◆74話◆雨の中の戦い
オークさん登場(くっころは無しw)
太一を警戒はしていたものの、あと一歩で仕留められそうな鎧の男に意識のほとんどが向いていたオークは、太一のその動きに対して一瞬反応が遅れた。
予想外の速さで突っ込んでくる太一に、慌てて振り向きながら棍棒を振り下ろそうとするが、振り上げたところで太一が間合いを詰め切っていた。
「遅い」
一言呟き、オークが振り返るのと同じ方向に流れるように背後へ回り込み、低い姿勢のまま膝の裏を斬りつける。
ゾンッ、と鈍い音がした後、膝裏から血が流れるが、薄く生えている毛が思ったより硬く、深く切り裂くことは叶わない。
「ちっ、浅いか。硬いな・・・」
今日は話を聞きに行くだけの予定だったのと、雨が降っていたためロングソードは宿に置いてきており、護身用の長めの短剣しか手持ちがない。
いつもより深く踏み込まないと、効果的なダメージを与えるのは難しそうだ。
『グボォォォォッ!!!』
斬られた痛みで怒りの咆哮を上げたオークが、太一に棍棒を叩きつける。
「俺だけに構ってていいのか?」
大ぶりの棍棒を数回躱した所で、今度はがら空きになった背後から鎧の男が切り掛かる。
「せいっ!」
再度ギギっと鈍い音がして、鮮血が噴き出す。
隙を見ての一撃だったため、太一よりも深い傷を負わせることに成功したが、何度か攻撃を受け止めた剣は刃こぼれや歪みがあり致命傷には至らない。
『ガボァァァァァッッッ!!!』
それでも相当な痛手にはなったようで、オークが絶叫し再び鎧の男に向けて大きく棍棒を振りかぶる。
その隙を見逃さず、太一がオークの右斜め後方から一気に深く踏み込み、右膝の裏を深々と切り裂く。
深く踏み込んだことで、ようやくしっかりと手傷を負わせることに成功した。
さらに横へ流れながら踏み込み左膝の裏も切りつけると、勢いそのままに駆け抜け距離を取る。
『ゲバファァァァッッ!!』
膝裏を切られたことで踏ん張りが効かなくなったオークは、棍棒を振り上げたまま後ろへ勢いよく倒れ込む。
太一は、側面へ回り込みながら、倒れてくるオークを躱しつつ鎧の男に叫ぶ。
「止めをっ!俺のナイフじゃ届かないっ」
それを聞くまでもなく、オークが体勢を崩し始めると同時に追撃態勢に入っていた鎧の男は、立てずに怒り狂って棍棒を振り回すオークの右手を冷静に切りつけ、棍棒を手放させる。
それを見た太一が、何も持っていないほうの左手を思い切り踏みつけ動かないようにすると、鎧の男が間髪入れずに首元へ剣を差し込んだ。
『ゴボフォォォォォッッ!!!!』
断末魔の叫び声をあげてなおしばらく抵抗していたオークだが、それも長くは続かず息の根が止まる。
これまでの喧騒が嘘のように消え、小さな広場には降り続く雨音だけが、やけに大きく響いていた。
降りしきる雨が、地面に溜まったオークの血を流していく。
「やれやれ、レンベックって街中にオークが出るんだな・・・」
オークが事切れたことを確認すると、太一はそう呟きながら倒れている男の方へと歩いていく。
鎧の男も剣を鞘に戻すと、同じく倒れている男の方へ歩いて行った。
倒れている男も同じ鎧を着ているが、脇腹の部分が大きく凹んでいる。おそらく横から殴られて吹き飛ばされたのだろう。
鎧の男が腕を首の下に入れ軽く抱き起こし、呼吸と脈を確認する。
「良かった!まだ息はある!!」
「本当ですかっ!!」
それを聞いて、いつの間にか近くまで来ていた女性が堪らず叫び声を上げる。
「はい。ただ何本か骨は折れているでしょうし、おそらく内臓にもダメージがあるので、予断は許さないかと・・・」
「そ、そんなっ!クラウス、しっかりしなさい!!」
唇を噛みしめ鎧の男が言う。確かに倒れている男は生きてはいるが重傷だ。顔色も白い。
「ポーションだ。無いよりはマシだと思うから、使ってくれ」
太一がバッグからいつも持ち歩いているポーションを鎧の男に渡す。
「・・・スマン。ありがたく使わせてもらう」
気を失っており飲むことが出来ないため、多少効果は落ちるが患部にポーションを直接振りかける。
痛みが多少引いたのか、苦悶の表情を浮かべていた男の表情が幾分か和らいだ。
「多少は効いたみたいで良かった。とは言えこのままじゃ危険だから、冒険者ギルドへ運ぼう。
多分、この街で一番命が助かる可能性が高いのはあそこだよ」
笑いながら太一が鎧の男を促す。鎧の男も笑いながらそれに答えた。
「ふふっ、確かにそうだな。ここから近いのか?」
「ああ、この先の道がちょうどギルド前の広場に行く抜け道になってるんだ。
たまたま俺も、抜け道を使って向かってたからアンタたちに気付けた」
「そうか。私たちは運が良かったのだな。あらためて礼を言わせてくれ。
こちらは、ダレッキオ辺境伯様のご息女、フィオレンティーナお嬢様だ」
「フィオレンティーナ・ダレッキオです。この度は、危ない所を助けていただき、ありがとうございます」
「私は辺境伯様に仕える近衛騎士、アルベルト・ロッシだ。こいつも同じく近衛騎士のクラウス」
紹介されたフィオレンティーナは太一に礼を言い、小さくお辞儀をする。
倒れているクラウスを担ぎ起こしながら、アルベルトも礼と共に名乗りを上げた。
「これはご丁寧に。辺境伯様のご息女とその騎士の方とは知らず、ご無礼をお許しください。
私はタイチ。ここレンベック所属のE級冒険者です」
「ふふ。かしこまる必要は無い。タイチ殿のおかげで、お嬢様をお守りする事が出来たのだ。良い腕をしている。
いくら礼を言っても言い足りないくらいだ」
「そう言っていただけるとありがたい。
あ、少しお待ちを。そのオークの首を取って持って行きます。
後ほど憲兵が回収しに来るとは思いますが、街の中に出たオークですからね・・・先にギルドへ運んで検分してもらおうかと」
そう言って太一はオークの首を落とし、持っていた袋へ詰め込んだ。
「お待たせしました。急ぎクラウス様を運びましょう。
フィオレンティーナ様、大変申し訳ありませんが共にご足労願えますか?
この雨です。お迎えを呼ぶにも、ギルドで一息吐きながらの方が良いかと」
「はい、私は構いません。まずはクラウスを助けるのが最優先ですから。ご案内、よろしくお願いしますね」
「お任せください。では参りましょう」
まだ魔物が潜んでいないとも限らないので、先頭を太一が警戒しながら進み、その後ろにフィオレンティーナ、殿をクラウスに肩を貸したアルベルトが続く。
降りしきる雨の中、一行は冒険者ギルドへと歩き始めた。
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