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万年課長の異世界マーケティング ―まったり開いた異世界広告代理店は、貴族も冒険者も商会も手玉に取る  作者: ぱげ


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◆161話◆看板馬車の本質

9月に入ってからは、フィオレンティーナが言っていた通り、立て続けに契約の打ち切りが発生していた。

28件の契約解除なので、およそ馬車10台分程度の顧客を逃したことになる。

もっとも、太一はまだ馬車の台数を増やしていなかったため、キャンセル待ちになっていたお客で穴は埋まっていた。

そんなこともあってか、毎日契約解除が発生しても、太一と文乃に動じる様子は全くなかった。

フィオレンティーナを始めとした商会員の面々は心配そうな顔をしているものの、代表2名が落ち着き払っているため大きな動揺は起きていない。

そんな状況が続いていた9月中旬のある日、ついにそれは起きた。


「すまねぇ、もう一度看板馬車に看板を出させてくれ」

一人の男がテーブルに頭を擦り付けるようにしてお願いをしていた。

「顔を上げてください、ヨラモサさん」

応対しているフィオレンティーナは、完全に困惑顔だ。


ヨラモサは、絵馬車の噂を聞きつけると真っ先に価格交渉をし、値段が下がらないと見るや絵馬車に乗り換えた顧客の一人だ。

同じように絵馬車に乗り換えたものの、また看板馬車に戻りたいという人物が昨日から立て続けに来店し、ヨラモサで5人目だった。

フィオレンティーナが困惑するのも無理も無いだろう。

「大変申し訳無いのですが、只今枠はすべて埋まっておりまして・・・

 キャンセル待ちとしてご登録いただくことになります」

「ぐ・・・そ、そこを何とかして貰えねぇか?頼む!!」

「そう申されましても・・・」

なおも食い下がるヨラモサだったが、フィオレンティーナとしても枠が空いていない以上どうすることも出来ない。

「おや、ヨラモサさんじゃないですか。どうされましたか?」

ここでようやく、裏に控えていた太一がヘルプに入る。

「こ、これはイトー宮廷爵様・・・いえ、その、もう一度看板馬車へ看板を出せないかと思いまして・・・」

太一の登場にしどろもどろになるヨラモサ。最近ようやく太一が叙爵された貴族だと言う事が広まり、こういう状況が続いている。

「そうでしたか。しかし、つい先日絵馬車、でしたか?そちらに看板を出されていたと思うのですが」

「う・・・た、確かにそうだったんですが・・・その・・・」

「ふむ。何やら訳ありのご様子ですね。先程フィオレンティーナが申し上げた通り、すでに枠は埋まっていますが、お話だけでもお聞かせください」

「あ、ああ、すみません・・・」

項垂れるヨラモサを伴って、二階の商談スペースへと足を向けた。


「さて、ヨラモサさん。お話を聞かせてもらえますか?

 とは言え、おおよそどんな状況なのかは見当が付いてはいるんですがね・・・」

苦笑しながら太一が話を促す。

「え・・・そ、そうなんですか!?」

「当ててみましょうか?

 絵馬車に看板を出して最初の何日かは良かったが、その後急に客足が止まった。

 そのことを商会に伝えたが、絵馬車自体はちゃんと走っているからと取り合って貰えなかった。

 このまま金を払っても客足は伸びそうも無いから、解約して看板馬車にもう一度看板を出したい。

 といったところでは?」

「な、なんで知ってるんですかっ!?」

見事に状況を言い当てられ、驚愕するヨラモサ。

「やはりそうでしたか・・・」

「やはり?イトー様はこうなることを予測していたってことですか!?」

「相手がどのような商売をするか分からないので、可能性の1つとしてですね。

 馬車の台数なんかの情報をある程度把握してからは、こうなる確率は高いと睨んでいましたが・・・。

 一見単純そうな商売ですが、ここだけの話ちょっとしたコツがあるんですよ。

 それを理解せずただ見た目のやり方だけを真似ても、失敗する確率が高いんです」

「・・・・・・そうなんですね。

 くそっ、目先の安さに釣られた俺が馬鹿だったか・・・

 キャンセル待ちでも良いから、看板馬車への看板をお願いします」

「分かりました。

 そうそう、ヨラモサさんのように絵馬車から戻ってくる方が多数いらっしゃるので、我々も馬車の追加を考えています。

 ただし、いつから追加できるかまだ未定なので、予約を承ることは出来ません。

 増発が決まり次第、毎朝店内に掲載する予定です。

 ああ、追加された場合1日だけ枠を埋めずに取っておきますので、顔を出していただければと思います」

「!!!

 分かりました!毎日確認させてもらいます!」

どうにか看板馬車への看板掲載が出来そうなことが分かったヨラモサは、上機嫌で帰っていった。


結局この日は、ヨラモサ含め5人のカムバック客が来ていた。

閉店後の店内で片付けをしながら、文乃が溜め息交じりに太一と話をしていた。

「まったく、伊藤さんも人が悪いわねぇ。

 馬車の追加なんて、明日にでもすぐ出来るでしょうに」

「ええええっっ!!??そ、そうなんですかっっ!???」

隣で掃除をしていたフィオレンティーナにもそれが聞こえたようで、大声を上げている。

「まぁね。でも、戻ってきたからすぐに掲載しちゃったら、またいつでも戻れると思われちゃうからね。

 ハードルは高めにしておきたいんだよ。

 それにさ、いくらお客とは言えちょっと安いからって安易に鞍替えされるってのも腹が立つじゃない?

 意趣返しだよ、意趣返し。はっはっは」

「悪趣味ねぇ・・・まぁ、分からなくは無いけども」

「えーっと、ということは事前にこうなることを想定して、いつでも追加できるよう準備していた、ということですか?」

心底驚いたという表情でフィオレンティーナが太一へ質問する。

「まぁこの時のためって訳じゃあないけどね。

 いつでもある程度の馬車を追加できる準備は、最初からしてあったんだ。

 先方からは、いつ追加するんだとしょっちゅう突かれていたけどね・・・」

苦笑しながら太一が答えた。


運輸ギルドで専属契約をした際、馬車の追加についても契約に盛り込んでいたのだ。

これは、そもそも毎日馬車を使うことが本業で、看板を掲載しなくてもマイナスにはならない運輸ギルドだから成せる芸当だ。

広告用に馬車を自前で用意する場合、購入した馬車は使わないとどんどん損をするため、中々そうは行かないだろう。

運輸ギルドの取り分の多い専属契約は、馬車の数をフレキシブルに増減させる為のものでもあったのだ。

取り分が少ないと専属契約は難しくなるが、7割という破格の取り分を提示したお陰で、かなり色々な面で無理を聞いてもらっていた。


「凄いですね、お二人とも・・・

 まだ看板馬車を始める前から、こういう状況も想定していたと言う事ですから・・・」

「臆病なだけだよ。常に何か不測の事態が起きることを前提にしてるってだけさ。

 それよりも、この前の宿題の答えは分かったかい?」

「宿題と言うと、看板馬車に一番重要なこと、でしたよね?

 以前仰っていた、露出地域、でしょうか?

 どこに看板を出すかが重要なのだと仰っていましたので」

「お、良い線いってるかな。

 じゃあ何で露出地域が大切なんだと思う?」

「なぜ、ですか・・・?

 見る人が多い方が、看板のお店をより知って貰えるからでは無いのですか?」

「それも正解の1つだけど、本質じゃあない。

 看板馬車の本質は、見せたい人にいかに多く見せることが出来るか、だ。

 例えば、アクセサリーを売るお店の看板で考えてみようか。

 手頃な価格のアクセサリーのお店であれば、そこそこお金がある人が主な客だ。

 お金が無い人は買えないし、お金持ちはもっと高い物を買うからこれまた買わない。

 逆に高級なアクセサリーのお店だと、貴族を始めとした金持ち一択だ。

 いくら人目が多いからと言って、高級アクセサリーの看板馬車を冒険街で走らせても意味が無い。

 人目が少なくても、貴族街や大店が軒を連ねる商業区の一角なんかが狙い目だろう。

 それを考えず、ただ単に看板馬車の真似事をするとどうなるか?

 たまたま客層が合った広告か、広場なんかの相当人が多い所を通ったもの以外、ほとんど効果が出ないはずなんだ。

 相手も貴族だし大手の商会を運営しているから、人の多寡くらいは考慮してるとは思うけどね。

 あの馬車の数であの広告主の種類の多さだと、相当な無駄を覚悟しないと効果の高い看板は出せないと思う。

 何も考えずに自前で馬車を増やすと効率が悪くなって利益が下がるし、馬車を絞ると売り上げ規模を増やせない。

 さてさて、今回の模倣犯は、この本質に気付くことが出来るかな・・・?」

「な、なるほど・・・確かに仰る通りですね。

 そして、ヨラモサさんのような方が毎日来ているということは、おそらくまだ本質には気付いていない、ということでしょうね・・・」

「もう少し様子を見てみないと分からないけど、まぁその可能性が高いとは思う」

「だからすでに対策済みだと仰っていたんですね・・・」

「そういうこと。自前以外で馬車を揃えようとすると、運輸ギルドか大手の商会を抱き込むしかない。

 大手の商会は、走るエリアが限られてるから、メインにするのは難しい。

 だから、運輸ギルドと専属契約を結んだ時点で勝負はついていたと言っても良いんだ」

「ありがとうございます。非常に勉強になりました」

「はっはっは、勉強になったのなら良かった良かった。

 あ、他の人には種明かしはしないでね~」


一方模倣したチェリオはと言うと、頭を抱えていた。

ヨラモサのように、看板馬車から乗り換えた広告主のほとんどが、看板の効果が薄いと言って引き揚げてしまったのだ。

また、看板を出すのが初めての広告主も、あまり効果を実感出来ないと2週間程度で解約する広告主が増えて来ていた。

太一の予想通り露出数はある程度考慮していたため、客層の幅が広い店の広告ではそこそこの効果が上がっていたのと、

看板馬車が依然としてキャンセル待ちで看板が出せない客がいたこと、そして価格をさらに下げることでどうにか体裁を保っている状況だ。

しかしそんな綱渡りの状況も長くは続かない。

「なに!?看板馬車が馬車を追加しただと!?」

商会の情報収集担当者から上がって来た報告に、チェリオは顔を青くする。

「は、はい。いつ、どの程度馬車が増えるか未定で、毎朝追加数が発表されるようで・・・

 看板を出したい店主が、朝から商館に押し掛けています」

太一がヨラモサに話していた通り、ついに看板馬車が馬車の追加投入を始めたのだ。

しかも、毎朝その日の追加分が発表されるので、広告主は当面そちらへと流れてしまう。

つい先日馬車を大量追加したばかりのチェリオにとって、最悪と言えるタイミングだった。


結局、この看板馬車の馬車追加が決定打となり、チェリオの始めた絵馬車は事業撤退を余儀なくされる。

月末を待たずに報告を受けたマグヌスだったが、特にチェリオを叱責することも無く、不敵に笑っていたと言う。


「くくく、やはり一筋縄ではいかなかったか。

 流石はロマーノの秘蔵っ子と言ったところだな。

 ケッペル、イトー宮廷爵の重要度を2段階上げろ。要注意人物だ」

「かしこまりました。

 以降、他の要注意人物と同じように、毎月近況をご報告いたします」

マグヌスは家令であるケッペルに指示を出すと、ソファに深々と体を預ける。

「ふふ、久々に骨のありそうなのが出て来たな。どこまで上がって来れるか、楽しみと言うものだ」

そう独り言ちると、満足げにワイングラスを傾けた。

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