◆2話◆リアル「ここは何処?私は誰?」
エレベーターで文乃の手に振れた瞬間に途切れていた太一の意識が、徐々に覚醒していく。
どうやら意識が飛ぶ前の体勢そのままで覚醒しているようで、しっかりと立っており、指先が何かに触れている感覚がある。
だが相変わらずまばゆい光の中にいるため、周りの様子は分からない。
「・った・・・・・・つい・・・・れで・・・・・・るっ!」
(なんだ?誰かが叫んでる?いや、そんなことより!)
「文乃さんっ!無事か??」
「い、伊藤さん??」
指先が触れている方向から、文乃の声が帰ってきたことに太一は安堵する。
そして光が徐々に落ち着いてくるにつれ、先ほどの服装のままの文乃のシルエットが見えてくる。
「良かった、無事だっっっ!?えっっ???」
光が完全に消えたことではっきりと文乃の姿を捉えた瞬間、太一は絶句する。
そこに文乃は確かにいた。服装もそのままだ。
「えーーっと、どちら様で?文乃さん、なんだろうけど・・・」
「何よ失礼ね。私に決まってる・・・!!!ええっ!!?伊藤さん!??」
今度は太一を見た文乃が、全く同じ反応をして固まった。
「そっちこそ失礼だなぁ。と言うか文乃さん、ちょっと光っただけで随分印象変わったね」
「あ、あなたこそイメチェンにしては度が過ぎない?」
お互いの姿を見て驚く2人。
「あー、やっぱり俺もそうなってるのか・・・」
自分の手を、角度を変えてじっくり見ながら太一がつぶやくと、同じように文乃も自分の手を見る。
「えっ、これって・・・まさか!?」
「気づいた?」
「も、もしかして若返ってる!?」
「うん。俺が文乃さんからどう見えてるか分からないけど、俺から見た文乃さんは大学生くらいの頃の文乃さんだね」
「・・・伊藤さんも同じくらいに見えてるわ」
「はぁ、まさか2人して若返るとは・・・」
「そうね・・・で、それもビックリだけど、ここはどこなの?
あなたの後ろでさっきから誰か何か言ってるけど、お知り合いかしら??」
「あー、やっぱ誰かいるよね・・・」
ゆっくり振り向いた先には、濃いえんじ色のローブを着た老人が興奮した様子で何かを呟いていた。
「ふははははっ!ついに、ついに成功したぞ!50年、50年かけてようやくだ!!これで奴らを見返し、世界を手に入れられる・・・」
「もしもーし」
「・・・だがなぜ2人いる?召喚されるのは1人では無いのか?勇者はどっちだ?どうなっている?」
「おーい、聞こえてますかー?」
「いや、かえって好都合か?2人の勇者を従えたとなると、歴史にこのテオドルスの名が残る快挙だ!」
「ダメだ、完全に自分の世界に入っちゃってる。関わったらあかんヤツだ」
「ごちゃごちゃ五月蠅いぞ!貴様らは大人しく主たるワシの言うことを聞けばよい!!」
「あー、やっぱヤバイ人だ・・・」
「そうだな、まず手始めに・・・」
老人が一方的にまくし立てていると、突然空中に光の輪が出現する。
「えっ?」
「は?」
「なっ?」
三者三様に驚く中、複数の光の輪が立体的に絡みながら回転し増殖、さらにその直径を広げていく。
呆然と三人が見つめる中、光の輪の数はどんどん増えていき、ついには直径3mほどの光の玉になる。
「あ、あれは立体魔法陣か・・・?しかしあんな規模の立体魔法陣なぞ・・・」
それを見て老人が何事か呟いていると、光球の中から人影が姿を現す。
その姿を一言で表すなら
「・・・天使?いや、女神??」
文乃が思わずそう表現したその姿は、確かに天使や女神のようだった。
身長は2mほど。女性と思われる見事なプロポーションだ。
一糸まとわぬ裸のように見えるが、体の表面に目立った凹凸は無く、まるで真っ白なラバースーツを着ているかのようだ。
しかしその顔は人間の女性そのものだった。いや、人間だとするとあまりにその顔は美しすぎる。文字通り人間離れした美しさだ。
長い銀の髪と薄く開かれた深紅の目。恐ろしいほどの美貌だが、背筋が凍るほどに表情が無い。
そして最も目を引いたのは、その背にある大きな2枚の羽だった。それを使って宙に浮いているのか、ゆっくりと羽をはためかせている。
「次はどちらさんで?」
太一が問いかけるがそれを無視し、抑揚のない声でこう告げた。
『召喚実行者の召喚者に対する契約依頼を確認。契約希望内容により対価を算出。3,620,130,000とする。これより対価を回収する』
「ちょっと待て!契約依頼?対価とは何だ?」
『召喚実行者は対価を支払うことで召喚者に契約を持ち掛けることができる。
対価は契約の成立・非成立に関わらず支払う義務がある。
今回の契約に指定されている対価は、召喚実行者の残生存期間である。
対価の量は契約内容に応じて算出される』
またしても感情の無い声で答えると、召喚実行者と呼ばれた老人の体を中心に光の輪が現れ回転を始める。
「なんだこれは!それに残生存期間だと?そんな事は聞いていないぞ!そもそも契約なんて・・・っぐ、ま、て・・・」
光の輪から小さな光の粒が放出され始めると、叫んでいた老人が苦しみだし膝から崩れ落ちる。
苦しむ老人を無視し光の輪は回り続け、そこから出た光の粒が女神へと吸い込まれていく。
唖然として見つめる事しかできない太一たちの前で、老人の体から水分が抜けるように干乾びていった。
「く、、、そ、こんなはず、じゃ・・・・・・」
それが老人の残した最期の言葉になった。