オークとはその広場で初めて遭遇したのじゃな?」
「はい。少なくとも我々が通った道には痕跡のようなものはありませんでした」
「多分俺はアルベルトさんとは反対側の道から入ってますが、そちらにも特に痕跡のようなものは無かったと思います」
「その話だけじゃと、その広場に突然現れたとしか考えられんな」
2人の話を聞いてツェツェーリエが眉間に皺を寄せる。
「あのー、ツェツェーリエさん。レンベックって、魔物が入り込むことってあるんですか?」
「ほぼ無いじゃろな。何年かに一度、はぐれのグラスウルフなんかが隙をついて入り込むこともあるが、門前の広場で警備兵に仕留められて終わりじゃ」
「ですよねぇ」
「何かが割れる音、というのも気になるの・・・後でその場所を詳しく教えるのじゃ。調査の者を向かわせる」
「分かりました」
太一達とツェツェーリエが話をしている横で、ヨナーシェスは太一の差し出した袋の中を、真剣な表情で確認していた。
「んーー、ツェーリ。これは、普通のオークでは無いかもしれませんよ?」
「どういうことじゃ?」
「ここ、首筋のあたりに小さいですが何かが埋まっています。小さくて良く分かりませんが、ぱっと見は魔石に似ていますね。
タイチさん、戦っていて何か気になったこととかありましたか?」
「いや、俺はそもそもオークとはほとんど戦ったことが無いので、違いが分からないですね・・・強いて言えば毛が堅かったなぁ、と。
そう言えばアルベルトさん、コイツは普通じゃないとかって言ってませんでしたか?」
「ああ。私は討伐任務で何度もオークとやり合ったことがある。今となっては、1対1でオークに後れを取ることは無くなった。
やられたクラウスも、若いながら腕は立つ。1対1なら互角にやり合えるくらいの力はあるだろう。
だがアイツは違った。見た目は少し大きめかな、というくらいなのだが、パワーが段違いだった。あと、タイチ殿の言った通り普通より硬かった」
「なるほど・・・見た目的には上位種のハイオークでは無く普通のオークですが・・・
クロエ、調査隊にはオークの亡骸を回収してくるように伝えておいてくださいね」
「わ、分かりました!」
これまで隅っこで固まっていたクロエが急に話を振られ、慌てて答える。
「原因は分からぬが、街中のどこからともなくオークが入り込んでいたのは由々しき事態じゃ。
タイチ、報告してくれて助かった。儂の方から王城に報告を入れておこう。おそらく褒美も出るから楽しみにしておるのじゃ。
フィーナ達も大変じゃったな。しかしタイチが居合わせて運が良かったの。こ奴は儂も気に掛けておる有望株なのじゃ」
「ええ。鮮やかな手並みでしたよ。あっという間に無力化してしまいましたからね」
「いやいや、俺は後ろから奇襲したようなものですから。まともにやりあったら、ひとたまりもありませんよ」
ツェツェーリエとアルベルトの両方から褒められた太一は慌てて否定する。
「そんなことはありません。タイチ様がいなければ、我々は今頃生きてはおりません。命の恩人です。
ダレッキオ家からも、後日改めてお礼をさせていただきたいと思います」
「そんな大げさな!ちょっとお手伝いしただけですって!」
「はっはっは、タイチよ。ここで断るのはかえって失礼に当たるのじゃぞ?
貴族はな、礼儀と面子で生きておる。助けてもらって礼も出来ぬようではケチだと笑われてしまうのじゃ。素直に受け取るのじゃな」
慌てる太一をツェツェーリエが面白そうに見て言う。
「はぁ、そういうことでしたら・・・」
「報告事項は以上かの?皆疲れておるだろうし、帰って休むのが良かろう。
そろそろケガ人の治療も終わっておるはずじゃから、連れて帰れるはずじゃ」
「治療までしていただき、本当にありがとうございました。この御恩は、また必ずお返しいたします」
治療の礼を言い、フィオレンティーナが深々と頭を下げる。
「良いのじゃよ。そもそも街中に怪物が出るなど、冒険者ギルドの失態でもあるのじゃ。
おっと、引き留めてしまったかの。後はこちらで処理しておくから、ゆっくり休むのじゃぞ?
クロエは調査部門と警備部門に通達を出しておくのじゃ」
「「「ありがとうございます」」」
「かしこまりました。それでは皆様、また一階までご案内させていただきます」
ギルドマスターへの報告を終え、太一達が階段を下りていると、何やら階下が騒がしい。
「ええい、止めるな。この上に居るのだろ?」
「ですから、こちらは関係者以外立ち入り禁止で!」
どうやら、何者かが強引に階段を上ろうとしているのを職員が必死に止めているようだ。
「何かあったようですね。様子を見てきますので皆さまはこちらでお待ち「フィーナ!ワシじゃ!聞こえておるか!!」っ!」
先に様子を見に行こうとクロエが申し出たところで、大声でフィオレンティーナを呼ぶ声が響いた。
「あらら。フィオレンティーナ様のお知り合いで?」
「・・・・・・お父様」
「「えええーーーーっ」」
フィオレンティーナのまさかの呟きに、太一とクロエの叫び声が見事なハーモニーを奏でた。




