◆65話◆ワイアット工房
翌日、討伐依頼は休むと決めていたため、2人はワイアット工房を訪ねてみることにした。
二の鐘で起きてゆっくり朝食をとってから、カミラに書いてもらった地図を頼りに東商業区へ足を運ぶ。
「西商業区とはまた、ちょっと雰囲気が違うわね」
周りを見渡しながら文乃がそう零す。
西商業区は、一部を除いて昔からある古い店が多いのに対して、東商業区は比較的新しいお店が多いそうだ。
新しいお店が多いだけあって小規模なお店の割合が高いのだが、その分綺麗なお店も多くどこか華やかな印象を受ける。
「なんだろ、お店の種類とかは全然違うけど、ちょっと表参道っぽい気がしない?」
「確かに西と比べると全体的にオシャレな気はするわね。
カミラさんも言ってたとおり、こっちにあるってことはワイアット工房は新しい工房のようね」
「元冒険者ってことは、自分でも素材採集してただろうし、どんな所なのか楽しみだ」
道沿いに並ぶお店を眺めながら、のんびり30分ほど歩いていくと目的のお店が見えてくる。
「お、あった。ここだな」
「工房だけあって、普通のお店とはちょっと雰囲気が違うわね。装飾の類が無いせいかしら?」
辿り着いたワイアット工房は、小さな店舗が集まっているエリアの一角にあった。
間口5mほどの店舗兼用住宅の1階が店舗になっており、文乃が言った通り周りのお店と比べて壁も扉もシンプルで装飾が無い。
ワイアット工房、と書かれた吊り看板が無ければ、普通の家か倉庫だと思うだろう。
「質実剛健、シンプルイズベスト。いいねぇ機能美ってやつは」
「無駄に派手な工房より、よっぽど信用が置けるわね。さ、行きましょうか」
ひとしきり店構えを確認し扉を開けて入店すると、ハーブと漢方薬が混ざったような匂いが鼻腔をくすぐる。
両側の壁には棚が据え付けてあり、乾燥させた植物や粉末状の薬のようなもの、良く分からないブロック状のものなど、様々な物が並べられている。
そして最も目立つのが、正面にあるカウンターの奥に並べられた色とりどりの液体が入ったガラス瓶だ。
「やあ、いらっしゃい。ポーションかい?それとも錬金薬かな?」
綺麗に並べられた瓶を見て、地震が来たら大変なことになるだろうな、などと考えていたところに声を掛けられる。
「ああ、すいません。あまりに綺麗に並んでいたもので、つい。ここまで沢山の種類は初めて見ました」
「はっはっは。そうかね。私のポーションの美しさが分かるとは、君は中々見どころがあるじゃないか。
ああ、私はワイアット。ここで錬金術の工房を開いている。専門はポーションだ」
カウンターに座っていた銀髪を丁寧に撫でつけた壮年の男性は、そう名乗ると太一に右手を差し出す。
「私は太一。こっちは妹の文乃です。私は錬金術に疎いんですが、専門分野があるのですか?」
出された右手を握り返しながら太一が問い返す。
「タイチにアヤノだな。うむ、良い質問だね。錬金術と一口に言っても、相当幅が広くてね。
大きな分類だけでも、ポーション、錬金薬、魔法具、魔装具、魔石などに分かれる。
魔法具なんかは、さらにその中で属性や特性によって分かれるから、全てを一人で極めるのは難しいんだ。
だから普通は、専門分野を決めて突き詰めるか、広く浅く手広くやるかに分かれる。
私はその突き詰めるほう、ポーションを専門にしている。他は一通りと言う感じだね」
「ああ、これはご丁寧にどうも。技術的にも学術的にも、とても興味深いですね。
そう言えば知り合いの冒険者から、ポーションを作るのは大変だと聞きました。
付与魔法でしたっけ?覚えるのは難しく無いけど、安定させるのが大変で、一人前になるにはセンスと時間がかかる、と」
「ふふ、その知り合いは相当勉強をしている。かなり出来る魔法使いではないかね?
錬金術師以外で、その辺りを分かっている者は少なくてね。君は良い知り合いを持っている。
ところでウチには何の御用かな?見たところ、買い物という訳では無さそうだが・・・」
「ギルドでワイアットさんが色々な採集依頼を出しているのを見まして」
ワイアットの質問に、太一が経緯を説明し始めた。
「私達は、戦闘だけでなく採集系も積極的にこなしたいと思っているんですが、そのための情報がギルドには余りに少なくて・・・
何でもワイアットさんは元冒険者だとか。であれば工房を構える前までは、ご自分で採集されていたはず。
依頼をお受けした上で、色々な情報をお聞きできないかと思ってお伺いしたんです」
「なるほど・・・君たちはこの街の出では無いね?」
「ええ。田舎から少し前に出て来たばかりですが、それが何か?」
「ああ、すまない。他意はないんだ。
この国の冒険者は、採集など冒険者の仕事では無い、と思っているものが多くてね。やりたいと言う冒険者は珍しいんだ。
しかも、場所を自分で探せないのは恥ずかしいとか思ってるから、採集するための情報が知りたいなんてまず言わない。
ふむ。君達、実にいいね。良いものを採集して来てくれるならば、私の持っている情報などいくらでも教えようじゃないか」
「助かります」
「で、具体的にどういった情報が欲しいのかね?」
「教えていただきたいのは3点です」
太一は、指を3本立ててワイアットへ説明を始めた。
「1点目は、採集してくる物の実物サンプルです。これが無いと、そもそも何を採集したらよいか分からないので・・・
2点目が、どういった場所で採集できるのかの情報です。理想は実績のある場所と、採集できる場所の特徴が知りたいです。
例えば、日当たりの良い水辺にのみ生える、と言った感じですね。
そしてラスト3点目。レンベック周辺やこの世界の植生や地形・気候的特徴を、ご存じの範囲でお聞きしたく・・・
3つ目は膨大な量になるでしょうから、こちらは追々少しずつで構いません。
ただ、これを教えていただければ我々自ら採集範囲を広げられますので、将来的には非常に効率が良くなると思います。
いかがでしょうか?」
「ふふふっ。やはり面白いな。
どれも知っているのといないのとでは、採集の量も質も速度も全く変わってくるからね。
良かろう。1つ目と2つ目については、依頼を受けたものから提供するとしよう。そのほうが身に付くからな。採集に行く前にまた訪ねて来てくれ。
そして3つ目だが、納品の度に少しずつ教えて行こう。教えること自体は吝かでは無いが、私も忙しい身でな。そのためだけには時間を割けぬ」
「ありがとうございます!そちらで全く問題ありません。それでは早速依頼を見繕ってから、またお伺いします」
「そうしてくれ。そうだな、基本かつ数が必要な、癒し草、プレーンラグの根、シルバーベリー辺りから始めるのが良かろう」
「了解しました。では、これにて「ああ、それから・・・」、何でしょうか?」
最初に受けるべき依頼を聞いて、早速ギルドへ向かおうとする太一をワイアットが呼び止める。
「それだよ。そのバカ丁寧な口調は何とかならんのかね?私は別に、タイチの主人でも無ければアヤノの上司でもない。ましてや王族などでもない。
単なる冒険者上がりの錬金術師だ、普段通りの口調で話したまえ」
「なるほど・・・私の故郷では、仕事の依頼者や年長者は敬う、というのが常でしたので・・・
ご不快であれば、変えさせてもらいます。
ワイアットさん、色々助かる。まずは言われた依頼を試しにやってみるよ。予定では継続して受ける予定だから、引き続き頼む」
「うむ、それで良い。良い付き合いになることを期待しておるよ」
「こちらこそ」
太一と文乃は再びワイアットと握手を交わすと、今度こそ工房を後にしギルドへと向かった。
「あれがタイチとアヤノか。ふふ、ツェーリの奴が気にするのも頷けるというものだな。これからが楽しみだ」
太一と文乃が去った工房に、ワイアットの呟きが静かに響いた。




