◆162話◆車内広告
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看板馬車に車両を追加して10日ほどが経過した。
カムバック客もひと段落し、絵馬車側もどうやら撤退を決めたようで、ケットシーの鞄は落ち着きを取り戻していた。
客足の落ち着いた午後の時間、何やら書き物をしている太一にフィオレンティーナが報告を行っていた。
「こちらが、看板馬車に看板を出したお店の集客実績になります。
さすがに全てのお店に対して聞き取りは出来ないので、3割ほどの数字ではありますが・・・」
「ありがと。3割あれば充分だよ。大変だったでしょ?助かるよ」
太一はそう言うと、書き物を脇へ置いて資料に目を通していく。
全体の平均と、馬車の種類ごとの平均、そして店ごとの個別数字が綺麗な字で纏められていた。
資料の大枠は指示したものの、その意図を正しく汲み取って資料化できるフィオレンティーナは、やはり優秀だ。
「全体の平均だと4割増し弱ってところか。
さすがに数も増えて皆慣れて来たから、最初程の効果は無くなってきてるな」
「はい。徐々に下がってきている感じですが、大丈夫なんでしょうか??」
「んーー、下がってるとは言ってもここしばらくは下げ止まりしてるでしょ?
多分大丈夫だと思うよ。元々3割増しになる想定で試算してるから、クレームも無いと思う」
最初は物珍しさも手伝って、看板そのものが話題になった。
そのお陰で集客アップは軒並み5割を超えていたのだが、そもそもその数字の方が異常なのだ。
ここ二ヶ月弱で完全に市民権を得た看板馬車の珍しさが薄まり、当初の異常な効果が無くなっただけの話だ。
「馬車毎の数字は、っと・・・
んーー、乗合馬車の数字が他と比べて低いな・・・」
資料を読み進めていた太一の目が、馬車別の平均値の所で止まる。
「そうなんです。辻馬車や商会馬車は、下がったとは言えその下げ幅は少ないんですが、乗合馬車の数字だけ大きく下がってるんです」
フィオレンティーナの言う通り、乗合馬車の増加率平均は2割ちょっとと、他2種類の馬車と比べて低い。
「出してるお店の種類にそこまで偏りは無いから、それは関係無いか・・・
えーーーっと、このリストの中で乗合馬車に出してる店はっと・・・」
太一が呟きながら、店一覧の中から数字を拾っていく。
すると、店の種類ごとに分かりやすい差が出ていることが分かった。
乗合馬車のうち行先が街の外のものについては、冒険者向けのお店の広告を多く出している。
ほとんど街中を走ることが無い上、乗客も冒険者が多いためだ。
お店の種類別に集計した所、武器屋や道具屋、娼館といったお店は大して数値は落ちていない。
逆に飲み屋や屋台のような飲食店が、軒並み数値を落としていた。
「なるほど、そういうことか・・・」
「何か分かったんですか!?」
納得したように頷く太一をみてフィオレンティーナが問い掛ける。
「多分、だけどね。
要は印象に残り辛い状態になっちゃってるんだろうね」
「印象、ですか?」
「うん。
まず、単純に同じ業種の店舗の数の違いがある。
武器屋とか娼館に比べると、飲食店は圧倒的に数が多いでしょ?
それに加えて、分かりやすさの違いだと思う。
武器屋とかは売ってるモノが分かりやすいし、看板に書ける短い言葉でも、売りや特徴が何なのか伝わりやすいんだ。
例えば、剣の品揃えに自信あり、とか斧のことなら一番、とかね。
それに対して飲食店は、店の名前で何を売ってるか分かり辛い上、店の数も多いから、どの店が何が売りなのか伝わり辛い。
で、看板馬車は乗ってる間は看板が見られない。
馬車に乗る前後と途中の休憩の時くらいだから、印象に残り辛い店は覚えて貰えず、客足が伸びていないんだ」
「はぁぁぁ、なるほど。確かに・・・。
説明して貰えるともの凄く分かりやすくて納得できる理由ですが、自分でそれを見つけられるかと言われたら絶対無理です。
やっぱりタイチ様は凄いですね・・・」
「単なる予想だけどね」
「でも、原因が分かっても中々対応が難しいのではないでしょうか?
乗合馬車の看板全部を武器屋のようなお店にする訳にも行きませんし・・・」
「お、ちゃんと理解してる人の答えだね、それは。うん、大したもんだ。
フィオの言う通り一番分かりやすい解決策はそれだけど、広告主の数が足りないから難しいね」
「そうですよね・・・」
「馬車の外にあるから見られないなら、馬車の中で見てもらえば良いだけだ」
「え?中にも看板を出すんですか?」
「それでも出さないよりは良いだろうけど、伝えられる情報量は増えないから、ちょっと弱いなぁ」
「情報量?」
「うん。見た人に、何をどれだけ伝えられるか、その量のことだ。
看板馬車の看板は、元々走ってる馬車を外から見た時の事を考えて作ってある。
走っている訳だから、当然目に入る時間は短い。
ここに細かい説明をギッシリ書いたらどうなると思う?」
「読む前に通り過ぎちゃいますね・・・そもそも文字が小さくなるから、読めないかもしれないですし・・・
・・・あっ!!!そうか、そういうことだったんだ。
だから看板馬車の看板には、大きな文字でお店の名前とちょっとした説明だけにしてるんですね!!」
「正解。あれくらいの情報量じゃないと、結局何も伝わらなくなって逆効果なんだよ」
「はぁぁ、ホントに良く考えてますね・・・」
「じゃあ、馬車の中だったらどうだろう?」
「馬車の中だったら、話をするか外を見るか寝るか、なので・・・
色々書いてあっても見てもらえる時間はありそうです!!」
「またもや大正解。
で、コイツの出番、って訳だ」
そう言うと太一は、先ほど書いていた1枚の板のようなものを見せた。
「これは先ほど書いていたものですね。
なになに・・・。
当店名物、キラーラビットの香草焼き。他では食べられない秘伝のハーブを使用・・・
他にも5ディルで食べられる煮込み料理も大人気。エールと一緒に頼んでも8ディルで大満足。
冒険者ギルドから東へ5分。竜の鱗亭・・・。
って何ですか、これ??」
「これを、乗合馬車の中に置いておこうと思ってね。
あまり字が読めない人もいるから、もうちょっと絵を増やして文字を減らすけど。
外に看板を出しているお店のアピールポイントを、ちょっと詳しく書いた車内用ミニ看板、ってとこかな」
太一が作っていたのは、車内広告やリーフレットのようなものだった。
元々、外向けの看板がひと段落したら車内広告を投入しようと考えていたので、それを前倒しする形だ。
「確かに、車内にこれが置いてあれば、暇だし手に取ってみる可能性が高いですね!」
「うん。良い暇潰しになるんじゃないかな。
元々は、馬車の外とは別の車内看板として契約しようと思ってたけど、現状を考えるとそれは様子見だな。
まずは乗合馬車に看板出すところ専用のオプションとして売り出そう」
「追加料金をいただいて、車内看板を出すかどうかを聞く感じでしょうか?」
「うん。そのかわり、乗合馬車の費用は少し値下げだな」
「分かりました!明日の分から早速それで行きますね。
あ、長く広告を出してくれている方には、こちらから声をお掛けしても良いですか?
お得意様には今後も長くお付き合いいただきたいので、早めにお知らせしたいんです・・・」
「もちろん大丈夫だよ。じゃあ、明日からよろしく!」
「はい!」
こうして、ラッピング馬車に続いて車内広告の取り扱いも開始した太一達。
記載内容のヒアリングと、それを元にした広告作成に少々時間が必要な反面、確実な効果が見込める。
そのため、車内広告を出したいがために、わざわざ乗合馬車へ出稿先を変える広告主も出るほど、好評を博するのだった。




